た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 125

2008年05月11日 | 連続物語
 「早く車に乗せて!」
 「どうしたんだ」
 「見えないの? あれが? いいから早く乗せて!」
 鷲鼻男の表情が曇った。辺りを睨む。この男は昨晩、美咲のうわ言も耳にしている。「何が見えるんだ。一体」
 「いいからお願い、乗せて! 私を狙ってるの」
 彼の見せた応対は俊敏であった。「わかった。こっちだ。来なさい」
 二人は路肩に駐車していた灰色の車に向かった。なかなかできるおまわりである。彼の手は志穂の腕をしっかりと掴んでいる。傍目には男が女をさらっているかのようだ。少なくともそうとしか見えなかった、この私には。
 大いなる風が巻き起こるのを感じた。
 私は声を出した。
 「待て」
 低くひび割れた声色。まるで重い石を引き摺るような。私はこんな声をしていたろうか。 
 唯一人、それが聞こえる女が立ちすくんだ。両手で耳を覆っている。黒タイツの脚が上体を支えきれないほどに震えている。

(つづく)
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