池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

賭け

2020-12-31 16:56:16 | 日記
 令二は、初めて男の顔を正面から見た。男も令二を見た。お互いに同じことを考えているのだろう。四十年以上も前の名残りを、互いの表情のどこかに見つけようとしている。しかし、記憶との接点を見つけることはできない。目と鼻の辺りが何となく母親と似ている気はするが。
 沈黙が続いた。このまま黙っていても仕方がない。
「本来なら、お兄さんと呼ぶべきなのでしょうが、あまりにブランクが長すぎて、正直言ってまだピンと来ていないのですよ」
「ああ、オレもそうだよ」男はにやりと笑い、ポケットに手を突っ込んで煙草のパッケージを取り出した。
「吸っていいかね?」
「ええと」令二は周囲を見回し、メモを入れるための化粧皿を手にとった「灰皿はないので、これを使ってください」
 男は黙ってそれを受け取ると、煙草に火を付けた。
「まあ、端的に言って、どういう目的で私に会いにこられたのか、よくわからない」
「実の兄弟じゃないか、会いたいと言っても不思議はないだろう」
「それはそうですが、それ以外に何か目的があるのかなと・・・」
「ふうん、それじゃあ何かい、お前さんはオレが金をせびりに来たとでも思っているのかい? ふん、それが四十年ぶりに再開する兄弟に対する言葉かよ」
 男は薄ら笑いを浮かべて煙を吐いた。ねちねちした口調、相手に絡みついてくるような執拗な視線、ふてぶてしい態度、どれもがこの男の過去を暗示していた。
 これが実の兄なのだと思うと、令二の胸に痛みが走る。運命は、どうして兄弟間にこれだけの距離を作ったのか。
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