た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

残暑一人旅④

2015年09月03日 | essay
 暑い。大鹿村はそれなりに風情があったが、特別にあつらえたように暑かった。そして村全体がお盆明けの眠りについていた。気ままな旅をするとこのようにタイミングを逸することがある。これもまた旅。

 村で一泊する気でいたが、予定変更してバスに乗り、伊那大島駅に戻る。

 ほぼ無人と言っていい小さな駅の構内で、南アルプスから下山してきた大阪の学生と話し込む。彼は大学のサークルで、よく大人数で山登りをするらしい。今回初めて単独で南アルプスの縦走を試みたが、前日の大雨で丸一日ビバーク、心が折れたと言う。予定を早めて下山したので、私同様、彼も次の目的地を決めていない。

 「どうしますかね」

 「南下しようかなあ、せっかくだから」

 「そうですか。うーん、僕はどうしようかなあ」

 行先のない旅人が二人、人気のない田舎駅の構内で時刻表を見上げながら首を捻る。

 突然改札口から声を掛けられた。無人駅と思っていたら、駅員がいたのだ。かなりの年輩である。

 「市田は今日、とうろう流しだ」

 「はあ」

 「とうろう流しだよ。そこにポスターが貼ってあるだろう? 花火大会と一緒にやるんだ。そう。とうろう流しと打ち上げ花火。この辺じゃ一番大きい花火大会だな」

 「へえ」

 他人のアドバイスで行き先を決めるのが、私はなかなか好きである。「よし決めた。南下して市田に寄ってみるよ」

 大学生はリュックを担いだ。「そうですか。僕は北上して駒ケ根に行きます。何かあるでしょう」

 「そうか。じゃあ、よい旅を」

 「ええ。お互い、よい旅を」

 名前も聞かない相手と、会釈して別れる。向かい合わせのプラットフォームにそれぞれが立つ。向こう側に先に電車が入り、電車が出て行ったら、もう彼の姿はなかった。

 なんだか旅をしているのだと実感した一コマであった。

 さあ、自分は単身、市田へ。なぜだか旅は急速に観光の要素を帯びてきた。

(つづく)
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