釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

”静かな死” (Das leise Sterben)

2011-11-30 19:26:39 | 文化
小雨模様の日だが先日の寒さは遠のいている。以前は近くによく来ていたイソヒヨドリは最近見かけなくなった。毎朝可愛い声で鳴いてくれたのだが。ヒヨドリと名前が付いているが、ヒヨドリの仲間ではなくツグミの仲間だ。背中のくすんだ独特のブルーが印象に残る鳥だ。岩手は花にとって気温がちょうどいいのか花が長く咲いてくれるが、庭の紫陽花もとっくに終わってはいるが今だに額紫陽花の額の部分が赤く変色はしていても落ちないでそのまま残っている。葉も青々として新鮮なままだ。一時は氷点近くまで下がり、強い風も吹いたが庭の片隅には今も野菊まで咲き続けている。今日の復興釜石新聞では釜石市がスマートコミュニティを検討している記事が出ている。省エネと再生可能エネルギーを使ったコミュニティを目指すために一橋大学の協力を得るようだ。岩手県は日照時間では全国の40位ほどでむしろ少ない。しかし岩手県は標高400m以下の比較的なだらかな山地からなる北上山地だけで県内の3分の2を占めており、この他に西端には奥羽山脈もある。広い範囲の山地を利用することで太陽エネルギーも含めた再生可能エネルギーを得ることができる。福島第一原発事故以前の岩手県の自然放射線は日本地質学会ので見ると比較的少ない。今は当然文部科学省の航空機によるモニタリング結果を見てもかなり変わってしまっている。民主党の参議院議員森ゆうこ氏のHPの「日本各地の日常食中に含まれるCs-137の量」を見ると、1987年のチェルノブイリ原発事故以前には各国の核実験により日本へ拡散したセシウムが漸減していたが1987年に再び増加し、2009年頃にはかなり減少して来たことは確かで、森ゆうこ氏は「2010年3月現在、日常食中のCs-137は1970年代の1/4程度のレベルです。」と書いている。日本には世界の核実験以来自然放射線以外にも常時人工放射線が滞留しており、今回の福島第一原発事故で一気にまた人工放射線量が増えている。チェルノブイリからのデータでは成人の発癌影響が出るのに25年かかっている。財団法人がん研究振興財団の1947年~2009年までの「主要死因別粗死亡率年次推移」を見ると脳血管疾患が減少して来ているのに対して悪性新生物は直線的に増加し続けている。心疾患、肺炎も悪性新生物ほどではないがゆるやかに増え続けている。22日日本記者クラブで来日したロシア国立小児血液・腫瘍・免疫研究センター長のアレクサンドル・ルミャンツェフ教授が講演し、原発周辺のベラルーシで2003年に亡くなった子どもと成人を検体したところ、脳や肝臓、腎臓、甲状腺など調べた八臓器全てからセシウム137を検出したと述べている。医療が進んだ日本で何故悪性新生物が、また心疾患や肺炎が増え続けているのか。セシウムが体内に取り込まれると甲状腺に圧倒的に多く、次いで副腎・膵臓・胸腺などにも取り込まれ、化学的にカリウムと似ているため心筋にも取り込まれ易い。心疾患や免疫低下は十分可能性がある。福島県放射線健康リスク管理アドバイザーで福島県立医科大学副学長となった山下俊一氏は「ニコニコ笑っていれば放射能の被害は受けません。クヨクヨしていれば受けます」、「毎時100マイクロシーベルト以下ならいずれにしろ健康に害はありません」と福島県民に対して発言して来たことで知られるが、氏自身は1991年以後チェルノブイリでの調査も行っており、「地域の汚染と体の汚染はパラレルであり、地域の汚染が続くと体内の汚染も続く」「セシウム高汚染地帯の汚染食品上位は肉(牛肉・豚肉)、キノコ・ベリー類、ミルク、野菜(特にアブラナ科)で、肉・キノコ・ミルクを摂取した場合はしない場合の3倍の体内汚染が認められる」という報告を出している。しかし、ベラルーシの野菜の基準値は185bq/Kgであるのに対して日本では500bq/Kgと高くなっている。放射性核種はたとえそれが微量であっても継続的に長く居住域に存在し続ければ、食物や飲料水を通じて体内に入り、それらを完全に体外へ排除できるまで進化していない人体では徐々に蓄積されて行く。放射性物質の除去、除染が容易でないことは福島県でも問題になっていることから明らかだ。2009年9月9日、玄海原発のある玄海町に隣接する佐賀県唐津市の市議会定例会議一般質問で保健福祉部長は「平成19年度で人口10万人あたりの白血病の死亡率は、全国平均6.0人、佐賀県9.2人、唐津保健福祉事務所管内16.3人と高くなっている。なぜ高くなっているか県で把握できていない。」と答えている。20年来チェルノブイリ近郊の汚染地域で活動して来た核戦争防止国際医師会議 IPPNWのドイツの医師ドルテ・ズィーデントプフ(Dörte Siedentopf)氏はドイツのニュース専門チャンネルn-tv オンラインで「セシウムは遺伝細胞にも存在します。厄介なのはセシウムが女性の卵巣や卵細胞にも取り付くことです。これらは再生しない細胞なので、生涯傷つくことになります。・・・日本の責任者達はとっくに女性や子供を南に移住させていなければなりません。何故彼らがそれを実行しないのか、私には皆目理解が出来ません。将来大量の白血病が出現するでしょう。今回のセシウム雲は日本人にとって大変な惨劇です。しかもその他の放射性核種についてはまだ何もわかっていないのです。」「私達はあまりにあっさりと、低線量被曝を受けた人々の間に長い年月に渡って広がっていくことになる病気を忘れてしまいます。」「(チェルノブイリでは)当時の大人は25年間生き延び、今病気になっています。私達はそれを”静かな死”(Das leise Sterben)と呼んでいます。」と語っている。
庭の額紫陽花

紅葉していく庭の雨に濡れたモミジ

「寄らしむべし、知らしむべからず」

2011-11-29 19:30:25 | 文化
今朝方また地鳴りとともに揺れがあった。北海道大学地震火山研究観測センターの森谷武男氏の12月、1月の地震再来の可能性を掲示したHPが閉鎖された。恐らくどこかから圧力がかかったのだろう。日本や米国は自由で民主主義の国と言われるが、実際は共産主義国と変わらないところがある。国家にとって不都合な事実は隠蔽されて決して国民には知らされない。国策である原発推進のためにはどんなことがあっても東京電力は守られる。東京電力の賠償金は原子力損害賠償支援機構法の第51条と第68条によって国費でカバーされ、その分は東京電力に返済の義務が免除されている。経産省資源エネルギー庁の電力ガス事業部政策課がそれを認めている。東京電力は事故による被害請求書を60ページもの難解な請求書にすることで、結果的に請求を断念せざるを得なくさせている。批判が相次いだため34ページに改訂したが、それでも記入項目は1005項目もある。素人であればたとえ5ページの請求書であっても専門家の補助が欲しくなる。9月から請求書類を約6万世帯に発送したが24日時点で提出された請求書は3分の1の2万件で、支払いはわずか約1000件の約20億円にとどまる。福島県二本松市のゴルフ場「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部岩代コース」は事故以来客が激減し、東京電力に放射性物質の除去と損害賠償の仮払いを求めた仮処分申請を東京地裁(福島政幸裁判長)に行ったが、東京電力は答弁書で放射性物質は「もともと無主物であったと考えるのが実態に即している」として「原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任をもたない。」と主張した。福島裁判長は、ゴルフ場の土壌や芝が原発事故で汚染されたことは認めたが、「除染方法や廃棄物処理の在り方が確立していない」として、東電に除去を命じることはできないとした。また、ゴルフ場の地上1m 地点の放射線量が、文部科学省が子供の屋外活動を制限するよう通知した毎時3.8μSvを下回ることから、「営業に支障はない」として、賠償請求を却下した。このゴルフ場は閉鎖された。今回の東日本大震災では多くの人が職を失い、原発事故で収入の道を断たれ、自殺した農家もあった。東京電力は夏のボーナスを平均で40万円支給した。役員報酬(平均3700万円)は50%カットである。カットの期間は明言されていない。賠償に税金がつぎ込まれるというのにほとんど責任を問われていない。25日東京都の荒川区では区内すべての小中学校と幼稚園、保育園の放射線量を測定した結果、区の除染基準である地表で毎時0.23μSv以上あるところが50カ所見つかった。原発推進の立場に立つICRP(国際放射線防護委員会)は1990年に、またその後2007年に勧告を出しているが、現在の文部科学省はあえて1990年のICRP勧告に基づく規準値を設定している。2007年の勧告では低線量被曝のリスクについて、基準を見直すよう勧告を行っている。1990年の勧告以降に被爆した細胞から伝えられる情報によって、被曝してない細胞が癌化する「バイスタンダー効果」や、被曝した細胞がその直後ではなく、何代も細胞分裂をくり返した後に、悪性形質転換や染色体異常、遺伝子突然変異などを生じる「ゲノム効果」など新しい知見が出ているからだ。2006年にはロシア科学アカデミー高次機能・神経行動学研究所のイリーナ・エルマコバ博士(Dr.Irina Ermakova)が来日し、実験用のラットにモンサント社の遺伝子組み換え大豆(Mon40-3-2)を経口摂取させ、胎児への影響を調べたところ、半数が死亡したことを報告している。2ヵ月齢のラットを3群(A群:GM(遺伝子組み換え)大豆追加、B群:非GM大豆追加、C群:ラット用餌のみ)に分け、妊娠2週間前から与え始め、妊娠中、授乳中と与え続け、それぞれの群で生まれた子どもも同様の餌を与えて、経過を観察した。その結果、生後3週間後までの新生児死亡率はA群55.6%(生まれた仔45匹中、25匹死亡)、B群9.0%(同33匹中、3匹死亡)、C群6.8%(同44匹中、3匹死亡)であった。実験の動機は「遺伝子組み換え問題に興味を持ち、各国の実験報告を探したところ動物への影響について報告されているものがあまりに少ないのに驚き、自分で確かめてみようとした」という。モンサントの40-3-2系統(除草剤耐性)の大豆は、今や世界の大豆生産量の6割、1億2千万トンを占めている。カナダやインドの農業を支配し、多くの自殺者を出させた「悪魔」のモンサントはTPPで日本へも確実に入り込んで来る。国家にとっての不都合はマスメディアも協力して決して報じることはない。
プラタナス(鈴懸の木)の葉

対立者を排除する手法

2011-11-28 19:26:57 | 文化
昨日からあの急に訪れた寒さが退いて、今日も暖かい日になってくれた。ただ今日は曇り空だ。職場の駐車場そばの山裾にも今日はジョウビタキの雄が現れた。雌の声は聞こえるが姿が見えない。震災の復興と原発事故が収束しない中で、もともとあまり関心のなかった大阪の地方政治が気になり始めた。今回の大阪府と大阪市のダブル首長選挙に異様さを感じるとともにその選挙結果にも危うさを感じてしまった。戦後の荒廃し切った日本は米国を手本に産業の復興に成功し、一時はジャパン アズ ナンバーワンとまで言われるまでになったが、その後の経過はそれが実態にそぐわないものであったことが明らかにされた。これは戦後の一時期は有効であった、官僚機構と政治システムが機能不全を起こして来たこととも関係している。官僚も政治家も財界もすべてが米国に追従し、その必要性がなくなってしまっているにもかかわらず、依然としてそのままの体制が続けられて来たことで、日本は国家として機能不全状態になってしまった。こうした状態にやり場のない気分が国内に溢れ、閉塞感が国を覆っている。特に大阪は日本の第二の都市として東京に比べて凋落傾向が顕著になり、府民の鬱積感は一層強まっていた。こうした状況下で登場したのが橋下徹氏率いる大阪維新の会である。氏自身が『今の日本の政治で一番重要なのは独裁。独裁といわれるくらいの力だ。』と述べているように、氏の政治手法はまさにヒットラーの率いたナチスの手法そのもと言ってもいいように思える。1929年の世界恐慌によって経済が急速に悪化し、大量の失業者を出したドイツ国内は閉塞感が覆っていた。ヒットラーは明確な対立構造を提示することで強力なリーダーシップをあたかも持ち合わせているかのような錯覚を国民に持たせた。ヒットラーに希望を託した国民は情緒的に高揚し、ハーメルンの笛吹き男の笛に誘導されるネズミのごとくヒットラーに付き従い破滅の道を歩んだ。日本はこの時もドイツに「追従」した。橋下氏の強権的な姿勢は今大阪府民に支持されている。既得権益を徹底的に攻撃し、明確な目標を示すやり方は府民に不満のはけ口を与えた。明確さが内容の是非を問わず支持されている。確かに日本はこれまでの官僚機構中心の中央集権的な国家運営を脱皮しなければならない時期に来ており、権限や税収の地方分散が必要だと思うが、橋下氏や大阪維新の会の単純で対立者を排除するやり方は民主主義の一層の破壊に繋がって行くだろう。石原慎太郎東京都知事が選挙応援に大阪を訪れたが、石原氏も基本的に橋下氏と同じ政治手法を執る人だ。国政レベルでの混迷に地方からの改革という動きを見せたのはいいが、世情のためか危ういリーダーが登場し始めている。国政でかって小泉純一郎氏が行った「改革なくして成長なし」という単純な言葉で郵政民営化を主導したことを地方で行っているに過ぎない。橋下氏が掲げる「グローバル」や「抵抗勢力」も小泉氏当時の「グローバル」や「抵抗勢力」の再来でしかない。「グローバル化が進む中、常に世界の動向を注視しつつ、激化する国際競争に迅速的確に対応できる、世界標準で競争力の高い人材を育てること」を教育の目標として教育に介入して行くとするが、教育の意味が理解されていないようだ。自分自身が競争力の高い人材として育った、従って自分のような競争力のある人間を育てるのが教育だと思っているのではないだろうか。何十年か時代を遡った時代錯誤の教育観に思える。橋下氏の登場で唯一関西電力だけは戦々恐々としていると言う。橋下氏は原子力発電を縮小しようとしており、大阪市は関西電力の大株主の一つでもあるからだ。しかし他の関西財界人は橋下氏に期待をよせているという。地方の反乱は既成の破壊から始まっている。その破壊に情緒的な支持が与えられれば、結果は日本にカタストロフィー をもたらすだけだろう。
我が家の庭のもう一つの遅い紅葉

久しぶりの暖かい晴れた日

2011-11-27 19:33:03 | 文化
今日は久しぶりに風のないよく晴れたいい日になった。最近庭へやって来るようになったジョウビタキの雄が今朝も顔を出してくれた。最初は蔦のところにいたが、そのうちモミジの木に移って地鳴きを続けていた。カメラを向けるとサービス精神が旺盛なのか枝を一段下りて見やすい位置へ出てくれた。お辞儀をしながら小刻みに尻尾を振わす、独特の動きを繰り返していた。あまりに気持ちのいい日なので娘を誘って、まだ見られる紅葉を写真に収めに行くことにした。いつも見かけていた銀杏はもうすっかり葉が落ちてしまっていた。ホームセンターの前の仮設住宅が建設された公園に車を止めて、暖かい日射しを浴びて遊んでいる子供たちのそばを通って行くと、仮設住宅で行われている炊き出しの食べ物をのんびり食べている若い家族がいた。滑り台では孫を遊ばせている初老の婦人がいる。周辺には枯葉がたくさん落ちていて歩くたびにかさかさと音を立てる。真っ赤なモミジが青い空と対照をなしてとてもきれいだ。仮設住宅も以前と違って気のせいか少し活気が見られる。次に八幡神社へ向かった。神社の階段の前にはモミジの巨木がある。遠くから見るとくすんだ赤に見えて今はさほどきれいではないが、そばで光を通して見るとここのモミジは釜石では最高のモミジだ。釜石へ来て間もなく職場の方に教えて頂いた。しばらくモミジを見た後その高台から下を見ると甲子川に激しく波打っているところが見えた。娘にあれは鮭だと教えると驚いていた。もう少し近くで見せてやろうと、車を移動した。川淵からよく見ると岸辺にも体を傷付けた鮭が寄って来ていた。見える範囲の2~3カ所で鮭の背びれが確認出来た。1匹の雌の回りで何匹かの雄が競い合っている。時々水しぶきが跳ねる。マガモの番がのんびりと上流から下って来た。対岸の緑の草を食べるバンの姿もあった。娘はバンを初めて見たようだ。北海道で生まれ、育った娘もよく考えると北海道では鮭の遡上は見ていない。しきりに鮭を追ってカメラを向けていた。下流には多くの渡りの水鳥たちが休んでいる。ミサゴが空から川面を監視しながら飛んでいることもあるが、今日はその姿が見えない。川淵に植えられた花を熱心に写真に撮っている娘に声をかけてまた移動することにした。以前行った平田のホテルの敷地の紅葉を見てみたかった。しかし、ここはもう既に終わっていた。娘がNPOで取材した平田の瓦礫置き場を見てみようというので、そちらに向かった。海際の瓦礫置き場は自動車と漁船専用の瓦礫置き場で、津波で流され、まるで機械で潰されたかのように潰れた車がうずたかく積まれている。新聞で見た写真とは違って大きい放射線測定器が瓦礫置き場の前に設置されている。娘の話だと0.3μSv以下でなければここには置けないとのことだった。瓦礫処理業者が自ら設置したそうだ。ただ0.3μSv規準も決して低くはない。NPOがかかわる釜石のある場所の土壌でも放射線量を測定すると専門家が驚いたほどの線量の高いところがあったそうだ。当然だろうとは思うが、釜石も本来は詳細に線量測定をやった方がいいのだが。今日の公園の滑り台下などは多分ホットスポットになっているのではないかと思う。瓦礫置き場の近くでは小さな漁船が修理されたり、造られたりしていた。驚いたのは思ったより多くの人が釣りをしていたことだ。海底にはまだまだたくさんの瓦礫が沈んでいるが、結構魚が寄って来ているようだ。以前娘が釣りをしている人に放射線は気になりませんか、と尋ねると、気にはなるがもう歳だから、という返事が返って来たそうだ。コンビニで飲み物と軽い食べ物を買って、高台にある公園に向かった。しかし、その公園も今は仮設住宅になっていた。少し離れたところに海に向けて車を止めた。釜石観音とその向こうに壊れた「世界一」の堤防が見える。2時間ほどだったが今日はとても気持ちのいい時間を過ごさせてもらった。
庭を縄張りにし始めたジョウビタキの雄

仮設住宅の子供が遊んでいる公園だが・・・

八幡神社前のモミジ

甲子川の対岸で草を食べるバンの近くで鮭が水しぶきを上げる

平田の瓦礫置き場 正面の白い門のようなものが放射線量測定器

釜石湾の入口に壊れた防波堤が見える

「奇跡」を起こすためには

2011-11-26 19:17:49 | 文化
冷たい風の吹く寒い日が続く。今冬はラニーニャ現象と北極振動の二つの気象条件が重なり、日本列島を寒波が襲うようだ。赤道付近の東太平洋で暖かい海水が強い東風のため西へ追いやられ、そのため冷たい海水が表面へ浮き上がる。西へ追いやられた暖かい海水は東南アジア域で水蒸気を多量に発生させて大雨をもたらし、タイの洪水の原因となった。この水蒸気は偏西風を北に押し上げるために大陸から南下する寒気を日本列島方向へシフトさせてしまう。また北極圏では寒気を溜め込む時期と放出する時期が繰り返されるらしいが、今冬は北極圏の気圧が高いため、気圧の低い日本列島へ寒気団が押し出されてしまうようだ。昨夜も冷たい風が強く吹いていたが、匠の方ご夫婦のお招きで仮設店舗「黄遊(きゆう)」でごちそうになった。久しぶりにいつもの匠メンバーの方々と楽しい時間を過ごさせて頂いた。昨日獲れたばかりのヒラメの刺身とエンガワは甘く、とても新鮮で、美味そのものだった。釜石が海と山の幸に恵まれたすばらしいところであることを知ったのはこの匠メンバーの方々のおかげだ。この方たちと出会わなければ釜石の自然のすばらしさは半分も知り得なかったかも知れない。ほんとうに有り難いことだ。匠の方々の話では今年はキノコ類が極めて不作だったそうだ。気象の影響が強いのかも知れない。宮城県で発行されている今日の河北新報で「釜石の奇跡」が報じられている。釜石は今回の震災で死者852人、行方不明者467人 を出したが、小中学生では学校にいなかった5人が犠牲になった以外2921人全員が助かった。99.8%の生存率は他地域と比べて「釜石の奇跡」と言われる。2004年より釜石教育委員会は群馬大学の片田敏孝教授(災害社会工学)の指導を受け、教師や児童生徒の意識改革に努めてきた。日頃から防災マップを作成し、下校時の訓練、防災授業に取り組んで来た。その過程で自ら判断し、高台に逃げることを生徒全員が学んで来たそうだ。こうした子供たちの姿勢とは異なり、原子力安全委員会は1999年と2000年に防災指針を改定した際、意見募集(パブリックコメント)で、原発事故に備えた防災対策の重点区域(EPZ)の拡大を求める意見が相次いでいたにもかかわらず、それを黙殺していたことが報じられている。福島第一原発事故では重点区域を越えて放射性物質が拡散し、住民が避難をするなど、指針の不備が露呈した。昨日開かれた放射性物質による低線量被ばくのリスク管理について議論する政府の第4回作業部会で東京大学先端科学技術研究センター児玉龍彦教授は文部科学省が運用する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の結果がすぐに公表されなかったことや、炉心溶融(メルトダウン)の発表が遅れたことを批判し、「原子力安全委が責任を放棄した」として、「国民から信頼される官庁を再建するには、これまでの原子力政策に関与していない清新な委員会が必須」だと痛烈に批判されたと各紙が報じている。さらに2002年にはロシアが日本の原発の使用済み核燃料をロシアで一時的に貯蔵(中間貯蔵)したり、燃料として再利用するため処理(再処理)するプロジェクトを提案した外交文書を送っていたにもかかわらず、六ケ所村再処理工場(青森県)稼働の妨げになるとして、核燃サイクル政策の是非を審議していた国の審議会の委員にさえ伝えていなかったことが明らかになっている。内閣府の原子力委員会や経済産業省資源エネルギー庁の一部幹部だけが知っていたという。「当時、漏水事故の続発で再処理工場の安全性を疑問視する声が高まっており、不利な情報を握りつぶして政策を推し進める隠蔽」が行われたわけだ。現在の日本は国民を守ってくれる国ではなくなっている。国民は釜石の子供たちのように自らの命は自ら守る以外にはないのだろう。
近所の山裾に残っていた紅葉

人が翻弄される社会

2011-11-25 19:23:07 | 文化
今朝出勤時に内陸方向を見ると雪雲が山を覆っていた。小雪もちらついていた。昨日からの強い風が続き、たくさんの枯葉が舞い上がり、職場の駐車場にはどこかからプラタナスの葉が飛んで来ていた。近くの山を見ると、風がまともに当たるところの木々は葉がほとんど落ちてしまっている。今日も風は冷たい。昨日とほぼ同じ時間帯に今日は広島県の内陸を震源とするM4.6の地震で震度4のところが出ている。内陸が震源の場合はマグニチュードの高くない地震でも震度は大きくなっている。3月11日の地震は南北400Kmに渡り、プレート境界付近で50mも断層のずれが起きたため、内陸の活断層にも大きく影響しているそうだ。プレート境界でも断層のずれはちょうど房総沖あたりで止まってしまったので、今後はむしろその房総沖での断層がずれる危険性が高いという。そうなると首都圏への影響は甚大になる可能性も出て来る。首都圏直下型も当然ありうる。今日の読売新聞によると宮城県では今回の震災後液状化が原因と見られる「路面下空洞」が140カ所も発見されたようで、すでにその陥没でけが人も出ているようだ。詳細に調査すれば東北から関東全域で同じような空洞が見出されるだろう。実際、震災後路面の陥没が大小見られた。大規模地震の再来の可能性が研究者から出て来ると心配になるのは停電や生活必需品の入手の問題もあるが、原発のさらなる事故の誘発だ。福島第一原発では2号機だけでなく1号機も津波の前に地震による震動で配管が損傷を受けた可能性があるという。複雑で無数の配管が設置されている原発では今回のような地震の揺れだと損傷する可能性が十分考えられるようだ。1986年のチェルノブイリ原発事故は操業を停止していた4号機が外部電源喪失を想定した非常用発電系統の実験中に起きた爆発事故であった。この4号機は出力約100万kwで使用済み燃料はほとんどなかった。しかし、福島第一原発は1号機から4号機までで出力280万kwで使用済み燃料は約2年分が保管されていた。100万kwの原発では1日3Kgのウランを燃やす。広島に落とされた原爆はウランの量がわずか800gなのだ。福島第一原発では事故当時1号機から4号機まで合わせて使用済み燃料だけでウラン量は3000Kgはあったと考えられる。京大原子炉実験所小出裕章助教は「1号機2号機3号機を合わせれば広島原爆4000発分に相当するぐらいの核分裂生成物が」あったと考えておられる。東京電力や政府は福島第一原発からの放出放射性物質量はチェルノブイリの10分の1と発表したが、そんなものではすんでいないだろう。茨城県には東海村もあり、福島県には福島第一原発、第二原発がある。東南海地震が来れば浜岡原発は確実に巻き込まれてしまうだろう。NHKによれば「国土交通省は、首都直下地震などの極めて大規模な災害を想定して、東京に集中する行政機関などの国の中枢機能をバックアップする態勢の検討を」ようやく始めたようだ。12月に「有識者による会議で検討を始め、来年3月をめどに取りまとめる」という。それまでに首都圏を襲う大地震が来なければいいが。福島県に住む人たちは今子供たちの安全で悩んでいるようだ。県や市、学校がまったく信頼出来ない状態になっているからだ。いわき市の小学校でのPTAの集まりで学校側があくまで国の出した規準にそって放射線対策をとるとしたことに、保護者側から不安の声が上がった。それに対して学年主任は「国が決めたことを大人が信じられないなら、子どもが動揺してしまう。国の言うことを信じられないのなら、日本国民を辞めてもらうしかない。」と発言したようだ。熊本の地方紙が伝えている。福島テレビで15年アナウンサーを勤めた30代の女性はテレビでは職務上「汚染は心配ない」というニュースを伝えてきたが、自分自身妊娠中で6歳の子供がいて、疑問に思い、6歳の子供を金沢の実家に預け、自分も7月には退社した。フジテレビの「 めざましテレビ」大塚範一キャスターは福島を応援する意味で番組の中で福島産の野菜を食べていたが急性白血病で休むことになってしまった。無論直接福島第一原発事故とは関係ないのだろうが。ともかく人災である原発事故は理不尽な苦しみを与えることは間違いないだろう。
鉄鉱石を精錬した後の残滓を積み上げた山

予め個人の対策も

2011-11-24 19:26:20 | 文化
昨晩のやや激しい雨が止んで、今朝は晴れて来たが風が強い。近隣の山の枯葉が舞っているのが遠目でもよく見える。まだまだ山のきれいな色彩を見ることは出来るが、裸になった木々も目立つようになって来た。先日の復興釜石新聞を見ると高台移転に賛成する人が多いようで安心した。ただ問題も多く残されている。その方法と資金だ。とても釜石市単独では不可能だ。県や国の財政的な支援がどうしても必要になる。本格的な復興がいつまでたっても進まない影で、表にはあまり出ないが、精神的に落ち込み、うつ状態になったり、アルコールに頼ったりする人たちが出て来ている。ところで日本の刑事司法は有罪率が99%を超えているが、その裏には多くの冤罪が存在する。過去には4人の死刑囚が途方もない時間をかけて再審で無罪になっている。傷害事件だけでなく、政府の政策に批判的な学者もその学者生命を危うくさせるような冤罪事件に巻き込まれることが多い。冤罪の温床になっているのは悪名高い日本特有の代用監獄(2005年から代用刑事施設と名称変更されたが未だに元の名称で言われることが多い)制度である。ここで警察は容疑者を拘束出来るのだが、その拘束期間も日本は先進国の中で飛び抜けて異常に長い。米国、カナダ、ドイツ、などはわずか2日であり、長いフランスで6日、オーストラリアで12日だ。英国は4日でテロ事件のみ28日となっている。日本では23日もの拘束が認められており、その間に自白が強要され、物的証拠が時にはでっち上げられて、冤罪事件に発展している。以前 北海道大学地震火山研究観測センター長や国立極地研究所所長をされておられた現在の武蔵野学院大学島村英紀特任教授は国策として1965年以来続けられて来ていた地震予知計画を批判され、1978年には大規模地震対策特別措置法(大震法)によって「地震は予知可能」という前提に立った仕組みが作られて行ったことも批判された。2003年には雑誌『科学』9月号で、2004年2月には『公認「地震予知」を疑う』を出版されて、地震の予知は世界的にも科学的に不可能だと専門家の間で同意されているにもかかわらず、日本だけが利権構造を着々と作り上げて行っている構造を明らかにされていた。2005年3月北海道大学の助手と他講座教授による内部告発に基づき、札幌地検に「業務上横領」で告訴されたが地検が取り上げなかったため、8月には「詐欺罪」として札幌地裁に訴えられた。2006年2月1日に逮捕され、171日間勾留された。国際的にも知られた地震学者で、地球物理学を専門とする島村特任教授の批判は文部科学省にとって「不都合な真実」だったようだ。新自由主義を批判していた経済学者の植草一秀氏も同様に罪を負わされた。いずれも罪を着せることで学者生命を葬り、学問的批判を封じ込めようとするものだと考えられる。小沢一郎氏をめぐる事件も多分に冤罪の可能性があるだろう。別に政治的に小沢氏を支持したりしている訳ではないが、司法制度が悪用される現在の日本の状態に危惧を覚える。地震予知に関しては東京大学大学院ロバート・ゲラー(Robert J. Geller)教授も今年4月に英国科学誌ネイチャー電子版で予知の根拠とされる地震の前兆現象について「近代的な測定技術では見つかっていない」と指摘し、「地震研究は官僚主導ではなく、科学的根拠に基づいて研究者主導で進められるべきだ」として、政府の地震予知政策の根拠法令となっている大規模地震対策特別措置法の廃止を求めている。福島第1原発事故についても「最大38メートルの津波が東北地方を襲ったとされる1896年の明治三陸地震は世界的によく知られている」、「当然、原発も対策されているべきで、『想定外』は論外だ」と言われている。島村特任教授は最近海溝型の地震だけではなく、内陸型の巨大地震の可能性についても警告されている。3月11日の地震は規模が大きかったため、日本列島の内陸部にある断層にも大きな影響を与えており、首都圏の直下型地震も十分あり得ると言われている。歴史的に首都圏の直下型地震を見ると17年ほどの周期で起きていた地震が1923年の関東大震災以来90年間途絶えており、その静寂がいつ破られてもおかしくない状態だと言われている。今回の震災で知られるようになった869年のM8.3を超えると言われる貞観地震では9年後の878年にM7.4とされる元慶相模・武蔵地震が、そしてさらに9年後の887年には東海・東南海・南海地震が連動したM8.5と言われる仁和地震が起きている。1677年の延宝三陸地震(M8)・延宝房総沖地震(M8.3)の翌年には宮城県沖でM7.5クラスの地震と津波が起きており、1686年にはM7の直下型の遠江・三河地震が、そして1703年に房総沖を震源とされるM8を超える元禄地震により大津波が関東沿岸を襲った。続いて1707年にはM8.5を超える東海・東南海・南海連動型の宝永地震が発生し、富士山の宝永大噴火を呼び起こしている。要するにこの90年間は日本列島に取って地震エネルギーの蓄積のための静穏期であったのだ。3月11日は地震活動期の幕開けに過ぎないようだ。今朝方福島県沖を震源とするM6の地震が発生した。ここのところ地震エネルギーが再び次第に大きくなって来ている。今回の震災で帰宅困難者が515万人に上ったと推計される東京都も、昨日、企業に3日分の水や食料、毛布などの備蓄を求める条例を制定することが報じられていた。
海と同じく空も釜石は晴れるとすばらしい

久しぶりの職場の方たちとの歓談

2011-11-23 19:20:09 | 文化
昨日は久しぶりに職場の同僚の方からお誘いがあり、娘とともに楽しい夜を過ごさせて頂いた。何年ぶりかで夜の零時を過ぎるまで街へ出ていた。おかげでベッドへ入ったのが午前2時になってしまった。今日は午前10時から遠野で鎌仲ひとみ監督の映画『ミツバチの羽音と地球の回転』を観て、「三陸復興と自然エネルギーの未来」にも出席する予定だったが、結局止めてしまった。釜石の被災した地域には夜の繁華街があり、震災でほとんどすべてが被災して、犠牲になられた方々も多い。そうした中で、数軒の店は同じ場所で店を再建されて商売を始めておられる。昨夜お招きいただいたところもそうしたお店の一つだ。もともと釜石では珍しいレコード盤を使ったジャズ演奏が流れるお店で、懐かしい雰囲気を味わうことが出来る。同僚の方がドイツワインを準備されておられて、何人かの職場の女性軍とともに娘もそれを堪能していた。こうした場では普段職場では見られない人柄が出てみたり、初めて聞かされる職場の他の人たちの話などがおもしろ、おかしく語られる。うるさ過ぎないジャズの演奏を聴きながら、ほんとうに久しぶりに楽しい時間を過ごさせて頂いた。帰りに女性軍が辛いカレーを食べさせてもらえるお店に行こうと言い出し、結局皆でその店にも行くことになった。この店も被災したのだが、元の建物が巨木の梁でしっかりと造られていたため、内装を改めるだけで復活できたようだ。お店の中は市の職員達で一杯だったが、快くいくつかの席を開けて頂き、また楽しく過ごさせて頂いた。ただ、出されたカレーは一口食べただけで娘に譲ってしまった。並の辛さではなく、一口食べただけで一気に汗が噴き出して来た。こんな時は牛乳を飲むといい、ということを初めて店主に教わった。実際、店主が出して来てくれた牛乳を一口だけ飲むと口の中の辛さは消えた。普段、家では原発事故以来牛乳は飲まないようにしているが、この時ばかりは耐えられず飲んでしまった。おでんや焼き鳥はとても美味しく、娘と顔を見合わせながらその美味さに舌鼓を打っていた。残念ながら下戸のため、釜石のこうした店をほとんど知らないで過ごして来た。職場の匠の方にも以前今回被災しなかった別のお店を紹介いただき、何度か職場の方たちと行ってはいたが、個人的に居酒屋へ飲めない人間が出かけるのはちょっと躊躇してしまう。食べるだけでもいいですよ、と言われてもやはり敷居が高い。この店も安くて美味いものを食べさせてもらえるのだが。昨日もつくづく釜石というところに感心させられた。こうして何の変哲もないようなお店が素材を生かした美味い料理を出してくれる。味付けが絶妙なのだ。同じ素材であっても一人一人作り手ごとにこだわった調理法が施されることで、それぞれに全く異なる味わいを提供してくれる。それぞれが美味しく、まったくくどさを感じない。そのため、また機会があれば食べてみたいという気にさせてくれる。職場の同僚の方の人柄でどこへ行っても必ず親しく声がかかり、一緒になって歓談出来た。大都市と違って地方の小都市ではこうして店で過ごす時間もたっぷりと取ることが出来、帰りに時間もさほどかからなくて済む。昔いた北海道の人口7500人の小さな町では3軒、4軒とはしごするのは当たり前のようであった。それだけ時間がたっぷりと取れるということだ。下戸だが飲める人たちとは最後まで付き合って来た。飲めなくともそうしたところで楽しく過ごすことが出来るからだ。今年はどうやら職場単位では震災の関係で例年の忘年会はなさそうだが、たまにはこうして職場の人たちと息抜きするのもいいものだ。ただ今日は午後から雨模様になり比較的寒さが和らいだ(とはいえ、吐く息は白い)が、昨晩は街を歩いていて体の芯まで冷え込むようなひどい寒さだった。
甲子川(かっしがわ)にはわずかだが鮭も遡上していた

まだまだ先が見えない原発事故

2011-11-22 19:30:05 | 文化
昨夜も小雪がちらつく寒い夜だった。今朝周辺の山々を見ると700~800mくらいの連なった山にも雪が積もっていた。市街地では木々の葉がだいぶ落ちて来た。低い山の色付いた葉はまだ残っているので日中晴れて来ると青空の広がりの中でほんとうに美しいと感じさせてくれる。東北の自然はすばらしい。まだ若い娘まで最近はこの東北の自然の美しさに感動するようになった。特に娘は雲の美しさをこの東北で知ったようだ。この自然の美しさはすべて光のおかげでもある。光の角度で雲も真っ白く見えたり、黒っぽく見えたりする。山々の色彩もその光の角度で微妙に変わって来る。この時期は太陽も比較的低く傾いているので斜めから刺し込む日射しが明暗を創り出して、なお、美しさを表現してくれる。釜石は海にも恵まれ、リアス式海岸の続く三陸は魚介類の宝庫であり、海水も驚くほど澄んでいる。日本でも他所では見られない独特の景観を見せてくれる。しかし、今回の原発事故でこの海も汚染されてしまった。今月16日気象庁気象研究所は東京電力福島第一原発事故で大気中に放出された放射性物質は太平洋を横断して約10日でほぼ地球を1周し、その結果、半分以上が海洋に落下したとするシミュレーション結果を発表した。放射性物質のうち、セシウムは4月までに70~80%が海に落ち、陸地に降ったセシウムは3割程度だという。ヨウ素131は放出量の約65%が海に落ちたとされる。偏西風や低気圧の渦に乗り、上空に昇って拡散し、太平洋を主に北回りに広がり、ロシア極東部やアラスカ近辺を通過して3月17日ごろに米国西海岸付近に到達。同月24日ごろには、ほぼ地球を1周したとみられるという。また今月20日海洋研究開発機構は放射性セシウムが福島第一原発事故から約1カ月後に、2千キロ離れた深海5千メートル地点まで到達していたと発表している。海洋中の放射性物質は、海流のほか、様々なルートで移動、拡散している実態が裏付けられた、とされる。海の汚染は事故直後に東京電力が冷却水をそのまま海洋投棄したことでも増大させられた。このことは国内ではほとんどのメディアが取り上げなかったが、海外、特に、太平洋沿岸諸国からは強く非難されていた。19日には社会技術システム安全研究所の田辺文也所長の解析で東京電力福島第1原発2号機は地震の揺れで早期に損傷したか、劣化した可能性が高いという結果が得られたことが報じられた。3号機でも昨日これまでで最高の1600mSvという放射能汚染が認められたことが報じられた。1~3号機の炉内にはメルトダウン、メルトスルーした燃料体があり、4号機の燃料プールには、いまだに1331体の燃料体が保管され、余震などによるメルトダウンの危機に晒されている。海洋汚染は長期に渉る食物連鎖による放射性物質の濃縮をもたらし、魚介類の汚染が今後本格化してくるだろう。政府や東京電力が発表しているほど冷温停止は容易ではない。コンクリートの土台を貫いて、土中に埋まってしまった可能性がある燃料体をどう回収するのか、世界でも未だ未踏の領域だ。そんな位置に燃料体があれば、原子炉の温度をいくら測定しても高い温度が観測されないのは当たり前である。それをもって、冷温安定などと考えることは安易過ぎるだろう。陸の除染にしても今月15日に東京大学の児玉龍彦教授は日本原子力研究開発機構が公募している除染モデル事業について「原子力発電を推進してきた機構と原発施工業者で独占する除染では、国民の信頼を得られない」と批判されている。何より、委託された組織はいずれもこれまで除染のノウハウを持って来なかった本来の素人集団であることが問題だ。セシウムは他の物質と反応しやすく、瓦や植物、コンクリート、粘土質の土壌などに吸着し、除染してもわずかしか減らないことが各地で報告されている。東京都の清掃工場での焼却灰などからも10月には多くの放射性セシウムが検出されている。毎日新聞も「たまる一方、セシウム汚染焼却灰 流山市」と題して汚染処理の困難さを報じている。最近NHKや政府も低線量被曝についてやっと模索を始めたが、それらはすべて外部被曝の問題に留まっており、チェルノブイリでも示された最も重要な内部被曝についてはいまだに看過され続けている。呼吸や飲食によって体内に取り込まれる放射性物質は微量であっても継続的に取り込まれることで想像以上に体内の各臓器で蓄積されていることが元ゴメリ医科大学長、バンダジェフスキー博士によって『人体に入った放射性セシウムの医学的生物学的影響ーチェルノブイリの教訓 セシウム137による内臓の病変と対策 ー』というレポートで報告されている。特に亡くなった小児の解剖結果から、小児では各臓器でのセシウム137の蓄積率が大人以上に高いことが明らかにされている。外部被曝も地域によっては極めて重要な問題だが、内部被曝は全国的に最も重要視されなければならないだろう。被害の大きい子供や妊婦のために。
甲子柿 小粒の渋柿で、釜石ではいたるところで見かける柿だ

四国でもかってはこうした渋柿を軒下に吊るして渋を抜く風景がよく見られた

厳しい時代がやってくるだろう

2011-11-21 19:28:27 | 文化
今朝は今期初めての雪がちらついた。気温も最高が5度で最低は0度の予想になっている。吹く風も昨日とは違って冷たくなった。日は射しているが空を流れる雲も早く、時折小雪を散らして行く。山を見ると木々が風に強く揺られ、枯葉が舞いながら流されて行く。かなりの葉が落ちてしまうだろう。夕方帰宅後に外にいると手がかじかんで来た。おそらく0度近くまで下がっていたのだろう。震災から8ヶ月過ぎたが、一向に本格的な復興策が打たれない。被災した地域はほとんどが無人のまま放置されている。生活がかかっている商店主たちは仮設の商店や車を使った移動商店で何とか生計を立てようとしているが、これも限界があるだろう。ただ今のところ被災地域に手が付けられていないことは、再び地震や津波が襲来する可能性があることを考えると、かえっていいのかも知れない。釜石の場合土地が狭いので被災した人たちの今後の本格的な居住地域を確保することが難しい。高層の建物にする案があるようだが、財政的にはそれが一番負担の少ない方法なのかも知れない。街を車で走っていると未だに県外ナンバーの車が多いが、これも全国からの主に公共機関からのボランティアが残っていてくれるためで、逆に地元の若い人たちで内陸や県外に職を求めて釜石を離れた人たちもいる。もともと近年の日本は地方が廃れて行く一方であった。地方では県庁所在地だけが人口が増え、他市町村は年々人口が減っていた。地方の市町村には高齢者だけが取り残される構造が出来上がって来ていた。しかし、日本が真に生き残って行けるとしたら、まさしく地方が生き残って行けるかどうかにかかっていると思う。日本が日本たり得るのは地方にかかっているからだ。大都市の生活を支えて来たのは地方の存在だ。大都市圏の生活は基本的に世界で比べてもどこもさほど大きな差はないだろう。その国の特徴はむしろ地方にあると思う。それ故に地方が壊滅すれば、その国も壊滅してしまうだろう。今後日本はますます悲惨な状況へ追い込まれて行く可能性が強い。欧米の債務過剰による経済不況に巻き込まれるだけではなく、現在の政府の政策そのものも日本経済を一層悪化させる方向へ導こうとしているからだ。増税と緊縮財政に加え、TPPにより日本の築き上げて来た諸制度が崩壊し、国民の財が奪われて行く。これらを方向転換させることは現状では難しそうだ。一度はどん底に落ちるしかないのかも知れない。そのどん底を味わった時にはじめて日本の再生が可能になるのかも知れない。そしてその再生はこれまでのような東京一極集中ではなく、機能分散型の地方を生かす国家建設でなければならないだろう。元大蔵省財務官の榊原英資氏も言われるように、欧米はすでに崩壊の道を歩み始めており、21世紀はアジアの時代になって行くだろう。ただそこではもはや日本は一等国ではなく、その座は中国やインドが担うことになるだろう。榊原英資氏は中国以上にインドに注目されている。現在の円高は日本の国力にふさわしくないが、あまりに欧米の財政状態が悪いために相対的に日本の円が買われているのだ。そうした円高を前にして日本は発想の転換を行えず、円高をうまく利用出来ないでいる。政府だけでなく財界のリーダーたちが硬直化してしまっている。エネルギーとしてもはや原発がふさわしくないことが明らかになっているにもかかわらず、未だに原発を推進しようとする発想自体がもう財界の終わりを告げている。中長期的な日本の未来を提示できる指導者がいない日本は残念ながら欧米とともに一旦は沈没して行くしかないだろうと思う。人々の生活は従ってここ10~20年はさらに厳しくなって行くだろう。その間に中国やインドはさらに経済力を伸ばし、日本が手を伸ばしても届かないところまで達しているだろう。足利工業大学名誉教授で元毎日新聞論説委員の安原和雄氏はTPPは「開国」ではなく「壊国」だと言われている。日本経済を崩壊させる政府の政策を後ろからだめ押ししてくれるのがTPPだ。欧米や米国に追従し続けて来た日本の時代は終焉に向かっている。
黄金色の輝き