私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」

2011-12-08 21:36:32 | 映画(た行)

2011年度作品。アメリカ映画。
タンタンは、世界中を飛び回り、スリルに満ちた冒険を記事にしている少年レポーター。ある日、彼はガラスケースに陳列されていた帆船の模型に魅了され購入する。ところがその直後から、彼は見知らぬ男たちに追いかけ回されることに。何とその船は17世紀に海上で消息を絶った伝説の「ユニコーン号」だった。模型を調べていたタンタンは、マストから暗号が記された羊皮紙の巻物を発見する。その暗号は、ユニコーン号の財宝のありかを示していた。(タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密 - goo 映画より)
監督はスティーブン・スピルバーグ。
声の出演はジェイミー・ベル、アンディ・サーキス ら。




「タンタンの冒険」の予告編を映画館で見たときは、さほど関心を惹くような内容とも思わなかった。
表情や動きはいささか硬いし、筋からしてそこまで予想を裏切る展開にならないのだろうと感じる。
それなら、映画館に行ってまで見る価値もないような気もした。

そんな考えを変えたのは、テレビでこの映画が紹介されているのを見たからである。
そこでは長回し風の映像が映し出されており、その臨場感とかっこよさに興味をかきたてられたのだ。

そういう安直な理由で見に行った本作、見終わった印象を率直に語るなら、映画館の予告編とテレビでのVTRで抱いた予感、それらは概ね両方とも当たっていたかな、といったところだろうか。
ストーリーはいまひとつだが、映像はすばらしい。
「タンタンの冒険」は、そういう作品だったからである。


ストーリーはご都合主義の宝庫だ。
ある程度は仕様がないことは認めるけれど、あまりにそれが目立っていたように思う。

たまたま買った模型の船が、事件の鍵になるという点は仕様がないとしても、船が盗まれたとき、怪しい男が口走った家を疑い、すぐ侵入するのはどうかと思ってしまう。
常識的に考えて、普通の人間は、そんな行動はしないよ、と見ていてつっこんでしまいたくなる。
おかげで物語に入り込むタイミングを失ってしまった。

そのほかにも主要人物の現れるタイミングや、記憶がもどる状況などは、いかにもとってつけたようで、気に入らない。
エンタメだからある程度は許したとしても、もう少しどうにかできたのではないか、という気もする。


しかし映像はさすがにすばらしい。

予告編をみたときは表情が硬いかな、と感じたけれど、実際に見てみると、そんなことも気にならないくらい、すんなりと映像世界を受け入れることができる。
またテレビで見た長回し風のアクションシーンも見応え充分だった。
また実写っぽい造形なのに、動きがカートゥンアニメっぽい点もちょっと新鮮である。
外見はリアリティがあるのに、動きが突飛というのはなかなかおもしろい。


というわけで、難はあるし、個人的には物足りないが、光る点もあるというのがこの作品の評価らしい。
とりあえず家族で見るにはちょうどいい作品なのかもしれない。

評価:★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・スティーヴン・スピルバーグ監督作
 「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」
 「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」
 「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」
 「ミュンヘン」
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「ツリー・オブ・ライフ」

2011-08-23 20:13:45 | 映画(た行)

2011年度作品。アメリカ映画。
若い頃に弟に死なれたジャックは、仕事で成功し中年にさしかかった今も、子ども時代のトラウマに囚われていた。1950年代半ば、中央テキサスの田舎町で暮らしていた10代のジャック。夢のように美しい風景に包まれていながら、彼の生活は、強権的な父親に完全に支配されていた。「男が成功するためには、なによりも力が必要」と信じ、自分の信念を息子たちに叩き込もうとする父親。我が子に無償の愛を注ぎ続ける聖母のごとき母親。そんな相反する両親に挟まれ、翻弄されるうち、幼かった少年はやがて純真さを失い、そんな自分に傷ついていく…。時が経っても痛みを伴う回想の中で、ジャックは心の平安にたどりつけるのか?(ツリー・オブ・ライフ - goo 映画より)
監督は「シン・レッド・ライン」のテレンス・マリック。
出演はブラッド・ピット、ショーン・ペン ら。




いかにもアート系の映画といった内容の作品だ。
本作はブラッド・ピットが主演ということもあってか、シネコンで上映もされているけれど、シネコンのメインの客層に受けるのだろうかとよけいな心配をしてしまう。
これはミニシアターでこじんまりと公開するタイプの作品だろう。

そんな風に感じたのは内容がわかりにくいということが大きい。前半部などは特にそう感じる。


映画の冒頭で、主人公一家の次男が死んでしまう。その家の長男はその後大人になるが、弟のことを忘れるな、とおそらく親からいまだに言われているようなありさまだ。それを受けて男は過去をふり返り、自分たちの罪はいつ始まったのかと自問するようになる。
そういう展開である。そこまでは別に問題ない。

しかしそこから映像は、火山の爆発の映像へと切り替わっていく。
その流れが最初まったくもって理解できず、いくらか戸惑ってしまう。

だが時間が経つにつれ、それは地球創生の過程を描いているのだろうということが何となく見えてくる。
つまり自身の罪についてそのレベルにまでさかのぼって考えているものと、あるいは心象風景をそのようなイメージに仮託して描いたものとと勝手に解釈した。
それは見ようによってはスケールが大きいとも言えるかもしれないけれど、やり過ぎの感がある。僕には、あのシーンはギャグにしか見えない。


しかし後半の父子関係の描写は繊細でなかなか良かった。

ショーン・ペン演じる彼が過去をふり返るのは、ラストの病室を思わせる機械音からして、親が死にかけているのが要因と思われる。そのため、彼は自分の過去を見直しているのではと思う。

そこから見えてくる、父子関係はそんなに変なものではない。

少なくとも、父も母も子供たちを愛しているのはまちがいないだろう。
ただ、それぞれの子どもたちへの接し方が対象的である。具体的に言うと、父は息子たちに厳しく接し、母は愛情をもって接しているような状況だ。
そのため、子どもらは、父に対してその暴君のような態度に反発する。子どもらは父よりも母を愛しているようだけど、そんな母に対しても、父に対して弱腰だとひどい言葉をぶつけることもある。

息子の父に対する反発は、至極まっとうである。
僕の家も似たようなところがあるので、長男の気持ちは痛いくらいによくわかる。自分自身にあてはめて考えるのはよくないが、心情的な流れはわりあいリアルだ。
そのため、個人的にはしんしんと胸に響いてならない。


そんな父子の関係は、父のリストラにより微妙な変化が生まれる。そこから見えてくるのは、弱い父の姿だ。
それを思い返したことで、彼はようやく対等の人間として親と向き合えたのではないだろうか。まるで死者との再会を思わせるラストシーンを見ているとそんな風に感じられてならない。
そのため、全体の印象はポジティヴだ。


本作は、アート系の映画にありがちな、ひとりよがりな側面の濃い作品だと思う。
けれども、親子の関係を静かに追っていて、いくつかの点で、強く印象に残る。
人には薦めないが、僕はわりに好きな映画のようだ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・テレンス・マリック監督作 
 「ニュー・ワールド」
・ブラッド・ピット出演作
 「イングロリアス・バスターズ」
 「オーシャンズ13」
 「バベル」
 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
 「Mr.&Mrs.スミス」
・ショーン・ペン出演作、監督作
 「イントゥ・ザ・ワイルド」
 「ミルク」
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「冷たい熱帯魚」

2011-07-13 19:43:27 | 映画(た行)

2010年度作品。日本映画。
小さな熱帯魚屋を経営する社本信行は、ある夜、娘の美津子がスーパーで万引きをしたため、妻の妙子とともに店に呼び出された。その場を救ってくれたのは、スーパーの店長と知り合いの村田幸雄。村田は巨大な熱帯魚店、アマゾンゴールドのオーナーだった。帰り道、村田に誘われ店に寄る事に。そこで美津子を住み込みの従業員として預かる事を提案され、無力にも了承する社本。さらに数日後、村田から“儲け話”をもちかけられる。(冷たい熱帯魚 - goo 映画より)
監督は「愛のむきだし」の園子温。
出演は吹越満、でんでん ら。




途中までは文句なしの満点。しかしラスト1/4はいまいち。それが総じての評価だ。
一般受けしない題材なだけに、オチがああなったのが個人的にはもどかしい。

だがそうは言っても、前半3/4は、つっこみどころはあれ、最高におもしろい作品である。
それなりに長いけれど、時間の過ぎるのが本当に速かった。
そこまで僕がこの映画にのめりこめた理由は、熱帯魚店のオーナー村田の存在が大きいだろう。


村田は外道であり、鬼畜である。
パッと見た感じの村田は人当たりが良く、人の家の問題にぐいぐい食い込んでくる持ち前の強引さはあるものの、いい人そうに感じる。
だけど本質は恐ろしく残忍だ。

それまでいい人そうに見えたのに、急に態度が豹変するシーンなんかはただただ恐ろしい。二流のホラーよりもよっぽどこわい。
村田は他人の女を平気で奪うし、自分と敵対する相手を、何の迷いもなく殺す。そして笑って会話をしながら、死体をバラすこともできる。
血も涙もないとはこういうのを言うのだろう、と感じる。
彼の行動は吐き気をもよおすほど、最悪なのだが、それゆえに強烈なインパクトを残すのだ。

だが彼の真にすごいのは、そんな風に暴力的でありながら、人の心を奪える点にあるのかもしれない。
彼が社本の妻を抱けたのも、社本を事件に引きずりこめたのも、その人が何に屈し、本当にしたいことが何かを、感覚的に捕らえる嗅覚をもっていたからなのではないか、という気もする。

彼はたぶん、悪意にまみれた、人たらしなのだと思う。
それは最低な組み合わせだけど、ピカレスクとして見れば、最高の存在なのかもしれない。


当然ながら気の弱い社本では、そんな村田に太刀打ちできるはずなどない。
主人公である社本の家庭は崩壊しているのだが、村田はそれを評して、おまえは娘に判断を全部預けて、自分では何も行動していない、的なことを言う。
そういう社本だから、圧倒的な悪人である村田の言うことを聞くことしかできず、成り行きで死体遺棄を手伝う真似もしてしまう。

だがもちろん、そんな風に負け続けることに、人はいつまでも耐えられるわけがない。
気の弱い社本にだってキレる瞬間は訪れのだ。
社本が村田に反逆する場面こそ、この映画のクライマックスと思う。あの一連の流れに、僕は見ている間、寒気を覚え、ゾクゾクしてしまった。
それは破滅的で、残酷で、必然的でもある展開でもある。その点に僕はしびれたのだと思う。


だけど個人的な感想を述べるなら、それ以降がいただけなかった。
多くは語らないが、その後の社本の変貌っぷりはやりすぎである。
やりたいことは充分に伝わるけれど、あそこまで極端にやらなくても良かったのではないだろうか、という気もしなくはない。社本が自分の妻を押し倒すシーンなんかは、終始引いてしまったもの。


だが途中までの、エロくて、グロくて、残忍で、破滅的な展開には心底しびれてしまう。
確実に好みは分かれるが、僕はなんだかんだ言って、この作品が大好きであるようだ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・園子温監督作
 「愛のむきだし」
・吹越満出演作
 「愛のむきだし」
 「手紙」
・でんでん出演作
 「ゴールデンスランバー」
 「どろろ」
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「デンデラ」

2011-07-05 22:36:59 | 映画(た行)

2011年度作品。日本映画。
雪に閉ざされた山間の村。そこには70歳を越えた老人は山に捨てられるという慣わしがあった。70歳を迎えた斎藤カユは、山奥に捨てられてしまう。そこでカユは、年上の老婆たちに拾われる。彼女たちは山奥に“デンデラ”という共同体を作って生活していたのだ。カユが来て、デンデラの人数が50人となった事を機に、デンデラの創始者・三ツ屋メイは、かねてよりの計画を実行に移す事を決める。「私たちを捨てた村をぶっ潰してやる!」(デンデラ - goo 映画より)
監督は「暗いところで待ち合わせ」の天願大介。
出演は浅丘ルリ子、倍賞美津子 ら。




「デンデラ」は平たく言うならば、「楢山節考」を翻案し、再構築した映画である。

七十になり、山に捨てられた老女たちが山の中でひそかに生き延び、デンデラという共同体を形成する。その老女たちは、自分たちを捨てた村人たちに復讐をしようと計画を練り、行動を開始する。だが、そんなとき、デンデラは熊の母子の襲撃を受けてしまい、計画は乱れてしまう。そういう話だ。


正直なところ、熊の襲撃は、僕の想像していなかった方向だったので驚いてしまった。
人はどういうかは知らないが、普通はこういう展開にはならないだろうな、と感じてしまう。
その微妙にありきたりをはずしながら、進むストーリーはそれなりにはおもしろくはある。

だがそのはずし方が、見終わった後に、強烈なもどかしさを残したことも事実だ。
なぜかと言うと、あの展開では、生き延びた老女たちが共同体をつくるという設定をまったく生かしきれてない、と感じたからである。


そもそも熊はいらなかったのではないか、と僕は思うのだ。

あんな外的脅威を持ち出さなくても、内的因子から、集団に危機が訪れるとした方が、設定は生きたのではないか、という気がしなくはない。
特に、老いたりとはいえ、女性同士の集団なのだから、人間関係の齟齬とか、微妙な派閥とかができて、共同体に危機が訪れるっていう方がリアルだと思うのだが。
もしくは女子校的な(ポジティブかつネガティブな)ノリを、老女に置き換えてやってみるとか、いろいろあるように思うのだが、それは素人考えだろうか。

もしそれでも外的脅威を持ち出したいのだったら、熊じゃなくて、村人にした方がいいのでは?
あるいは、どうしても熊を出したいのだったら、そもそもこの設定自体いらなかったんでないの、って気もしなくはない。

どちらにしろ、中途半端という印象はぬぐえない。まあ、一言でまとめるなら、僕の趣味の問題なのだが。


だけど、もどかしさはあれ、それなりに楽しめたのは、おもしろくなるようプロットが組まれているからだろう。
特に良かったのは、オチである。微妙に皮肉交じりで、個人的には好きだ。

それ以外で言うと、熊の戦いでの無駄にスプラッタなところとか、熊と戦う老女の動きが中途半端に遅い点が個人的には気に入っている。アクションシーンの、のそのそした感じは、変に生々しくて、ツボであった。
また往年の名女優たちも雰囲気があって、よかった。

文句はいろいろある。だから高い点はつけない。
けれど、全否定するほどひどくはない映画だと思う次第である。

評価:★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・天願大介監督作
 「暗いところで待ち合わせ」
・浅丘ルリ子出演作
 「寝ずの番」
 「博士の愛した数式」
・倍賞美津子出演作
 「ぐるりのこと。」
 「ゲド戦記」
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「トゥルー・グリット」

2011-05-08 22:15:43 | 映画(た行)

2010年度作品。アメリカ映画。
マティ・ロスは責任感の強い14歳の少女。ある寒い雪の夜、父親が雇人のチェイニーに撃ち殺されてしまう。父の形見の銃を譲り受けたマティは、真の勇気を持つといわれる保安官コグバーンにチェイニー追跡を依頼。別の容疑でチェイニーを追っていたテキサスレンジャーのラビーフも加わり、犯人追跡の過酷な旅が始まった。一方、逃亡者となったチェイニーは、お尋ね者のネッド率いる悪党たちの仲間に加わっていた。(トゥルー・グリット - goo 映画より)
監督はジョエル&イーサン・コーエン。
出演はジェフ・ブリッジス、マット・デイモンら。




「トゥルー・グリット」は西部劇であり、復讐劇である。
だが、個人的にはそういった要素よりも、三人の主要キャラクターで引っ張っていく映画のように感じた。
ストーリー的にはどうこう感じなかったが、俳優たちそれぞれの存在感が出ている作品である。


実際、三人のキャラクターはそれぞれに立っている。
テキサス・レンジャーのラビーフはきまじめな感じと律儀さが出ているし、年老いた保安官コグバーンは、ずいぶんちゃらんぽらんだ。
この対照が見ていてもちょっとおもしろい。

特に、保安官コグバーンはキャラが濃い。
彼は言ってしまえば、完全なアル中であり、ぐでんぐでんになっている場面は結構多い。
またべろんべろんのくせして、銃の腕のすごさをアピールするところは、子どもじみていて、苦笑してしまう。
それでいてかなり暴力的なところもあり、インディアンの子供を特に理由もなく、蹴り飛ばしたり、疲れてぶっ倒れた馬を、迷いもなく殺す人でもある。
腕はあるけれど、彼の姿は正義とはとても言えない。
そんな彼の個性はきわめてユニークで、見ていておもしろかった。


だがそんな男二人以上に光っていたのは、父親の復讐を誓う、ヘイリー・スタインフェルド演じる少女マティにあるだろう。
保安官ほどキャラが濃いわけでないが、彼女の行動が全編に渡り、非常に印象に残っている。

マティはかなり頭が良く、加えて度胸もある少女だ。
最初の方、法律を盾に取り、不当に失った父の財産を彼女自らの才覚で取り戻すシーンがある。
そこからはやり手である彼女の側面と、意思の強さ、勝気な性格、思春期のちょっとした全能感がうかがえるようで、見ていてとっても小気味いい。
それだけで、観客は彼女に好感を持つだろう。

だがそんな彼女の意思も、西部の過酷な現実の前では、すべて通るというわけにはいかないようだ。
彼女は敵を前にしても、持ち前の勝気さから、肝の据わった態度と行動をとる。そのシーンを見て、すごいな、と僕は心から感心してしまう。
けれど、そんな彼女ですら、西部においてはあくまで弱い存在でしかない。
実際、彼女は敵に殺されそうになることもあるし、愛する馬は殺されてしまう。彼女の前に展開する世界は決して、甘いものばかりでない。

そういう観点から見ると、ある意味「トゥルー・グリッド」は、少女の希望が叶う物語であると同時に、過酷な現実と直面する、通過儀礼を描いた作品と言えるのかもしれない。

ともあれ、それぞれの俳優の個性を引き出し、それを最大限に輝かせることに成功した映画である。その点が強く印象に残る一品だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・ジョエル&イーサン・コーエン監督作
 「ノーカントリー」
 「ファーゴ」
・ジェフ・ブリッジス出演作
 「クレイジー・ハート」
・マット・デイモン出演作
 「インビクタス/負けざる者たち」
 「オーシャンズ13」
 「グッド・シェパード」
 「シリアナ」
 「チェ 39歳 別れの手紙」
 「ディパーテッド」
 「ヒア アフター」
 「ボーン・アルティメイタム」
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「ちょんまげぷりん」

2010-08-20 20:26:48 | 映画(た行)

2010年度作品。日本映画。
シングルマザーのひろ子は、息子の友也と二人暮らし。ある日、二人は侍の恰好をした木島安兵衛と名乗る男と出会う。安兵衛はどこに帰ればいいのかわからないと言い、しばらくひろ子の家に居候することになる。安兵衛は、居候のお礼として家事を全部引き受けると言い出し、料理や掃除を完璧にこなしてくれた。ある日、病気になった友也のために、安兵衛はプリンを作ってくれた。それをきっかけに、安兵衛はお菓子作りに目覚め…。(ちょんまげぷりん - goo 映画より)
監督は「ゴールデンスランバー」の中村義洋。
出演は錦戸亮、ともさかりえ ら。




「ちょんまげぷりん」は、つっこみどころの多い映画である。
もっとも侍が現代にタイムスリップするという設定の時点で、つっこみどころはあるのだけど、それを抜きにしても、細かい部分で地味に描写が粗かった気がする。

だがそれらをいちいちあげつらっても仕方のないのだろう、という気もしないではない。
この映画で大事なのは、設定などではなく、母子と侍との交流にこそあるのだから、だ。
そしてその点に関して、本作は丁寧に描かれていると感じる。


先に述べたが、本作は江戸時代の侍が現代にタイムスリップする話である。
そういうシチュエーションのため、現代の母子と、江戸時代の侍との間で、いろいろなずれが生じることとなる。それがちょっとユーモラスで、そこそこ笑える。

だが侍の安兵衛の行動にずれはあるのだけど、同時に現代にはない、まっすぐさもあるのだ。
たとえば、安兵衛が子どもを叱るシーンなどはまっすぐで男気があるな、とすなおに思うことができる。

そんなキャラゆえか、安兵衛はまっすぐ、まじめに母子と向き合い、結果、侍と母子、三人にとても強固なきずなができることとなる。
衝突やすれ違いはあるけれど、彼ら三人の関係性は非常に温かく印象はいい。

あと個人的にはシングルマザーの描かれ方もいい、と思った。
本当に女性が働くってのは大変だな、とつくづく思う。男は情けないな、とつくづく思い、いろいろ考えさせられる。


と、以上のように美点もいくつか見られるし、物語としても、非常に手堅くまとめられていると思う。
ただあまりに手堅すぎて引っかかるものに乏しい気もあいなくはない。
そこがちょっと難ではあるけれど、それもまた一つの愛嬌だろう。

誠意ある物語つくりに徹しており、印象自体は悪くない。
絶賛するつもりはないが、少なくとも楽しめる一品だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



製作者の関連作品感想
・中村義洋監督作
 「アヒルと鴨のコインロッカー」
 「ゴールデンスランバー」
 「フィッシュストーリー」
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「トイ・ストーリー3」

2010-07-21 21:14:00 | 映画(た行)

2010年度作品。アメリカ映画。
おもちゃのウッディやバズと楽しく遊んでくれたアンディも、いまや17歳。大学に進学するため、家を出ることになった。だが屋根裏部屋にしまわれるはずだったおもちゃたちが、ちょっとした手違いからゴミ捨て場に出されてしまう。どうにかゴミ袋の中から逃げ出したものの、アンディに捨てられたと誤解したおもちゃたちは大ショック!! 仕方なく、託児施設に寄付される道を選ぶ。だが「また子どもたちに遊んでもらえる!」と喜んだのも束の間、そこにはモンスターのような子どもたちにもみくちゃにされる、地獄の日々が待っていた…!(トイ・ストーリー3 - goo 映画より)
監督は「ファイディング・ニモ」のリー・アンクリッチ。




「トイ・ストーリー3」は優れたエンタテイメント作品である。
個人的にこのシリーズは2が好きなのだけど、まちがいなく、3が最高傑作だと僕は感じた。

ワクワクドキドキできるポイントがあり、じーんと胸が震え感動できるポイントも多い。
ピクサーブランドの高さを、まざまざと見せつけられる思いだ。


元々「トイ・ストーリー」はワクワクできる作品だけど、3においても、それが光っている。
ピクサーは多分メイン鑑賞者小学生くらいに設定していると思うのだけど、そんな少年少女が楽しめる要素を、要はワクワクドキドキ感をよく理解してつくっている。

ウッディが幼稚園から脱出する場面とかはハラハラさせられるし、仲間を奪還しての脱出劇はサスペンスフルで、画面にひきつけられる。
ゴミ処理場での場面などは、どうなるのだろう、と手に汗握らされた。

ともかく演出と脚本が冴えに冴えまくっている。本当にこのスタジオのつくる作品はすごい。


そんなアクション部分だけでなく、物語自体もよくできている。
これまでのシリーズ同様、キャラクターは生き生きしているし、どれも魅力的。

そんなキャラクターたちが、仲間を思う気持ちにはすなおに感動してしまう。
ウッディが仲間を見捨てずに戻ってくる場面はいいと思うし、焼却炉でみんなと手をつなぎあうシーンには泣きそうになってしまう。
それにラストで、みんなと一緒に、行動しようと決意するところもすばらしいな、とすなおに思うことができた。


だがそれ以上にすばらしく、美しく、泣きそうになったのは、ラストのアンディとの別れだろう。

少年は大きくなれば、おもちゃで遊ぶこともなくなってしまう。
そのことを受け入れるアンディとウッディの姿は切ない。

アンディは思い出のいっぱい詰まったウッディから離れ、ウッディは大好きなアンディと離れることを選ぶ。
アンディが少女と一緒に、ウッディたちを使って遊ぶシーンは切なく、悲しく、涙も出そうになる。
だけどそのシーンはとっても悲しいはずなのに、あまりに暖かい。

その暖かさが忘れがたく、本当に心から感動することができる。


いろいろ書いたが、一言で説明するならば、ともかくすばらしい作品ということである。
ピクサーの中では個人的にトップクラスの作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかのピクサー作品感想
 「WALL・E ウォーリー」
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「月に囚われた男」

2010-07-01 20:40:22 | 映画(た行)

2009年度作品。イギリス映画。
宇宙飛行士のサムは、エネルギー資源のヘリウム3を地球に送るため月へと派遣された。契約期間は3年だ。地球との直接通信を許されておらず、話し相手は人工知能搭載ロボットのガーティだけだ。楽しみにしていたテレビ電話での妻テスとの会話も衛星事故によって交信不能となってしまっていた。それでも孤独に耐え任期終了まで2週間を切ったある日、サムは自分と同じ顔をした人間に遭遇して…。(月に囚われた男 - goo 映画より)
監督はダンカン・ジョーンズ。
出演はサム・ロックウェル、ケヴィン・スペイシー ら。




人がどう言うかは知らないが、この作品で僕の心にもっとも残ったのは、映像である。

特に基地や掘削機を映す月世界の映像が気に入っている。
これがCGかどうかは、よくわからないけれど、いかにもジオラマって感じが出ていて、どこかなつかしい。
さながら、古いSF映画を見ているようなレトロ感を味わえるところが、個人的には好きだ。


もちろん、映像だけでなく、映画の内容そのものも、優れている。

映画は3年間の月でのミッションを行なう男の姿を描いている。彼の話し相手は、月世界の基地を管理するロボットだけだ。
そのような展開を見て、僕は、

①「2001年宇宙の旅」のHALのように、機械が人間に対して反乱する。
②長期間月にいたために、男がどんどん狂っていく。

の、どれかになるのかな、と思っていた。実際それっぽい展開に向かいそうな描写もいくつか見られる。


だが物語は、そんな僕の浅はかな想像を超える展開へと突き進んでいく。
その展開はなかなかスリリングで、僕はドキドキしながら見ていた。

特に男が二人現われたときのシーンは、変な緊張感があって、軽く興奮してしまった。
これはどういうことなんだ、とやきもきさせられ、その先の展開にぐいぐいと引き寄せられていく。このプロットはさすがだ。


ラストの方の展開も好きである。
結果的に主役二人は友情のようなもので結ばれることとなる。そういうところはなかなか熱いし、男臭いな、なんて思ったりする。
それに体制側とも言えるロボットと、主人公のサムとの間に、友情めいたものが結ばれるところも、見ていて小気味良かった。
コンピューターは単純にプログラミングされた存在かもしれない。だけど一人と一機との間には、そんなプログラムを超えた個人の関係があったのだ。
そう感じさせてくれるようで、暖かい気分に浸ることができる。


本作は、その内容からしても、地味だし幾分マニアックな作品とは思う。
けれど、優れた展開と美しい映像を味わえる、なかなかの佳品である。僕は結構好きかもしれない。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・サム・ロックウェル出演作
 「フロスト×ニクソン」
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「誰がため」

2010-04-28 20:18:04 | 映画(た行)

2008年度作品。デンマーク=チェコ=ドイツ映画。
1944年のデンマーク。ナチス・ドイツの占領下で、地下抵抗組織に所属する通称フラメンと相棒のシトロンは、ゲシュタポとナチスに協力する売国奴の暗殺を任されていた。自由を取り戻すため次々にターゲットを射止めてゆく大胆不敵なフラメンにはゲシュタポから莫大な懸賞金がかけられ、一方、温厚な家庭人のシトロンは人を殺すことに苦悩していた。やがて、ある暗殺指令によって2人は組織への疑念を抱き始める。(誰がため - goo 映画より)
監督はオーレ・クリスチャン・マセン。
出演はトゥーレ・リントハート、マッツ・ミケルセン ら。



重厚でずっしりと響く映画である。
はっきり言うならちょっと重たい映画だ。
もっともナチ占領下のデンマークで、レジスタンス活動のため、要人暗殺を行なう人物の映画であり、歴史的事実を知らずとも、結末がどうなるかは容易に想像がつくのだから、重たくないわけがないのだけど。

しかしその重さは僕の心に届く力を持っている。
それはその重さが、主人公たちの迷いと苦悩に由来しているからだろう。


敵とは言え、人を殺す行為はやるせないものだ。
殺人という行為はそれだけでも苦しいのに、自分が殺す人間は本当に悪人であり、自分の敵なのだろうか、と主人公たちは悩まざるをえない状況に追いやられる。
それは非常にきついことだろう。彼らの心情のつらさは見ている以上に大きいと思う。

加えて、自分の家族を守るためレジスタンスに身を投じているのに、夫婦の中はうまくいかず、すれちがうこともある。
人を好きになっても、その相手を信じていいのかわからなくなる。
暗殺者として生きることは、迷いも多く、一般的な幸福さえつかめない。

それを本作は緻密に描いている。そのために非常に見応えがあるのだ。


プロット以外としては、アクションシーンの迫力は必見だ。
銃撃シーンは臨場感があるし、暗殺の場面に漂う緊張感は忘れがたく、力強い。

また主演二人も存在感がある。
トゥーレ・リントハートはどこか色気すらあって、魅せられるし、マッツ・ミケルセンはむさくるしいけれど、味があって、結構好きだ。

俳優、演出、プロット総じてどれも質が高く、優れた作品だろう。


ただ不満があるとしたら、物語が基本的に、人物の苦悩しか描いていない点にあるだろうか。
二重スパイと恋に落ちる展開も、家族との関係も、すべては暗殺者の苦悩に行き着いてしまう。
そして物語としてはそれだけで、それ以上の広がりがないのだ。

苦悩を描くことはすばらしい。だが、人間は苦悩だけで生きているわけではない。
そして本作はその苦悩以外のものが見えてこない。
だから、いい作品だと躊躇なく言えるのだけど、何が足りないという気もしなくはない。


しかしこれだけ緻密に、暗殺者の迷いを描いている作品もめずらしい。
非常によくできた作品であり、重厚である。僕はこの作品が好きだ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・トゥーレ・リントハート出演作
 「天使と悪魔」
・マッツ・ミケルセン出演作
 「007 カジノ・ロワイヤル」
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「第9地区」

2010-04-20 20:29:38 | 映画(た行)

2009年度作品。アメリカ=ニュージーランド映画。
南アフリカ・ヨハネスブルグ上空に突如現れた巨大な宇宙船。船内の宇宙人たちは船の故障によって弱り果て、難民と化していた。南アフリカ政府は“第9地区”に仮設住宅を作り、彼らを住まわせることにする。28年後、“第9地区”はスラム化していた。超国家機関MNUはエイリアンの強制移住を決定。現場責任者ヴィカスを派遣、彼はエイリアンたちに立ち退きの通達をして回ることになるのだが…。(第9地区 - goo 映画より)

監督はニール・ブロンカンプ。
出演はシャールト・コプリー、デヴィッド・ジェームズ ら。



題材こそエイリアンが登場するSF作品だが、いろんな場所で言われているように、社会的なテーマ性も同時に持ち合わせた作品である。
そのテーマとは、一言で片付けるなら差別である。


この作品では冒頭から宇宙人が登場し、人類はファーストコンタクトに成功している。そして宇宙船が動かなくなり難民状態となったエイリアンを保護するため、第9地区と呼ばれるポイントで、地球人は彼らを保護することになる。だが文化のバックボーンや価値観がちがうエイリアンたちと、人間はたびたび衝突し、政府は詐欺のような手口で、エイリアンたちに強制移住を命令する。

この作品で描いている対象は、宇宙人だが、地球人と読み替えても、物語としては成立可能だ。
地球上で起きている難民問題や移民問題とその構造はよく似ている。
その移民たちを、よそ者だからという理由で、元から住んでいた側の人間は排除したいと願う。
それはいい悪いはともかく、往々にしてあることだ。


映画では、他者であるエイリアンを排斥したいと地球人が考えるのも無理ない、と思わせるような描写を重ねている。
エイリアンの格好はいかにもグロテスクだし、出てくるエイリアンも粗野なタイプが多い。実際周囲にいたら、こわいと思うかもしれない。自分も地球人なので、気持ちは理解できなくはない。
だがそれを理由にだまし討ちのような形で、エイリアンを排除するのは、明らかにまちがっている。


映画の主人公は、そんなエイリアンたちを狩る側の人間だった。
だが、中盤から状況は一変し、人間たちに追われる立場になってしまう。

基本的に、主人公はあまり好ましい人物ではない。
エイリアンを差別し排除することに迷いはなく、エイリアンと手を組まざるをえない場面でも、自分の利益を優先するような、エゴイスティックなタイプだ。
そんな行動をとるのは、彼がエイリアンに対して差別感情を持っていることが大きいのだろう。
意思疎通が可能で、理解し合えるエイリアンがいることに気づいても、差別は人の認識を曇らせる。


しかしそんな主人公も、ラストでは一転、エイリアンを助けようと行動する。
それはもちろんお約束の展開だ。
けれど、元々かなり身勝手なやつだっただけに、主人公の転向は好ましく、胸に響いてならない。

アクションシーンも優れていて、物語としても映像としても、テーマ性の観点においても、見応えある作品になりえている。
中身の濃いエンタテイメント映画である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
コメント (2)
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「扉をたたく人」

2009-08-19 21:40:33 | 映画(た行)

2007年度作品。アメリカ映画。
大学教授のウォルターは、62歳。愛する妻がこの世を去って以来、孤独に生きていた。ウォルターは学会に出席するため、ニューヨークへ出張する。久しぶりに別宅を訪れると、そこには見ず知らずのカップルがいた。そこにいた移民青年タレクは警察だけは呼ばないでくれと頼み、素直に荷物をまとめて出ていく。ふたりを見送ったウォルターだが、今夜の宿もなく途方に暮れるふたりをしばらく部屋に泊めることにする。
監督はトム・マッカーシー。
出演はリチャード・ジェンキンス、ヒアム・アッバス ら。



この映画を予告編で見て、おもしろそうだな、と思ったのは、そのジャンベのリズムに依るところが大きい。
もちろん物語も良さそうだな、とは思ったのだけど、ノリノリな音楽に何となく関心を惹きつけられたのがひとつの決め手になっている。

そういう理由で見たこともあったため、ジャンベが流れるシーンが思ったよりも少なかったことに、少し肩透かしを食った思いでいる。自己責任と言われればそれまでだけど、期待していただけに少し残念だった。

だがその少ないジャンベのシーンは期待通りリズミカルで、昂揚感が得られる。
特に公園でのジャンベのセッションがすばらしい。
そのシーンを見ている間、僕はリズムを取りたくなった。ジャンベのリズムは、観客にそうさせるだけの心地よさがあるのだろう。ああいうシンプルな民族楽器は、本当にいいものだ。


映画の内容もなかなか悪くはない。
たとえば、ジャンベ奏者タレクとの交流によって、老いた大学教授の心がほぐれていく過程は何とも温かいし、居候の女性と二人きりに取り残されて、気まずくなる描写もおもしろい。
そういった前半の流れは個人的には好きである。
タレクの母親が出てくる中盤以降は、あまりおもしろく思えなかったが、これは個人的な興味の問題かもしれない。

映画からは、テロを不安視する余り、鷹揚さが欠け、硬直していくアメリカ社会の実体が浮き彫りになっていて、なかなか印象的だ。
その硬直して、人情味の失われた世界が描かれているからこそ、ラストでウォルターがジャンベを叩きつけるように打つシーンが利いてくるのである。
そこにあるのはウォルターの紛れもない怒りだ。そのシーンからはやりきれなさが伝わるだけに、映画は最後、深い余韻を残している。


本作は基本的には地味な作品である。だが滋味深く、ところどころでは光るものもある。
なかなかの佳品と言ったところだ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・トーマス・マッカーシー出演作
 「グッドナイト&グッドラック」
 「父親たちの星条旗」
・リチャード・ジェンキンス出演作
 「キングダム 見えざる敵」
 「スタンドアップ」
・ヒアム・アッバス出演作
 「パラダイス・ナウ」
 「マリア」
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「ディア・ドクター」

2009-07-07 21:18:34 | 映画(た行)

2009年度作品。日本映画。
山あいの小さな村から、たった一人の医師が失踪した。遡ること二か月。東京の医大を卒業した相馬は、研修医として赴任したその村で、伊野という腰の据わった勤務医と出会う。住民の半分は高齢者という過疎の地で、彼はすべてを一手に引き受けていた。僻地の厳しい現実に戸惑っていた相馬も、伊野の働きぶりに、次第に共感を覚え始める。
監督は「ゆれる」の西川美和。
出演は笑福亭鶴瓶、瑛太 ら。



監督の前作「ゆれる」は、最初からすっと映画の世界に入ることのできる、優れた作品だった。
比較するのも何だが、本作はそれに比べると、最初のうち、なかなか上手く映画の中に入っていけない。

前半部は田舎が舞台の医療ものということもあり、田舎の老人たちを交えたドタバタっぷりが描かれる。
そこでは適度な笑いがあって、それなりには笑えるのだが、演出過多で少しばかり鬱陶しい。

個人の趣味でしかないけど、そのため僕は前半、映画の世界から一歩引いて鑑賞してたきらいがあった。
そういう点、最初から心をつかまれた「ゆれる」よりも、本作は劣ると言えるだろう。


しかし謎の輪郭が明確になってから、映画はだいぶおもしろくなる。

鶴瓶演じる医師は正規の医師でないため、本当に深刻な場面ではほとんど何もできない。
映画で、彼はいくつかの危難を乗り越えているけれど、それはいくらかの運と偶然に左右されている面もある。
それは非常に危うく、人の生死を左右する危険な行動だ。それに、彼は結果的に、村人たちをだまし、不正に金を騙し取っている。
原則論で語るなら、彼の行為はあからさまにまちがったものだろう。

だが彼が、村人たちを救ってきたという事実は否定できないのだ。
医師のいない村では、門前の小僧の習わぬ経でも、ときには重要であるし、そんなレベルでも、平時は充分対応可能なのだ。
何より村に住む人にとって、頼りになる存在が一人でもいるという事実自体が重要なのだろう。
がんになった老女とのエピソードなどが、それを象徴しているのではないか。


悪事に対しては、正しさを追求しなくてはいけない。それはかなり大事なことだ。
しかし正しいわけでもない人情も、ときには追求しなくてはいけないのかもしれない。
そんな当たり前で、実際はかなり難しい問題を、見終わった後にぼんやりと考えた。

本作は確かに、「ゆれる」よりも劣る。けれど、いろいろなことを考えさせられる、なかなかの秀作でもある。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


製作者・出演者の関連作品感想
・西川美和監督作
 「ゆれる」
・瑛太出演作
 「アヒルと鴨のコインロッカー」
 「嫌われ松子の一生」
 「空中庭園」
 「好きだ、」
 「どろろ」
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「劔岳 点の記」

2009-06-29 21:49:36 | 映画(た行)

2008年度作品。日本映画。
明治39年、陸軍は国防のため日本地図の完成を急いでいた。陸地測量部の柴崎芳太郎は最後の空白地点を埋めるため、劔岳の初登頂と測量を果たせと命令を受ける。立山連峰に屹立する劔岳は、多くの優秀な測量部員をもってしても、未踏峰のままだった。創設間もない日本山岳会も、登頂を計画しており、「山岳会に負けてはならぬ」という厳命も受ける。
監督はこれが初監督作品となるキャメラマンの木村大作。
出演は浅野忠信、香川照之 ら。



僕はこの映画を評価するわけだが、その評価基準はストーリーにあるわけではない。
実際つまらないわけではないのだが、プロットラインはオーソドックスで平凡なつくりである。
にもかかわらず、僕がこの作品をすごいと思ったわけは、すべてそのリアルな映像にある。


本作の映像は本当にすごい。
実際に剱岳に登山し、撮影しただけあり、どの映像も本物だけが持ちうる臨場感がある。
雄大で、美しく、そして恐ろしく危険であることが、否が応でも伝わってくるのだ。

剱岳の登山は大変である。山道は恐ろしく険阻だし、雪山登山は見るからに危険だ。
ホワイトアウトの状態の中でも(中だからこそ)撮影は続けられるし、滑落シーンなんかは安全を確かめているうとは思うが、見ているだけでもこわい。

そういうシーンを見るたびに、よくこんな映画を撮ったよな、と心から思ってしまう。
よく撮影ができたと思うし、何よりよく企画が通り、俳優をこの映画の撮影のために、確保できたものだ。
これだけのものをつくろうとした製作陣と、その撮影に協力した俳優陣をすなおに賞賛したい。


そんな風にリアルな映像が使われているため、登場人物の行動が崇高なものと感じることができる。
こんな危険な山の地図をつくる行為は、人からすれば、無謀なものにしか見えない。
だが自分のやるべき仕事に対し、真摯に取り組む彼らの姿勢は、自然が苛酷なだけに、より深く胸に響く。
これがCGでつくられていたら、彼らの行動理念に感銘することはなかったろう。
これぞまさに映像の力だ。

荘重なクラシックの名曲も、この崇高な雰囲気の映画にはマッチしていると感じられた。
もちろん俳優の演技そのものの良さも、本作の価値を高めている。


物語は平凡なれど、映像一つで、ここまで力強く、心に届く作品になりうることを、本作は見事に証明している。
映像を駆使する映画というジャンルの良さを、再認識させられる一品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


出演者の関連作品感想
・浅野忠信出演作
 「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」
 「花よりもなほ」
 「MONGOL モンゴル」
・香川照之出演作
 「キサラギ」
 「嫌われ松子の一生」
 「ゲド戦記」
 「ザ・マジックアワー」
 「14歳」
 「憑神」
 「トウキョウソナタ」
 「20世紀少年」
 「バッシング」
 「花よりもなほ」
 「HERO」
 「ゆれる」
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「天使と悪魔」

2009-05-24 20:26:12 | 映画(た行)

2009年度作品。アメリカ映画。
400年前、ヴァチカンは科学者たちを弾圧。科学者たちは、秘密結社イルミナティとして密かに活動し、ヴァチカンへの復讐を誓った。そのイルミナティが今、復活を遂げた。彼らは、4人の枢機卿を拉致し、ローマ市内の4つの教会で、順番に殺害すると予告。恐ろしい計画を阻止する方法は、ただ一つ。ガリレオの著書に隠された、4つの教会の場所を示す暗号を解くこと。ヴァチカンから助けを求められたラングドンは、400年間眠る暗号を解き、ヴァチカンを救えるのか。
監督は「アポロ13」のロン・ハワード。
出演はトム・ハンクス、ユアン・マグレガー ら。


この映画はツッコミどころが多すぎる。それは冒頭から最後に至るまで、すべてにわたってそうだ。

たとえば、根本的すぎるので言ってはいけないかもしれないけど、なぜ四元素に合わせた殺人をしなくてはいけないのかが、どうも僕にはよくわからない。だってそれは殺人者の自己アピールとしても、あまりに意味がないことではないか?
そういった根本部分に引っかかりを覚えたため、最初からうまくストーリーに入っていくことができなかった。

おかげでそれ以降の内容も、ツッコミどころにばかり目が行き、ストーリーをしっかり楽しめきれなかったきらいがある。
ストーリー展開や、謎が判明し追いかける流れ、ディテールなどで、何で? と問い返したくなる部分が多いような気がする。原作を知らないというのもあるけど、つくりは雑にしか見えない。

もっともそれらの欠点は前作でも言えたことではある。
しかし前作は衒学的な部分がバカっぽくて、そのバカっぽさがそれなりに楽しめるものにはなっていた。
だが本作にはそんなバカっぽさもないため、ツッコミがいがない。
確かに楽しめるようにつくろうとしてるのはわかるし、エンタメとしてまとまっているけれど、個人的にはいろいろ気に入らない。

それでもあえて、良かった点をあげるなら、科学と宗教の相克を描いている部分だ。
カトリック内部での葛藤や、科学者の宗教に頼りたくなる悩みにもちらりと触れられていて興味深い。
個人的にはあまり評価しないけれど、そういったいくつかの面で光るものがある作品ではある。

評価:★★(満点は★★★★★)


前作の感想
 「ダ・ヴィンチ・コード」

製作者の関連作品感想
・ロン・ハワード監督作
 「ダ・ヴィンチ・コード」
 「フロスト×ニクソン」
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「チェイサー」

2009-05-08 21:22:00 | 映画(た行)

2008年度作品。韓国映画。
デリヘルを経営する元刑事ジュンホの元から、女たちが相次いで失踪。時を同じくして、街では連続猟奇殺人事件が勃発。ジュンホは、女たちが残した携帯電話の番号から客の一人ヨンミンに辿り着く…。「女たちは俺が殺した。そして、最後の女はまだ生きている」。捕らえられたヨンミンはあっけなく自供するが、証拠不十分で再び街に放たれてしまう。警察すらも愚弄される中、ジュンホだけは、囚われた女の命を救うため、夜の街を猛然と走り続ける…
監督はこれが長編デビューのナ・ホンジン。
出演はキム・ユンソク、ハ・ジョンウ ら。


この作品を簡単に要約するならば、猟奇殺人犯を巡るサスペンスといったところだ。
「チェイサー」という作品はそういうタイプの映画において、押さえるべきポイントをきっちり描いている。
そのポイントとは、猟奇殺人犯の残忍性と、核心に至るサスペンスフルなドラマ性である。

実際、犯人の殺害方法は極めて恐ろしい。
その方法の中で、もっとも印象的なものは、生きている人間の頭をノミを使って叩き割るというもの。
何でそんな面倒くさい方法をとるのだろうと思うけれど、その方法が原始的なせいか、僕の恐怖心に、より深く訴えかけるものがあった。少なくとも僕はあんな死に方だけはしたくはないものである。

そんな犯人を巡るサスペンスも秀逸だ。
犯人はまちがいなくこいつだと、全員が確信しているのに、決定的な証拠に乏しく、肝心なことを白状しないため、そいつを逮捕できず、犯人にさらわれたであろう女も見つけられない。追う者は追う対象になかなか追いつけないというもどかしさがそこにはある。
途中で幾度かだれるけれど、そんなもどかしさが適度なサスペンス感を生み出していておもしろい。

そして追いかけても追いつけないという展開が、ラストの余韻に大きな役割を果たしている。
ラストシーンからは、悲しさと苦々しさが立ち上がっており、なかなか印象的だ。

トータルで見ると、決定的な押しに欠けるきらいはあるものの、手堅くまとめられ、感情に訴えかける作品となっている。なかなかの良作だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


出演者の関連作品感想
・ハ・ジョンウ出演作
 「絶対の愛」
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