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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

5月1日・吉村昭の肋骨

2021-05-01 | 文学
5月1日は、国際的な労働者の日「メーデー」。この日は吉村昭の誕生日でもある。

吉村昭は、1927年5月1日、東京に、紡績工場の経営物を父親として生まれた。17歳のとき母親が没。18歳のとき、父親も没した。
吉村昭は、学習院の高等科に通っていた21歳のとき、結核で肺の摘出手術を受けた。手術は、肋骨(ろっこつ)を5本切り取って、それから肺をひとつ切除するというものだった。当時、その手術は局所麻酔でおこなわれていた(後に全身麻酔の手術になった)。吉村は、手術中、ずっと意識があった。肋骨を切除は、ものすごく痛かったらしい。
いちおう麻酔がかかっているのだけれど、神経が切断され、ものすごい激痛が走る。手術を受ける患者たちはたいてい、泣きわめいて、「やめろ」「殺してくれ」と叫ぶそうだ。
吉村の場合、5本切り取るので、都合10回切る。それが、切るたびに、
「パチンッ」
と音がした。その激痛のなかで吉村昭は「時間」というものを考えたと、後年テレビの取材で語っていた。
「こうしているあいだにも、時間は確実に流れている。時間がたって、いつかは、この手術も終わり、痛みから解放される」
そう思うことが、手術中の唯一の救いだった、と。それが、
「人間は生まれ落ちた瞬間から、時間ごとに刻々と死に向かって歩きはじめている」
という死生観にもつながっていた、とも。
手術後、吉村昭は文学を志すようになった。
学習院大学に入学したが、学費滞納により、除籍。
紡績会社、繊維関係の団体事務所などに務めながら創作を続け、31歳のとき、小説家としてデビュー。はじめ純文学作家としてスタートし、やがて独特の記録文学を切り開いた。徹底的に取材、調査をし、厳密な事実の上に小説を構築した。作品に、
『星への旅』(太宰治賞)
『戦艦武蔵』
『陸奥爆沈』
『関東大震災』(菊池寛賞)
『ふぉん・しいほるとの娘』(吉川英治文学賞)
『破獄』(読売文学賞)など。
78歳のとき、ガンにかかり、いくつかの内臓に転移していて、自宅療養を続けていたが、娘に「死ぬよ」と宣言しておいた上でカテーテールを自身から引き抜き、2006年7月、東京、三鷹の自宅で亡した。79歳だった。

吉村昭の小説では、若いころの作品『少女架刑』に感心した。

吉村昭は、何度も芥川賞候補になりながら、ついにその賞はもらえなかった。彼が落選を繰り返すうち、学生時代に知り合った奥さんの津村節子のほうが芥川賞を受賞した。
吉村昭が、記録文学に独自の境地を見出し、その本領を発揮しはじめたのは、その後のことである。地力のある作家だった。
(2021年5月1日)



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