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無計画な死をめぐる冒険 25

2006年04月16日 | 連続物語
 電話が鳴った。
 我が家の玄関先の電話機は、ドイツ製のレトロなもので、コロコロと、金属の玉を転がすような妙な音で鳴る。
 美咲は涙を拭いて立ち上がった。私は受話器を取る彼女のすぐ傍に立って受話器に耳をそばだてた。もしかして共犯者からの電話かもしれないからである。
 「もしもし宇津木です」
 「あ、俺」
 あ、俺で世の中を渡れると思っているのは馬鹿息子の博史くらいである。そう言えばあの馬鹿息子は現在三流大学の二年生で、家から電車で二十分もかからないところに独り暮らししている。家から出たくて仕様がなかったらしい。そのくせ週末になると戻ってきて小遣いをせびる。生みなおせるならもう一度生みなおしてやりたいくらいの出来損ないに成長してしまった。母親が出来損ないだから仕方ない。
 「博史。どこにいたの」
 母親は怒っている。
 「どこにって、友だちんちだよ」
 息子も腹を立てている。
 「博史、すぐ家に帰ってきなさい」
 「え? やだよ。今日も友だちと約束があるんだよ」
 「いいからすぐ帰ってきなさい」
 「どうして。なんかあったの」
 「お父さんが死んだのよ」
 「どうして?」
 「知らないわよ」
 まったく、死んだ父親の救われない会話である。死人に頭痛はないのだが、私は我がひたいに手を当てた。
 「とにかく帰ってきなさい」
 受話器の向こうはしばし沈黙した。
 「葬式あんの?」
 あるに決まっている。何という不肖息子か。
 「そりゃあるわよ。まだいつと決まったわけじゃないけど。そうね、いつすればいいのかしら。ああ、博史、あなたが宇津木家の唯一の男になったんだから、しっかりして。すぐに帰ってきてちょうだい」
受話器の向こうはさらに長く沈黙した。
 「どうせ酒だろ? 原因は」
 美咲もすぐには答えなかった。どうしてすぐに答えないのだ。震える両手で受話器を耳に押し当てて黙っている。吊り目は見開いて、居間へ続く廊下の虚空を見つめている。
鼻を啜る音が響いた。
 「酒か女か知らないけど、ろくな死に方じゃないわ」

(つづく)
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