こころのたね

ここでまく種が、どこかで花を咲かせてくれたらいいな(*^_^*)
2018.8月より再開!母になりました✨

春の桜、人の心

2006-08-22 19:05:45 | つぶやき
“世の中に 絶えて桜の なかりせば  春の心は のどけからまし”

今日はちょっと古典のお勉強 間違っていたらごめんなさい(笑)
みなさん、この短歌をご存知でしょうか?
“この世の中に全く桜というものがなければ、春の人々の心はのどかなものだっただろうになぁ”という意味の歌です。ちょっと季節外れですが(笑)
急にこの歌が頭の中でグルグル回り出して、授業で習ったことは憶えていたのですが誰の詠んだ歌かを思い出せずに調べてみたら、在原業平でした
『方丈記』の主人公になったと言われている在原業平、「桜に乱される春の人々の心」はきっと「誰かの存在に乱される自分自身」の例えだったのでしょう
「今年は桜がきれいに咲くだろうか」「桜がもう散ってしまいそうだ」などと桜が気になる人々、桜がなければもっと平穏にのどかな春を迎えられるのに・・・つまり、誰かのことで悩んだり苦しんだりする自分、その人に出会いさえしなければ安らかに暮らしていけたのに・・・という解釈ですね

こんな在原業平の心境、どう思いますか?
実は、私もこんな風に考えがちなんですよね
友達でも誰でも大切な人がいると、失いたくないから色々なことを考えて悩んで、いつも疲れてしまうんです
それで「ひとりで居たほうがどれだけ楽か!」って思うんですね
ひとりだったら失うことを怖れなくていい、ひとりだったら傷つけたり傷つけられたりしなくていい、なんで出逢いがあるんだろうって・・・知らないうちにそう思うクセがついていました。
だけど、最近考えるんです
桜の咲かない春はどれだけわびしいでしょうか、桜の美しさを知らない人々の心はどれだけさみしいでしょうか。
誰にも助けてもらわずにひとりで生きていくことができるでしょうか、これまでに誰かと居ることで知った沢山の気持ちを捨てていくことができるでしょうか。
そうすると行き着くんです・・・春には桜が咲いてほしい、私は周りの人が居てこその私なんだ、って結論に
桜が散るのは寂しいけれど、人々は次の春の桜が咲くのを待っている
悩んだり考えすぎたりして疲れるけれど、人との出逢いはいつでも素晴らしい
これからも疲れてはひとりになりたがる私のままでしょうが、それでも周りの人たちを大切にできる私になりたいと思っています