○ 春の雨ゆふべに餓ゑてゆでたまごふたつを蛇のやうに吞み込む
○ 長かつた蛇は轢かれて長いなりに平たくなりぬ、朝から暑し
○ 欄干が低過ぎる橋きのふから砂にまみれて死んでゐる蛇
○ さらされて小ちさきけものの頸の骨三つばかりのしろき歯残る
○ けだものの骨かと見えて川砂のうへに砕けてゐる蛍光灯
○ 蓮の骨浅く沈めて澄みわたる冬しづかなる水生植物園
○ 叢にむくろさらしてゐるわれを荒くついばむ鳥にあてがふ
○ 野づかさの墓地のはづれに束のまま捨てられてをり枯れた仏花は
○ 散相のわれの眼窩を這ひ出して百年後に咲くゆふがほの花
○ をりをりは世界に触れておほかたは世界を拒むために持つ指
○ 薄暮光けふは世界に触れ過ぎた指が減るまで石鹸で洗ふ
○ 石鹸でよくよく洗ふ生きてゐるだけで汚れてしまふからだを
○ 生きてゐても二度と逢へない人はゐて夏茱萸の実を喉に詰まらす
○ 窓辺にはなまぬるき風 人が実にさまざまな死に方をする「イリアス」
○ 花の木の蜜を吸ひ吸ひ枝を移り小さく生きてゐることりたち
○ 草の刺触れて鋭しつぶらなる子牛のまなこにまつはる狭蝿
○ 曇りつつひかりあかるしわが耳と耳のあひだで鳴きやまぬひばり
○ 青空の青に吸はれて見失ふ何を言つているのか分からないひばり
○ 恍惚は突如途切れてひばり落つ昼に逢ひつつ昼にわかれき
○ 消えやらぬ昨夜の声々沼水にいよよ吸わるるみぞれ雪の影
○ 沈黙をわれと分かちて朝を歩む雉のかうべに降れる水雪
○ 見ずにおれぬ焦点としてゆふやみに何かを燃やす炎群立つ
○ 左眼は本を読む目で右の目は遠くを見る目、左目使ふ
○ 沼に湧く菱を覗いてゐるときもわれを出で入る呼気と吸気は
○ うつむいて祈りのためにひらく口、朝みづみづと白百合は立つ
○ 川の辺のおほきあふちの木の花の濃き香至りて宵を苦しむ
○ ひとつひとつが米粒となる稲の花、古墳に沿うて小道は曲がる
○ 午後二時われに眠りの差すときにうつつにひらく睡蓮のはな
○ 木のうろに入りしばかりにおもむろにあはれあはれわれは蔓草になるぞ
○ 片靡く枯れ葦原に立ち交じりかくも吹かれて人外にをり
○ 峡覆ふ青葉の界に参入す いささかわれを失はむとして
○ 狸の骨があると分かつてゐる道をけふも通れば目はそれを見る
○ 身は朽ちて流れ着きたり砂の上に清く連なる頸の骨かも
○ 人ひとり失せしこの世の蒼穹を夏へとよぎる一羽のつばめ
○ おびただしき羽黒とんぼは立ち迷ふ林の果てにひらく水明かり
○ 蔓草に口のうつろを探らせて喉の奥まで藪を引き込む
○ 延びてゆく髪と蔓草しろき根に吸はれてわれは蔓草になる
○ たましひを揺らしに行かうむつちりと青き胡桃の生る下蔭に
○ 沈黙をわれと分かちて朝を歩む雉のかうべに降れる水雪
○ 真葛這ふカーブミラーの辺縁に歪んで映るわれと犬たち
○ 烏さへ黙つてゐるあさ北半球なかば熟れたる桃は落ちたり
○ 川土手にジグソーパズルは燃やされてジグソーパズルのかたちの灰は残りぬ
○ 蚊柱に入りて出づれば以前とはいくらか違ふわれとはなりぬ
○ 地図に散る島のかたちのそれぞれに夜明け飲み干す水の直立
○ 長かつた蛇は轢かれて長いなりに平たくなりぬ、朝から暑し
○ 欄干が低過ぎる橋きのふから砂にまみれて死んでゐる蛇
○ さらされて小ちさきけものの頸の骨三つばかりのしろき歯残る
○ けだものの骨かと見えて川砂のうへに砕けてゐる蛍光灯
○ 蓮の骨浅く沈めて澄みわたる冬しづかなる水生植物園
○ 叢にむくろさらしてゐるわれを荒くついばむ鳥にあてがふ
○ 野づかさの墓地のはづれに束のまま捨てられてをり枯れた仏花は
○ 散相のわれの眼窩を這ひ出して百年後に咲くゆふがほの花
○ をりをりは世界に触れておほかたは世界を拒むために持つ指
○ 薄暮光けふは世界に触れ過ぎた指が減るまで石鹸で洗ふ
○ 石鹸でよくよく洗ふ生きてゐるだけで汚れてしまふからだを
○ 生きてゐても二度と逢へない人はゐて夏茱萸の実を喉に詰まらす
○ 窓辺にはなまぬるき風 人が実にさまざまな死に方をする「イリアス」
○ 花の木の蜜を吸ひ吸ひ枝を移り小さく生きてゐることりたち
○ 草の刺触れて鋭しつぶらなる子牛のまなこにまつはる狭蝿
○ 曇りつつひかりあかるしわが耳と耳のあひだで鳴きやまぬひばり
○ 青空の青に吸はれて見失ふ何を言つているのか分からないひばり
○ 恍惚は突如途切れてひばり落つ昼に逢ひつつ昼にわかれき
○ 消えやらぬ昨夜の声々沼水にいよよ吸わるるみぞれ雪の影
○ 沈黙をわれと分かちて朝を歩む雉のかうべに降れる水雪
○ 見ずにおれぬ焦点としてゆふやみに何かを燃やす炎群立つ
○ 左眼は本を読む目で右の目は遠くを見る目、左目使ふ
○ 沼に湧く菱を覗いてゐるときもわれを出で入る呼気と吸気は
○ うつむいて祈りのためにひらく口、朝みづみづと白百合は立つ
○ 川の辺のおほきあふちの木の花の濃き香至りて宵を苦しむ
○ ひとつひとつが米粒となる稲の花、古墳に沿うて小道は曲がる
○ 午後二時われに眠りの差すときにうつつにひらく睡蓮のはな
○ 木のうろに入りしばかりにおもむろにあはれあはれわれは蔓草になるぞ
○ 片靡く枯れ葦原に立ち交じりかくも吹かれて人外にをり
○ 峡覆ふ青葉の界に参入す いささかわれを失はむとして
○ 狸の骨があると分かつてゐる道をけふも通れば目はそれを見る
○ 身は朽ちて流れ着きたり砂の上に清く連なる頸の骨かも
○ 人ひとり失せしこの世の蒼穹を夏へとよぎる一羽のつばめ
○ おびただしき羽黒とんぼは立ち迷ふ林の果てにひらく水明かり
○ 蔓草に口のうつろを探らせて喉の奥まで藪を引き込む
○ 延びてゆく髪と蔓草しろき根に吸はれてわれは蔓草になる
○ たましひを揺らしに行かうむつちりと青き胡桃の生る下蔭に
○ 沈黙をわれと分かちて朝を歩む雉のかうべに降れる水雪
○ 真葛這ふカーブミラーの辺縁に歪んで映るわれと犬たち
○ 烏さへ黙つてゐるあさ北半球なかば熟れたる桃は落ちたり
○ 川土手にジグソーパズルは燃やされてジグソーパズルのかたちの灰は残りぬ
○ 蚊柱に入りて出づれば以前とはいくらか違ふわれとはなりぬ
○ 地図に散る島のかたちのそれぞれに夜明け飲み干す水の直立