先日知人から聞いた話ですが、数ヶ月前にある教室で面白い授業があったそうです。
社会科や算数の授業で使えて、しかも人生にも刺さる内容でした。
ブログで紹介してよいかどうか確認したところ、論旨はそのままで、ただし台詞等を一部書き換えて、関係者名や教室名を伏せれば拡散して大丈夫、むしろ積極的に授業で使ってください、とのことでした。そこで、これらの点をクリアして、皆さんにご紹介します。
先生「皆さん、近年お米の消費が減っているそうです。」
(新聞や雑誌の「米の消費が減っている」という記事を見せる。)
「では、お米の消費が減った原因はなんだと思いますか。」
生徒「他の食べものを食べるようになったからだと思います。」
生徒「やっぱり、パンじゃないでしょうか。」
先生「皆さんもパンだと思いますか?」
生徒「はい。しばらく前に見た新聞記事にこう書いてありました。最近、パンの消費が米の消費を追い抜いた、と。」
先生「それで、パンが原因だと思うのですね。でもその新聞には、パンが原因だと書いてありましたか?」
生徒「あれ?でも、パンの消費が米を追い抜いたのだから、パンが原因・・・ですよね?」
先生「その記事は私も読みました。国の『家計調査』という統計データによると、パンを購入する金額が、米を購入する金額を追い抜いた、という記事です。でも、記事には、パンが原因で米の消費が減ったとは書いてありませんでしたよ。
実は、あなたが陥った錯覚は、人間なら誰でも多くの人が陥る落とし穴なのです。人間は二つの物を取り上げて、それぞれの増減に関する話を聞くと、その二つの物の間に因果関係があると錯覚しやすいのです。頭の中にいつのまにか思い込みの枠が出来てしまうのです。
例えば年々喫煙率は低下し、子供の貧困率は上昇しています。ではこの二つには因果関係があるでしょうか?・・・・ないですよね。でも、この言葉を聞いてあなたは一瞬、なにか因果関係があるんじゃないかといろいろ想像してみたのではないでしょうか。
日本酒の輸出量が増加していますが、一方で、ガラケーの台数はどんどん減りました。すると、ガラケーが減ったからお酒の輸出量が増えたのでしょうか?
違いますよね。
このように、二つのデータが、年と共に増えたり減ったりすることについて、そこだけを取り上げても、因果関係があるとは証明できないのです。しかし、人間とは残念な生き物でして、きちんと学習しないと、そのことがよく分からない。そのために、二つの物の増減を見つめると、ついその二つの物の間に因果関係があると信じてしまいやすいのです。
では、米とパンの実際の関係について、家計調査をよく見ましょう。実は、家計調査をよく見れば、米の消費減退の主因がパンではない事実が読み取れるのです。」
(インターネットで国が公開している家計調査グラフ「1世帯年平均1ヶ月の収入と支出」を見せる。)
先生「これは2000年(平成12年)のデータです。
世帯人員は3.31人。
お米への支出額は3243円。
これを3.31人で割って、一人あたり979.8円。
パンへの支出額は2267円。一人あたり684.9円。
次は2015年(平成27年)のデータです。
世帯人員は3.02人。
お米への支出額は1822円。一人あたり603.3円。
パンへの支出額は2499円。一人あたり827.5円。
ではこの15年間で米とパンはそれぞれ何円増減してますか?」
生徒「米は376.5円減って、パンは142.6円増えています。」
先生「そうですね。では、皆さんお米376.5円って、炊くとお茶碗何杯になるか知ってますか?」
生徒「・・・?」
先生「例えば、秋田産あきたこまちが5キロで税込み1800円で売っていました。ブランドによって値段の差がありますが、今回はこのあきたこまちを例に計算しましょう。
この場合、1キロで360円ですね。すると、376.5円は1.05キロです。
一方、お米は1キロを炊くと2350グラム前後の炊飯米になるので、お茶碗1ぱいを150グラムとして計算すると、お茶碗約16杯になります。さあ、では376.5円のあきたこまちは茶碗約何杯でしょうか?」
生徒「17杯弱です。」
先生「そうですね。一世帯3人だと50杯近く減少していますね。
あきたこまちより安い米だと60杯以上減少していることでしょう。
お米の消費がとても減少したということがよく分かります。
ではここからが重要な部分です。
2000年から2015年の15年間で、パンは142.5円増えています。
これはどれくらいの量ですか?」
生徒「ヤ○ザキのロイ○ルブレッドだと、1斤。」
生徒「でもベーカリーのあんパンだと1個分だよ。」
生徒「サンドイッチだと、1食分も買えないよ。」
先生「なるほど。ここではあんパンを代表例にしましょう。
では、最後の質問です。
あんパンを1個余分に食べるようになったのが原因で、ご飯を食べる量が17杯分減ったと思う人、手を挙げてください。」
(生徒、あっと驚いてから、一瞬間を置いて、クスクス笑い出す)
先生「そうですね。誰もいませんね。あんパン1個食べたのが原因でご飯が17杯も減るはずがありません。このように、家計調査から分かる通り、お米の消費が減った主因はパンではありませんね。」
生徒「面白かったです。よく分かりました。では、家計調査でお米の購入金額が減った主な理由はなんでしょう。」
先生「いい質問ですね。あなたは何だと思いますか?」
生徒「うーん。糖質制限ダイエットの影響や、少子高齢化で一人あたりのカロリー摂取量が落ちているとか?」
先生「なるほど。他にアイデアはありませんか。」
生徒「家計調査は生のお米を買って炊飯するのを調べているのですね。じゃあ、生米を買わずに、おにぎりを買って済ませるようになったから?」
生徒「うちはふるさと納税でお米をもらっているからここ数年お米を買ったことがありません。」
先生「なるほど、みなさんいいアイデアですね。おそらく一つの物だけが原因ではなく、複合的な要因によって、少しずつ家計調査におけるお米の支出額が減ったのでしょう。いずれにせよ、結論を出すには、様々な統計を見て、よく比較検討しなければなりません。ここでは私はあえて結論は言いません。皆さんによく考えてもらうのが、この授業の目的だからです。
もう一度繰り返します。私たち人間は物事の因果関係を安易に決めつけがちです。私たちの周りには、様々な問題の「犯人」捜しのための統計データが広まっていますが、データを正しく理解するためには、きちんとした知識とおちついてよく考える態度が必要です。
今回は、小学校で習う算数で、パンがお米消費量減少の主犯でないことが証明できました。みなさんも、これから日常で、様々な物の因果関係の話を聞くでしょう。例えば、これを食べたら痩せるとか、日本社会の問題の原因はここにある、とか。
そういったときには立ち止まって、今回の授業のことを思い出してもらえると、先生はうれしいです。」
社会科や算数の授業で使えて、しかも人生にも刺さる内容でした。
ブログで紹介してよいかどうか確認したところ、論旨はそのままで、ただし台詞等を一部書き換えて、関係者名や教室名を伏せれば拡散して大丈夫、むしろ積極的に授業で使ってください、とのことでした。そこで、これらの点をクリアして、皆さんにご紹介します。
先生「皆さん、近年お米の消費が減っているそうです。」
(新聞や雑誌の「米の消費が減っている」という記事を見せる。)
「では、お米の消費が減った原因はなんだと思いますか。」
生徒「他の食べものを食べるようになったからだと思います。」
生徒「やっぱり、パンじゃないでしょうか。」
先生「皆さんもパンだと思いますか?」
生徒「はい。しばらく前に見た新聞記事にこう書いてありました。最近、パンの消費が米の消費を追い抜いた、と。」
先生「それで、パンが原因だと思うのですね。でもその新聞には、パンが原因だと書いてありましたか?」
生徒「あれ?でも、パンの消費が米を追い抜いたのだから、パンが原因・・・ですよね?」
先生「その記事は私も読みました。国の『家計調査』という統計データによると、パンを購入する金額が、米を購入する金額を追い抜いた、という記事です。でも、記事には、パンが原因で米の消費が減ったとは書いてありませんでしたよ。
実は、あなたが陥った錯覚は、人間なら誰でも多くの人が陥る落とし穴なのです。人間は二つの物を取り上げて、それぞれの増減に関する話を聞くと、その二つの物の間に因果関係があると錯覚しやすいのです。頭の中にいつのまにか思い込みの枠が出来てしまうのです。
例えば年々喫煙率は低下し、子供の貧困率は上昇しています。ではこの二つには因果関係があるでしょうか?・・・・ないですよね。でも、この言葉を聞いてあなたは一瞬、なにか因果関係があるんじゃないかといろいろ想像してみたのではないでしょうか。
日本酒の輸出量が増加していますが、一方で、ガラケーの台数はどんどん減りました。すると、ガラケーが減ったからお酒の輸出量が増えたのでしょうか?
違いますよね。
このように、二つのデータが、年と共に増えたり減ったりすることについて、そこだけを取り上げても、因果関係があるとは証明できないのです。しかし、人間とは残念な生き物でして、きちんと学習しないと、そのことがよく分からない。そのために、二つの物の増減を見つめると、ついその二つの物の間に因果関係があると信じてしまいやすいのです。
では、米とパンの実際の関係について、家計調査をよく見ましょう。実は、家計調査をよく見れば、米の消費減退の主因がパンではない事実が読み取れるのです。」
(インターネットで国が公開している家計調査グラフ「1世帯年平均1ヶ月の収入と支出」を見せる。)
先生「これは2000年(平成12年)のデータです。
世帯人員は3.31人。
お米への支出額は3243円。
これを3.31人で割って、一人あたり979.8円。
パンへの支出額は2267円。一人あたり684.9円。
次は2015年(平成27年)のデータです。
世帯人員は3.02人。
お米への支出額は1822円。一人あたり603.3円。
パンへの支出額は2499円。一人あたり827.5円。
ではこの15年間で米とパンはそれぞれ何円増減してますか?」
生徒「米は376.5円減って、パンは142.6円増えています。」
先生「そうですね。では、皆さんお米376.5円って、炊くとお茶碗何杯になるか知ってますか?」
生徒「・・・?」
先生「例えば、秋田産あきたこまちが5キロで税込み1800円で売っていました。ブランドによって値段の差がありますが、今回はこのあきたこまちを例に計算しましょう。
この場合、1キロで360円ですね。すると、376.5円は1.05キロです。
一方、お米は1キロを炊くと2350グラム前後の炊飯米になるので、お茶碗1ぱいを150グラムとして計算すると、お茶碗約16杯になります。さあ、では376.5円のあきたこまちは茶碗約何杯でしょうか?」
生徒「17杯弱です。」
先生「そうですね。一世帯3人だと50杯近く減少していますね。
あきたこまちより安い米だと60杯以上減少していることでしょう。
お米の消費がとても減少したということがよく分かります。
ではここからが重要な部分です。
2000年から2015年の15年間で、パンは142.5円増えています。
これはどれくらいの量ですか?」
生徒「ヤ○ザキのロイ○ルブレッドだと、1斤。」
生徒「でもベーカリーのあんパンだと1個分だよ。」
生徒「サンドイッチだと、1食分も買えないよ。」
先生「なるほど。ここではあんパンを代表例にしましょう。
では、最後の質問です。
あんパンを1個余分に食べるようになったのが原因で、ご飯を食べる量が17杯分減ったと思う人、手を挙げてください。」
(生徒、あっと驚いてから、一瞬間を置いて、クスクス笑い出す)
先生「そうですね。誰もいませんね。あんパン1個食べたのが原因でご飯が17杯も減るはずがありません。このように、家計調査から分かる通り、お米の消費が減った主因はパンではありませんね。」
生徒「面白かったです。よく分かりました。では、家計調査でお米の購入金額が減った主な理由はなんでしょう。」
先生「いい質問ですね。あなたは何だと思いますか?」
生徒「うーん。糖質制限ダイエットの影響や、少子高齢化で一人あたりのカロリー摂取量が落ちているとか?」
先生「なるほど。他にアイデアはありませんか。」
生徒「家計調査は生のお米を買って炊飯するのを調べているのですね。じゃあ、生米を買わずに、おにぎりを買って済ませるようになったから?」
生徒「うちはふるさと納税でお米をもらっているからここ数年お米を買ったことがありません。」
先生「なるほど、みなさんいいアイデアですね。おそらく一つの物だけが原因ではなく、複合的な要因によって、少しずつ家計調査におけるお米の支出額が減ったのでしょう。いずれにせよ、結論を出すには、様々な統計を見て、よく比較検討しなければなりません。ここでは私はあえて結論は言いません。皆さんによく考えてもらうのが、この授業の目的だからです。
もう一度繰り返します。私たち人間は物事の因果関係を安易に決めつけがちです。私たちの周りには、様々な問題の「犯人」捜しのための統計データが広まっていますが、データを正しく理解するためには、きちんとした知識とおちついてよく考える態度が必要です。
今回は、小学校で習う算数で、パンがお米消費量減少の主犯でないことが証明できました。みなさんも、これから日常で、様々な物の因果関係の話を聞くでしょう。例えば、これを食べたら痩せるとか、日本社会の問題の原因はここにある、とか。
そういったときには立ち止まって、今回の授業のことを思い出してもらえると、先生はうれしいです。」