臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(11月14日掲載・其のⅣ)

2010年11月19日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]
○ 七分間のシャワーのあるを知りてより湯に浸るたび君を思いぬ  (池田市) 森下文子

 はっきり申し上げて、このままの形で作者ご自身の創作意図やご意志を充分に読者に伝えたることが出来ると思っているとすれば、それは作者ご自身の一人合点というものでありましょう。
 多少舌足らずであっても、鑑賞者が作者の思い通りに解釈してくれるだろうと思っていらつしゃるとすれば、それは作者の我が儘身勝手であり、表現の未熟さである。
 いろいろのケースが想像されて面白くなるような場合とは異なって、本作の場合は、単に、作者の思いに表現が追いつかなかった、というだけのことでありましょう。
 選者の永田和宏氏におかれましても、こうした推敲の余地のある作品を、入選作首席として採り上げることはいかがなものでありましょうか。
  〔返〕 百円で七分間のシャワーとか入浴するたびそのこと思う   鳥羽省三 


○ 魚道をば鮠がのぼりてゆく如くだんだん満ちてくる子の言葉  (青梅市) 石田武美

 幼い我が「子」の「言葉」の充実ぶりを「魚道」を「のぼりてゆく」「鮠」の様子に見立てたのであるが、その発想自体は大変新鮮で宜しい。
 但し、「だんだん満ちてくる」という繋ぎ語に「やや推敲の余地あり」かと、評者は思うのである。
 要するに、「子の言葉」が「満ちてくる」ということは解るが、「魚道」を「鮠がのぼりてゆく」場合、何が「満ちてくる」のか、其処の辺りが曖昧なのである。
 「鮠」の勢いかとも思われるし、「魚道」の水の勢いかとも思われるのである。
 多少舌足らずであっても、鑑賞者が作者の思い通りに解釈してくれるだろうと思っていらっしゃるとすれば、それは作者の我が儘身勝手であり、表現の未熟さである。
 いろいろのケースが想像されて面白くなるような場合とは異なって、本作の場合は、単に、作者の思いに表現が追いつかなかった、というだけのことでありましょう。
  〔返〕  魚道をば鮠一列に上るごと滑らかになる我が子の言葉   鳥羽省三
   

○ 突然にこおろぎ橋に行きたいと降り立つ君はあの時のまま  (神奈川県) 中沢洋之

 「こおろぎ橋」は何処に在るのでありましょうか?
 この一首に接して、私も「突然にこおろぎ橋に行きたい」と思いました。
 とまで記した後に、私の心の中にひょいとある思いが頭を擡げて来たので、インターネット辞書<ウィキペディア>を検索したところ、その中に「こおろぎ橋」について、次のような記事が記載されていたので、大変失礼ですが、その記事をそのまま無断で引用させていただきました。

 「こおろぎ橋は、石川県加賀市山中温泉(旧:江沼郡山中町)の大聖寺川にかかる橋である。江戸時代に造られた橋と言われ、かつての形や構造を殆ど変えず総檜造りで1990年(平成2年)に新たに架け替えた。山中温泉のシンボル的存在であり、1978年に同名のテレビドラマが樋口可南子主演で放映された。大聖寺川はこの橋から下流へ約1km余りの黒谷橋にかけて鶴仙渓と呼ばれる渓谷を作り景勝地として知られる。名前の由来は落ちると危険な事から<行路危>が転じたという説と昆虫のコオロギによるという二説が伝えられてきたが最近では「清ら木」から転じたとされる。元禄年間には橋が存在したとされるが元禄2年に山中温泉で長逗留した松尾芭蕉の奥の細道や同行した河合曾良の日記には登場しない。<漁火にかじかや波の下むせび>と芭蕉が詠んだ句碑が橋の傍にある。」
 以上で引用終わり。
 なお、この橋を舞台にしたドラマ「こおろぎ橋」が、1978年<ポーラテレビ小説>の一環として<TBS系>テレビで放映され、そのドラマの主題歌「こおろぎ橋(作詞-門谷憲二、作曲・編曲・歌唱-丹羽応樹)も、同年にキングレコードから発売されて話題となったそうだ。
 ということは、私の思った通り、本作は<テレビ・ネタ>でした。
 しかし、作者の中沢洋之さんは、実際に現地にいらっしゃったに違いありません。
 五句目に「あの時のまま」とあるところから推してみるに、作者とその同行者の「君」とは、数年隔てて「こおろぎ橋」に二回もいらっしゃったのでありましょう。
 ところで、私は、その当時のことを全然知らなかったのですが、あの人気女優・樋口可南子さんのデビュー作が「こおろぎ橋」だったそうです。
  〔返〕 人と人の心を繋ぐこおろぎ橋行路危うきその橋渡る   鳥羽省三


○ 何もないのが心に残るローカル線木造駅舎のある温かさ  (大阪府) 宮本 秀

 「何もないのが心に残る」とは、一種の<思い込み>でありましょうが、こうした<思い込み>の根は以外に古くて深い。
 一例を挙げれば、彼の有名な<三夕の歌>中の藤原定家作「見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ」から感得される<わび・さび>などは、典型的な<思い込み>から来る<美>でありましょう。
 作者たる定家自身が「見わたせば花も紅葉もなかりけり」と言っているのだから、その「浦のとまや」には、<美>とするに足るものが何ら無く、ただ寂び寂びとしているのであ。
 それと同じように、本作中の「ローカル線」には、作者ご自身がおっしゃっているように「何もない」のであるから、「心に残る」と言うのは<思い込み>としか言いようがありません。
 「木造駅舎」と来れば「温かさ」と反応するのも、実感と言うよりも、先行作品を読んで学習したことが原因で起こる<思い込み>でありましょう。
 「何もない」とは、「心」にも「何も」残らないということである。
  〔返〕 何も無いから気に掛かる月給日前の私の財布空っぽ   鳥羽省三
 

○ ゼロ磁場とふ分杭峠の走り根に座してもみぢの天蓋あふぐ  (飯田市) 岡田まつ子

 「ゼロ磁場」及び「ゼロ磁場」の地として近年有名になった「分杭峠」についての解説はやめましょう。
 科学的知識に乏しい私が、その解説をするのは、かなり背伸びしなければならないからであり、私が解説出来る程度の知識は、読者の皆様がとっくの昔にお持ちであろうと思われるからでもある。
 「走り根」とは、盆栽用語で言うところの「土中に於いて、他の根に比べ極端に長く伸びた根のこと」を指すのでありましょうか?
 だとすれば、それは地面から一段と盛り上がって大きい樹木の「根」であり、本作の作者・岡田まつ子さんは、女だてらに、その「根」にどっかりと腰を下して、「天蓋」のように覆い被さっているその樹木の紅葉した葉を、まるで天下取りの宿願を果たした木下藤吉郎のような気分で仰ぎ見ているのでありましょう。
  〔返〕 分杭の峠は洞ヶ峠にて天下の形成うかがふ峠   鳥羽省三
 

○ 「晩年」という語さみしく響くときその晩年の笑みを思いぬ  (東京都) 白石瑞紀

 「『晩年』という語」は、その字面からしても、その読みからしても、確かに「さみしく響く」と思われる。
 その「『晩年』という語」を口にしてみて「さみしく響くとき」、本作の作者・白石瑞紀さんは、ご自身の血縁者たる何方かが、「その晩年」にふと浮かべた「笑み」の「さみしさ」を、「思い」出してしまったのでしょうか?
 老境に達して、明日をも知れぬ状態で生きている者が、その顔面に、ふと「笑み」を浮かべることは、確かに在り得ることであり、その「笑み」は、それを見ている者が鳥肌を立てる程の「さみしい」「笑み」であると思われる。
 したがって、この作品は、人間としての普遍的なテーマを扱った作品とも申せましょう。
 それだけに、必然的に<既視感>も伴っているのである。
  〔返〕 末期とふ言葉の寒く響くとき父に与へし末期の水よ   鳥羽省三


○ 吟行の列忽ちに乱れけり通草の熟るる径に入りて  (神戸市) 内藤三男

 まるで、スーパーマーケットの<今日の目玉商品・限定二百パック・赤殻卵・九十八円>に殺到する女どもみたいです。
 「通草」は種ばかり多くて、見掛けほど美味しくはないのですよ。
 その美味しくもない物の皮まで食べるのは、山形賢人ぐらいのもんでありましょうか?
 おっと失礼、「山形賢人」では無くて「山形県人」の間違いでした。
  〔返〕 六甲の山にもあけびの実の熟し熟女のお腹に納まるのかい   鳥羽省三


○ こぼれ種の夕顔ほわっとしろく咲き隣家にもらった夕ぐれがある  (浜松市) 松井 恵

 「こぼれ種の夕顔」が「ほわっとしろく」咲いているのは、寡婦だけが住み、手入れの行き届いていない「隣家」の生垣である。
 本作の作者・松井恵さんは、その「隣家」から「もらった」美しく淋しいイメージの「夕ぐれ」の雰囲気を一首の歌に詠もうとしているのでありましょう。
  〔返〕 我もまた寂しき身寄り殿ばらよ夕顔を見に立ち寄りたまへ   鳥羽省三


○ ひそやかに書棚の奥のしらまゆみハル9000をだれも待ちいる  (鎌倉市) 大西久美子

 作中の「ハル9000(HAL9000)」は、SF小説及びSF映画の『2001年宇宙の旅』や『2010年宇宙の旅』などに登場する、人工知能を備えた架空のコンピュータである。
 インターネット辞書『ウィキペィデア』には、「映画版では1992年1月12日、クラークによる小説版では1997年同日に、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて誕生したとされている。開発者はシバサブラマニアン・チャンドラセガランピライ、通称チャンドラ博士。木星探査(小説版では土星探査)のための宇宙船ディスカバリー号に搭載され、船内すべての制御をおこなっていた。チューリング・テストをクリアする程の高度なコンピュータである。姉妹機に<SAL9000> がある。探査ミッション遂行のため、<HAL 9000>は乗員と話し合い協力するよう命令されていた。しかし一方で、密かに与えられたモノリス探査の任務について、ディスカバリー号の乗員に話さず隠せという命令も受けていた。『2001年宇宙の旅』の最後では、これら二つの指示の矛盾に耐えられず異常をきたし、乗員を排除しようとしたと考えられている。乗員が(死んで)いなくなれば永遠に話さずに済む。ミッションは自分だけで遂行すればいいと<HAL9000>は考えたのである。このことから、『コンピュータの反乱』の象徴ともなっている。その後、<HAL9000>の異常に気付いたディスカバリー号船長ボーマンによって自律機能が停止されることになる。機能停止されるさなか、<HAL9000>が『デイジー・ベル』を歌うシーンは有名である。ディスカバリー号と共に10年近く木星付近に放置されることになるが、両機は『2010年宇宙の旅』でも重要な役割を持つ」とある。
 正直なところ、私には、この作品の解釈は不可能である。
 特に、「ハル9000」と「書棚の奥のしらまゆみ」との関わりについては全く解らない。
 「ハル9000」のイメージと「書棚の奥のしらまゆみ」のイメージとに、何か共通点でもあるのだろうかとも思うのであるが、この一首の解釈については、何方か適当なお方にお教え願いたいものである。
  〔返〕 乞うご教示<ハル9000>の歌について何方かコメントお寄せ下さい   鳥羽省三


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