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『ゲキxシネ五右衛門ロック』『The Musical AIDA』など、ミュージカルの話題作に出演の青山航士さんについて。

メリークリスマスと言わないで

2005-12-23 | グランドホテル ザ ミュージカル
「男爵は多重人格」で引っ張り出したアル・パチーノがシャイロックを演じる映画『ヴェニスの商人』、ご覧になりましたか。「悪の華」という感覚が生まれた19世紀のロマン主義以降、シェイクスピア劇の演出にいわゆる「敵役」をクローズアップしたもの(『オセロー』でいうならイァーゴを、というように)が見られるようになったのですが、この映画はそうしたもののひとつ、といってもいいかもしれません。何万もの言葉があふれ出るようなアル・パチーノの表情が印象的で、吸い込まれるように彼/シャイロックに感情移入してしまいました。

 カトリックが、金銭を貸すことによって利息を取る=利益を得る、ことを禁じているために、当時の金融業はユダヤ人が独占する形になり、裕福ではあっても異教徒として様々な法的・私的差別を受け、その仕事を賤しまれていた・・・そんな背景を克明にこの映画は描いています。あの「期日までに返済できなければ肉一ポンド」という残酷な「契約」は、妻を亡くし、一人娘もキリスト教徒と駆け落ち、と失意のどん底にあったシャイロックが、かつて職業をさげすみ、自分に唾を吐きかけたことのある「商人」アントーニオからの借金の申し出に、憎しみをぶつけるようにして結んだものだったのです。

 機知に富んだポーシャの「血一滴たりとも流してはならぬ」という裁きによってアントーニオが救われ、その直後、「ヴェネツィアの民でないものがヴェネツィアの民を殺戮しようとした」罪で、シャイロックがユダヤ教からキリスト教に改宗しなくてはならなくなるのは原作の通りですが、映画のラストシーンでは、ミサが始まろうとしているユダヤ教会の扉が、立ちすくむシャイロックの前で閉ざされ、彼はなにひとつ心のよりどころのない孤独に突き落とされてしまいます。信仰を捨てる、ということが当時いかに重い意味を持っていたか、現代からは想像もつかないことです。

 『グランドホテル』の原作者、ヴィッキー・バウムもユダヤ人、また、オットー・クリンゲラインもユダヤ人という設定でしたね。『グランドホテル』原作が書かれ、映画化された後、ユダヤ人を襲った目を蓋うような悲劇は、遠い昔のヴェネツィアとも繋がっているのかもしれません。ユダヤ系のハリウッドスターに、日本からたくさんのクリスマスカードが送られてきている、という記事を以前目にした事があります。まだまだ「外国」は遠いところ、「グランドホテル形式」という言葉を生んだこの群像劇は、多様な人間のそれぞれの人生を日本の観客にも見せてくれるような気がします。

 このポーシャ役のリン・コリンズが、見ているうちにどんどん好きになっていくタイプの(という演技?)素敵な女優さんだったのですが、ジュリアード・スクールのドラマ科出身だそうです。日本では音楽科がとくに有名ですが、人数的にはあわせても全体の3分の1に満たないという、ダンス科とドラマ科の少数精鋭ぶり(もちろん青山さんも~)もすごいですね。