1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

3月7日・安部公房の抽象

2018-03-07 | 文学
3月7日は、「ボレロ」の作曲家、ラヴェルが生まれた日(1875年)だが、作家、安部公房の誕生日でもある。

安部公房は、1924年、東京で生まれた。父親は医者で、母親は小説家だった。1歳のとき家族に連れられて満州へ渡り、奉天で中学時代までをすごした。
16歳で帰国。高校卒業後、東京帝国大学の医学部に入り、第二次世界大戦下を学生として過ごし、戦争末期にふたたび満州へ渡り、現地で開業医をしていた父親を手伝いながら、満州で敗戦を迎えた。
日本へもどり、23歳のとき、ガリ版刷りで『無名詩集』を自費出版。
24歳のとき、医者にならないことを条件に東大医学部を卒業。以後、極貧の生活のなかで小説を書いては文芸誌に送り、意気投合した埴谷雄高、岡本太郎らの「夜の会」に入会し、前衛芸術家たちと交わった。
27歳のとき、文芸誌に短編『壁 - S・カルマ氏の犯罪』を発表。この作品が芥川賞を受賞し、安部は流行作家となった。
38歳のとき『砂の女』を発表。この作品はまたたく間に世界数十カ国で翻訳・出版され、安部は一気に国際的作家となり、ノーベル文学賞候補に名を連ねた。以後『他人の顔』『燃えつきた地図』『箱男』『密会』『方舟さくら丸』『カンガルー・ノート』などの小説を書いた。
小説執筆のかたわら、49歳のころから、演劇集団「安部公房スタジオ」を主催し、演劇分野でも国際的に活動した。戯曲に『友達』『未必の故意』『緑色のストッキング』などがある。
1993年1月、脳内出血の後の心不全のため、東京の入院先で没した。68歳だった。

高校2年生の国語の教科書に安部公房の短編『赤い繭』が載っていた。前衛、実験的、抽象主義で新鮮だった。それから安部公房の作品をいくつか読んだ。なかでも『砂の女』は印象ぶかかった。
「罰がなければ、逃げるたのしみもない」
というエピグラフの掲げられた『砂の女』は、昆虫採集に出かけて、そのまま行方不明になった学校教師の話である。教師の男は、砂に埋もれた村を通りかかり、その村のとりこになってしまう。男はさまざまな手段を使って砂の穴の底から脱出を試みるが、なかなかうまくいかない。
この奇妙な小説の圧倒的な魅力はいったいなんだろう。魔法のような魅力である。よくもこういう象徴的な、寓話的な物語を思いつき、こうまで鮮やかに描けるものだ、と、読んでいくうちに、これは自分のことを書いた小説だ、と感じるようになってくる。でも、どうしてこの作者は自分のことを知っているのだろう、と不気味に感じられる。
『砂の女』は、冷戦下の東欧でも翻訳され、多くの読者を得た。東欧の読者たちは、読んでただちに、これは管理体制の下に抑圧された自分たち市民の姿を描いたものだと理解するらしい。鉄のカーテンの向こうにも、同じように感じる人がいたのである。
安部公房ほどの鮮烈な魅力をもった抽象作家は、今後ちょっと出ないだろうという気がする。すごいセンスだった。
(2018年3月7日)



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