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『ゲキxシネ五右衛門ロック』『The Musical AIDA』など、ミュージカルの話題作に出演の青山航士さんについて。

プロの仕事

2005-09-07 | テネシーワルツ ~江利チエミ物語~
 「テネシーワルツ」の好評ぶり、あちこちのサイトで目に留まります。キャストのかたの素晴らしい歌と、かつて「ときめき」の代名詞のようだった「レビュー」の再現に、往時を知る世代も、はじめて目にする世代も大きな拍手を送っておられるようです。

 アマチュアリズムが受けている気がする日本の芸能界で、スタッフ、キャストのことを知れば知るほど、この作品は「プロの仕事」という印象が深まります。テレビが娯楽の中心になってから、素人っぽさが魅力のタレントさんが増えた、ということなんでしょうが、そのわりにはアマチュアであることが殆どのオリンピック選手なんかには「メダルメダルメダルメダル」とものすごいプレッシャーのかけようです。いくら税金使っているといっても、かりに選手団の予算が一千億円でも国民一人当たり八百円程度の負担。それなのに「皆さんの声援にこたえられず・・・」とか語ったりする選手の方々は人格者だなあ。学校で一番になるのだって大変なのは皆しってるはずなのに、やはりこの国には優れ(すぎ)た「稀なる人」を嫌う傾向があるのかしら。

 それはさておき、たくさんの方が江利チエミさん、美空ひばりさんが舞台に帰ってきた、と語っておられますが、その言葉が口をついて出る前には「埋めようのない喪失感」があるに違いありません。確かにお二人とも、アマチュアがテレビではしゃいで、プロの芸にゆったりと酔うことの少なくなった、いらいらと忙しげな日本を見るに見かねておられるかもしれませんね。じつは私が生まれて初めて見た「舞台」は美空ひばりさんの舞台です。まだ幼稚園児だったと思いますが、最初の一声で鳥肌立つような想いをした記憶だけがうっすらと残っています。チビでもおとなしく最後まで聞かせてしまう方だったのでしょう。

 青山航士さんもプロフェッショナルであることを強く感じさせるアーティストですが、表現力も技術も高いレベルで兼ね備えた人だからこそ、子供の目を奪うことができるのだと思います。実際にはアメリカの芸術高校のダンス科、ボストン・コンセルヴァトリー、ジュリアードと非常にアカデミックな環境でダンスを学んだ方で、象牙の塔ではないけれど、「芸術」のとりでの中だけで仕事をする選択肢もあるというのに、全身で語りかけるような表現を惜しみなく見せてくれます。

 「アート」はもともとは精神性に関わるというより「技、技術」を指す言葉である事が、ストレートにこの国にはつたわって来なかったのかもしれません。「芸術」よりも日本に昔からある、技術に裏付けられた、というニュアンスのある「芸」という言葉のほうが訳としてはしっくり来るように思います。

 そんなプロの「アーティスト」による競演「テネシーワルツ」によって、チエミさんやひばりさんの後をたどるようにして、舞台に魅了され、愛する人が増えるような気がします。