釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

庭の2000年前の大賀蓮

2014-06-08 19:49:34 | 自然
今日も鬱陶しい雨が続いた。雨が降り続くと庭は浅い池のようになってしまう。そこには山野草をはじめたくさんの花木がある。今年は産直でトマトとキュウリ、スイカの苗まで買ってしまった。スーパーで売っているトマトやキュウリは食べる気がしないからだ。もぎ立てのそれらはそれぞれの味を存分に味合うことが出来る。ハウスで栽培されたトマトやキュウリがスーパーに並ぶとその味をまったくと言っていいほど味合うことが出来なくなる。そこで思い付いて、産直で山野草を買ったついでに、それらの苗を買ってしまった。野菜など育てた経験がないので、上手く育つかどうか分からないが、だめもとと考えて、様子を見ている。しかし、こうして雨が降り続いて来ると、とても心配になって来る。雨が降るだけでなく、気温までこの時期にしては、この前と打って変わって、20度を下回っている。植物にはあまりいい環境ではないだろう。山野草は直射が避けられるため、日射しに関してはいいのだろうが、気温が心配になる。昨年失敗した、2000年前の蓮を復活させた大賀蓮の栽培に今年も挑戦している。こちらはむしろ雨は好環境なのだろう、今のところ蓮の葉が少しずつ伸びて来てくれている。昨年使った鉢よりも今年は少し大きくした。ネットで蓮一般について調べると、鉢植えでは、やはり鉢の大きいものの方が蓮の育ちもいいようだ。以前、大船渡市の越喜来(おきらい)地区や小石浜に大賀蓮が植えられていたが、いずれもだめになったようだ。大賀蓮は色合いがとても綺麗だ。紫波町の、奥州藤原氏初代清衡の孫、樋爪太郎俊衡が建立した樋爪館跡のそばにある五郎沼には中尊寺にある800年前の藤原泰衡の首桶から見つかった蓮の種を甦らせたものが植えられている。今庭で葉を伸ばして来ている大賀蓮が2000年前のものだと思うと、感動すら覚える。弥生時代の人々も同じ蓮を見ていたのだ。何としても今年は花を咲かせたい。大船渡で見た蓮の花ほどは大きくはないだろうが、小さい花でも色合いは変わらないだろうから、ぜひ庭で見てみたいものだ。
野薊(のあざみ)の花が雨の中で咲いた

釜石の新しいホテル

2014-06-07 20:20:28 | 文化
今朝起きてみると、小雨が降っていた。西の愛染山は雨雲に隠れている。仕事で職場に出る途中、周辺の低い山を見ても、雨雲が低く垂れ込めていた。午後には雨が本格的になり、周辺の山々も中腹以上はまったく見えなくなってしまった。いよいよ、岩手県全体が梅雨入りしてしまったようだ。雨が降る中いつものSLが汽笛を鳴らしながら釜石へやって来た。震災後、無料で「復興 釜石新聞」が各戸に配布されるようになったが、今日の同紙を見ると、釜石駅に隣接して、JR東日本が7階建てのホテルを建設するようだ。来年春の開業予定で、同様のホテルは東北では岩手、秋田、山形に5カ所あり、岩手県内では3カ所目になり県内では最も大きいものとなるようだ。客室は113室で、最上階には展望露天風呂、1階にカフェが設けられようだ。JRとしては現在運行中のSLとともに釜石を三陸の玄関口として位置付け、三陸の観光拠点とする意向のようだ。現在は復興の関係で、釜石市内は宿泊設備が絶対的に不足している。予約を入れるのも大変である。しかし、この復興が終われば、果たして観光客は釜石へやって来るだろうか。以前にも書いたように、釜石では見るべきものとしてはせいぜい鉄の歴史館と釜石大観音くらいしかない。遠野のような民話も残されていたり、虎舞のような民俗芸能も伝承されているが、それらを遠野ように市全体で集約して観光資産とはなし得ていない。2019年のラグビーワールドカップの開催地として、釜石の鵜住居地区を名乗り出ているが、こうした箱物は終わってしまうと、維持費が大きな負担としてのしかかるだけである。東北の多くがそうであるが、豊かな自然と高齢化した市町村ばかりである。しかし、それは弱点であるように見えるだけで、それを逆に生かしさえすれば、大きな財産となる。その発想の転換が行なえていないだけである。釜石をほんとうに三陸の観光拠点にするつもりであれば、この豊かな自然と高齢化をどう生かして行くか、真剣に取り組んで行くべきだろう。復興はいつまでも復興ではあり得ないのだから。
金蓮花

若狭湾の原発

2014-06-06 19:19:59 | 社会
どうやら釜石も今日から梅雨入りしたようだ。朝の散歩の時から小雨が落ちていて、川面に丸い円がいくつも出ていた。そんな中でもオオヨシキリは元気よく鳴いており、競うようにウグイスも鳴いていた。昼休みに、買い物をかねて、近くの新しく出来たイオンへ行ってみたが、やはり開店当時に比べてずっと客が少なくなっている。平日だからかも知れないが、これで上手くやって行けるのか心配になって来る。せっかく進出したのだから、何とか維持して行ければいいが。食品売り場は確かに既存のスーパーと比べても売り場面積が広く、種類が多いようだ。慣れないので迷ってしまうが。 5月21日、福井地裁は若狭湾に面する関西電力大飯発電所3・4号機の原子炉運転停止を命じたが、福井新聞によれば「福島事故後の2012年1月、最高裁は全国各地の裁判官を集め、原発訴訟をめぐる研究会を開いた。この中で、国の手続きの適否判断が中心だった従来の審理を脱し、安全性を本格的に審査しようとする改革論が相次いで出されたという」。福井地裁の今回の判決が画期的であるのは判決の主文を述べた後、「はじめに」で「ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。」として、「人格権」を前面に掲げたことである。そして、「人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)」として、「我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。」と続けている。この判決ではまさに国民を守るための法としての憲法が、大上段に最初から持ち出されている。「人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれ」については、福島第一原発事故がすでにその事例を示しており、大飯発電所についてもそのおそれは十二分に考えられる。昨年、原子力規制委員会は同発電所下には活断層はないと判断した、とメディアが報じた。しかし、同委員会の有識者チームの一人、渡辺満久東洋大学教授は、委員会の評価は「重要施設の真下に活断層がない」と言うことであり、大飯原発敷地内には活断層が存在することを指摘している。何よりも若狭湾には歴史上で40mの高さと伝えられる津波が襲っている。『続日本紀』巻二「大寳元年三月甲戌朔、己亥 丹波國地震三日」と記されており、701年に丹波国に地震が発生し、揺れが3日間続いたとある。若狭湾は原発銀座と呼ばれるほど原発が集まっているが、その若狭湾にはいくつかの大津波伝承が残されている。若狭湾には日本三景で知られる天橋立があるが、それを一望出来る京都府宮津市の傘松公園には丹後一宮である籠神社の奥宮、真名井神社があり、その境内に「波せき地蔵」が安置されている。1300年前に押し寄せた津波をここで切り返したと言う。地蔵が安置されている高さは40mだ。また、京都府京丹後市の荒塩神社にも津波で鳥居が流され、流された位置で鳥居を祀るようになったと言う言い伝えが残されている。荒塩神社も標高が40mである。荒塩神社は内陸へ13Kmも入った位置であり、同様の位置にある京丹後市のいくつかでも同じような言い伝えが残されている。この大宝地震による大津波と同じ規模の津波が若狭湾を襲えば、14基もの原発すべてが津波に飲まれてしまうだろう。しかし、規制委員会も関西電力もこうした津波を伝承として無視している。日本列島はどこにあっても地震や津波、火山噴火から安全な原発などはあり得ない。歴史上の地震や津波が徐々に解明されて来ているが、すでに明らかになっているM7以上と考えられる地震を概観しただけでも空恐ろしくなる。国内のすべての原発が、今回の判決で言う「人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれ」を有しているのだ。
隣りのキリスト教会のガーベラ アフリカ原産

増え続けるブラック企業

2014-06-05 19:32:17 | 社会
今朝も日射しが出て、ここ最近の朝と変わりがなかった。甲子川の中州からはオオヨシキリの甲高い声が聞こえて来て、よけいに暑さを感じさせられた。今日、東北南部は梅雨入りしたようだ。釜石も午後には薄雲が覆うようになり、日が陰った。それでも、昨日の予報より高い25度まで上がった。明日は雨も降り、そのためか20度を割る予想になっている。東北の中部域になる釜石も明日にはいよいよ梅雨入りなのかも知れない。しばらくはいい天気にはなりそうにないようだ。山野草に悪い影響が出ないか、それが少し気になるが。 NPO法人や弁護士などでつくる「ブラック企業対策プロジェクト」によれば、固定残業代制度を導入する京都府内の企業求人のうち、8割近くが違法か違法の疑いが強いと言う。3日に調査結果を発表している。固定残業代を含んだ給与額を基本給であるかのように表記して給与を多く見せかけたり、、固定分を超過した残業代が支払われない事例も多いと言う。ハローワークのインターネットサービスを使って調査し、京都府内に事業所がある企業の正社員募集の中で、固定残業代制度を導入している求人が180件あった。その77%の139件で、労働基準法や過去の裁判例から、基本給などと比較して時間当たりの残業代の額が適正でなかったり、金額と何時間分かの明示がなかったりした。プロジェクトは京都労働局に対し、企業側に残業代の金額や対応する残業時間、計算根拠の明示を徹底させるよう申し入れている。厚生労働省も同様の調査を実施しており、1,000件中145件で不適切な記載があったとして、今年4月に表記の適切化に努めるよう、全国の労働局に通達していると言う。プロジェクトに参加するNPO法人は公的機関であるハローワークに適切な表記の徹底に努めてもらうよう働きかけると言う。日本では高度経済成長期にも長時間労働や単身赴任など就業者に負担の大きい労働が行なわれて来たが、少なくともこの時期には、終身雇用制や企業福祉などが保障されていた。しかし、2008年のリーマン・ショック以降、見かえりとしての長期雇用保障や手厚い企業福祉がないままに長時間労働を強い、若者が使い潰されるいわゆる「ブラック企業」が現れるようになった。嶋崎量弁護士によれば、ブラック企業は泣き寝入りを前提としたビジネスモデルだということであり、言わば、企業側の確信犯である。国もブラック企業の存在を認識しながら、その排除への動きは鈍い。日本経済の回復のためには企業収益の増大が先ず第一と考える政府にしてみれば、労働力市場の一層の「自由化」が貢献すると考えており、目線は就労者よりも企業経営者側に寄ってしまっている。年間販売台数「世界一」のトヨタ自動車は2014年3月期の決算でようやく法人税を払えるようになっと発表している。2009年3月期以降は法人税を払っていなかった。1989年のバブル崩壊直後は法人税を払っていなかった企業は48.8%であった。しかし、以後、増え続け、2011年では72.3%にまでなっている。個人は簡単に源泉徴収で税を納めなければならないし、消費税の増税にも耐えなければならない。しかし、トヨタは法人税も払っていなければ、消費税などは毎年国から還付されており、消費税増税により、さらに還付される額が増えることになった。その上、政府は法人税を引き下げようとしているのだ。少子高齢化が深刻な日本で、若者が使い捨てられる労働環境が放置されている。また、今や、若い夫婦も共に働かなければ、生活を維持出来なくなって来ているにも関わらず、子供を預ける施設が足りず、また預けるための補助もなく、こうした現状がさらに少子化に拍車をかけている。少子化対策に力を入れると言いながら、若年世代が安心して働ける環境の整備が手つかずのままなのだ。
浜茄子

八重の鉄線

大きな見事な牡丹

薔薇

ドイツ菖蒲



新たな山野草の店

2014-06-04 19:17:05 | 自然
今日も朝から晴れ渡り、暑い一日となった。今日は岩手県内では珍しく内陸も沿岸部もほぼ同じくらいの気温になり、どこも28~29度くらいになったようだ。しかし、この時期の気温の異常な高さも明日からは和らいで行き、週末から来週初めにかけては20度を切って来るようだ。低気圧の影響があるため、天候は悪いようだ。それでもようやく本来の東北に戻ってくれるのは嬉しい。この時期これだけ気温が上がり、直射が強いと本来は日陰の花である山野草たちが参ってしまう。実際、2~3の花がだめになってしまった。水はほぼ欠かさずやっていたが。 大分以前から、家に宅配を届けてくれている方が、先日、荷物を届けてくれた際、山野草の話をされた。2年ほど前に玄関先に発泡スチロールに植えたイワウチワが見事にたくさんの花を付けていた時があって、その花をこの方が見留めて、携帯のカメラに収めたことがあった。休日には山へ入り、山菜を採られるそうだが、山野草も好きで、山で見つけると、少しづつ持ち帰っているそうだ。こちらが産直で安く山野草が売られていることを話し、いくつかの産直の特徴をお教えしたが、ある産直は外よりも中の方に貴重な花をおいてあることを話すと、驚かれておられた。そこは外におかれているものしか、これまで見なかったそうだ。代わりに、この方からは遠野のもう一カ所、山野草を販売しているところを教えていただいた。今日は、やはりホームセンターへも行きたかったので、規模の大きい店がある北上市へ出かけた。園芸用品や置かれていた山野草も少し購入し、また、口内産直、遠野風の丘、とそれぞれ、立寄った後、教えていただいた山野草の店にも行ってみた。行ってみると、そこは以前にも来ていたことを思い出した。しかし、その後はその店のことをすっかり忘れてしまっていた。そこは本来リサイクルショップになっている。店の入口の一角に山野草コーナーを設けている。どうも店主の方の趣味なのか、いくつか購入した際に、うんちくを垂れていただいた。産直よりは少しだけ高い感じはあるが、山野草の種類としては妥当で高くはないと感じた。犬の餌を含めて、犬の関係のものは、いつも遠野のホームセンターを利用して来たが、北上のホームセンターの方がずっと大きく、種類が豊富であることを知ると、以来、すべて、そちらを利用するようになってしまった。最近は、そのため、遠野の市街地は産直以外は素通りすることになってしまった。遠野の釜石よりの外れにある上郷の夢産直に最後に立寄った。今日は暑さのせいなのか、珍しく客が少なかった。ここも、風の丘もそれぞれ、ある決った農家の方が山野草を出しているようで、数は風の丘の方が多く、種類も多いが、こちらは時々珍しい山野草を見ることがあり、出されておられる方が山野草をよくご存知なのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが。
河原撫子

白い紫蘭

白鷺茅釣り

姫月見草

乙女百合

中国古文献

2014-06-03 19:31:26 | 歴史
今日も暑さが続く日であったが、午後は薄雲が出て、日が陰ることがあったせいか、窓を開けると涼しい、いい風が吹いて来た。職場の窓から見える薬師公園の緑の葉が風に揺れているのが目に入るだけでも、涼しさを少し味合うことが出来た。今日は日本の気温が梅雨の関係かいつもとは違っていた。梅雨入りをした四国を含む南より、東北以北の方が気温が高くなっており、北海道の以前いたところに近い北見市では37.2度になっており、十勝地方の音更町では北海道での観測史上最高の37.8度にもなっている。。札幌市でも30度を超えたようだ。道東に35度を超える地点がいくつかあったようだ。釜石は25度ほどで、内陸の盛岡は30度に達している。 中国人研究者で日本でもう20年近く研究されている同志社女子大学現代社会学部張莉准教授が昨年、「『倭』『倭人』について」と題する論文を立命館白川靜記念東洋文字文化研究紀要第7号に載せておられる。元来、甲骨文・金文や『説文解字』を研究対象としていると言う。日本へ来てから漢字学の研究を続けて来られたが、日本の古代の歴史にも少し興味を持たれ、少し本も読まれたようだが、日本の歴史は複雑で、難解だったようだ。しかし、同志社大学の『魏志』倭人傳の研究会を通して、『魏志』の記述についてそれを読み解くために辞書を調べたり、いろんな解説者の注を読む体験を経て、古代日本の歴史に興味を覚えるようになられた。日本の歴史の門外漢であり、日本の歴史への先入観もないため、漢字学の基礎に立って、古代の日本について書かれた中国文献をを素直に読んでみることにされた。その結果知り得た日本の古代の歴史が一般に日本で通説とされていることとは違っていることを述べられている。大筋においてやはり古田武彦氏と同じ九州王朝の存在を支持される立場に立っておられる。「倭」や「倭人」は中国文献では「顔や身体に入れ墨をした人」として記述され、早くは紀元前11世紀に登場しており、中国南部にいた稲作をする「倭人」の一部が次第に朝鮮半島や北部九州へ移動したものと理解されておられる。志賀島の金印「漢委奴國王」の読みについては、一般には「漢の委の奴の国王」とされているが、やはりこれは古田氏も主張されたように、匈奴に対す委奴であり、中国は倭人を人を表す卑字である「奴」を使って同じように「委奴」としたのだとされる。また、『魏志』倭人傳の「邪馬壹國」は「やまいこく」の読みであることを表し、「邪馬倭國」の意味であり、『後漢書』倭傳の「邪馬臺國」は「邪馬大倭(タイヰ)國」の意味であるとされる。唐初に張楚金によって書かれた『翰苑』は唯一、太宰府天満宮に第30巻及び叙文のみが残る貴重な資料だが、そこでは、『魏 志』倭人傳の「卑彌呼」の名が「卑彌娥(ヒミガ)」となっており、「娥」は美しい女性を意味すると言う。また、「「娥」を音の表記とも解すれば、「卑彌呼」 の読みは「ヒミカ」であることが類推される。」として、やはり、古田氏と同様に「ヒミコ」ではなく「ヒミカ」の読みとなることを指摘されている。そして、「『舊唐書』に倭國傳と日本傳があるのは、この二つの国が別の国で あることを示している。」として、『舊唐書』列傳第一百四十九倭國日本に記述された内容を、「或曰」(あるいは言わく)の字を使った部分と「或云」(あるいは言う)は使い分けがされていることを指摘し、前者は「近畿大和勢力の者」が自らの都合に合わせて述べた事柄を表記する際に使われ、後者は近畿大和勢力以外の人が歴史のありのままを述べる場合に使われているとする。この指摘により、客観的に中国は明らかに倭国と日本は別の国であると認識しており、倭国はやはり古田氏が指摘した来た通り、北部九州中心の国であり、日本は倭国を併合して近畿大和を中心に新たに作られた国であることを明確に述べておられる。あとがきの中で、「中国の古文献は、一字一句にすべて意味があり、使用する漢字についてもすべて推敲を重ねて最適な意味をもたせようとしている。したがって、まず原文を読み解釈することが先決で、文字に誤りがあるのならその根拠を提示すべきである。また、中国の歴史書を古い文献から新しい文献へ順を追って見ていくと、必ず古いものを参考にして新しいものが書かれ、過去の文献の意味を名称の微妙な変更によって、指し示していく傾向があることを本稿で表した。」と書かかれ、日本では研究者が自己の都合のいいように文献の字を「誤り」として、安易に書き換えていることへの批判が暗に記されている。
鉄線

原子力規制委員会委員人事

2014-06-02 19:16:23 | 社会
今朝もやはり朝から気温が上がり、暑い一日となった。朝、甲子川の土手を歩いていると、すぐ近くからウグイスの声が聴こえて来た。さらに進んで行くと、オオヨシキリの甲高い声がする。春のウグイスと夏のオオヨシキリの声を同じ時に聴くのは、ちょっと妙な感覚だ。カワズガエルも朝夕だけでなく、夜、寝室のベッドに横になっていても、せせらぎの音とともに聴こえて来る。今朝、出勤時には職場近くの甲子川でまた鹿を見かけた。1頭は川の中にいて、白い斑点が付いていた。他の鹿は川の中州の草を食べているようだった。朝夕、散歩のする家の近くの土手にも毎日のように鹿が来ているようだ。 27日、政府は国会同意が必要な6機関17人の人事案を衆参両院の議院運営委員会理事会にそれぞれ提示した。原子力規制委員会委員も2人が交替になる。原子力規制委員会は福島第一原発事故の後、原発を推進する資源エネルギー庁と規制する原子力安全・保安院が同じ経済産業省の中にあることへの批判が出たため、2012年9月、環境省の中に設置され、委員会の事務局として原子力規制庁を設けた。しかし、原子力規制委員会設置法第6条の2では「原子力規制庁の職員は原子力推進に関わる行政組織への配置転換を認めない。ただし、法律の施行後5年間は職員の意欲、適性等、特にや むを得ない自由がある時はこの限りではない。」として、例外規定を設けている。いわゆる出身官庁への逆戻りはさせないノーリターンルールに最初から抜け道を作っていた。実際、これまでにすでに1/3以上がこの例外規定を利用している。今回の人事案では5人で構成される委員のうち島崎邦彦委員長代理と大島賢三委員の2名が9月で任期満了となることから、替わって、田中知東大大学院教授と石渡明東北大教授を充てる。島崎邦彦委員長代理は日本地震学会の会長などを務め、再稼働の審査についても原発直下の活断層を厳しく調べ、審査が最も進んでいた川内原発さえ夏の再稼働には間に合わなくなった。島崎氏を再任することも可能であったが、原発をなんとしても再稼働させたい政府は、審査に厳しい島崎氏を再任させず、これまで一貫して原発推進の立場をとってきた田中知東大大学院教授を充てることにした。原発メーカーや電力業界からも寄付を受け、いわゆる「原子力ムラ」の中心的存在である日本原子力学会の元会長でもある。現在は原子力利用を研究するエネルギー総合工学研究所の役員でもあり、原発メーカーなどでつくられた日本原子力産業協会の役員や東京電力の奨学金団体の審査委員長なども務めていた。原発事故後の経済産業省の会合では「2030年以降も一定規模で原子力を維持することが適切」、「放射性廃棄物の毒性は、高速増殖炉を使うことで減少できる」などと語っている。原発の安全神話を築くのに一役以上を買って来た人物を原発の安全審査を厳しく行なわなければならない原子力規制委員会委員に任ずること自体がすでに「再稼働ありき」であることを意味する。中立性などと言うものはまったく無視されている。こうしたことでも日本と言う国は法や理念を厳密に適用することなく、「曖昧さ」を前面に押し出して、結局は本来の機能を骨抜きにしてしまう国であることが分かる。沖縄タイムスによれば「田中氏は、東京電力の関連団体の東電記念財団から50万円以上の報酬を受け取っている。」が、原子力規制庁は「同財団は、関連団体に当たらない」と平気で言っているようだ。「東電」記念財団が東京電力の関連団体であることなど名前を見ただけで小学生でも分かるだろう。このこと一つとっても原子力規制庁もまた中立ではないことが分かるし、例の「曖昧さ」を前面に出して、臆面もなく官僚としての仕事をしているのだ。
津波を受けたキリスト教会のバラが今年も咲いた

醤油工場の裏山に咲くジギタリス

やはり津波を受けた庭の花菖蒲

牡丹

銭葵

建設機械のコマツ

2014-06-01 19:18:34 | 経済
今日も一日暑い日となった。日陰ではやはり暑さを感じないが。ほんとうに釜石は東北の中でも気温では恵まれている。内陸は釜石以上に気温が上がっている。午前中の11時頃には例によって花巻へ帰って行くSL銀河の物悲しい汽笛が聴こえて来た。遠野に住む関連施設の同僚の話では、このSLに乗る人たちの多くが花巻から遠野までやって来て、遠野で降りてしまうそうだ。従って、釜石まではあまり乗って来ないと言う。釜石には見るものがないと言うことなのだろう。確かに釜石で見るものと言えば、鉄の歴史館と釜石大観音くらいしかない。釜石市も企業誘致には熱心でも、観光にはほとんど力を入れていない。何かに頼る姿勢が根付いてしまっているのだ。 一昨日、建設機械のコマツ、小松製作所は石川県小松市の主力拠点である粟津工場の新工場を完成した。油圧ショベルなどを組み立てる新棟は床面積は従来より3割小さくなりながら、生産能力は1.5倍と面積あたりの生産性が倍増している。生産効率化に省エネ機器や太陽光発電、バイオマス発電を組み合わせ、年間電力購入量を従来比92%も削減している。床下には地下水や地熱を利用した熱交換で空気を冷やす装置を設置し、背の高さくらいまでの空間を効果的に空調する。原子力発電所の長期停止で、電力各社は電気料金を次々に上げて来た。2013年の産業用電気料金は2010年と比べて25%も上昇している。円安で火力発電燃料の液化天然ガスの輸入価格が高騰しているのだ。1Kw/h単価は17円で米国の2.5倍になる。こうした状況の中、同社は電力使用量を2010年度比で半減させる目標を設定し、国内主要9工場の手始めとして、当工場を78億円をかけて完成させた。電力使用量を半減させられれば10年程度で投資を回収できる見込みだと言う。今後も総事業費300億~400億円を投じて、順次工場を建て直して行く計画だ。昨年の経済産業省の発表では、国内の生産設備の保有期間は15年以上を経過した設備が全体の45%で、5年未満は17%だった。1994年の調査では、それぞれ33%、28%だったので、新規設備投資が低迷し、老朽化が進んでいることを意味する。企業は社内留保を増大させている。利益を人件費や設備投資に向けずに、溜め込んでいるのだ。コマツは積極的に設備投資を行なっている。そのコマツは国内の建設機械では第1位で、世界でも米国のキャタピラー社に次いで2位だ。日本にはこの分野で他にも豊田自動織機はフォークリフトで世界1位であり、タダノはクレーンで世界2位、クボタはミニショベルで世界1位である。こうした企業は世界を舞台にして激しい競争に晒されているため、むしろ開発研究や設備投資に力を入れている。特に、コマツは国内生産にはこだわりを持っている。しかし、そのコマツはいち早く世界への進出も果たしている。現在、欧米、アジア、南米などに50の生産拠点も展開している。現在、建設機械も世界最大の市場は中国だ。その中国でもコマツはトップであったが、近年、この分野でも中国企業が急速に成長して来ており、中でも長沙に本社を置く三一重工は2005年からの5年間で売上げを10倍にも膨らませ、今やコマツのトップの座を奪うまでに成長した。2011年の東日本大震災における東京電力福島第一原発事故では、同社は長さ62mのアームを持つコンクリートポンプ車、通称「大キリン」を東京電力に提供し、大活躍をしている。同社の最大の「大キリン」は78mのアームを持ち、ギネスブックにも載る。中国製品は粗悪品で始まるが、次第に信頼出来る部品を導入するようになり、三一重工の「大キリン」のように他者の追従を許さない製品を作るまでになって来ている。それらに対抗するためにもコマツは新しい生産ラインを構築する必要があったのだろう。自動車や家電業界とは異なり、政府の保護を受けず、国際企業として自立的に成長に挑む企業が日本にはまだ残されているのだ。
名前が分からないが花模様に惹かれた

やはり、名前は分からないが、尖った一つ一つが蕾で、やがてそれらが開いて来る変わった花だ

芥子(けし)の花 一般にはポピーと呼ばれている

撫子

薄いピンクの入った山法師

黄菖蒲の花模様