「早く車に乗せて!」
「どうしたんだ」
「見えないの? あれが? いいから早く乗せて!」
鷲鼻男の表情が曇った。辺りを睨む。この男は昨晩、美咲のうわ言も耳にしている。「何が見えるんだ。一体」
「いいからお願い、乗せて! 私を狙ってるの」
彼の見せた応対は俊敏であった。「わかった。こっちだ。来なさい」
二人は路肩に駐車していた灰色の車に向かった。なかなかできるおまわりである。彼の手は志穂の腕をしっかりと掴んでいる。傍目には男が女をさらっているかのようだ。少なくともそうとしか見えなかった、この私には。
大いなる風が巻き起こるのを感じた。
私は声を出した。
「待て」
低くひび割れた声色。まるで重い石を引き摺るような。私はこんな声をしていたろうか。
唯一人、それが聞こえる女が立ちすくんだ。両手で耳を覆っている。黒タイツの脚が上体を支えきれないほどに震えている。
(つづく)
「どうしたんだ」
「見えないの? あれが? いいから早く乗せて!」
鷲鼻男の表情が曇った。辺りを睨む。この男は昨晩、美咲のうわ言も耳にしている。「何が見えるんだ。一体」
「いいからお願い、乗せて! 私を狙ってるの」
彼の見せた応対は俊敏であった。「わかった。こっちだ。来なさい」
二人は路肩に駐車していた灰色の車に向かった。なかなかできるおまわりである。彼の手は志穂の腕をしっかりと掴んでいる。傍目には男が女をさらっているかのようだ。少なくともそうとしか見えなかった、この私には。
大いなる風が巻き起こるのを感じた。
私は声を出した。
「待て」
低くひび割れた声色。まるで重い石を引き摺るような。私はこんな声をしていたろうか。
唯一人、それが聞こえる女が立ちすくんだ。両手で耳を覆っている。黒タイツの脚が上体を支えきれないほどに震えている。
(つづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます