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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

5月12日・武者小路実篤の理想

2024-05-12 | 文学
5月12日は、思想家、クリシュナムルティが生まれた日(1895年)だが、作家の武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の誕生日でもある。

武者小路実篤は、1885年、東京で生まれた。藤原家の系統をひく子爵の息子で、実篤は8番目の子だった。
小中高と学習院をへて、東京帝国大学に入学。学習院のころから文学の同志だった志賀直哉と同人誌をはじめ、東大を中退して作家を目指した。25歳のとき、志賀直哉、有島武郎らとともに同人誌「白樺」を創刊。これにより彼らは「白樺派」と呼ばれる文学一派となった。
白樺派は青年らしい理想主義の文学一派だった。当時、文壇の主流派だった自然主義の作家たちから、甘やかされたお金持ちの坊ちゃんたちの遊びとからかわれ、この矢面に立って、もっともはげしく論戦をしたのが武者小路であり、彼は白樺派の大黒柱だった。
33歳のころ、理想郷建設を目指して、九州、宮崎県の木城村に「新しき村」を建設。
54歳のとき、「新しき村」は埼玉県の毛呂山町へ移転。現在も続いている。
戦後は一時、貴族院の議員になったが、戦時中に戦争協力したとして公職追放を受けた。文化勲章を受賞した後、1976年4月、東京都の入院先で、尿毒症のため没した。90歳だった。
作品に『お目出たき人』『幸福者』『友情』『愛と死』『真理先生』などがある。

「仲良きことは美しき哉 実篤」
米国のコミュニティーの研究していた関係で、以前、つてを頼って埼玉の新しき村を訪ねた。カレーをごちそうになり、90歳すぎの古株のメンバーのお宅におじゃまして、いろいろ話を聞いた。これくらい古株の方になると、生前の武者小路をよく知っていて、その方の奥さんは、
「武者小路さんは『新しき村』を作ったのだけれど、村にお金を入れるために街で原稿を書いていて、自分は村には住めなかったのよ」
と笑っていらした。

「新しき村」は、効率だとか競争だとかいう資本主義的なことを追求しないで、働きながら余暇を大事にして、文化的なたしなみをもち、生活を楽しむという理想的な生活を作っていこう、という理想主義のコミュニティーである。実際に住人の方たちと接してみて、その教養レベルの高さに驚いた。しかも、彼らは文化的な生活を楽しみながら、世の中のためにと、できる範囲で慈善奉仕を実行していた。

外国のコミュニティーの人たちに日本のコミュニティーを紹介するとき、もっともウケがいいのが、この「新しき村」である。
亡くなったキャット(キャスリーン・キンケイド、ツイン・オークス・コミュニティーの創設者)も生前、「新しき村」の説明を聞くと、
「それはいいわねえ」と笑っていた。

武者小路実篤は、文学者という肩書きからはみ出た、姿の大きな人だった。
(2024年5月12日)


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