た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 136

2009年06月17日 | 連続物語
 欲望である。生きているときと同じ、いや生きているとき以上に激烈な肉欲である。そいつに思考を支配された。熱にうなされるようなものだ。理性が効かない。可能と不可能の区別がつかない。だがそのことを口に出して奴に伝えるわけにはいかない。欲望は口に出せば弱味となろう。これ以上奴に嘲笑われたくない。だが嫌らしさの権化であるこの奇形物は、何も聞かずとも、私の腹を完全に見透かしていた。
 「触りたいのか。あの女に」
 「無理なのか」
 「形のあるものしか、形に触ることはできぬ」
 「つまり無理なのか」
 「無理とは言っておらん」
 「できるのか」
 天蓋を震わす大音量で、鬼は哄笑した。鬼が声を出して笑うことを初めて知った。弄ばれたのだ、結局、私は。生き血の通う顔であったら、真っ赤に染まっていたろう。
 乾坤一擲。私は大気を蹴って急降下し始めた。地上へ。幻影ではなく健全なる生命うごめく地上へ。鬼もどきに構っている暇なぞない。もう我慢ならない。志穂のところに行こう。そして彼女に手をかけるのだ。彼女に手をかける!・・・構わない。自ら試み、自ら限界を知ればよい。
 雲海を突き破り、ぐんぐん下界が近づいてきたと思ったら、背後から鬼が顔を出した。ご丁寧に、私を追って落下してきたのである。しかも鬼の方が速い。

(つづく)
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