釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

新たな技術と発想で

2011-09-01 19:15:41 | 文化
今日は朝から雨になっている。午後には雨脚が強くなって来た。早くも9月になった。今月には震災から半年になる。財源の問題もあり復興は全体として遅々として進んでいない。今日は偶然世界の考古学で2件の175万年前頃の史実が報道されている。共同通信によれば「アシュール型」と呼ばれる原人(ホモ・エレクトス)の石器に特徴的な洋梨のような形をした石器がアフリカ東海岸のケニアで発見され、176万年前の火山岩の周囲を打ち欠いて作った長さ20センチほどの握り斧や、つるはし状の道具らしい。もう一つはSankeiBizに載った 『人類の祖先はグルジアから?』と題する記事だ。黒海とカスピ海に挟まれた国グルジアで発掘された175万年前の人類の化石はホモ・エレクトスに比べ小さな頭脳で猿に似ており、身長は約1.4mで脳が小さく、脚が腕よりも発達して速く走ることが出来た。現在の虎よりも長い牙を持つサーベルタイガーのような捕食動物がいる環境で集団で生活し、互いに助け合う共同生活を行っていた。この発見は、アフリカから最初に広がった原人は脳の大きいホモ・エレクトスだとする定説に疑問を投げかけることになる、というものだ。2年前にはケニアの北にあるエチオピアのリフト・バレーにあるガデモッタ(Gademotta)遺跡で1970年代に発掘されていた石器の再分析で現生人類であるホモ・サピエンスの出現が27万6000年前に遡る可能性が報じられていた。現在の人類の進化史ではアウストラロピテクスのような猿人に始まり、ホモ・エレクトスと言われる原人、ホモ・ネアンデルターレンシスなどの旧人を経てホモ・サピエンスと呼ばれる新人に至る。2000年に人の全てのゲノムの解析が完了しているので、発見される人骨からDNAの分析が進めば人類の進化と分布の歴史が塗り替えられる可能性も出て来るだろう。8月30日の毎日新聞では沖縄県糸満市の摩文仁(まぶに)ハンタ原遺跡で発掘された縄文時代後期(約4,000~3000年前)の85体分の人骨から身長が169cmや164cmの個体が見つかったことが報じられている。同時代の成人男性の平均身長は約158cmのため、他集団からの移入者である可能性もあるようだ。これらもやはりDNA解析でさらに新しい発見が出て来る可能性があるだろう。人類はどこからやって来たのか、DNA解析が形態学以上の飛躍的な新事実を解明してくれる可能性が出て来た。今回の震災でも震災後時間が経ってから発見された遺体は腐敗がひどく、衣類の特徴も見分けがつきにくくなっているため、DNA鑑定で判断せざるを得なくなって来ている。DNA解析器がさらに迅速な結果をもたらし、安価になれば考古学は大幅に塗り替えられるだろう。東北の歴史もその意味では大いに期待出来るのではないかと思っている。歴史地震学や考古学の現代的手法の駆使によって地震や津波の古代の歴史も詳細なデータが得られるようになるかも知れない。9月1日は「防災の日」で、各地で防災訓練が行われたようだが、原発立地の13の県では今回の福島第一原発事故の詳細な原因が不明である現況では確かな防災訓練ができないため、ほとんどの県で原発事故を想定した防災訓練は中止されている。復興との絡みで防災のための防潮堤についても防潮堤そのものが岩手県の田老町のように「万里の長城」と言われて世界からも注目されていながら、かえって津波を増高させる役割をしてしまったり、安心感を与え過ぎて避難を遅れさせたりしたものもある。2004年のマグニチュード9.3に修正されたスマトラ島沖地震は米国ハーバード大学の調査で地震のエネルギーが阪神大震災の約1600倍だったそうだが、この時も津波が大きな被害を出していた。津波の速度は震源の深さと相関し、震源が水深1Kmで津波は時速200-300kmに、水深4Kmで時速700kmにも至る。3月11日の地震は震源が約24Kmの深さにあった。津波の怖さはこの速度にある。今回の津波もその速度による圧力で破壊は凄まじかった。防潮堤は各地でその破壊された防潮堤がさらなる被害をもたらしてもいる。釜石の世界最深の湾口防波堤も見事に今回の津波で破壊されてしまった。30年と1200億円かけて完成されたものが一瞬のうちに消えてしまった。この復旧にも400億円以上を要する。防潮堤・湾口防波堤という固定観念を一旦捨てて、新たな発想で防災を考える必要があると思う。
一段と赤味を増して来たナナカマドの実

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