1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

3月20日・片岡義男の照れ

2018-03-20 | 文学
3月20日は、心理学者、B・F・スキナーが生まれた日(1904年)だが、小説家、片岡義男の誕生日でもある。

片岡義男は、1940年、東京で生まれた。父親はハワイ生まれの日系二世で、日本へ帰ってきて、義男が生まれた。誕生時は日中戦争中で、翌年に太平洋戦争がはじまった。
4歳で山口の岩国へ疎開。疎開先で、原子爆弾投下によってヒロシマに上がるきのこ雲を目撃したという。10歳のとき広島県の呉に移り、13歳のとき東京へもどった。
法科の大学生だったころからライターとして雑誌に原稿を書き、パロディ本を出していた。
31歳のとき、評論『ぼくはプレスリーが大好き』を発表。若者向けの雑誌「宝島」編集長などをへて、34歳のとき、小説『白い波の荒野へ』を発表。
35歳のとき、小説『スローなブギにしてくれ』で野性時代新人文学賞を受賞。以後、執筆のほか、ラジオDJなどでも活躍し、若者の人気を集めた。小説に『ボビーに首ったけ』『いい旅を、と誰もが言った』、翻訳に『ビートルズ詩集』がある。

学生時代の一時期、片岡義男の小説に熱中した。クルマやバイクを乗りまわす若者たちの倦怠感のある青春が描かれていて、登場人物が口にするセリフがキザで、照れがあって、かっこよかった。こんなに改行のはげしい文章ははじめてだった。そのうちに世間で片岡義男ブームが巻き起こった。『スローなブギにしてくれ』の映画化が1981年。南佳孝が歌う同名の主題歌もヒットした。それ以前から片岡義男は人気作家だったけれど、角川書店の派手な宣伝もあって、日本全国、猫も杓子も片岡義男という大ブームになった。天邪鬼から、それで、なんとなく読まなくなった。

1980年代前半のころ、片岡義男はカーステレオの「ロンサム・カーボーイ」のテレビCMのナレーションをしていたが、当時、オンボロの中古車に、そこだけ新品のロンサム・カーボーイのコンポーネントを積んで走っていた。

片岡義男は才人である。彼の小説はポップでアメリカくさく、洒落ていた。不良の若者が主人公で、後のケータイ小説にも通じるけれど、片岡作品には照れのある気取りがあって、そこが両者の決定的なちがいである。

『スローなブギにしてくれ』は、ネコ好きの少女と、バイク好きの少年が出会い、恋に落ちる「ボーイ・ミーツ・ガール」の物語で、ラストがキザですてきだった。最後の場面では、主人公の少年が、スナックでバーテンと二人きりでいる。バーテンは少年の恋について「できすぎた話じゃねえか」と茶化しながらも、
「おまえの人生は、これからだぜ。記念に音楽を贈ってやるよ。なにがいい?」
少年は、声がふるえなければいいがと心配しつつ、こう返事をする。
「スローなブギにしてくれ」
「なにを言いやがる。それでせりふのつもりかよ」
そう言いながらも、バーテンはジョークボックスで曲をかけてくれる。(片岡義男『スローなブギにしてくれ』角川文庫)
言うことと、やることのずれがいい。これは日本人の伝統的傾向である。
(2018年3月20日)



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