ただなんとなくね

日々のあれこれ
ふとした気づきや思い
忘れないうちに留めておく場所

のんびり土曜日

2011-02-26 | Weblog
日中汗ばむくらいのいい天気。お袋を施設に迎えに行って、二人で山鹿の実家で草取りや読書で一日が過ぎた。
枯れ葉をかき集めて火を付けると煙ばかりでなかなか炎にならなかった。もっとすっきりしたたき火をイメージしていたのだが煙に追いかけられてあちこち回りながらセーターはすっかり薫製みたいな匂いが付いてしまった。
途中で枯れ草を集めるのが面倒になって、野焼き風に火を走らせると結構巧く焼くことが出来た。途中草の中にこれから伸びようとするアマリリスやチューリップの新芽が出ているのに気づいた時はちょっと焦ったけど…可哀そうなことをしました…
後は執拗に水を撒いて後はマッサージ機にかかったまま読書三昧。転寝したり日光の動きに合わせて足をずらせたりしながら「ノルウェイの森(下)」まで終わりました。これで心おきなく映画を見たいと思います。映像がいま僕が抱いている渡辺や直子レイコのイメージを上手に消し去ってくれたらいいなと思う。
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思い出したこと

2011-02-24 | Weblog
かなり前に買って仕舞い込んでいたのを映画を見る前に見とこうと思って見つけ出して読んでいる。以前は村上春樹の独特の表現がまどろっこしくて2・30頁読んで行方不明になっていたのだが、最近彼の本を多く読むようになって、慣れてきたのか今回は面白く読んでいる。
小説の中の緑という女の子の家が本屋で、その店の情景が描かれていた部分を読んでいると私が高校生の頃よく利用していた本屋の店先の情景が浮かんできた。小説では主人公と緑が本屋の屋上から火事を見物するのだが、奇しくも私の町ではその本屋が火元(あくまで噂だが)となって、町のかなりの部分が焼けてしまった。店の向かいには柳の木があったような覚えがあり、その本屋のイメージは柳の若葉の色だ。今にして思えばすれ違うのがやっとの狭い店内、専門書などはごくわずかで、実用書が少しと平積みなった雑誌や少しの文庫本しかない。しかし、当時の私には町のその程度の本屋の情報で十分生活が成り立っていた。その小さな本屋という窓から世界を覗いていた自分を思うとそれがほほえましいような切ないような気がする。
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カタリ派

2011-02-15 | Weblog
ダビンチコードと同じカテゴリーかな!?まだ上巻なので何とも言えないけど、所々に出てくるカタリ派迫害の歴史とそれにまつわるエピソードの数々。ストーリーそのものよりそちらに惹かれてしまいます。これを読みながら考えたことは、組織と言うものは一旦出来てしまうとそれ自体が存続することが第一義になってしまうと言うことはよくあることで、その過程で大事なものが失われると言うことはあるかもしれないということ。子どものために作った教材に、いつの間にか子どもを合わせようとすることもそうしたことだろうし…家族のために仕事をしているつもりが、仕事のために家族が犠牲になることもそうだし、世の中にはよくあることだけに気を付けたいね。
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ひまわり事件

2011-02-15 | Weblog
隣接する老人ホーム老人達と保育園の園児達がギクシャクした関係から徐々に理解し合っていくのだが、後半はいいテンポで読めるのだが、そこに至るまでは少々忍耐が必要なくらい前半がもたついている。
私の母も施設にいるので母を思い浮かべながら読んでいった。どうしようもなく老いていく身体への悲しみと、踏みとどまる魂の……なんて深読みする本でもないのだけれど、私もそうした年になったら、出来れば憎めない、ちょっとHなじいさんになりたいなと思う。
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