釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

「豊かさ」を考えさせられる田園風景

2013-05-09 19:18:13 | 社会
今日は昨日より気温が上がった。16度まで上がってくれた。それだけではなく、風も穏やかで、冷たさがあったが、日射しを受けると清々しい。さすがに5月だ。山の木々にも若葉が出て来た。今月末にはすっかり緑に覆われるだろう。その頃には敦盛草や 朴(ほお)の木の花が見られるようになるだろう。今朝、庭の藤棚で藤の花の房が上の方から開いて来ているのを見つけた。以前住んでいた愛知県の岡崎市の岡崎城には岡崎公園があり、そこに立派な藤棚があった。とても見応えがあり、夜はライトアップもされた。普段、花に興味を持たない人でも、それなりの花が見られると、評判が立ち、人は集まって来るものだ。遠野の田園風景はすばらしいが、それを遠野は意識的に地区毎に整備しようとしているのが分かる。釜石でも橋野や栗林地区は遠野の雰囲気があり、この地域がそうした地域としてさらに意識的に整備されれば、その自然がもっと市民に自覚されるようになるのではないかと思う。戦後の工業化は地方からこうした田園風景を駆逐してしまった。これは単なる風景だけの問題ではなく、生活環境の大きな変化でもあった。1954年(昭和29年)から1973年(昭和48年)までのいわゆる高度経済成長は同時にEC(ヨーロッパ共同体)が1979年(昭和54年)出した『対日経済戦略報告書』で「ウサギ小屋」と表現される住環境をも生み出した。そしてその「ウサギ小屋」状態は経済成長を遂げ、「豊かな国」の仲間入りをした現在も変わらない。一見、物に溢れる世の中にはなったが、生活の基盤である住環境や教育、医療などは決して豊かとは言えない状態が続き、今後はそれらが一層悪化する懸念すらある。先日も触れたが各戸に配布されたチラシに出ていた、新たに宅地造成された平田地区の新築物件は60坪ほどの敷地と、建物で3000万もする。家の近所には新しく出来たアパートが建った。まさにECで言われた集合住宅、「ウサギ小屋」であり、これなどは、ほとんど何十年も変わらない。豊かさとは、いったい何なのだろう。遠野や橋野・栗林の田園地帯を見ていると、そこにこそ人間の住む環境があり、とても豊かに見えてくる。高度経済成長は「便利さ」をもたらしたが、それと引き換えに人は豊かな住環境を手放してしまったように思う。景気低迷から脱するために国が借金をして公共事業を増やしても、建設関係以外の企業は今後ますます工場を海外へ移転して行くだろう。コスト削減さえ出来れば企業は生産地を選ばない。少子高齢化で人口が減少すれば、それだけでも日本の経済的地位は低下する。よほどの産業的な変革がない限り、今の生活すら維持出来なくなって来る。しかし、視点を変えれば、その時こそ本来の豊かさを取り戻すチャンスと言えるのかも知れない。日本の将来を見据えれば、今時、武力を強化する考えなどは錯誤としか思えない。人の暮らしが豊かでなければ、武力の強化は一時的な効果しかもたらさないことは歴史が証明している。財源は限られており、それをどう配分するかは日本の将来にとってとても重要だ。産業の1割ほどしか担っていない農業がさらに衰弱すれば、豊かな田園地帯は確実に消えて行くだろう。荒廃した日本の国土が出現する。平穏に見える日本は、今、とても大切な分岐点に立っている、と思われる。
山端に咲いていたアヤメ科の著莪(しゃが)

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