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日本語・日本語言語文化・日本語教育

言語学復習15-24

2012-02-12 21:59:42 | 日本語学
2006/02/23 木
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(15)恋のマイアヒ

 「恋のマイアヒ(原題「菩提樹の下で)」」は、モルドバのボーカルグループ「オゾン」が歌ってヒットしました。
 モルドバという国があること、この「♪マイアヒ~」で、人々にやっと知られました。

 モルドバ共和国、旧ソビエト連邦のひとつの共和国でしたが、連邦解体により独立。
 ヨーロッパの東端のルーマニアとウクライナ(旧ソ連)の間にあります。
 モルドバ語はルーマニア語とほとんど同じ。(大阪弁と京都弁の差くらいだそうです)

 「恋のマイアヒ」は、歌詞のモルドバ語(ルーマニア語)が、「飲ま飲まイェイ」や「キープだ牛」などと聞こえるフレーズで人気になりました。
 まったく系統もちがうことばだけど、歌をきいていると、「ちょっとなまった日本語で歌っているかのように」聞こえてくるところがとてもおもしろいですね。

 何語でも、あてはめようと思えば、自分の知っていることばとしてこじつけて解釈できることがよくわかった、という点で言語学の教材にはぴったりかも。

 ルーマニア語は、インド・ヨーロッパ語族のひとつで、古代ラテン語から派生した言語ファミリーのひとつです。イタリア語、フランス語、スペイン語などといっしょの家族、イタリック語派(ロマンス語)です。
 
 祖語から、何千年何万年の時を経て、さまざまな言語が枝分かれしていった。もとはひとつの言語だったことすら忘れられて、互いに通じない言語と思って暮らしている。
 でも、言語ファミリーを調べてみたら、モルドバ語ルーマニア語はフランス語やイタリア語と近い家族で、古代インドのサンスクリット語とは遠い親戚。
 ことばのあれこれを考えているのは、ほんとにおもしろいです。
 
 最古の人類が話していた言語はどんなことばだったのだろうか、どの言語が一番古いといえるのだろうか、ということに興味を持つ人もいます。

 原生人類であるクロマニヨン人は、最初から言語でコミュニケーションをとっていたことは確かでしょうが、古人類であるネアンデルタール人になると、意見がわかれます。

 クロマニヨン人と同等に話せた、という説もあります。
 一方、発掘された人骨を詳しく研究した結果、ノドの骨などのようすから、ネアンデルタール人は、あまり高度な調音ができなかったろうという説もあります。

 原生人類は、のどの声帯、舌、歯、唇などを利用して、どの言語も最低で100以上の音韻(言語の構成に必要な音声)を調音することができます。
 日本語は、母音5つ(aiueo)と半母音2つ(w y)、子音12(k s t n h m r g z d b p)の調音によって、100前後の音節をつくって話しています。

 しかし、ネアンデルタール人はのどの構造上、調音できる数が少なくて、言語音としては不十分だったろうとみなされています。

 m***********さんからのコメントです。ありがとうございます。ことばへの興味はつきないですね。

 「 聖書によると、神がアダムにエバをお与えになった時アダムは”私の骨の骨、私の肉の肉、これを女と呼ぼう”って言ったそうな!最初の言語はヘブライ語となってるそうな!  」投稿者:m*********** (2006 2/21 23:34)

 残念ながら、ヘブライ語が人類最古の言語ということはできません。
 ヘブライ語は、アフロアジア語族(かってはセムハム語族と呼ばれた)のなかの、セム語族のひとつです。

 今から3000年くらいまえに、現在のイラク地域からパレスチナ地域へと移住した人々が、セム語の祖語から枝分かれしたヘブル語、ヘブライ語をはなすようになったのが、古代ヘブライ語のもととなっています。

 もとになったセム語祖語はヘブライ語が成立するよりずっと前にメソポタミア地方ではなされていました。

 古代ヘブライ語を母語とする民族が離散し、ヘブライ語を母語とする人はいなくなりました。それぞれが各地の言語を利用し、イデッシュ語などを話すようになったからです。
 社会の中で「生きた言語・生活語」として用いられることはなくなったけれど、「ユダヤ聖典」など文献の中の記述は残されました。

 1948年のイスラエル建国以後、世界各地から集まってきたユダヤ人たちは、共通語としてヘブライ語を復活させました。
 今では、現代ヘブライ語を母語とする子どもたちが成人しています。一度死語となった言語が復活した、めずらしい例です。
 復活おめでとう!かんぱ~い!飲ま飲まイェイ!!

 明日は言語学と日本語学について
<つづく>
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2006年02月24日


ぽかぽか春庭「言語学と日本語学」
2006/02/24 金
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(16)言語学と日本語学

 ヘブライ語のように、「聖典」として古代語の文献が残されている言語は、資料があるので、祖語研究も比較的容易に研究することができます。
 しかし、8世紀の「古事記」以前の文献がない日本語や、15世紀以前の文献がごくわずかである朝鮮語の源流探求は、なかなかうまくいきません。

 ある言語学的な計算で、日本語と朝鮮語に共通する祖語があったとして、ふたつが別々の言語に別れたのは、1万年前から8000年前のことになる、という論を見たことがあります。しかし、1万年前に根っこが同じだったかどうかの証明は今のところ見つかっていません。

 ことばの親戚関係を調べるのは、とてもたいへんな作業で、「似たような単語がいくつも見つかった」程度では家族でも親戚でもありません。
 隣近所や知り合いの家から味噌や醤油を借りてくることがあったとしても、その家が親戚だと限ったわけではない、というのと同じだし、たまたま洋服ダンスに同じワンピースと同じスーツと同じジャケットをしまっている二軒の家があったとしても、その二軒が親戚であるという証明にはなりません。

 ふたつの言語がファミリーや親戚関係であったかどうかを研究することを「比較言語学」と呼びます。
 親戚関係でもなんでもないふたつの言語の似ているところ、違うところを並べてみる研究を「対照言語学」と言います。
 日本語と英語を比べてみるのは、「対照言語学」です。

 私の専門である日本語学は、言語学の中の一分野である個別言語学のひとつ。
 言語学は基礎中の基礎ですが、しごとに追われる毎日の中では、ゆっくり言語学の教科書を読み返す余裕はありません。
 日頃、「応用言語学」「第二言語習得法」を中心とした「日本語を教える」という仕事を自転車操業でやっていて、日々すぎていきます。
 
 日本語学と国語学とどうちがうのか、と聞かれることがあります。
 国語学は、日本語を母語とする人が中心になって、日本の古典文学の文法解釈を中心として発展してきた学問です。内側から日本語を研究します。
 江戸時代は「国学」とも呼ばれていました。本居宣長やその息子の本居春庭などが研究してきた分野。

 日本語学は、言語学を基礎として、世界の言語の中での日本語を中心に研究します。外側から客観的に日本語をみつめます。

明日は、言語学のたのしみ、について
<つづく>
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2006年02月25日


ぽかぽか春庭「言語学のたのしみ」
2006/02/25 土
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(17)言語学のたのしみ

 「第二言語としての日本語=日本語を母語としていなかった人への日本語教育」が、現在の私の仕事です。
 私は、現在の自分の専門を「日本語言語文化研究」と思って留学生の教育にあたっています。
 日本語学の中心である言語学的な研究からは離れてしまいましたが、日本語の産みだしてきた言語文化全体を広く見渡すことも、大切な分野であると思っています。

 言語学などの「学問の王道」的な研究をしている人から見たら、私のしていることは、「広く浅く」でしかなく、結局のところ、学問とはみなされない分野になるのだろうとは思いますが、深く深くひとつのことを追求し、研究する人がいてもいいし、私のように「中途半端に広く浅くことばの世界を楽しむ」人がいてもいいと思っています。

 言語学の研究とは遠く離れてしまいましたが、私はとても幸運なことに、言語学に関しては、斯界の碩学といえる先生方に教えていただいてきました。浅学菲才の身には贅沢なことでした。

 言語学概論は、1971年に徳永康元先生に教わりました。学園闘争真っ盛りのころで、何回か授業を受けると、すぐに学生ストライキ学園ロックアウト封鎖となって、授業が中止になった時代だったから、徳永先生の授業を何度くらい聴講することができたのか、覚えていません。

 しかし、「言語学って、なんておもしろい学問なんだろう」と思ったことだけは忘れません。
 「サピア・ウォーフの仮説」という言語学史上とても有名な説についてレポートを書いて提出し、優をもらいました。

 言語学概論の授業を受けていたころ、私は東京にでてきたばかりのお上りさんだったから、徳永先生が言語学でとてもえらい先生だということなど、まったく知りませんでした。私に優をくれるくらいだから、とても優しい、イイヒトなんだろうと思っただけ。

 言語学は楽しかったけど、「語学」は相変わらず苦手で、英語などはようよう「可」で通過、言語学をやるには、英語をはじめ、他の語学もできなければやっていけないだろうと、言語学を専攻することはあきらめました。
 言語学は好きでも、語学に関してずっと劣等生のままでした。

 日本語だけでやれる範囲で、できるだけ言語学や文化人類学に近づけることをやろうと思って、「神話学」をターゲットに『古事記』を卒論にしました。指導教官はの山路平四郎先生でした。山路愛山の息子である山路平四郎先生、古代文学に造詣深い方でした。代表作は『記紀歌謡の世界』など。

<つづく>
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2006年02月26日


ぽかぽか春庭「手はださない」
2006/02/26 日
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(18)手は出さない

 中途半端に神話学的なアプローチをした私の卒論『古事記』は、日本文学としての『古事記』を研究すべきだと考えていた山路先生にはお気に召さず、卒論面接も手厳しいものでした。
 卒業後は中学校国語科教諭になりました。
 中学校で国語を教えていることを手紙に書いて山路先生に報告すると、とても喜んでくださり、丁寧な励ましのお手紙をいただきました。厳しかったけれど心温かい先生でした。

 1985年に2歳の長女を保育園に預けて、もう一度大学に入ることにしました。
 言語学を西江雅之先生と千野栄一先生に教わりました。英語音声学は竹林滋先生、英語学や論理学は、松田徳一郎先生に教えを受けました。

 言語学はとってもおもしろい分野なので、千野先生の『言語学の散歩』『言語学のたのしみ』、また、西江先生の『ことばの課外授業』などをぜひご一読ください。

 西江先生には学部と大学院で4年間教わりました。言語学については先生の直弟子ですが、スワヒリ語に関して、私は西江先生の孫弟子にあたります。
 西江先生が、アジアアフリカ語学院でスワヒリ語講師をしていたときに教えを受けた弟子たちが、私にスワヒリ語を教えてくれたのです。

 西江先生と私のケニア滞在について、また、千野先生の思い出については、
 http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/oi0310b.htm
にも書きましたので、ご笑読くださいませ。 

 千野先生が学生に常日頃教えていた「言語学を研究する者の心得」を、「おい老い笈の小文」で紹介したことがありました。
 「言語学をやる者は、三つのものに絶対に手を出してはならない。すなわち、日本語起源論と語源探索と教え子に手をだしてはならぬ」という御法度です。

 千野先生は、学生には禁じたが、ご自身はすでにこのような御法度を超越していた方だから、堂々25歳年下の教え子と再婚なさった。
 むろん私は、しっかとこの教えを守って、日本語起源論や語源学などには手を出さないでいます。もちろん教え子にも。
 って、出したところで誰も私の手にはひっかからないが。

 明日は、世界一周ことばの旅
<つづく>
01:09 コメント(2) 編集 ページのトップへ
2006年02月27日


ぽかぽか春庭「世界一周ことばの旅」
2006/02/27 月
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(19)世界一周ことばの旅

 言語学も日進月歩。ちょっとさぼっていると、最新の学説についていけなくなる。
 私の言語学は30年以上も前に教わったことがおおもとになっていて、最初に教わったことの影響が大きい。

 だが、近刊の言語学入門書を見て、あれれ~、でした。
 「いまだに日本語はウラル・アルタイ語族に属しているなどと言う人が残っている。そんな古い学説を信奉したままの人がいたら、その人の言語学は信用するな」と、書かれていたので、「ウッ」とつまってしまいました。

 私、去年まで、学生から質問された場合「日本語の系統はわかっていないけれど、ウラル・アルタイ語族の系統に近いという説があります」って答えていた。ごめんねー、古い学説を頭の中に残存させたままで教えていて。

 「ウラル・アルタイ語族に近いところに位置することはわかっているが、この語族と系統的につながりがあるかどうかは、まだ分っていない部分が多い」と答えるのが、正確なようです。

 すなわち「日本語の系統はわからない」というのが、最新の言語学説による一番確実な情報でした。

 言語学を教えていただいた千野栄一先生は多方面の活躍をなさった方です。チェコ語を中心にスラブ語研究の第一人者であったほか、言語学の楽しいエッセイをたくさん書き、ユーモアたっぷりに言語学のエッセンスを伝えてくれました。

 千野先生の仕事のひとつにCD『世界一周ことばの旅』の監修があります。世界中の言語のコレクション。

 世界に言語がいくつあるか、知ってます?
 母語としてその言語を話す人がいて、生活と社会を支える言語として存在する言語が地球上にいくつくらいあると思いますか。
 答え、「わかりません」
 または、「おおよそ1500から15000の間」あれま、なんておおざっぱなんでしょう。

 言語学者によって、数え方がちがうので、「いくつある」と言えない。たとえば、『恋のマイラヒ』の紹介で記したモルドバ語。モルドバとルーマニアは別々の国家なので、ルーマニア語と別の言語と考えれば、モルドバ語とルーマニア語で二カ国語、言語はふたつになります。

 しかし、このふたつの言語の差が大阪弁と京都弁のちがいくらいしかない、と知ると、それじゃ一方は一方の方言と言ってもいいんじゃないか、ということになる。
 でもね。モルドバ人は「ルーマニア語はモルドバ語の方言」というし、ルーマニア人は「モルドバ語はルーマニア語の方言」というので、ひとつの語として、まとめて数えることも難しい。

 明日は、80の言語コレクション
<つづく>
07:35 コメント(4) 編集 ページのトップへ
2006年02月28日


ぽかぽか春庭「80言語コレクション」
2006/02/28 火
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(19)80言語コレクション

 同じファミリーのより近いふたつの言語を方言とみなすか、ふたつの国の別々の言語とみなすか、むずかしいところです。

 ポルトガル語で話している人とスペイン語で話している人は、互いに相手の話している内容が分かるといいます。
 しかし、スペイン語とポルトガル語、国が違い、歴史的な経緯もあり、やはり別々の言語と数えることになるでしょう。

 中国語は、文字に書くとひとつのまとまった言語であるとわかりますが、耳で聞いただけでは、南方の広東語・福建語などと北京語のあいだには、スペイン語ポルトガル語のあいだ以上の差が存在しています。それでも、上海語や福建語を中国語のなかに含めない、ということはできない。広東語も上海語も中国語に含めて数えます。

 ポルトガル語とスペイン語をふたつの言語として分けて数える基準でいけば、中国のなかにはたくさんの言語が存在することになりますが、中国政府は「断固、わが国の言語は中国語である」と言うでしょう。

 日本語でもそう。
 琉球語を一つの独立した言語とみる学者もいるし、日本語の一方言である沖縄方言とみなす言語学者もいる。
 
 地球上に、かって存在した言語(死語)と、現在生きて使われている言語をあわせて、学者によって1500くらいと数え、学者によっては15000くらい、と数える。
 一般的に言って、おおよそ3000種前後ある、という程度のおおざっぱな数え方しかできません。

 3000くらいある世界の言語の中の、80言語を集めた『世界一周ことばの旅』は、堅苦しい言語学の学術的な言語コレクションではありません。
 数の数え方、挨拶の仕方を基本として、詩の朗読、自国の概要の解説、ふたりの話し手による対話、など、さまざまな言語文化を2枚のCDにまとめてあります。

 録音に参加したのは、各国からの留学生、大使館員、大学語学教師などさまざまな人々。それぞれの人の部屋で個人的に録音したテープなどもまじっていて、ことばの録音の後方に犬の鳴き声が入っていたり、車の発進音が入っていたり、それがとてもおもしろかったりします。

 『世界一周ことばの旅』のCDには、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアなどのさまざまな言語が集められています。
 残念なのは、南北アメリカ大陸のネイティブの人の言語がないこと。ネイティブアメリカン(インディアン)のことば、南アメリカの少数民族のことばなどは録音されていません。
 東京近辺に在住している留学生を中心に録音されたので、偏りがあります。

 それでも、録音された80の言語を聞いていると、世界のさまざまなことばの表現に、心豊かな思いがこみあげてきます。

 千野先生の解説もついています。ぜひ一度聞いてみて。CDを貸出している図書館であれば、このCDを置いてあるところもありますので。

 明日は「これまでに出会った100余の言語」
<つづく>

2006/03/01 水
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(20)これまでに出会った100余のことば

 『世界一周ことばの旅』に出てくるアフリカのコイサン族(日本では映画のタイトルからブッシュマン、コイサンマンなどと呼ばれてきた)のコサ語、この言葉を聞くことができる音源は、今のところこのCD以外には見つけにくいだろうと思います。

  コサ語、独得の発音があります。
 吸い込む息を使った言語音があるのです。吸い込む音を使う言語、他に知りません。
 それから、舌を上あごにくっつけてから、はじいて鳴らす音。
 コサ語のクリック音(吸着音)を含むおしゃべり、楽しい響きです。
 
 他の言語は、吐き出す息を利用し、のどや歯舌唇口腔などで音を加工して、さまざまな音声を作り出します。
 日本語では、吸い込む息のとき作られる音は「言語音」として使われていません。

 吸着音を私たちが使うのは、失敗したときや困ったときに舌を前歯の裏にあてて「チッ」「チェッ」「ツェ」と表現するときの舌打ち音のみ。
 「不同意の感情表現」「失意の感歎表現」だけに用いられます。

 私が「失敗しちゃったなあ、チェッ、残念」と思っていることがあります。クリック音で、チェッ!チェッ!
 1988年以来この仕事を続けてきて、やれなかったこと。

 日本語教師をしてきて、これまでに80ヵ国以上の国の留学生と出会ってきました。
 でも、日本語を教えることに精一杯で、留学生の母語について、録音をとってこなかったことです。

 教室内で、自国のことばや文化についてクラスメートに発表する機会をつくるようにしていますが、日本語での発表を重視してきたので、それぞれの母語で話しているところを録音してきませんでした。

 ひとりひとりの母語を録音しておいたら、個人的な80言語のコレクションができあがったのに。
 いや、80以上になったことでしょう。私が出会ってきた留学生は、たいてい、家庭のなかで話している母語と、社会生活で話す公用語と、大学や大学院での教育と研究に必要な英語、最低3つの言語は読み書きできる人が多かった。
 
 今期、私が受け持ってきた学生。
 パキスタンのフミ、母語のバンジャビ語と公用語のウルドゥ語と英語を話す。フィリピンのジョセは、母語はセブ島のことば。公用語であるフィリピノ語(タガログ語)と、学校教育での英語を話す。
 
 スエーデンのヤン、スエーデン語ノルエー語英語を話す。
 ネパールのギア、ネパール語ヒンディ語英語。マレーシアのアリ、タミル語マレー語英語。

 私がかって滞在した国でも、そうでした。ケニアでホームステイしたキクユ族の家庭では、家の中ではキクユ語、町の市場にいけばスワヒリ語、かって先生をしていたご主人は英語も話す。それも私のブロークンイングリッシュとは大違いのクイーンズイングリッシュ。

 中国長春市に滞在したときも、朝鮮族の人は、家庭では朝鮮語、社会生活では中国語、内蒙古の人は、モンゴル語と中国語。ほとんどの人がバイリンガルなのでした。バイリンガルを「特別な人」としてありがたがるのは、日本くらいです。

 世界の多くの地域の人々は、生活上ふたつみっつの言語をあやつらなければ、暮らしていけない。
 英語しか話せないアメリカ人と、日本語しか話せない日本人、このふたつの国の人は、語学音痴。

 日本語だけで生活でき、大学院までの教育を受けられる私たちは、便利といえば便利だけれど、あまりにも「他の文化や言語に理解がない」とも言える。他の言語を知ることは、そのことばの背景に広がる文化を知ることです。

 せめて『世界一周ことばの旅』を聞いて、さまざまな言語の音を音楽のように聞いて楽しんでみませんか。

 明日は、各国語版「ことばの世界へようこそ」
<つづく>
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2006年03月02日


ぽかぽか春庭「ことばの世界へようこそ」
2006/03/02 木
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(21)各国語版、ことばの世界へ「ようこそ!」

 このシリーズもあと2回で終了。
 「ことばの世界へようこそ」という気持ちをこめて、「ようこそ」のあいさつを各国語でお知らせします。
 ラテン文字(ローマ字)で表記できるものは、ラテンアルファベットで、ロシア語とモンゴル語はロシアンアルファベット(キリル文字)で、あとは、残念ながら、カタカナ表記。カナカナ表記だけの言語は、独自の文字を持っている言語です。

アラビア語:  アルハバン/
イタリア語:  ベンベヌートBenvenuto/
インドネシア語:スラマッ(ト)ダタンSelamat Datang/
ウルドゥー語:  クシュ アーマーディード/
英語:      ウェルカムWelcome/
韓国・朝鮮語:  オソオセヨ/
カンボジア語:  ソームスヴァーコム/
スペイン語:   ビエンベニードスvienvenidos/
スワヒリ語:   カリブKaribu/
タイ語:     インディートンラップ/
チェコ語:    ビーターメ バースvitame Vas/
中国語:   ホゥアン イン ホゥアン イン 歓迎(又欠 迎)/
ドイツ語:  ヘルツリッシェンヴィルコーメンHerzlichen Willkommen/
トルコ語:  ホシェ ゲルディニズHos geldiniz /
にほん語:  ようこそ/
ビルマ語:  ライライレーレーチョーソーバーデー/
ヒンディ語:  アーイエー/
フランス語:  ビアンヴニュVienvenue/
フィリピン語: マブーハイMabuhay/
ベトナム語:  ノンニエット ドン チャオNog nhiet don chao/
ポーランド語: ヴィタイWitaj/
ポルトガル語:  セージャ ベン ヴィンドSeja bem-vindo/
モンゴル語:  タフタエトリルノーTabtaй topилho yy/
ラオス語:   ニンディートーンハップ/
ロシア語:   ス プリィエズダムC приеэдом

 私が世界中のことばに通じているわけじゃありません。ひさしぶりに訪問した母校の文化祭で買った冊子の中のコピーです。上記の言語のうち24のことばを教える専攻があるのです。
 スワヒリ語は、母校の専攻学科にもありません。25年前にわたしが習って覚えたケニアの公用語です。

 ケニアにいたころ、知り合いの家を訪問して「カリブカリブ(ようこそ、どうぞお近くに)」と、招き入れられると、とてもうれしかった。わたしにとっては思い出ふかい挨拶のことばです。
 「ことばの世界へようこそ、カリブー!トゥタオナーナ(また会いましょう)」

 明日は、絶滅危惧言語
<つづく>
00:27 コメント(4) 編集 ページのトップへ
2006年03月03日


ぽかぽか春庭「絶滅危惧言語」
2006/03/03 金
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(23)絶滅危惧言語

 言語の数を知ることは難しいのだ、と紹介しました。1500以上という人、3000以上という人、6000以上あると言う人。15000と数える人。言語をどのようにとらえ分析するかで、意見はまちまちです。
 言語の数を知ることは難しいことですが、今、確実にわかっていることがあります。世界情勢の大きな流れの中で、少数言語が消滅の危機にあるということです。

 k******さんからのコメントありがとうございます。
  「 アマゾンでは多数の言語が滅び去っているのだそうですね。
二人の青年だけが持っている言語のドキュメンタリー番組を見たことがありましたけど。」
投稿者:k****** (2006 2/27 23:47)

 アマゾンだけではありません。世界中から少数言語が消え去り、絶滅の危機に瀕しているのです。
 ひとつの国のなかで、ほとんどの少数言語は不利な立場においやられ、その言語を母語とする人々が社会の中で不利益をこうむってきました。
 親は子どもが将来不利益を受けないように、経済的に有利なことばを使わせようとするので、2世代か3世代、つまり100年たらずのうちにひとつの言語が消滅してしまうのです。

 少数言語の話者が不利益を受けない措置をとらない限り、多くの貴重な言語が21世紀のうちに消滅してしまうでしょう。
 現在の社会で経済的に有利な生活を求めようとするとき、圧倒的に有利な言語となっているのは、英語です。

 アメリカ合衆国やオーストラリアで、英語が圧倒的に有利なため、先住民(ネイティブ)のことばの多くが死語となってきました。アメリカで、少数言語が母語としてつかわれているのは、20ほど。すでに70のネイティブアメリカンのことばが生活の中で使われなくなってしまいました。

 日本でもそうです。アイヌ語という豊かな言語文化を保持してきた人々に対して、明治以後、急激な同化政策が施かれました。
 10年以上前の調査で、アイヌ語を流暢につかいこなせる、という人は樺太千島を含めても、10人~15人で、すでに高齢の方々でした。この人たちが亡くなると、子どものころ習い覚えた言語、母語としてのアイヌ語は消滅します。

 現在、アイヌ語を母語として生活に使用している家庭は、日本国内では皆無だと聞きます。
 趣味や生涯学習のため、また祖先のアイヌ文化を守るために、学習によってアイヌ語を学んでいる人は、少しずつではあるけれど増えてきました。

 しかし、まだ母語として復活するところまでは至っていません。アイヌ文化保全に勤めている人々も、家庭や社会生活では日本語によって暮らしています。

 私の「春休み読書」のひとつは、白水社から出ている『CDエクスプレス・アイヌ語』という本。ことばを覚えるまではできないけれど、CDを聞いてアイヌ語の響きを楽しんでいます。

 アイヌ語には濁音(有声音のうち、ガザダバなど)がありません。全体とてもやさしいあたたかい響きです。
 原日本語ももともとは濁音がなかったのだけれど、さまざまな言語の影響を受けつつ、濁音が必要になってきたのだといいます。

 最後のアイヌ語母語話者という浅井タケさん(1902~1994)の語る昔話54篇がCD11枚(草風館 )になっているそうなので、いつか聞いてみたいです。

 1997年7月に『アイヌ新法』が制定されました。それまでは「旧土人法」だったんですよ。「土人」って今の感覚ではすごい言い方にきこえますね。もともと住んでいた人々を征服者の側から見て低くみなす感じがします。

 1997年まではそれが正式な法律名称で、やっと改正されました。「アイヌ」とはアイヌ語で「人間「ひと」の意味。

 アイヌ語をなんとか記録に残すことができ、復活させられるかも知れないだけの資料を残すことができたのは、この言語を愛し記録に努力を重ねた何人かの人がいたおかげです。

 明治のお雇い外国人であったチェンバレンの研究をはじめ、アイヌの血をひく知里真志保らが研究を続けてきました。
 金田一京助らのアイヌ語に関する仕事も、批判点もあるでしょうが、評価すべきことが多いと思います。

 明日は、豊かなことばの世界をめざして

<つづく>
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2006年03月04日


ぽかぽか春庭「豊かなことばの世界めざして」
2006/03/04 土
言海漂流・葦の小舟ことばの海をただようて>言語学復習(24)豊かなことばの世界をめざして

 ことばのひとつやふたつ、世界から消えていっても、自分らの生活に何も影響しないし、その人たちだって、英語や中国語、スペイン語など世界的に有利なことばを使えるようになっていれば、何も問題ないじゃないか、と考える人たちもいます。

 少数言語消滅が、直接私たちに生活に関わらないというのは、そうかもしれません。
 しかし、言語の研究は、まだまだ全部のことばを解明できていないのです。語彙全体の記録もできないうちに消滅してしまうことばが、言語研究の大事な要素をふくんでいるのかもしれないのに。
 
 また、たとえ、他の分野の役にたたなくても、言語とその言語がもつ文化はそれだけで人類にとって貴重なものなのです。文化の多様性は、存在を保証されるべきものです。

 日本語は世界のなかでも1億人以上の母語話者がいる大きな言語のひとつです。
 しかし、もし日本で、「英語を使えるほうが、よい暮らしができそうだ。子どもが英語をおぼえるためには、学校で学ぶだけでは不足だろうから、家のなかで両親も英語を使うよう努力しよう」と、考える家庭が出てきて、子どもが母語として日本語を使わないで育つようになったとしたら、21世紀中に日本語は消滅します。
 ことばが消滅すると言うことは、その言語がはぐくんできた文化が消滅するということです。

 英語ができて、コンピュータ使えて、今より収入が多くなるなら、『万葉集』を誰も知らなくなっても、ひとりも『源氏物語』を読めなくても、575の俳句つくれなくても、生活には困らない、と考えるでしょうか。

 ことばは、人の生き方暮らし方、ものの考え方、アイデンティティの根元です。
 私は、私の母語を大切にしたい。自分の母語を大切にするのと同じ気持ちで、他の言語を母語としている人に対しては、その人の母語を大切にしたい。

 多様な言語、多様な文化、多様な生き方を認め合い、尊重しあえる社会を築いていくにはどうしていったらよいのだろう。
 狭い「仲間意識」の輪の中に入れてもらえず、孤立してしまう人がいるような場所で、日本語が上手ではない人、日本的な集団になじめない人、さまざまな人が暮らすこの国で、どうやったら互いを尊重しつつ共に生きていけるのだろう、と、日本語を教えながら、日々考え続けています。

 とても優秀な女性だったと報道されている中国生まれの女性、日本語朝鮮語中国語英語を使いこなす才女として、評判のお嫁さんだったそうです。日本人の妻となり子どもの母となったのに、しだいに心を閉ざし、孤立して悲しい事件を引き起こしてしまった。
 そんなニュースを聞くと、胸いたみます。

 日本語と日本語言語文化を大切にしていくことと、世界中の多様な言語さまざまな文化を互いに知り、尊重していくことを、どちらも意識的にすすめていかなければならないと、肝に銘じています。

<言語学復習おわり>

言語学復習 目次

2012-02-02 06:26:34 | 日本語学
2/09 言語学復習(1)語学劣等生春庭のための言語学
2/10 言語学復習(2)孤児日本語
2/11 言語学復習(3)ニッポンジャパンリーベンハポン
2/12 言語学復習(4)神話の日
2/13 言語学復習(5)大王の名前と言語学
2/14 言語学復習(6)古事記口承
2/15 言語学復習(7)歴史ファンタジー
2/16 言語学復習(8)蝦夷共和国総裁選挙
2/17 言語学復習(9)語源散歩「ひいな」
2/18 言語学復習(10)あげくのはてにわからない
2/19 言語学復習(11)「ひ」の語源
2/20 言語学復習(12)言語系統図
2/21 言語学復習(13)比較言語学
2/22 言語学復習(14)言語ファミリーとクレオール言語
2/23 言語学復習(15)恋のマイラヒ
2/24 言語学復習(16)言語学と日本語学
2/25 言語学復習(17)言語学のたのしみ
2/26 言語学復習(18)手はださない
2/27 言語学復習(19)世界一周ことばの旅
2/28 言語学復習(20)80言語の挨拶と数

3/01 言語学復習(21)出会った百余のことば
3/02 言語学復習(22)ことばの世界へようこそ

日本語学基礎2

2012-01-20 08:05:00 | 日本語学
2009/09/17
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(12)語種クイズ復習

 海外との異文化交流の話。文化の交流があれば、かならず言葉の交流があります。古代から海外と交流しつつ、日本語の語彙が増えてきました。
 ここで、語の素性クイズ。日本語には、もともとオリジナルの日本語=和語と、漢字とともに中国から入ってきた漢語と中国以外から来た外来語があります。語種といいます。和語、漢語、外来語。

 2日目の宿題として、語種クイズプリントを渡して3日目に答え合わせ。これは、何度か、カフェコラムでも紹介した春庭クイズです。一度クイズを考えれば、毎年毎年学生は違うメンバーだから、何年でもつかえるクイズ。便利です。

 何度か掲載してきたクイズを再録。同じクイズを何度も見てきたという人も、復習です。もう一度回答してみましょう。(何度やっても忘れているから)
 1,次のことばを見て、A)の漢字の語にはよみがなを書いてください。  
2,A)①~⑤のグループ分けの理由を考え、どのグループの語が固有の日本語(古来の和語&日本で作られた語)か選び、海外から日本へ入ってきた語と区別してください。

① 久羅下  山  雨  花  
② 大根  火事
③ 哲学  経済  野球  
④ 梅  馬  寺  鮭 
⑤ 一日  二万  大豆 

 語種クイズ解答。
 Aグループの固有日本語(古来の和語と日本で作られた語は「①、②、③」です。え~っ、そうなの?と学生たち。そうなんです。毎年同じクイズをして毎年「え~!」とびっくりされる。

 っていうことは、④⑤は固有の日本語ではなく、もともとは外国から来たことば。古い時代に日本に来たので、今は外来の語だということは忘れられて、完全に日本語語彙としえ定着しています。
 A④の「梅」「馬」は、古来の日本語だと思われている。それほど日本語になりきっているので、もう外来語だと言う必要もありません。
 出自は古代中国語で「ンメィ」と発音したと思われる「梅」。日本に取り入れられたときは、語頭の「ン」は、古代日本語では発音できなかったので、「ウ」に変えて「ウメ」になりました。現代中国語では「メイ」。「馬」も同様、「ンマー」。現代中国語では「マー」。

 もともと日本にあった花木を固有の和語から中国風にかえたのか、中国から梅の木と共に名前もやってきたのかは不明。馬は、「騎馬民族説」などもあるくらいですから、もともと大陸にいた動物が流入したときに動物名も同時に来たのかもしれません。しかし、1万年くらい前までは、大陸とも陸続きであったのですから、もともと野生馬がいて、漢字「馬」が入ったときに、改めて「馬」という呼び方が定着したのかもしれません。

 「てら=寺」は朝鮮語のチョル(礼拝)と同根という説があります。仏教関係の語はサンスクリット語(梵語)や漢語から来ているので、テラだけが朝鮮語経由というのはこじつけっぽいと思うのですが、仏教伝来とともに、やってきたことばであることは、他の仏教用語と同様でしょう。

 「サケ=鮭」は、もともとサケ・マスを表すアイヌのことばだった語を和語に取り入れ、漢字をあてはめた。「鱒」をアイヌ人は( シャケンペ或はサ ケン ペ) と称するが,語源的に「シャクイ ペあるいはサクイペ」。(,hak.sak-夏)の(ipe-食)の意。
 中国語では魚のサケは「三文魚」。
 馬や鮭も、もはや外来語といわなくてもいいでしょう。

<つづく>
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2009年09月18日


ぽかぽか春庭「クラゲなす漂へる万葉仮名」
2009/09/18
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(13)クラゲなす漂へる万葉仮名

 語種クイズのうち①の久羅下(クラゲ)について。
 クラゲには海月という当て字もあります。中国語の「水母」をそのまま使う場合もあります。「久羅下」という表記は古事記や万葉集に出ている「万葉仮名」という書き方です。中国語である漢字を日本語表記にするため、さまざまな表記の工夫がなされました。漢字の意味をそのまま日本語にあてて、「山」を「やま」と読むことにしたり、久羅下のように、ひとつの音節(子音と母音を組み合わせて発音する音のひとまとまり)にひとつの漢字をあてはめたりしました。

 百人一首では持統天皇御製「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」万葉集では「来にけらし→来たるらし」「干すてふ→干したり」と、少しことばが違います。
 万葉仮名表記の例。
 春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山 はるすぎて なつきたるらし しろたえの ころもほしたり あまのかぐやま 

「はる」「なつ」「しろ」などには同じ意味の中国語漢字、春、夏、白を当て、「し」「の」など助詞には発音が同じ「之」「能」などの音読み漢字を当てています。之の草書から「し」という平仮名ができあがりました。乃の草書から「の」という平仮名ができました。能という漢字の草書から変体仮名ができました。どちらも音価は「no」です。(能の変体仮名の形は下記URLでお確かめを)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hiragana_NO_01.png

 万葉集巻十、2174番「露を詠める よみ人しらず」
  秋田苅 借廬乎作 吾居者 衣手寒 露置尓家留
(秋田刈る仮廬(かりいほ)を作り我が居(を)れば衣手(ころもで)寒く露ぞ置きにける)

 万葉集2174番の歌は、天智天皇の歌として百人一首にもなっている「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ」の本歌です。雄略天皇の歌とか天智天皇の歌などの中には、万葉の時代に民謡のように流布して皆が口ずさんでいた歌を、洗練させてから「大王の歌」として掲載している歌も多い。パクリの日本事始め、というか、本歌取りは、和歌の技法のひとつとなっています。

 さて、パクリは今日の話題にあらず。本日のお勉強は、助詞の「乎を」、「居れば」の「者ば」、「置きに」の「尓に」などが他の語と区別されていることです。万葉集の表記者は、助詞や助動詞などの非自立語(付属語)と自立語と峻別していることがわかります。
 『古事記』や『万葉集』の編纂者、表記者は、日本語の文法をきっちり把握して表記していたということです。

 現代語での対照でも、中国語母語話者が習得に難儀するのが助詞の区別です。中国語に助詞も助動詞もないからです。

 ⑤の「一日、二万」などは、漢字が日本にもたらされた直後に日本語の語彙に取り入れられた語。
 「外来語ぎらいだから、外国から来た言葉は使いたくない、古来の日本語だけで、話したい」とおっしゃる方には、古来の日本語に言い換えができますから、どうぞ。
 15を「ジュウゴ」などと、外国から来た言い方でいわずに、「とおまりいつつ(とお余りいつつ」38は「サンジュウハチ」ではなく、「みそまりやっつ」と、本来の和語で言うことをお奨めします。456は、よつももまりいそまりむっつ。ちと、面倒ですね。だからこそ、中国方式の数の数え方が普及したのです。

 A④⑤は、固有の日本語だと思い、A③は漢語だと思った、という学生も多い。
 ③の日本語は、幕末明治期に西欧語を学んだ日本人が、翻訳した語。「フィロソフィ」にあたる語が日本語にはないので、漢字を用いて「哲学」と翻訳した。「エコノミィ」にあたる語がないので、中国古典に出てくる「経世済民」からとって、「経済」と翻訳した。

 近代以後、中国に逆輸入されて、現代中国語でも「哲学」や「自由」「社会」などを普通に使っているので、中国の学生に「これらの漢字語は日本で作られたんだよ」と、紹介すると、ええ~?!と驚きます。これらの和製漢語について詳しく知りたい方は柳父章(やなぶあきら)『翻訳語成立事情』岩波新書、惣郷正明『日本語開化物語』朝日選書などを参照してください。

<つづく>
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2009年09月19日


ぽかぽか春庭「多啦A夢」
2009/09/19
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(13)多啦A夢

和語漢語外来語クイズ後半
⑥ 旦那 獅子 葡萄 
⑦ 天麩羅 煙草 歌留多  
⑧ 普請 行燈 蒲団  
⑨ 鉛筆 血管 投票 
⑩ 麻雀 面子 焼売 
⑪ 電脳 電視台 机器猫

 A⑥~⑩の語も外国から日本に入ってきた語です。⑥の旦那 獅子 葡萄は、サンスクリット語古代ペルシャなどが漢語経由で日本に到達した語。⑦の天麩羅 煙草 歌留多は、ポルトガル語が室町時代の終わりに入ってきたのち、漢字を当て字した語。⑧は鎌倉・室町時代に日本にやってきた漢語。読み方(発音)が平安時代までに入ってきた漢語と異なります。⑨は、近世の漢語。⑩は近代の漢語。これらは日本語語彙として定着しています。ただし、⑩はマージャン、シューマイなど、カタカナで書く場合も多い。

 A⑪の語は、日本語ではありません。現代中国語です。コンピュータ=電脳、テレビ局=電視台という語は、インターネットの普及、中国映画の普及で、一部の日本の若者に使われるようになっていますが、まだ「漢語」として日本語語彙には入っていません。あくまでも中国語。これから一般化すれば、中国語からの「近代以後の現代流入の漢語」となって、日本語語彙の一部になっていく可能性があります。

 中国語で「机器猫」とは何でしょうか。答え「ドラエモン」です。ドラエモンのパクリが中国に新出したころはこう書きました。著作権問題をクリアした最近は、音訳で「多啦A夢ドゥォラーエーマン」と表記しています。たくさんの夢をポケットから引っ張り出すドラエモンという意味も含まれている漢字表記です。多啦A夢や桃小丸子(ちびまる子)、蝋筆小新(クレヨンしんちゃん)は、中国の子供たちに大人気。

 ちなみに、「蝋筆小新」の意匠登録は中国で法的に有効となっているので、クレヨンしんちゃんの商標権利を持っている双葉社は、蝋筆小新グッズの差し止め請求はできません。2009年の中国での買い物のひとつ、蝋筆小新のイラストと「このおバカ!」「止められるの?」という日本語が描かれているボストンバッグ25元を買いました。

 ドラゴンボールが「七龍珠」になったりしたほか、全世界周知のあのネズミさえも、北京にそっくりさんキャラがお目見え。「中国での著作権解釈。映画などの共同作品(法人著作権)は、発表後50年で切れる。ミッキーマウス発表年1928年の50年後、1978年で中国における権利は切れている。」という法解釈なのです。
 著作権の保護という観点から見ても、通称「ミッキーマウス保護法」で「個人作品は著者の死後75年。法人作品は発表後95年まで延長」と著作権保護期間を延長したのは、アメリカのエゴと私も思います。

 子供が塀に書いた落書きにさえ著作権を言い立てるというあの会社、北京そっくりさんには何か言ったのかどうか。
 漢字というすぐれた表意文字を、著作権がどうのこうのと言わずに分け隔てなく周囲に与えてくれた中国ですから、ネズミのパクリくらいは大目に見てもいい、、、、のかな。

 語種クイズ⑥普請 行燈 蒲団 は、「唐音」「唐宋音」と呼ばれている、鎌倉時代以降に日本に入ってきた中国語の発音です。飛鳥奈良以前に入ってきた発音は「呉音」と呼ばれ、平安初期の遣唐使時代くらいまでに入ってきた発音は「漢音」と呼ばれます。
 訓読み「行く」の「行」は呉音では「修行」「行者」など「ギョウ」という発音、漢音では「旅行」「行進」など「コウ」という発音。「行燈」「行脚」の唐音では「アン」という発音になります。

 漢字をその時代その時代の発音で取り入れただけでなく、漢字を使いこなし、日本語に合った表記法「仮名」を自国語に適応させたニッポン魂、ニッポンチャチャチャ、と喝采してあげましょう。ちなみに、ここで言うニッポン魂とは、なんでも取り入れてなんでも自分たちの文化に合うように変形・編集する「編集魂」のことです。「編集」こそ「創造」なのだと、松岡正剛先生もいってます。ニッポンチャチャチャ。
 次回はニッポンジャパンの話、復習。

<つづく>
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2009年09月20日


ぽかぽか春庭「ニッポンジャパン和製英語」
2009/09/20
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(15)ニッポンジャパン和製英語

 9月実施日本語学集中講義で「日本語なんでも質問コーナー」という時間をもうけました。日本語についての学生が感じた疑問質問に、教師が答えるというコーナーです。
 ユカさんは「日本は、にっぽん、にほんどちらがいいですか。どうして英語ではジャパンというのですか」と質問してきました。これもカフェ日記では何度か書いたことです。日本語学の授業では呉音漢音の話のついでに解説しました。

 「日」は呉音では「ニチ」と発音します。「日曜」「日録」など。「日記」はニチキです。「チ」が促音化して、「ニッキ」に音が変化します。どの音が促音化するか、法則があります。しかし平安時代には促音の表記法がなかったので、「にき」と平仮名表記しました。「土佐日記」の平仮名表記は「とさにき」です。現代仮名遣いでは促音は、小さい「っ」を書くことになったので、「にっき」です。

 日本(ニチホン)は、チが促音の「ツ」になり、さらに「ホン(フォン)」は「ポン」に音が変化します。(この音変化も法則あり。促音の後ろはポン、撥音「ん」の後ろはボン)。変化したあとの発音は「ニッポン」です。でも促音の表記がないので、「ニホン」と表記しました。

 今では「ニッポン」「ニホン」どちらも使われ、原則として単独で用いるときは「にっぽん」。「日本語」「日本文化」など複合語のときは「にほん」です。

 漢音では「日」は「ジツ」と発音します。「祝日」「休日」など。「日本」は漢音の発音では「ジツ+ホン→ジッポン」です。現代中国語では「ジッポン」の発音が残り、「ジーベン=リーベン」と発音されています。ジッポンはシルクロード経由で欧米に渡り、ジパン(グ)、ジャパン、ジャポンなどになりました。Japanの「Ja」の読み方、スペイン語などでは「ja=ハ」、ドイツ語では「ja=ヤ」なので、「ハポン」「ヤーパン」「ヤーバン」など発音がかわります。
 
 このニッポンとジャパンの話も、毎年同じ話をして毎年「知らなかった!」と言われる「日本語トリビア話」です。

 語種クイズカタカナ語の部1~6。どれが日本語(固有の和語&日本で作られたカタカナ語)で、どれが海外から流入してきた語でしょうか。

1、クラゲ カリ オトメ 2、スキンシップ ナイター パネラー 3、カステラ カッパ キセル 4、ミシン ラジオ テレフォン 5、デパート アパート パソコン 6、  ケアホーム バリアフリー ユビキタス

 語種クイズBのカタカナのことばのうち、1は和語。3はポルトガルからの外来語、4・5は英語からの外来語を省略したり発音変化したりしたもの、2と6は「和製英語・和製カタカナ語」と呼ばれるものです。

 動植物名は漢字表記以外のとき、原則としてカタカナで書くことになっていますが、雁を「カリ」と書くと、ガンとは別の鳥のようですね。

 和製カタカナ語については、アユさんに発表してもらいました。アユさんは英語のことばを言い、日本語ではなんと言っているか当てるというクイズを考えて出題しました。

 野球用語outside pitchは、日本語でなんというでしょう。答え「アウトコース」。英語play catch日本語「キャッチボール」。サッカー用語additional timeまたは injury time。日本語ロスタイム。ファッション用語same outfit,またはmatching outfits。日本語ペアルック。英語sleeveless。日本語ノースリーブ。コンピュータ用語、英語numeric keypad。日本語テンキー。英語update,または upgrade。日本語バージョンアップなど。

<つづく>
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2009年09月21日


ぽかぽか春庭「文法栓抜き説」
2009/09/21
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(16)文法栓抜き説

 スキンシップ、ナイターなどのおなじみ和製カタカナ語のほか、モーニングサービス、アメリカンコーヒー、ガードマン、カプセルホテル、ラブホテルなども英語圏では意味が通じないことを学生たちに認識させます。マンションに住んでいるというと、大邸宅、大豪邸に住んでいると思われるから、アパートメントハウスまたはコンドミニアムに住んでいると言いましょう、と言うと、学生たち「英語でも通じると思っていた」とため息。

 第3日目は日本語の文法について。今回は品詞分類だけやりました。学生たち、品詞分類は大いに苦手です。典型的な名詞と形容詞・動詞は分類できますが、ちょっと分類がわからないと、助動詞にしてしまう。間違い続出で、「~をとおして、何より、ほとんど、にした、にしても、しっかり」などは、よくわからないからと助動詞にされていた。「小さな」→形容動詞。「すばらしさ」→形容詞、、、などなど。
 「きれいな」は、形容動詞(日本語教育ではナ形容詞と呼ぶ)ですが、「大きな、小さな」は連体詞。「すばらしさ」「美しさ」など「さ」がついたら、形容詞ではなく、名詞に分類しなければなりません。

 これでは文法学習の基礎をやってからでないとだめだとわかったので、後期の演習で文法をがっちり学ばせることにして、今回は日本語教師は日本語文法をしっかり身につけていなければ、教えられないよ、と、日本語教師志望者に伝えるにとどめました。

 学習者が「大学に勉強する」「大学で通う」「部屋でいる」「喫茶店に待つ」という誤用をしたときに、わかりやすく説明するためには、教師が助詞のちがいをきっちりわかっていなければならない。

 「彼は親切だ」「彼は学生だ」という文型を習ったあと、「親切な彼」を習うと、学習者は「学生な彼」と書いてきます。「学生な彼」はダメだよ、日本語ではそう言わない、だけ教えて、「学生な彼」がなぜ言えないのか説明してやらないと、「学生」については訂正できても、次にまた「医者な彼」と書いてしまいます。「元気な彼」はいいけれど、「病気な彼」は言えないということを、まとめて理解できるようにしてやらなければなりません。

 学習者が「彼女はきれいだ。彼女はうつくしいだ」と表現したとき、「彼女はきれいだはいいけれど、彼女はうつくしいだ、とは言いません」とだけ教えたのでは、次にまた、同じ間違いをして「彼は元気だ。彼はやさしいだ」と書くかもしれません。形容詞(イ形容詞)と形容動詞(ナ形容詞)の区別を教師が知り、文の中での使い方を教えてやれるようにしておかなければなりません。

 文法は、外国語学習を効率的に経済的に進めるための道具です。
 紙を束ねて留めるのに、ホッチキスという道具があると便利ですね。針で穴をあけて、糸で閉じても紙を重ねて綴じることができますが、ホッチキスでガチャンと留めれば、早くできます。
 針で穴をあけて糸で綴じるという方法もひとつのやり方ですが、できるだけ短期間に言語学習を進めたい、という場合に、ホッチキスは便利です。

 ビール瓶のふたをあけるのに、歯で栓をかじって開けるより、栓抜きがあったほうが簡単です。文法というのは、ホッチキスだったり、缶切りや栓抜きだったり、便利な道具なのです。ことばにとっての道具の基本は「品詞」ですから、品詞を覚えないと栓抜きなしにビールのふたをあけるようなことになりますよ。まあ、歯が丈夫な人なら、毎回歯でビールの栓をこじ開けるのもよいでしょうが、普通は、栓抜きがあったほうが、おいしくビールが飲めます。語学学習、単語暗記が第一。第二は文法理解です。

<つづく>
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2009年09月22日


ぽかぽか春庭「禅車両ふたたび」
2009/09/22
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(17)禅車両ふたたび

 日本語学概論の第4日目は、社会の中の日本語と世界の中の日本語。日本語が取り入れた外来語や和製英語、世界語として通用する日本語、などについての学習です。

 古くはゲイシャ、ハラキリなどが英語の辞書に載りました。最近ではスシ、カラオケが「世界語」になっています。サキさんは、「世界で通じる日本語語源のことば」クイズを担当しました「アニメ」「オタク」なんていう語が世界進出しています。

 春庭のカフェコラムでも「禅zen」が、フランス語に取り入れられて、「瞑想できるくらい静かに乗っていたい人のための新幹線車両」の名称になっていることを紹介したことがあります。いつ書いたのか忘れたので、検索しました。「春庭・zen車両・フランス」の3語アンド検索でトップに出てくる。便利ですね、検索機能。2008年2月23日に書いたことがわかりました。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/d1372

 各国語との対照言語学も日本語教師として知っておくべきです。日本語学習者のそれぞれの母語が、発音面、文法面でどこが日本語と共通しているか、どんな点が日本語と異なっているかを把握しておけば、ある学習者にとって日本語の何がむずかしいのかわかります。

 発音対照では、私の授業では毎回必ず「右、左、ライトレフト聞きわけドリル」「モニの熊さん歌詞聞き取り」などを行います。中国南方地方出身者にとって「N」と「R」の音は同じ音に聞こえる、というと、「え~、ぜんぜん違う音じゃないの、どうしてニスとリスの区別ができないのだろう、簡単な区別なのに」と言う日本語母語話者も、自分たちには「lightとrightの区別がつかない」ということがわかると、母語によって発音の区別が違うことに気がつきます。

 英語母語話者にとって、lightとrightは別の音を発音する別々の単語だけれども、日本語母語話者の耳には同じ音に聞こえることがわかれば、「練習」という漢字に「ねんしゅう」とふりがなを書いてしまう中国南方出身者の気持ちもわかります。「連絡」という発音を聞いて、「ねんらく」「れんなく」「ねんなく」さて、どんなひらがなを書いたらいいのか迷いにまよってしまいます。「れんらく」と発音しても「ねんなく」と発音しても、彼らの耳には同じ音に聞こえているのです。

 世界の言葉との発音対照では、日本人の苦手な英語の発音と、日本語学習者にとってむずかしい日本語の発音のチェックをします。
 ハングル文字表を見て、自分の名前を書かせると、自分の名前の発音が韓国語では発音できない(文字がない)ものがあることに気づく。渡辺和歌子さん、韓国のハングルには「wa」の文字がありません。韓国語では合成母音ㅘ[wa]「ㅗ+ㅏ ua」になります。
 座間さん、「za」の字がありません。韓国語には「za」の発音がないのです。

 逆に言うと、日本語の発音の中で、韓国語にはないものがあれば、韓国人にとって発音がむずかしい。「za」の発音がむずかしいから、韓国人やタイ人の中には「おはようございます」が「おはようごじゃいます」になる人がいる。
 日本語母語話者にとって日本語にない発音「th」が苦手で、たいていの人がthank youをsankyu と発音するようなものです。スミスさんは、Sumithだから、最初のスはいいけれど、さいごのthは「ス」じゃないのだけれど、日本語話者には発音できないので、スミスさん、と呼んでいます。渡辺さんは、韓国の人には「ウァタナベ」さんと呼ばれます。

<つづく>
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2009年09月23日


ぽかぽか春庭「狐の嫁入り」
2009/09/23
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(18)キツネの嫁入り

 発音対照のつぎは語彙の対照。雨のことば集めのついでに、各国語での雨の語彙比較対照をします。
 日本語では雨のことばがたくさんありましたが、アラビア語では雨のことばは少ないだろうと予想しました。アラビア語の雨はマタル。アル・サド・アル・マタルAl Sa'd al Mat.arは「幸運をもたらす雨・雨の守りの星」という星の名になっている。バニ・マタルは「雨の子孫たち」という意味の地域名。イエメンのバニマタル地方は雨期にはかなりの雨がふり、モカ・コーヒーの産地になっているそうです。このように、いくつかは雨にまつわる語もありますが、雨に関わる言葉集めをしても、アラビア語には、日本語ほどたくさんはなさそうだと推測できます。

 各地での雨に関わることばを対照比較してみましょう。
 「涙雨」にぴったりとあてはまって一語で表現できる英単語がないので、「涙のような雨The rain like my tears」というような表現にするしかありません。sprinkling rainでは、雰囲気が違ってしまいます。ほかの雨の例で比べてみましょう。

 ロシア語では「きのこ雨」грибной дождьというのを、日本語ではなんて言うでしょうか。ロシア語だと検討もつきません。
 英語では「太陽のシャワーsun shower」と言い、オランダ語でも「太陽の雨zonregen」、デンマーク語スゥエーデン語ノルウェイ語(この三カ国の言語は方言差程度で、ほぼ同じ言語です)では「太陽の雨solregn」という。なんとなく、意味がわかってきました。
 
 アジアのことばでは、どうでしょうか。インドネシア語「雨熱い(熱い雨)hujan panas」
 韓国語で「キツネの雨 ヨウビ 여우비)。ヨウは狐여우のことで、ビは雨。여우비(ヨウビ)はキツネの雨。
インド南部のケーララ州などで話されるマラヤーラム語(インドで認められている22の公用語のうちの一つであり、話者は約3,570万人)では、「キツネの結婚式kurukkande kalyanam」。
 そう、日本語でも「狐の嫁入り=天気雨」です。アジアの中でも韓国やインドのケーララ州のように同じ発想で天気雨を表す語もあることがわかって、親近感がわきます。

 学生たち、クイズを発表しあって、楽しみながら日本語のあれこれを考えました。
 学生の「日本語トリビアクイズ」発表では、「甲骨文字クイズ」「KY式、アルファベット略語クイズ」「国名漢字表記クイズ」「四つ仮名(じぢずづ)読み分けクイズ」などが出題されました。

 「日本語の擬音語は、英語でどのように翻訳されているか」という発表では、ドラエモンの英語版を使って、オノマトペ(擬音語擬態語)が少ない英語だと、ほとんどが単純な動詞や副詞になっていることが紹介され、皆、日本語オノマトペの豊富さにあたらめて気づきました。

<つづく>
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2009年09月24日


ぽかぽか春庭「日本文化プレゼン」
2009/09/24
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(19)日本文化プレゼン

 英語との比較では、「ハリーポッターの翻訳、訳者によるちがいの比較」を発表した学生がいたので、私は追加説明として、法廷通訳の話をしました。裁判員制度がはじまって、外国人の裁判にも一般の人が参加することになったけれど、翻訳のことばひとつで被告の反省の気持ちが伝わったり反省していないと受け止められてしまう、など、影響が出てきます。
 今、私と同じ大学院ゼミの博士課程に所属している方は、法廷通訳の問題点を追求して博士論文を書いています。法廷通訳は、言葉だけでなく各国の文化の違い法律の違い倫理観の違いなどまでしっかり把握していなければならず、たいへん重要な仕事です。日本語教師もまた、言葉の違いだけでなく、文化や社会背景の違いを知っておくべき仕事です。

各国の文化を知り、日本の文化を発信できることは日本語教師の必需項目。この夏、中国で「浴衣の着付け」を学生に教えて、おおいに喜ばれました。私の得意技は「ソーラン節」などの踊り、折り紙、昔話のかたり。

 今年の中国では「桃太郎」を語ったのが好評でした。
 聴解の合同クラスを担当したとき、数字に弱いので、CDの番号のどこに聴解問題が入っているのか、わからなくなってしまい、困りました。「聞き取り問題が苦手」という学生が多いので、聴解授業は大切なのですが、、、、「それでは日本語の聞き取り練習、昔話を聞きます」と、「昔むかし、あるところに」、とお話をしたのです。CDの聴解は、授業外でも聞くことができるけれど、教師が生の声で昔話を語るのを聞くという時間はなかなかないので、学生たちには喜ばれました。怪我の功名。

 学生たちにも、「日本語教師として、日本語学習者に伝えたい日本事情」という発表をさせました。「日本事情」とは、日本の地理歴史、文化、社会情勢など、上級日本語の科目として学習者に日本語で教える授業です。
 日本語学習者に伝えたい「私の得意技による日本文化紹介」は、私がどの授業でも自己表現練習として課しているプレゼンテーション。過去の授業では、「空手の型」「神社のおはらいのやり方」「奄美地方のことばで自己紹介」「茶道お手前披露」「書道紹介」「お手玉披露」などなど、それぞれの学生が自分の得意なことを発表してきました。

 学生ひとりひとり、得意なことなんでもいいから、発表できることを昼休みのうちに考えておくこと、という課題を出しました。通常ですと、「来週までに準備すること」という課題になるのですが、4日間のみの集中授業なので、午前中に課題を出し、「昼休みに準備して午後発表してください」と、忙しい。時間の制約があるので、はたしてどんな発表になるのかと思っていましたが、それぞれ工夫して身近なことから発表をしました。

 2009年夏の集中授業での「日本文化紹介」発表では。「日本の学校での給食について」「中国語について」「帝国ホテル紹介」「節分豆まきの由来」「日本で最初の長編アニメ『白蛇伝』紹介」「百人一首1番から30番まで暗記朗唱」「六郷土手花火大会紹介」「剣道紹介」「効果的なスポーツ訓練法の紹介」「折り紙紹介」「川越の古い町並み紹介」「切腹とは何か」など。

 短時間の準備しかできないので、何人かの学生はインターネット利用で発表しました。ユーチューブの映像を利用して地元の花火大会のようすを見せながら「六郷土手の花火大会紹介」をしたり、『白蛇伝』予告編を見せながら、日本最初の長編アニメを紹介したり。

 自分が生まれた町の紹介あり、剣道3段の腕前を持つ学生の剣道の構えの紹介あり、アルバイトをしていたホテルの紹介もあり、みな、5分間の発表で、他の学生を「へぇ、そうなんだ!」と楽しませる発表ができました。
 日本語学習者むけには、既習の日本語だけを使う工夫が必要ですが、自己表現は十分にできる学生たちなので、日本語教育について学んでいけば、日本語を母語としていない学習者に対しても、しっかり日本の文化や歴史を紹介していくことができると感じました。

<つづく>
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2009年09月25日


ぽかぽか春庭「集中講義の感想」
2009/09/25
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(20)集中講義の感想

 日本語についての新しい知識を得て、自己表現もしっかり行って、4日間の集中講義を終えて「楽しかった」と学生たちは、夏休みの校舎を去っていきました。
 集中講義、今回は最終レポートをレポート用紙提出ではなく、「メール添付文書提出」にしました。成績をすぐに提出しなければならないので、郵送を待っている余裕がないということもあります。私にとっては、初めての試み。今まで、メール不着をおそれて「レポート郵送または直接教師に提出」にしていたのですが、もうそろそろメール添付でもいいかなと思って。

 最終レポートは「報告」であって、「感想文」ではないので、感想を付け加える必要はない、自分の発表と授業で学んだことの報告を書きなさいと課題を伝えたのですが、字数3000字以上という課題に、少しでも文字数を増やしたくて感想を付け加えて書いてきた学生もいます。メール添付のいい点は、コピーが簡単なこと。レポートの中の学生の感想部分をコピーしておきます。

 提出レポートに「つまらない授業で飽き飽きした」と書く学生はいないので、よかった部分だけの感想を書いているのでしょうけれど、楽しかったという気分は今回の受講生13名の学生それぞれが持ったようなので、私としても疲れたけれど、4日間全力投球の充実感がありました。
==========
(あや)
 現代日本語概論の講義を通して、日本語の奥深さ、面白さ、難しさ本当にたくさんのことを感じました。そして、たくさんの発見がありました。
普段なにげなく使っている日本語も、改めて外国の学習者に教えようとして、1つ1つ先生に説明されると、とっても難しいものだと実感しました。
(ゆき)
 母国語である日本語の奥深さに触れ、自分の知識のなさを痛感した4日間ではあったが、日本語の複雑さと面白さも改めてしることができた。先も述べたが、日本人の発音や聴き取れる音域の幅は、他国とは比較にならないほど低い。しかし、そうした中で、我々日本人は独自の文化、豊富な擬声語を用いた情景豊かな文章表現は、世界に類をみない。普段何気なく用いている語が、他国には無いということは、驚きでもあるが、同時に誇らしい。一見、閉鎖的な歴史を歩んできたかに思われる日本ではあるが、様々な表記、表現方法は、一生かかっても用いたり、触れたりできる機会は、あまりないかもしれないのだが、せっかく、世界でも習得することが困難な言語を母国語に持つことができたのだから、もっと知識をつけていきたいと思う。
(ゆか)
先生が「言葉は常に変化する」「間違った日本語でも、みんなが使い始めればそれが正しくなる」という言葉を聞いて感激しました。本当にその通りだなと共感しました。
品詞について一番分かったことは、自分の苦手分野だということ。名詞、動詞、形容詞、形容動詞、助詞、副詞…聞くだけで頭が痛くなります。しかし、ここをしっかりと理解し学習者に説明できるようにしなくてはいけないな、と再確認しました。
今回この現代日本概論の集中講義をとって私は成長でき、知らなかったことを疑問に思い調べて発表して理解し知識を身につけることができました。みんなの前で自分の意見を発言したり発表したりすることにまだ慣れていない私は、初めは恥ずかしかったけど最後は疑問に思ったことの答えが早く知りたくて、みんなに教えてあげたい、発表したいと思えるようになるくらい自分が成長したことに気付きました。
後期の授業でも先生の授業をとらせていただきます。これからまだ自分の知らないことが待ち受けているのか先生の授業がとても楽しみです。わたしも先生のようにものしり先生になりたい!と思いました。どうか後期の授業でもよろしくお願いします。
===============

 この4日間集中講義に続いて、6日間、一日に90分授業5コマ連続というさらにハードな集中講義がありました。前期、中国滞在のために休講していた4単位、週2コマの分です。学生も私もかなりへとへと。それも本日25日が最終日。

  私の授業は、「参加型、獲得型授業」であって、「教室の椅子に座って半分いねむりをしていれば授業が終わる」という「睡眠不足解消型」のお得な授業ではないので、学生も集中して授業に参加していると疲れます。発音確認や朗読練習で声を出し、ペアワークやグループワークをし、発表し、「達成感があった」と喜ぶ学生もいるし「疲れたぁ」となる学生もいます。

 今回は、どんな感想が出てくるでしょうか。「疲れたぁ」だけでなく、日本語や日本語教育を知っていくことへの意欲を引き出していける気分を持てたのならうれしいですが。

<おわり>


日本語学基礎1 

2012-01-15 09:31:00 | 日本語学
09/06 ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(1)アイウエオ事始め
09/07 ことばの基礎(2)毎度おなじみ母とパパ
09/08 ことばの基礎(3)アカサタナのヒミツ
09/09 ことばの基礎(4)語彙と漢字
09/10 ことばの基礎(5)魚偏の漢字
09/11 ことばの基礎(6)魚と羊
09/12 ことばの基礎(7)雨のことば
09/13 ことばの基礎(8)春雨氷雨涙雨
09/14 ことばの基礎(9)色彩名詞
09/15 ことばの基礎(10)虹の色
09/16 ことばの基礎(11)ことばと社会制度
09/17 ことばの基礎(12)語種クイズ復習
09/18 ことばの基礎(13)クラゲなす漂へる万葉仮名
09/19 ことばの基礎(13)多啦A夢
09/20 ことばの基礎(15)ニッポンジャパン和製英語
09/21 ことばの基礎(16)文法栓抜き説
09/22 ことばの基礎(17)禅車両ふたたび
09/23 ことばの基礎(18)キツネの嫁入り
09/24 ことばの基礎(19)日本文化プレゼン
09/25 ことばの基礎(20)集中講義の感想


2009/09/06
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(1)アイウエオ事始め

 9月1日から、一日4コマ4日間の集中講義を行いました。半年間中国に赴任している間、私立大学での週1回1コマの授業をお休みした、その分を4日間の集中講義でこなさなければならない。週1回2コマの授業をしてきた別の私立大学では一日4コマを6日間続けることになっている。ふぅ。

 週1回2単位の授業だと、4月~7月でだいたい15コマの授業を行うのが一般的。毎週1回出席するかわりに4日間で2単位分が取得できるなら、「お得!」と考える学生も出てくる。確かに、学生にとっては4日間で2単位は効率いいように思えるのだろうが、教師にとっては、少しも効率がよくない。

 15週の授業のうち、最初の1週目はガイダンスとイントロダクション。最終週とその前週は、試験と試験のフィードバックにあてているので、実質授業は12コマの講義となるのですが、毎週私は次の週の学習項目のための「考えるヒント」という課題を出して、学生に日本語についてより深く知るための宿題を課しているのです。それが、集中講義だと4日間ですから、宿題は3回しかだせなくなる。15週で講義するのとはまったく異なる授業構成をしなければならないので、準備はまたまたたいへんです。

 「宿題」のひとつをご紹介しましょう。1「来週までにノートに日本語の音を全部書いてくること。考えるヒント:まずは五十音表をローマ字で書いてみよう」2「日本語の音の表や五十音表を書いて気づいたことをメモしてくること」

 日本人大学生たちは「な~んだ、宿題っていっても、五十音表なら、小学生でもできることじゃん」という顔をします。その通り。五十音表を書くってのは、小学校でひらがなを習った人なら、思い出せばすぐできる。ただし、学生によっては、「あ~ん」の清音だけをノートに書き、濁音を忘れる学生もいるし、多くは拗音を書いてこない。日本語の「音声」を考えるために、五十音表はよいヒントですが、日本語の「音」は、五十だけではない。
 学生に「日本語のひらがなは音節文字である」ということを理解させるために、ローマ字表記で書かせる。授業での「ワークショップ」として、宿題点検をペアワーク、グループワークで行う。お互いの表の異同をチェックしあい、どこが同じでどこが違っていたか、グループで違いを確認させる。
 この違いの発見から、問題2の「日本語の音声」への疑問質問をだすことが、日本語を知る第一歩となります。日本語学を学ぼうという大学生なら、この「日本語音声の表」を見て、いくつもの「疑問点」を提出できるようでなければなりません。

 ペア・ワークでお互いのローマ字五十音表を点検させ、異同を調べると、違うところがいくつも出てくる。文科省と外務省の表記方法が異なるので、学生はまずそこに気づく。「フ」のところが、「fu」と外務省方式(ヘボン式)で書いた人と「hu」と、文科省方式(訓令式)で書いた人がペアになると、手をあげて「フのローマ字が二人でちがいます。どちらが正しいのですか」と質問してくる。まず、ローマ字表記に二つの方法があることを解説して、さて、日本語の発音について。

<つづく>
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2009年09月07日


ぽかぽか春庭「毎度おなじみ母とパパ」
2009/09/07
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(2)毎度おなじみ母とパパ
 
 日本語は過去から現在までさまざまに変化してきたし、これからも変化していくであろうけれど、骨幹の部分は残されていきます。この「土台」の部分が「言語共同体」の「共同」の部分といえるでしょう。

 さまざまに変化してきて日本語のなかで、私がよく例に出すのが「母はむかしはパパだった」というひとつ話です。
 「母」は、現在は「haha」と発音しているけれど、鎌倉時代にはfawa」であり、平安時代には「fafa」であった。もっと古くは「papa」であった、という発音の変化がありました。こちらは、仮名表記は変化しておらず、発音だけが変化したのです。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/d800#comment
 日本語の発音変化について書いてありますので、で復習していただけると幸いです。

 平安初期に漢字草書体から整理されて平仮名が成立したとき、「はひふへほ」の発音は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」でした。録音テープもない昔の発音がどうして現代の人にわかるのか。ひとつには、室町末期戦国期に来日したポルトガル人宣教師が、「はひふへほ」のついた語をローマ字で「fa fi fu fe fo」と記録しているので、室町時代までは「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」だったことがわかります。ポルトガル人は「花」をfanaと記録しました。江戸時代のオランダ人の記録では「hana」に変化しています。

 室町時代から江戸時代は、発音・語彙・文法が変化した時代です。「ぢ/じ」「づ/ず」の発音の違いも、室町から江戸にかけてなくなっていき、江戸中期には「蜆しじみ」と書いてよいのやら「しぢみ」と書くのか、「鼓つづみ」と書くのか「つずみ」と書くのか、書き分けがわからなくなっていました。この件については、何度かお話してきましたが、今回もあとでもう一度申し述べます。
 日本語の音節文字、原則ひとつの音節にひらがなひとつが対応していますが、どうして「だぢづでど」と「ざじずぜぞ」の「じ・ぢ」「づ・ず」は、ひとつの発音に文字が二つずつあるのですか?という質問を学生に投げて「考えるヒント」を与えます。

 さて、「は」の発音が「fa」だったり「ha」だったり「wa」だったりしてきた、ということについて。「は」の発音が平安初期のひらがな成立時には「ファ」だったということがわかる証拠のひとつが、アイウエオ五十音表の「アカサタナの行配列」です。

 平安時代初期に成立した「アイウエオ五十音表」のアカサタナ~の行配列、でたらめに並んでいるのではありません。発音の順序によっています。
 小学校では機械的に暗記させる「あかさたな~」の行の順序。これを覚えていないと、紙の辞書を引くとき苦労します。紙媒体の英語辞典を引くときにabcのアルファベット順を覚えていれば早く引けるのも同じ。

 アカサタナの行の順番を覚えさせられたとき、どなたか「どうしてこの順番なんですか」と、質問した方がいたでしょうか。日本の小学校では、教師に命じられたら疑問など持たずにただひたすら覚えなければならないことになっていますし、質問したとしても、多くの国語教師は文学専攻なので、そもそも教師自身がこの行配列がなぜアカサタナの順番なのか、知らないのです。
 古代文学を専攻して中学校国語教師になった当時の私も、知りませんでした。中学生は「なぜアカサタナの順序なのか」なんていう質問はしなかったからよかったけれど。今はもちろん知っています。日本語学のセンセーだからね。

<つづく>
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2009年09月08日


ぽかぽか春庭「アカサタナのヒミツ」
2009/09/08
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(3)アカサタナのヒミツ

 私がこのアカサタナの配列の意味を知ったのは、日本語史を学び、日本語音声学を学んでからのことです。
 日本語の五十音表はサンスクリット語(梵語)の音声研究に基づいています。
 最初の行がaiueoであるのは、母音だからです。母音はのど奥の声帯を震わせた音が、口腔内のどこにも邪魔されずにまっすぐに出てくる音です。
 子音は口の中で息を止まらせて、音を邪魔してから発します。大まかな分け方で分類すると、息を邪魔する場所は,

(1)声門の前(のどびこがあるあたり)k・h
(2)口腔の上部(口蓋)ch/sh(cha・chi・chu・che・cho/ sha・shi・shu・she・sho)
(3)歯茎の上部と歯、s・t(口から息を出す)、n(鼻から息を出す)
(4)唇、p・f(口から息を出す)m(鼻から息を出す)
の4カ所。のどの奥から唇まで、しだいに前へ進んでいます。

 「k・s・t・n・f/p・m」は、人間の息がどこで邪魔されてから外へ出ていくかという場所の順序を示しているのです。さて、hに注目しましょう。hの音は、現在の発音ではkと同じのどの奥から出されます。それなのに、五十音の行配列では、mと同じ唇の場所にあります。それは、五十音表が作られた当時の「はひふへほ」の発音が「fa・fi・fu・fe・foファ・フィ・フ・フェ・フォ」だったからです。唇をすぼめて息を邪魔してから口から出す発音だったのです。「フ」の音だけが唇音として残り、ハヒヘホは、のどの奥の音に変化しました。

 現代日本語発音の「ハ」と「フ」の音の作られ方が違うということは、手に「は~」と言って息を吹きかければ暖かく、「ふ~」と言って息を吹きかければ涼しいということからも、その違いを実感できます。春庭の日本語音声学授業では、一番先に学生に課すワークです。

 五十音表のアカサタナ「k・s・t・n・f・m」行配列は、人間の発する子音の口の中の状態を科学的に示していた表だったということ、わかっていただけたでしょうか。
 カ行はのどの奥の方から声が出てきて、「フ」は唇で作られる音だということを声を出して確かめてみて。

 ハ行がマ行の前にあることは、元は唇の音だったのに、現在はのどの奥の音へと発音変化したゆえであることを説明しました。
 さて、残りの「yrw」は、音声学上「半母音」の仲間です。ただし、現代日本語発音では半母音は「y・w」だけで、「r」は「はじき音」として子音に分類されています。

 日本語の「r」の音は、世界の多くの言語の「r」の音と少し違っています。英語の「l」や「r」の音の響き、「milk」という発音をネイティブスピーカーが発音しているのを注意深く聞くと「ミルク」ではなく、「ミゥク」に聞こえることに気づいた方もいらっしゃると思います。語頭ではない、語中の「l」「r」は、しばしば半母音の響きに聞こえます。サンスクリット語では、「r」は母音の仲間として配列されています。韓国朝鮮語では、半母音の「w」はありませんから、[ua]で代用します。

 和語は、「ラ行音」が語頭に立たなかったことをお話ししました。和語も最初は「r」音が半母音の位置にあったのだろうと推測されます。この半母音の順番も(1)口蓋y(2)歯茎r(3)唇w、の順になっています。

 「アカサタナの順番、どうしてこの順なんだろう」とか、「一番画数の多い漢字ってなんだろう」とか、「これって、いったいどういうことなんだろうか」と、考えること、脳内活性化の手段です。悩むことが人間をひとまわり大きくすると、姜尚中が『悩む力』で言ってます。
 金儲けのためには役にも立たない春庭コラムですけれど、「忙しい時期こそ、日本語についてあれこれ思い悩むことがきっと人生を豊かにします」、、、って、これは姜尚中じゃなくて、春庭のことば。
 以上、時代によって、日本語の発音も変化していったことを復習しました。
 「は行転呼音」などの、日本語の発音のはなしは、2006年の5月6月7月、3ヶ月に渡って書きましたので、ごらんください。

<つづく>
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2009年09月09日


ぽかぽか春庭「語彙と漢字」
2009/09/09
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(4)語彙と漢字

 2009年9月の集中講義、最初は「4日間、毎日朝から夕方まで同じセンセーの授業を受けて、飽きちゃわないかなあ、かったるいなあ」という顔でおそるおそる教室に座っていた学生たち、一日目が終わると「あっという間に一日がすぎた」と言い、二日目は「明日が楽しみ」と言い、四日目が終わると「ものすごく充実した4日間だった」「アルバイトばかりでつまらない夏休みを過ごしてきたけれど、授業が楽しかったので、いい夏になった」という感想を口々にかわしていました。

 私としても、90分授業を一日4コマ続けるために、工夫をこらし、楽しく生き生きと学べる方法を模索しながらの4日間でしたが、学生たちがそれぞれに「次々と課題が出るので大変だったけれど、集中して授業に参加し、達成感のある4日間だった」という気持ちを持ってくれたことをうれしく思っています。

 「現代日本語概論」の4日間のシラバス(教授内容細目)は、第一日目「日本語の音声と音節文字(平仮名・カタカナ)」第二日目「日本語の語彙と漢字」第三日目「日本語文法と日本語教育」第四日目「現代社会の中の日本語と世界の中の日本語(社会言語学&対照言語学)」という内容です。
 初日、1コマ目は、クラス内の学生の自己紹介とペアラーニング&グループラーニングを円滑に行うための人間関係作りのコミュニケーション練習。

 机の上に置く名前カードの裏を縦横四つに分割し、に「好きな人、好きなモノ、好きなこと・何でもインフォメーション」を書き込む。相手のカードを見て、書かれたことにたいして3つの質問を考える。互いに質問と回答を繰り返し、オプション質問をする。オプション質問は何でもよいが、質問を思いつかない人は「夏休みのベスト1またはワースト1は何でしたか」と質問する。この4つの質問を1分ずつ交互に行うと約10分ほどで、互いに前よりは相手を理解することができる。
 ペアを2組ずつにして、4人グループにする。ペアの相方について、いっしょになったグループのもう一方のペアに紹介をする。この4人が「本日のグループ学習」の仲間となる。グループは毎日組み替え。

 グループ学習の例。
 第一日目の授業で日本語の音を調べ、[k][a][i]という三つの音素で/a/ /i/ /ka/ /ki/という四つの音節が作れることを確認しました。四つの音節があると、いくつの日本語が作れるでしょうか。グループごとに言葉作り競争です。たくさんの言葉を考えたグループはポイントゲット。

 一人でやるなら「カッタリーよぉ」となることば集めや漢字書き取りも、グループごとに成績がポイントとなって、最終レポートの点数に加算されるということになると、皆真剣にやります。自分一人なら「無理して優(AA)を取らなくてもいい。そこそこ単位とれる点数で十分」と考える学生でも、「自分がさぼっていたら、他の3人の成績も悪くなる」と思うと、「他者に迷惑をかけたくない」と思ってがんばれる、という日本的風土で育った日本語母語話者の習性を利用した、教師の授業テクニックです。

 最初は辞書を見ずに思いついた言葉を書き出します。/a/ /i/ /ka/ /ki/の四つの音節で、胃、愛、赤、秋、烏賊、牡蛎などがすらすらと出てきました。「まだいろいろな語が作れますよ。じゃ、辞書を見ましょう。辞書を使うと同音異義語がたくさん出てきますよ」とアドバイス。かき(柿、牡蠣、下記、夏期、夏季)など、きか(気化、帰化、幾何、貴下、奇禍、机下、奇貨、旗下)など、いか(以下、医科、異化、易化、医家)など、たった4つの音節でも、たくさんの単語が作れることを確認。
 次は音節の足し算。蚊・亀・カメラ・カメラ屋・カメラ屋さん、、、科・医科・医科学・医科学研究所、、、、など、音節を付け足して新しい言葉を作る。

 日本の音の種類は世界の言語の中でも少ないほうから2番目だというと、そんなに少ない音声でたくさんの言葉が作れるかと心配していた学生たちも、日本の音の種類110~120あれば、無限大の単語を作っていけることを確認しました。
 音の単位「音素」と意味の単位「記号素」を組み合わせれば、語は無限大に作れます。これを「語の二重文節」と言います。

 2日目は「日本語語彙と漢字」という内容です。
 課題。「魚偏の漢字をグループでできるだけたくさん集めよう。どのグループが一番たくさん書けるか。一番たくさん書いたグループはポイントゲット」と、「商店街で買い物するとポイントがたまる」方式で、競争します。

<つづく>
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2009年09月10日


ぽかぽか春庭「魚偏の漢字」
2009/09/10
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(5)魚偏の漢字

 グループ学習。漢字書取りグループ対抗戦。お題は「魚の漢字集め」
 1回戦は辞書を見ないで。魚偏の漢字をウラ紙に書いていきます。鮭、鯉、鯛、学生たち、グループごとににぎやかに、「ほら、寿司屋で見たことあるんだけど、あれ、なんだったけなあ、魚に有るで、えっと、、、」そらで思い出すのは難しい。
 グループで紙に書いた字を発表させ、一番たくさん書いたグループはポイントゲット。

 2回戦、辞書を見ていいことにする。すると鯑、鯰、鰯、鯱、鰰、など、たくさんの魚編の漢字が出てきて、「わぁ、こんなにいっぱいあるんだ」と、寿司屋の湯飲み茶碗などに書かれた魚偏の漢字コレクションのようになった紙をながめる。

 さて、ここからが春庭の日本語語彙論講義です。前期は魚偏で、後期は木偏でやるのです。今年の受講生のなかには、6歳から日本に住んで日本の小学校からずっと日本人と一緒の学校だったので、「日本語については100%知っている」と思っていた北京出身者と、1994年と2007年と2009年、半年ずつ3回も中国に住んだのに、中国語がさっぱりできない私がいたので、中国語との比較を取り入れましたが、他の学生にとってもっとも長く習ってきた外国語は英語なので、英語との比較を中心にします。

 漢字と語彙の課題では、まず、漢字の本場と日本人が考える中国語との比較から。中国国籍のルイさん、中国語と日本語のバイリンガルです。中国語との対照を教えてもらいます。「鮭」とは、中国でどんな魚でしょうか。
 日本で言う「鮭」は、中国語で「鮭魚gui(1)yu(2)(数字は声調)」と書いてある辞書もありますが、たいていの魚屋では「三文魚」という名で売られています。北京語の発音ではsan(1)wen(2)yu(2)(数字は声調)。英語のsalmonサーモンの音訳です。
 「あれ?中国から来た漢字だから、中国語でも鮭でいいのかと思った」と、日本人学生。
 中国語の帯魚は、日本語の何でしょうか。日本語では太刀魚。これは何となくわかる。

 中国語で鮎はどんな魚と思う?日本で「鮎あゆ」を食べたことある人?「はい、居酒屋でバイトしてますが、鮎の塩焼きがメニューにあります」「どんな魚でしたか」「15センチくらい。おいしいです」
 では、ルイさん、中国語で「鮎」という魚を食べたことある?ルイさん首をひねっています。「中国で、鮎はこういう魚です」インターネットで中国語の「鮎」に当たる魚の絵をだします。「あれ?アユじゃない」「ほら、ここにヒゲがあるでしょう。日本ではこの魚を鯰と書きます。ナマズです。中国語で日本語のアユという魚は香魚と書きます。水墨画で『瓢鮎図』と題された絵があったら、ナマズを捕まえている絵です」

 「中国で鮎がナマズというなら、日本の鯰は何ですか。中国の漢字で鯰がありますか」とルイさんに振ると、また首をひねっています。中国語に「鯰」はありません。日本で作られた漢字「国字」だからです。日本で作られた漢字には、畑、働く、峠などがあります。
 魚の漢字調べをした中に、日本で作られた漢字がたくさんあります。
 中国語の漢字と同じで意味も同じ漢字、中国語にもあるけれど意味が違う漢字、中国語にはなくて日本にだけある漢字。漢字と言っても、中国とまったく同じではないのです。
 寿司屋に出ている魚偏の漢字、多くが国字(和製漢字)です。はい、日本語トリビアクイズの個人発表してもらいます。だれか、この和製漢字調べを担当してください。

 最初の日にグループでの「日本語トリビアクイズ」発表。2,3日目には、個人の「日本語発見」発表、4日目に個人の「日本事情発表」。ひとりが4日間に3回の発表ノルマがあり、最終レポートは講義内容と発表内容をまとめて3000字以上書いてメール添付する、という4日間で15回分の課題をこなすのは、学生にとってもきつい内容ですが、アヤさんは、和製漢字について発表し、ルイさんは中国語簡体字について発表しました。

<つづく>
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2009年09月11日


ぽかぽか春庭「魚と羊」
2009/09/11
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(6)魚と羊

 中国簡体字クイズはルイさんが担当しました。まず、私が例題を出します。繁体字(本来の漢字)「藝」日本では新字として「芸」と書きます。中国語では簡体字として「艺」とかきます。
 ルイさんのクイズ。「术」は日本の漢字の何でしょう。「丰」は、日本の漢字の何にあたるでしょう、というクイズを10題出題しました。「术」は日本の漢字「術」、「丰」は、日本の「豊」です。「え~、省略しすぎだよ」と、学生たち。

 国字クイズはアヤさんが担当しました。
 クイズ、まず魚偏「鰯イワシ 鮃ヒラメ 鮪マグロ」中国語にもあるのはどれでしょう。答え「鮪マグロ」です。つまり、鰯や鮃は和製漢字。中国にはありません。
 次に、魚偏以外の国字。「凪 凩 风」この中のひとつは中国の簡体字、ふたつは日本の国字です。どう読むでしょう。国字はどれでしょう。
答え。凪は「なぎ」 凩「こがらし」国字です。「风」は簡体字=「風」

 国字クイズ。皆、頭をひねりながら、楽しみました。
 鮃ひらめ 鮖かじか鮗このしろ鮴ごり鯏あさり鯑かずのこ鯒こち鯲どじょう鯱しゃちほこ鯰なまず鰯いわし鰤ぶり鰡ぼら鰰はたはた鰹かつお鱚きす
などが魚偏の国字の代表です。

 魚のことば調べ、次に英語との比較。
 寿司屋では、こんなにたくさんの魚をそれぞれ別々にメニューにしてスシをにぎってくれます。「ハマチ」と注文したり、「イナダ」と注文したり。

 じゃ、洋食屋の魚料理、英語では、どんな魚の種類があるだろうか。調べてみると、、、、海鮮料理の店のメニューでも、cod(タラ)salmon(サケ)trout(マス)sole(舌平目)tuna(マグロ)sea bass(シーバス/bassは「スズキ」)swordfish(メカジキ)haddock(コダラ)くらいのもので、寿司屋の魚偏のようには並んでいません。

 洋食の魚料理メニューと寿司屋の魚偏の字を比べて、さて、これはどうして?と、学生に質問。「考えるヒント」の時間です。ペアで答えを言い合い、ペアとしての回答を考える。いくつかのペアをあてて、答えを言わせます。「欧米人は日本人ほど魚料理が好きではない」「日本は海に囲まれた島国なので、魚が豊富にとれる」など、いくつかのペアの回答を引き出します。

 次に、「焼き肉店に行って、ジンギスカン食べたことある人。北海道とか修学旅行に行って、食べた人もいるかな」と、手をあげさせ、ペアで羊肉が好きか嫌いか互いに言わせる。そして「羊の肉注文するとき、なんと言いましたか」と教師が質問。答えは「ラム」「マトン」。「羊という動物の名前、ほかに言い方を知っている人?」教師の質問に、「ええっと、山羊ですか?」と、学生。あらら、ヤギは羊と似ているけれど、別の動物ですね。羊はマトン肉も食べるけれど、毛を刈り取ってウールにします。

 教師は、モンゴル語では「羊」の名詞がいくつあるか、表を見せます。モンゴル語の「羊」は、まず、雄羊と雌羊では別の単語があります。これは英語でも雄牛はox雌牛はcowという別の単語があることを思い出させておく。そして、1歳の羊、2歳の羊、3歳の羊、4歳の羊、5歳から9歳の羊、10歳の羊、10歳以上の羊、それぞれ別の呼び方をすることを教える。

 モンゴルの羊を飼っている牧畜民にとっては、羊は重要な動物なので、羊を表す呼び方は1歳の羊、2歳の羊、3歳の羊、4歳の羊、5歳から9歳の羊、10歳の羊、10歳以上の羊、別々なのです。自分たちの生活や文化に関わりが深いものほどたくさんの名詞があるのです。

 え~!羊にそんなにたくさんの名詞があるの?という学生に、さきほどの魚の日本語を復習させ、「寿司屋ではハマチを注文しますね。さて、ハマチが大きくなると、なんて呼ぶでしょう」とクイズ。答えはブリです。鰤という魚、関東ではワカシ、イナダ、ワラサ、ブリと成長によって呼び名が代わります。関西ではツバス、ハマチ、メジロ、ブリです。出世魚というので、めでたい魚のひとつになっていますが、日本では魚が身近な食材なのでブリの名前も大きさで区別します。

 シラスが大きくなればイワシです。
 カタクチイワシは地方ごとに別の呼び名があって、ヒシコイワシ、シコ、シコイワシ、田作り(タヅクリ)、五万米(ゴマメ)、背黒鰯(セグロイワシ)、狼鰯(オオカミイワシ)、脹眼(ハンガン)、金山(カナヤマ)、丸(マル)、ヒラレ、泥目(ドロメ)、ドロイワシ、ママゴ、エタレ、クロタレ、シラス、タレクチ、チリメン、タレ、ホオタレ、ホホタレ、ホウタレ、ブト、コシナガ、カエリ、カクハリなど、多様な呼び方で食用にしています。

 モンゴルの羊も同じこと。地方ごとの方言があるし、年齢や去勢しているかしていないか、出産後か未産か、などによって細かい分け方をした単語がそれぞれについています。

<つづく>
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2009年09月12日


ぽかぽか春庭「雨のことば」
2009/09/12
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(7)雨のことば

 語彙と文化のかかわりについて、さらに。
 日本語ではラクダは「らくだ」一語だけですが、じゃ、アラビア砂漠ではどうでしょう。そう、ラクダを言い表す言葉がたくさんあるだろうと想像できます。エジプト、モロッコ、イランなど地方ごとの方言もいれれば、アラビア語には700ものラクダを言い表す言葉があるそうです。ジャマールは雄の総称。雌の総称はナーカ。さらに、たとえば、「雄の去勢済みの4歳のラクダ」「雌のまだ出産していない3歳のラクダ」とか、細かい区別があり、それぞれに別の単語がある。

 それでは次の課題。日本語で魚のほかにたくさんの種類がある言葉は何でしょう。アラビア語ではたぶん数が少ないと思うけれど、日本ではこれを言い表す言葉がたくさんあるんです。
 答えは「雨」。

 「雨のことば集め」さて、辞書を見ずにどれだけの雨に関わることばを集められるでしょうか。はい、読者のみなさん、ぼけ防止頭の体操。雨がつく言葉、雨を表すことばを、辞書を見ずにできる限り思い出してください。学生たちが集めた数に勝てるかな。

 日本語語彙論課題として、「午後、雨の単語を集めるから、お昼ご飯食べながら、雨を表すことばを考えておいてね。最初は辞書を見ないで集めて、もうこれ以上思い出せなくなったら、インターネットで調べてもいいです」
 午後の授業でグループ順にぐるぐるとひとつずつ雨の呼び方を言わせてパワーポイントに書き込んでいく。

 辞書を見ないで思い出した雨のことば。
氷雨ひさめ 梅雨つゆ 五月雨さみだれ 長雨 夕立 霧雨 春雨 秋雨 にわか雨 通り雨 天気雨 スコール 土砂降り 時雨、雷雨、豪雨。 
雹ひょう 霰あられ、このふたつは雨というより、雨が凍った粒を指すます。

 辞書で調べた雨のことば。 
 霖雨 しのつく雨 花の雨 涙雨 卯の花くたし 鉄砲雨 地雨 丑が雨 やらずの雨 ひじかさ雨 ひと雨 驟雨 虎が雨 涙雨 薬降る わたくし雨 そ知らぬ雨 菜種梅雨 半夏雨 狐の嫁入り 寒九の雨(かんくのあめ)、、、、

 「狐の嫁入り」をはじめて聞いたという学生たちに、え~、今まで知らなかったんだと思うけれど、「私雨」については、春庭も何年か前に知った言葉であることを学生に告白。「狐の嫁入り=天気雨」。「わたくしあめ」限られた区域に降る局地的な雨。
 学生が辞書で調べた雨のことばのうち、私は「半夏雨はんげう」と「寒九の雨(かんくのあめ)」について、知りませんでした。半夏雨は半夏生のころの雨だろうと察しがつきましたが、「かんくのあめ」は「寒九の雨」という文字から寒い季節にふる雨というのは想像できるけれど、初めて耳にした言葉でした。寒の入りから九日目にふる雨なんだそうです。 

 学生たち、他グループの回答の中に、自分たちの知らなかったことばを見つけて、「へぇ、そんな雨があるんだ」と、感心しきり。やらずの雨とか、涙雨とか演歌に出てきそうな名前の雨ですね。若い世代にはなじみがない雨も、こんなにたくさんあるんだということがわかります。

 オバマ米大統領が9・11慰霊集会に出席したときの新聞写真には「涙雨の中、犠牲者遺族をなぐさめるオバマ大統領」というキャプションがついていました。

 英語だったら、「涙雨」にぴったりの表現は何でしょうか。辞書に出ているsprinkiring rainなどだと、スプリンクラーが連想されて、日本語母語話者には、校庭や農園でぐるぐる回りながら水をまき散らすイメージです。とても涙雨のイメージではありません。

<つづく>
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2009年09月13日


ぽかぽか春庭「春雨氷雨涙雨」
2009/09/13
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(8)春雨氷雨涙雨

 日本は雨が多い国だから、こんなにたくさん雨のことばがあります。さきほどの魚と羊の例から、それでは雨が少ないと思われるサウジアラビアで、アラビア語ではどんな雨の単語があるか、想像してみてください。そう、たぶん、日本のようにたくさんの雨の言葉はないだろうと想像できます。アラビア語で雨は「マタル」ですが、それ以外に言い方がいくつあるのか、いずれにせよ「時雨」「霧雨」「氷雨」「夕立」などの細かい分け方はおそらくないでしょう。

 日本語には雨の語彙がたくさんあることを確認してから、複合語の成り立ちと日本語の音の変化について学習。
 「春雨」は、「春」と「雨」という「単純語=意味の上からこれ以上細かく分けられない語」がふたつ組合わさってできた言葉です。複合語と言います。
 複合語は組合わさると音が変化する語があります。「haru」+「ame」だから「ハルアメharuame」になるはずですが、日本語は母音が二つ続くのを嫌うので、間に「s」の音が入り込んで「harusame」となる。
 「雨+傘」は、母音交代と連濁が同時に起きて「あめかさ」ではなく「あまがさ」になる。

 では「長い」+「雨」はどうでしょうか。「naga」+「ame」で「nagaame」になるところですが、古代日本語の発音では「aa」と母音が二つつながるのを嫌って[a]がひとつ消えて「nagame」になります。
 そのため、平安時代「長雨」と「眺め」を掛詞として小野小町は「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」と歌いました。

 「雨傘」は「雨の傘」、では、雨の靴は?はい、「雨靴あまぐつ」ですね。
さて、同じ「あめ・あま」でも「天下り」という複合語もあります。これは「天の下り」でしょうか。複合語の元の意味を考えると、これは「天から下る」ですね。複合語の成り立ちについては、後期に学習することにしましょう。語構成といいます。
 
 さて、さきほどの小野小町「花の色は~」の色ですが。花と言えば、桜の花を代表とします。それではどんな色だったと思いますか?
 「魚、羊、雨」などの言葉調べで、文化によって言葉の細分の仕方はそれぞれであることを理解し、次に色彩名詞しらべ。色の名前を調べます。

 まず、知っている色の名前。学生が持っていたハンドタオルを取り上げて「これは何色ですか」学生は「ピンク」と答えました。
 「この色を桃色と呼ぶ人がいますか。私のハンドタオルは桃色だ、って言っている人?」学生の中にはひとりもいませんでした。

 課題1「日本の古代語では色の名前は4つだけでした。何色があったでしょうか」
 課題2「私が子供の頃、この色のクレヨンには桃色と書いてありましたが、今、だれもそう言いません。なぜでしょうか」
 課題3「現代日本語では色の名前は500色以上あります。できるだけたくさん集めましょう」
 課題4「虹の色はいくつあるでしょうか」

<つづく>
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2009年09月14日


ぽかぽか春庭「色彩名詞」
2009/09/14
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(9)色彩名詞

 課題1「古代日本語の色彩名詞は、清浄な白、暗い色の黒、明るい鮮やかな赤、その他もろもろの青、この4色だけでした。この四色は、「い」がついて、赤い、青いなどの形容詞を作っていることからも基本色であることがわかります。『古事記』に出ている色彩名詞は白黒青紅と丹擦り。丹擦りは色名というより、染め物の名称でしょう。

 「緑」はもともとは色を表す語ではなくて、「若々しく萌え出たもの」、新緑の葉やツヤツヤと生え出る髪などを指し「緑の若葉」「みどりの黒髪」などの形容に使われました。そのうちそれらの色を指すようにもなりました。でも、基本色でないので、「みどりい」になりません。紫も 基本色でないから「むらさきい」にはなりません。

 大陸や半島から進んだ染色技術が入ってきたこともあり、色彩名詞が日本語にしだいに増えていきました。中国語では「黄」は陰陽五行思想の中心の色として重要ですから、飛鳥時代には道教や風水思想などの流入とともにこの色彩名が日本にも入りました。

 染色の技術とともに漢字の色彩名詞が入ってきました。「紫草」の根(紫根しこん)で染めた色を「紫色」、「アカネ草」の根で染めた色を「茜色」と呼ぶなど、染め物も発達しました。お茶の葉で染めた色を「茶色」と呼びました。(日本語の茶色は、現代中国語では「棕色」ですけれど)
 『日本書紀』や『続日本書紀』には、紫、真緋(あけ)、紺、緑、黒紫、赤紫、縹(はなだ)、緑青(ろくしょう)、金青(こんじょう)、真朱、朱沙、雄黄(ゆうおう)、黄丹(おうたん)などが記録されています。いずれも、最初は色名というより、染色の材料名だったろうと思います。

 また、「ウグイスの羽の色」は鶯色、桔梗の花の色は「桔梗色」など、具体的に色を持つものから色の名が増えていきました。

 課題2。桃色について。桃の花の色から「桃色」と呼ばれました。中国語と日本語の「桃色」が桃の花の色を差すのに対して、英語のpeach colorは桃の実の色です。「桃の実」について言うなら、中国でも日本でも桃の実には生命力があると考えられて、桃の実は「桃太郎」説話に見られるように、命の誕生に関わるイメージを持っているものでした。桃太郎説話も、命の果物「川から流れてきた桃」を食べたおじいさんおばあさんが、にわかに若い気分になって、夜を元気にすごした結果、赤ん坊が生まれた、というのが元の話です。

 しかし、日本ではある時期から「桃色映画」「桃色遊戯」など男女間の交渉を通俗的に表現する語に使われるようになり、「桃色」というと性的な意味合いを含むようになり、色彩名詞として「桃色」がさけられるようになってしまいました。その語外来語のピンクが色彩名詞として定着しました。

 「ピンク映画」など、ピンクにも性的な意味を含意して使う用例もありますが、「ピンク映画産業」そのものが凋落一途であるせいか、ピンクの語のイメージ価値低下は桃色ほどではありませんでした。「ピンク産業」「ピンク女優」などの用例もありますが、一時代を築いた「ピンクレディ」のきわどい語感が「ピンク」のイメージ零落を救ったと私は見ています。セクシーさを健康的な存在感で覆った見事なアイドルキャラクターの「キャラ設定」定着により、ピンクは桃色ほど性的イメージに席巻されなかった。乳ガン検診啓発のシンボルとして「ピンクリボン」がつかわれるなど、「温かいやさしい色」というイメージを保っています。

 高橋真梨子「桃色吐息」や松浦亜弥「桃色片想い」で、「桃色」復権のきざしか、と思ったのですが、幼稚園のお絵かきの時間に先生が「はい、桃色のクレヨンだして」と表現することは、これからもなさそうです。

 色彩語のイメージでいうと、外来語のブルーというと、日本語ではさわやかなイメージがあり「ブルーなんとか」とつけられている商品名もたくさんありますが、英語だとblueは「憂鬱な・陰鬱な」というイメージがあります。これは日本語カタカナ語にもなって、ブルーマンディ、マタニティブルー、就活ブルー、若者ことばで「今日はブルー入ってる」などと使われます。日本のテレビで戦隊ものでは、絶対的優等生のリーダーレッドに対して、レッドに対立したり嫉妬しながらも最後にはレッドと協調するサブリーダーの役どころ。
 ブルーという語のイメージも文化によって違います。

<つづく>
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2009年09月15日


ぽかぽか春庭「虹の色」
2009/09/15
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(10)虹の色

 課題3では、グループごとに色彩名詞の発表。
 蜜柑色、檸檬色、若竹色、らくだ色など、どんな色か想像できる色もあるし、弁柄色、納戸色、憲法色など、ことばを発表した学生にもどんな色なのか説明できない色名もある。「憲法色」は吉岡憲法という江戸初期の染織家(元は兵法家)が作り出した茶系の色です。「瓶のぞき」は、「藍染めのうち、藍の染料の瓶の中をさっとのぞいた程度に染めたのが、瓶のぞきです」と、教師が解説。学生「へぇ、そうなんだ」
 みな、初めて知る色の名前がつぎつぎに出てきます。

 縹色(はなだいろ)がでたところで、この色が薄い青色であることを解説し、ついでに「ポケモンのハナダタウン、トキワタウンなどは、色彩名詞からきていることを解説すると、ゲームのポケモン、アニメのポケモンとともに育ってきた世代である学生たちに大受け。
 ハナダタウンは縹色、トキワタウンは常磐色(深緑)、ニビシティは鈍色(灰色)と説明していくと、クチバシティ朽ち葉色(くすんだオレンジ色)シオンタウン紫苑色(紫)、セキチクシティ石竹色(淡いピンク)グレンシティ紅蓮色、ヤマブキシティ山吹色など、色の名前もなじみのものに思えてきます。「セキチクシティって、知ってたけれど、それが石竹色という色の名前だってこと、初めて知った」と、学生たち。

 課題4「虹の色はいくつ」では、学生皆が7色と答えました。予定通りです。東アジアでは虹の色を7色に分類してきました。しかし、虹の色には境目はありません。日本語では、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7つに分けるけれど、欧米語では、科学的な本などには7色分類されているけれど、民衆の表現では7色ではない。「藍」は区別しないで6色に分類すると話すと、「へぇ、虹は6色と言う国もあるんだ」と学生たち。
 アメリカでは市販の子供の絵本を見ると虹は六色で印刷されているのが普通。どこの幼稚園に行っても子供たちは六色の虹を描くといいます。「藍」の色はない。ドイツやフランスでも同じ。

 世界中で7色なんだと思っていた、という学生たちに「虹は3色という国もありますよ」
 H.A.グリースン著『記述言語学入門』(大修館書店)によると、アフリカのジンバブエの言語Shona語では虹の色は3色。西アフリカのカメルーンの言語Bassa語では2色。

 色彩語の確認のためにジョン・ライアンズの『言語と言語学』の「色彩用語」の項を読んでいたら、20年前に読んだはずなのに、すっかり忘れていたことばかりなので、復習いたしました。ライアンズは、翻訳の問題として、「英語でMy favourite colour is blue.をロシア語にする場合、ロシア語にはblue一語に相当する単語がないので、sinji(dark blue)か、goluboj(light blue)のどちらかを選ぶしかない、と述べています。(ライアンズ1987,347)

 日本語には英語のblueに青を対応させて使っていますが、青色ダイオードが普及していなかったころには、信号の青信号は緑色に光っていました。「青信号」というと、英語圏留学生は「先生、信号の色は青ではなく、緑です」と言うので、いちいち、日本語古代語では青色は、灰色も緑色も含んだ「その他の色」だったことを説明したものでした。今、東京の信号はほとんどが青になりました。

 羊や雨と同じく、言葉を分類するのは文化によるのであり、区別をどこで細分するのかについて、優劣はないことを述べます。色の名を4つに区切っても500に区切っても、日常生活は不自由なく、虹の色は3色という言語の国の文化も、それで十分なのです。日本語には羊を表すことばが「ひつじ」ひとつしかなくても、不自由なく生活しています。海にいる生き物に対して、鮪も鯉も鮹も鯨も「魚」という一語で表すとしても、まったく不自由しない生活もあります。

 文化によることばの区切り方の違いについて、さらに親族名称を取り上げます。日本では兄と弟、姉と妹を区別するけれど、英語ではbrotherとsisterの区別しかありません。日本では父方の祖父母と母方の祖父母はおなじように「おじいさん、おばあさん」と呼びますが、中国語では父方と母方では呼び方が異なります。父方のおばあさんは奶奶(ナイナイ)、母方の祖母は姥姥(ラオラオ)です。

<つづく>

2009/09/16
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>ことばの基礎(11)ことばと社会制度

 親族名称の話のついでに、文化による親族の親疎について話しておきます。日本ではいとこ結婚は法的に許されています。四等親以上は許されるので。しかし、いとこ結婚は兄弟姉妹結婚と同じように禁じられている地域もあります。たとえば、アメリカの例だと、いとことの結婚は25の州で禁止されています。ユタ州は双方とも年齢65歳以上であるか、55歳以上の性的不能の場合のみ、つまり、子をなさないという条件で許可される。

 日本人がイトコと結婚するというと、兄と妹が結婚するような「近親結婚」のタブーを犯しているように受け取られるのです。逆に、イスラム圏ではいとこ結婚は普通に行われる。文化によってことばも社会習慣もさまざまであることを、学生たちに伝えます。

 アフリカのある地方では、一夫多妻の生活が普通です。妻たちは生まれた子供たち全員に平等に接して共同で育てており、子供たちは父の妻全員を「母」と呼ぶ。家の中で「お母さん」はいつも複数という暮らしもあります。
 日本の週刊誌などでは、芸能人の母親について「戸籍上の母と生みの母と育ての母と、三人の母がいる」などと話題にすることがありますが、これは「母というのは自分にとってただ一人」という社会通念があるから話題にされるのであって、アフリカのある地域では、母が複数いるというのが「常識」となります。日本人が「私の母はたった一人」と言ったら、なんぞ問題を抱えている家庭なのか「欠損家庭」なのか、と同情されるでしょう。

 一夫一婦制の社会の人から見ると一夫多妻に違和感がありますが、日本の家庭で、両親が複数の子供を持ったとして、どの子も平等に育てていて、どの子も同じようにかわいい、というのと、一夫多妻の社会では夫にとって、どの妻も平等に同じように愛している、というのと、違いはありません。兄弟が仲良くたすけあって成長する家庭もあり、仲が悪い兄弟姉妹もいるのと同じく、妻たちが仲良く助け合って家庭を守る家もあれば、仲が悪い妻同士もいるってだけです。

 昔の日本や昔の中国のように、一夫多妻の妻たちに序列がつけられているような場合だと妻同士の間に争いも起こりますが、たとえば、イスラム教の4人の妻の間には身分上の差はなく、1番目の妻も4番目の妻もまったく平等です。平等に接することができないなら、複数の妻を持つことはできません。物を買い与えるのも、夜のお泊まり回数も等しくないと。若い方の妻がいいからと、年老いた最初の妻をないがしろにするような男は、非難囂々、男の風上にも置けぬと不名誉を背負い、人々からの信用を失って生きなければなりません。

 一家の中に買いそろえるべき家財も増えた現代では、一夫多妻生活も楽ではないので、最近の若い人は一夫一婦の暮らしを選ぶ人も多くなり「妻が一人だけでは肩身が狭い」という風潮も薄れてきたのだと、これはイスラム圏の留学生から聞いた話。
 ヒマラヤ山脈近辺の山岳地帯では一妻多夫の社会もあります。 妻は家を守り、夫は交代で出稼ぎに出る家庭が多い。夫にとっては妻が生んだ子は分け隔てなくみな我が子。

 「自分たちの文化や社会制度の尺度で、世界の多様な社会について価値判断を決めつけてはいけない」ということを、日本語教師志望者に教え込む。欧米の文化は進んでいるけれど、アフリカの文化は遅れている、あるいは先進文化と野蛮な文化がある、というような受け止め方をするのは、異文化理解を前提とすべき日本語教師の態度ではありません。
 異文化に対するときに、どの文化も等しく尊重すべきであるということは、日本語教師にとって、もっとも必要な態度です。

 自分たちにとって常識と思うことでも、他の文化ではタブーであったり、自分たちが嫌っていることでも、他の文化にとっては当然の行動であったりすることを理解しつつ、日本語教師になりたい人は、言葉の勉強と文化の勉強をしていかなくてはならないことを学生に教えます。

<つづく>






日本語音声学基礎56-66

2011-12-10 11:37:00 | 日本語学
2006/07/09 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(56)越南国も漢字を使用していた

 「南」の文字を用いる国名「越南」。えっ、そんな国あったけなあ。はい、現代日本語発音では「えつなん」ですが、旧仮名「ゑつなん」の発音はwetu・nam。
 ベトナムのことです。(ベトナムでは、現在は漢字表記を使いません)。

 ベトナムの漢字音で読むと、「越南」は「ヴィェトナム」。
 「えつなん」と「ベトナム」より、「ヴィェトナムvietnam」と旧仮名の発音「ゑつなんwetunam」は、近いですね。

 ベトナムで「南」を「nam」と表記し、朝鮮韓国語ではハングル文字「 Lト na」の下に「 口 m」を書いて、「ナム」と発音します。

 韓国の漢字語彙は、中国からきた発音をそのまま使う音読みの漢字だけです。基本的にひとつの漢字にひとつの読み方しかないので、表音文字ハングルに移行しても、それほど問題はありません。
 ベトナムの漢字語彙も、アルファベット表記にしても、さしつかえなく言語生活がおくれます。

 ベトナムが中国(清)の属国のひとつであった時代、1884~1985年の清仏戦争がおきました。フランスが清に勝利した結果、ベトナムはフランスの植民地となり、漢字が廃止されました。ベトナム語はフランスと同じに、アルファベットを使うようになりました。
 インドシナ戦争で独立を勝ち取ったのちも、漢字表記に復帰せずにアルファベットでベトナム語を表記しています。

 ベトナム語の場合、アルファベット表記(ローマ字表記)にしても不自由がありません。
 識字率を高めるためには、アルファベットのほうが覚えやすいとみなされ、読める人が少なかった漢字は廃止されました。

 日本も、独立国としての主権がなかった時代、GHQの占領下で、「漢字使用を廃止し、ローマ字表記にさせるべきだ」という案がアメリカ側から出されました。敗戦から3年たった1948年のこと。
 何事も「科学的」にものごとを実施したいアメリカの方針により、事前調査として一般日本人識字率調査が実施されました。

 GHQは、次のように考えました。
 「漢字という、複雑で難しすぎる文字を使っているので、日本には、文字を読めない人が多いだろう。それでは、民主主義の意義がわかってもらえず、日本の脱軍国化、民主主義普及がおくれる。
 漢字の読み書きができない人が多いことを証明してやれば、ローマ字表記にしたほうがよい、と、日本人にも納得できることだろう」、と。

<つづく>
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2006年07月10日


ぽかぽか春庭「GHQより日本国民へ!ひらがな漢字を廃止せよ」
2006/07/10 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(57)GHQより日本国民へ!ひらがな漢字を廃止せよ

 GHQの部署・民間情報教育局(CIE)の指示で、文部省教育研修所(現在は国立教育政策研究所)が実施した読み書き能力の試験、全国の15~64歳の、無作為抽出による2万1千人が対象となりました。

 そのうち、実際に調査に参加した人数は1万6千人にのぼり、仮名や数字、漢字の読み書き、文章や語句の理解のテストを受けました。その結果、、、、

 識字率調査の桔果、ひらがなカタカナは98%が読め、漢字も89%の人が読み書きできることが証明されました。漢字のテスト、100点満点で平均78.3点でした。

 リテラシー(文字の読み書きができる能力)において、日本はアメリカの識字率よりずっと高かったのです。

 明治期に義務教育が普及する以前、江戸時代の一般庶民の識字率が、教育統計の研究によって、計算できています。当時の日本は、世界で最高の識字率を示していました。
 幕末期では、男性79%女性でも21%が読み書きできました。
 現在でも、日本の識字率は世界最高水準をしめしています。

 GHQは「日本人は一部の知識人しか読み書きできないので、民主主義が定着しなかったのだろう。国民が軍部の暴走に易々と従ってしまったのは、文字も読めず、情報に無知な人が多かったからではないか」と、推測しました。

 しかし、調査の結果、abc~の27文字しか使わないアメリカの識字率よりも、ひらがなカタカナ100と漢字2000以上を使う日本のほうが識字率が高いことが分り、この推測は、見込み違いだったことがわかりました。

 これほど識字率が高いのに、なぜ無謀な戦争に反対する声が日本国民から出なかったのか、という疑問への回答は見いだせないままでしたが、占領下の「漢字禁止とアルファベット表記への移行命令」は、廃案となりました。

<つづく>
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2006年07月12日


ぽかぽか春庭「漢字ひらがな交ぜ書き表記法」
2006/07/12 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(58)漢字ひらがな交ぜ書き表記法

 1948年の調査では、15歳~64歳の無作為抽出によって選ばれた人2万1千人の中、実に76%もの人が試験に(建て前は、一応自主的に)参加しました。

 どこまで本当に自主的な参加だったかは、疑問です。当事の世相では、まだまだ「お上が調査をする」「GHQの命令による調査なのだから、参加しないですますことはできない」という空気があったことでしょう。

 もし、現在、あなたのところに「文部科学省の調査に協力してください。もよりの会場までお越しください。読み書きテストを受けていただきます。
 テスト会場への交通費は自己負担です。テスト参加への報酬はありません」
という通知がきたとして、あなたは、テストを受けるために、会場へ出向きますか?

 2万1千人を無作為抽出したとして、はたして何%の人がテストに協力するでしょうか。
 私?テスト実施が平日なら仕事があって休めないし、せっかくの土日を読み書きテストしてすごすのもちょっと、、、、、

 と、思うので、私のアイディア。現在「民間資格」として行われている「漢字検定」(財団法人日本漢字能力検定協会によって運営されている試験)に文部科学省が相乗りする。

 無作為抽出によって選ばれた人は、漢字検定を受ける場合にかかる検定料を無料にした上で、読み書き読解の試験を受けてもらう。
 一定のレベルに達しているとみなされる人には、1級2級などの合格証を無料で配布する。

 合格証は、大学の単位として認めるところもあるし、高校大学入試の自己推薦理由にもつかえるところがあり、就職活動のアピールにもつかえるので、学生はかなりのパーセンテージで参加すると思います。
 社会人は、社内昇進制度などに+αとして書き加える制度があれば、参加するかも。

 現在での識字調査、義務教育徹底や高校大学進学率の上昇などから見て、1948年当時の調査結果より識字率が高くなっていることが推測できます。

 現在の日本語表記では、ひらがなカタカナ漢字アルファベット数字の4種類の文字を使い分け、読みこなしています。
 このように何種類もの文字を使って表記する例は、他に類をみません。

 また、中国や韓国では原則としてひとつの漢字にはひとつの読み方(発音)しかないのに対して、日本語は漢字の読み方に2種類を使い分けています。

 中国語由来の音読みのほか、日本語の意味による訓読みが発達しました。
 私たちは、音読みと訓読みを使い分けることを当然のこととして、日本語表記を行っていますが、ひとつの文字を見て、ふたつの発音を頭の中に思い浮かべることができる、ということは、世界の中で、たいへん珍しいことなのです。

 「音」という文字を見て、「おと」「ね」「おん」「いん」という発音を使い分け、「うぐいすの初音(はつね)」「風鈴の音(おと)が涼しげだ」「発音(はつおん)」「母音(ぼいん)」と、読み分けています。

 ひとつの文字に、読み方(発音)がふたつ以上あり、どの発音も同一の文章の中で、同時に用いられている、という、世界に例のない表記法です。
 この表記法によって、独自の言語文化を発展させてきました。
 
 明日は「お越し」か「お来し」か、どちらの表記がいいか、という質問への回答を再録します。

<つづく>
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2006年07月13日


ぽかぽか春庭「お越し?お来し?日本語表記」
2006/07/13 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(59)お越し?お来し?日本語表記

 昨日2006/07/12の春庭コラム「漢字ひらがな交ぜ書き表記」に、「文科省からの通知文」の例として春庭が作成した文章の中、「もよりの会場までお越しください。読み書きテストを受けていただきます」と、書きました。

 標準的なワープロソフトでは「おこしください」と入力して変換キーを押すと「お越し下さい」と、漢字がでます。
 一般的な卓上辞書にも
「お越し」=他人が行くこと、または来ることの敬語(用例)「お越しをおまちしています」
と、あり、「お越し下さい」という表記は一般的なものとして使用されています。 
 
 2006/07/09春庭bbsに「お越し」ではなく、「お来し」が正しいのではないか、という質問があったので、以下のように回答しました。

 
春庭bbsへのw**********さんからの投稿です。
 『 はじめまして。「おこし」は、「お越し」ではなく「お来し」ではないでしょうか?
2006-07-09 16:39:22  』

春庭の回答(春庭bbsより再録)
==============
 漢字表記にはゆれがあります。

 慣用的な使い方、当て字などがあり、この「漢字表記のゆれ」については、春庭が「誤読から慣用読みへ」というタイトルでテーマにしたことがありますので、そちらを参照いただければ幸いです。
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/nipponia0502.htm

 「お越し」ではなくて、「お来し」ではないか、というご指摘、漢字表記に関心を持っていらっしゃること、とてもすばらしいですね。

 結論から言ってしまうと、どちらの表記も可能です。

 「今までたどってきた年月とこれからの先の年月」という意味で使われる「こしかたゆくすえ」も、「来し方」という本来の表記のほかに、もともとは当て字であった「越し方」という表記も辞書にでており、社会使用上は、両方とも許容されています。

 「来し」は、カ段変格活用の「来」(こ、き、く、くる、くれ、こよ)の未然形「こ」に助動詞「し」がついたものです。

 しかるに、ことばは常に誤用があり、ゆれ動くもの。
 平安時代の女性文学、女流日記などには、すでに「こし」のかわりに、「きし」という誤用→慣用表現が現れています。

 「お越し下さい」という場合も、「越す」の連用形名詞「越し」を丁寧にした「お越し」に「ください」がついたものと考えることもできるし、カ変動詞「く」の未然形「こ」に助動詞「し」がついたものに、丁寧の「お」が加わって、「お来しください」になった、と考えることもできます。

 昨日2006/07/08の春庭コラムに、もともとは「嶮悪」という漢字表記だったのが、「剣幕」に変った、という例をあげました。

 漢字表記に、その時代その時代の「正書法」「ただしいとされる読み方」はあるのですが、ことばが、年ごとに変化し、移り変わっていくように、漢字表記も、誤字誤読を経たり、慣用的な読みかたを経て、かわっていくのです。

 「お越し」と「お来し」は、現在ではどちらの表記も可能となっている、という考え方でよろしいと思います。
2006-07-09 19:05:04
=================

 一般的な辞書では、「来る・行く」の待遇表現(敬語)として「おこし」の表記は「お越し」と表記されています。
 しかし、規範意識から「お来し」が正しいのではないか、と考える方もいると思います。
 「日本語における規範」とは、「現在、通用していて大多数の人に不快なく受け入れられている日本語」にすぎません。ことばは、時代とともに移り変わるのです。

 「おこし」に関しては、現在の表記では「お越しください」ですが、「お来し」とかきたければかいてよろしい。
 ただし、この「お越し」「お来し」表記のゆれの問題に限らず、「こちらの表記が絶対に正しい」という「私が正しいのだ」という思いこみは、避けた方がよいのではないかと思います。

 20~30年前まで「絶対に正しくない」と糾弾されていた「ら抜き可能形、見れる・でれる」が、現在では辞書にも搭載され、若い世代には100%普及しています。
 ことばは常にゆれ動き、変わってきたし、これからも変っていきます。
 漢字表記も、時代によって読み方も変わり、表記もかわるのです。

 最初の規範が「絶対に正しい」としてこだわるなら、田園は「でんえん」ではなく、「でんねん」という読み方になるはずだった、と、連声の説明のところで書きました。今は、時代が変ったので、連声の発音変化をしなくなったのです。

 「こし」の意味を、「来(く)」の未然形に、過去の助動詞「き(き、し、しか、と活用する)」の「し」がついた形として「来し」と書いても、現在のように「越し」とかいても、どちらも間違いとはいえないし、「こちらだけが絶対に正しい」とも言えないのです。

<「お越し」と「お来し」の項はおわり あしたは、日本語の発音と表記のつづき、ローマ字書きの日本語>

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2006年07月14日


ぽかぽか春庭「トンキン湾は東京湾」
2006/07/14 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(60)トンキン湾は東京湾

 ローマ字表記の日本語、読んでみましょう。
(ローマ字表記、文科省は訓令式、外務省はヘボン式で、異なっています。下記はヘボン式)
 Nihongo ha kannji no yomikata ni 2shurui wo tsukaiwaketeimasu. kun-yomi ga hattatsusi kanji hiragana katakana maze hyouki wo shimasu. kannji ni on-yomi to kunn-yomi ga arrimasu.
hitotsu no moji ni yomikata(hatsuonn)ga futatu ijou ari, dono hatsuon mo douitsu no bunshou no naka de douji ni motiirareteimasu. sekai ni reinonai hyoukihou wo tukatte dokuji no gengobunka wo hatten sasete kimasita

日本語教員資格取得希望の日本人学生に、日本語教科書の「日本語ローマ字表記」の部分を読ませるとと、みな「英語はアルファベットで読みにくいと思わないのに、ローマ字日本語は読みにくい」と、言います。
 
 馴れもあるのかも知れませんが、ワープロはローマ字入力でかれこれ20年やってきた私も、読む場合は、ローマ字表記にいまだに馴れることができません。
 ローマ字表記の日本語文を読ませると、日本人学生にも「日本語を日本語独自の表記法で書き表すこと」が、どれほど大切なのか、わかってきます。

 日本語は、文の意味の中核をなす自立語(名詞や動詞)を漢字であらわし、非自立語(助詞など)や動詞活用語尾などを仮名であらわすことによって、すなわち、表意文字(発音と意味をあらわす)と、表音文字(発音だけをあらわす)を組み合わせて書くことによって、もっとも、分りやすい表記ができます。
 「GHQが、ローマ字表記に変更する命令を出す前に、識字率調査してくれてよかった」と、私は思います。

 朝鮮韓国語やベトナム語は、表音文字だけで書き表しても、問題なく読み書きできます。漢字を「漢字音」だけで用い、訓読みにあたる「翻訳読み方」を採用していないので、「ひとつの漢字に音読みひとつだけ」だから、表音文字にしても、不自由はありません。

 現在は、ハングル表記の朝鮮韓国語も、アルファベット表記のベトナム語も、漢字文化圏でしたから、名前や地名を漢字表記しようと思えば、できます。
 ヴェトナム、現在のベトナム語の語彙の50%以上(一節には70%)が、漢語由来の語彙です。
 たとえば、ベトナムのトンキン湾。漢字で書けば「東京湾」です。

 韓国の漢字由来語彙も50%くらい。
 日本語は、話し言葉だと40~50%、書き言葉だと60~70%が、漢語語彙になります。

 中国語、韓国朝鮮語、日本語の漢字の語を並べて、発音のちがいを表記した本が出版されています。ベトナム語の漢語由来の単語も付け加えた本ができたら、アジア漢字文化圏の広がりを実感できることでしょう。

<つづく>
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2006年07月15日


ぽかぽか春庭「名前の発音、グエンさん、ヤーメインさん、グオモールオさん」
2006/07/15 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(61)名前の発音、グエンさん、ヤーメインさん、グオモールオさん

 ベトナム語は、アウストロアジア語族の言語と中国語タイ語が重なり合った言語という説が有力です。
 表記面でフランス植民地化以後はアルファベット表記を採用していますが、かっては、漢字文化圏であったため、地名や姓名はほとんど漢字表記できます。

  ベトナム王家の姓グエンは「阮」です。グエンの次に多いベトナムの姓「レ黎」「ゴ呉」。
 建国の父ホーチミンを漢字表記すれば、「胡志明」。これはペンネームです。本名はグエン・タット・タイン(阮必成)。

 そのほか、ベトナム人名。「グエン・バン・チュー阮文紹」「グエン・カオ・キ阮高祺」「グエン・チ・ビン阮氏平」「ファン・バン・ドン潘文同」、「ボー・グエン・ザップ武元甲」
 
 韓国朝鮮語で「金」は、「キム」です。日本語も、この語が中国から伝わったときは「キムkim」でしたが、現在は「キンkin」になっています。
 韓国出身の金さんは「キンさん」と呼ばれると、「私はキンじゃ、ありません、キムです」と、主張します。

 日本人の山根(Yamane)さんが、アメリカに行ったら「ヤーメインさん」と呼ばれるかもしれません。Yamaneを英語式に読むとヤーメインになるので。
 川瀬(Kawase)さんは、カウェイズさんと呼ばれそうです。そしたら、自分の名前のような気がしませんよね。
 キムさんも「キンさん」だと、自分の名前とちがう、と感じるのです。

 中国では、漢字で書かれた名前は、中国語の発音で呼びます。小林さんが中国へいったら、「シャオリン」ですし、大木さんは「ダームー」楠本さんは「ナンベン」
 漢字表記さえあっているなら、他の国の漢字表記名前を、遠慮なしに自分たちの発音で呼びます。
 中国では、ひとつの漢字の読み方(発音)が地方ごとにことなるので、日本語の漢字も、中国へ来たら中国標準語発音で呼ぶ、という考え方なのです。

 有名人の名前、たとえば「マオツォートン」が毛沢東、「トンシャオピン」小平くらいは推測がつきます。
 しかし、「文学者では、バージンとグオモールオが好き」と言った北京出身の留学生が言ったとき、「グオモールオ?」私はヨーロッパかどこかの作家かと思いました。
 「どこの国の作家ですか」と質問したら、怪訝な顔で「もちろん中国の作家です」

 漢字をかいてもらったらすぐわかりました。巴金と郭沫若のことでした。
 日本では「ハキン、カクマツジャクと呼んでいるんだよ」と教えました。
 ルーシュインは、魯迅ロジンです。

<つづく>
===================
もんじゃ(文蛇)の足跡

 自宅パソコン不調につき、他所からのログオンです。
 しばらくの間、更新不定期、よそのページを閲覧することも不自由になりますが、できるかぎり更新続けますので、よろしくおねがいします。





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2006年07月16日


ぽかぽか春庭「名前の発音、ペさんヘボンさん」
2006/07/16 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(62)名前の発音、ペさんヘボンさん

 ヨン様ペ・ヨンジュン。漢字表記は、裴勇俊。アルファベット表記だとBae Yonjun。
 え、「Pe」じゃないの?はい、「Pe」と発音したのでは、ヨン様ふりむいてくれません。
 これは、姓の「裴ペ」が、濃音(無気音)だから。日本語の「ぺ」と言う発音では、息が出すぎです。ヨン様ファンの方、正しくヨン様の名前を呼びたいなら、濃音(無気音)の練習をしましょう。

 「ペ」とカタカナで書くと、ヨン様の姓が正しく発音できないように、名前の表記、外国の名前を日本語にあわせて書くとき、どうしても、発音どおりに書くことはむずかしい場合もあります。

 現代日本語の外国人名表記の方針では、できる限り本国の発音に近く表記するということになっているのですが、すでに日本で定着している外国人名は、慣用のまま。
 2006/05/07に、外国人の名前について書きました。
 日本で慣用上「アンデルセン」と呼ばれている童話作家は、生国デンマークでは「アナセン」。

 さて、パスポートを持って外国へいくとき、日本人氏名をローマ字表記しなければなりませんね。
 ローマ字には、文部科学省が義務教育教科書に載せる表記として採用した訓令式と、外務省が採用したヘボン式があります。

 明治時代に、日本語ローマ字表記ヘボン式を考案したヘボンさん。有名人で、同じ名字の人、知っていますか。
 え、ヘボンなんて人で有名な人、いたっけなあ。
 います。ただし、現代では「ヘプバーン」と呼ぶことが多いです。オードリー・ヘプバーンも、キャサリン・ヘプバーンも、私、大好きな女優さんです。

 アルファベットを知らず、耳からきこえた音をそのままカナ表記した明治時代の人は、「ヘボン」と聞こえたから「ヘボン」とカナ表記にしたのです。

<つづく>
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2006年07月17日


ぽかぽか春庭「名前の発音、ギョエテさん、イムさん、カムヨンさん」
2006/07/17 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(63)名前の発音、ギョエテさん、イムさん、カムヨンさん

 Hepburnというアルファベット表記が知られてからは、耳から入った音より、つづり字の読みを優先するようになりました。
 促音を加えたヘップバーンという表記もあります。

 キャサリン・ヘップバーンやオードリー・ヘップバーンも、明治時代に紹介されていたら、オードリー・ヘボンさんでした。
 さて、ヘボンさんは「ヘップバーン」「ヘプバーン」「ヘボン」、どの呼び方で振り向いてくれるでしょうか。

 パスポートは外務省の管轄ですから、学校で教わった訓令式ではなく、ヘボン式でローマ字表記を記入します。
 津川さんは、訓令式のTugawaではなく、Tsugawaです。田島さんは訓令式Tadimaではなく、Tajimaとパスポートに書くことになっています。

 大木さんが中国では「ダームー」と、呼ばれるように、ローマ字表記も、国によっては、思いもかけない発音でよばれることがあります。
 ローマ字の発音は、それぞれの国の表記法で異なるからです。

 外国人名を片仮名表記しても、発音をそのまま書き取るのがむずかしいことが多いと、「ぺ・ヨンジュン」の名で紹介しました。
 ほかにも、カタカナ表記がむずかしいため、慣用表記が定着するまで、いろんな書き方が工夫された名前があります。

 ドイツの文豪、「ゲーテ」が定着するまで、「ギョエテ」「ゲョエテ」「ギョーツ」「グーテ」「ゲエテ」などの表記がありました。
 ゲーテさんが日本語教室に出てきたとして、名前の呼び方を自己申告してもらったら、どれを選ぶのか、知りたいところです。

 私のクラス内では、「本人が呼ばれたい発音で呼ぶ」が、基本です。
 韓国の「林さん」は「イムさん」、「李さん」は、「イさん」です。
 韓国語では、語頭の「L」の発音は脱落します。アルファベットではLimと表記して「イム」と発音するのです。

 「キンさんではいやです。キムさんがいいです」と、いう韓国の金さんは、キムさんと呼びます。

 一方、中国人の金さんは、「キンでもジンでも、どちらでもいいです」と言います。国内で地方によって発音がちがうからです。
 作家の金庸。日本語読みだとキンヨウ。北京標準語読みならジンヨン。でも、 広東語読みならカムヨンになります。

<つづく>
20:31 コメント(1) 編集 ページのトップへ
2006年07月19日


ぽかぽか春庭「名前の発音 ラムさん、リンさん、ハヤシさん」
2006/07/19 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(64)名前の発音 ラムさん、リンさん、ハヤシさん

 中国の「武さん」は「ウーさんでもいいし、ムーさんでもいい。日本式にタケさんでもいいです」と、発音にはこだわらない人が多い。
 中国の陳さん、生まれ故郷では、「チェン」でした。でも、北京の大学に入ったら「チン」と呼ばれた。

 香港生まれのパク(白)さん、北京では「バイ」にかわったので、日本では「ハク」さんでも「シロ」さんでもいいと思う。

 同じく香港の近くで生まれ広東語で育った「林」さん、地元では「ラム」さんでした。北京へ行ったら、「リン」さんになった。日本では「リン」さんでもいいし、日本式に「ハヤシ」さんと呼ばれたら、日本の人に親しんでもらえそう、と言う。

 私が以前担当したクラスに、「カスミさんと呼んでください」という「霞シャア」さんがいて、中国人クラスメートも「カスミさん」と呼んでいました。

 中国の王さん。「ワン」さんと呼ばれるより「オウ」のほうがいいと言います。
 中国語の「王ワン」は、四声のうちの第2声なので、「低高」と上昇します。
 しかし、日本人が「ワンさん」と言うとき、たいてい「高低」になります。最初の「ワ」の音が一番高い音で、中国語とはまったく違う発音になります。

 日本式のアクセントで「ワンさん」と呼ばれたのでは、自分の名前のような気がしないので、どうせ異なる発音で呼ばれるなら、「オウさん」でいい、というわけです。

 中国は、地方による方言差が大きい言語です。北京語と広東語は、漢字で文を書けば、お互いに通じますが、発音は異なります。
 通訳をつけなければ理解できません。

 中国語の四声は、広東語では六声になります。(四声については、2006/05/27の「まあまあまあ」を参照してください)
 (ちなみに、声調の数、ベトナム語も六声、タイ語は五声)

 スペイン語とポルトガル語の母語話者が出会い、それぞれ自国のことばで話をして、互いに相手の発話意図を理解できるくらい近い言語であるのと比べると、同じ中国語の方言とはいえ、発音上の違い、大きいです。ただ、文字で書いた場合、文にすれば互いに理解することができます。

<つづく>
12:34 コメント(1) 編集 ページのトップへ
2006年07月20日


ぽかぽか春庭「ニーシーナンファンレン」
2006/07/20 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(65)ニーシーナンファンレン

 私が12年前、中国で仕事をしていたときのこと。
 町の市場へ行き、へたくそな中国語でなんとか買物をすると、市場の人たちは私の発音を聞いて、「ニーシーナンファンレンあんたは南方の出身者だね」と言うのです。
 「ウォーシー、リーベンレン私は日本人です」と言っても「あんたが日本人のはずないよ。あんたのナマリは南方人だね。広州かい?」なんて言われていました。

 日本が中国語彙を移入した奈良平安のころ、中国南方や中原の発音が主だったこともあり、南方方言は、日本語漢字音の発音に近いのです。
 私のなまりをきいて、「南方人」と思ったのかもしれません。

 市場の人たちが、私を日本人と思わなかった理由が、もうひとつあります。
 「日本人は、市場で値切ったりしない」というのが、「日本人じゃない」の理由だったみたい。まあ、こちらのほうが主な理由だったかも。

 服は現地で買ったものを着る主義で、いつも中国製の10元(当時のレートで150円くらい)の服を着ていたので、パリっとした身なりの日本人観光客とはかなり見た目もちがっていたようです。
 高級服ならいざしらず、町の市場で売っている安いシャツやワンピース、当時はデザインが日本のものとはちょっと感覚的にちがっていました。

 10年以上たった今では、中国製のデザインも洗練されて、見た目が違うこともなくなりました。と、いうか、今、私が日本で買う衣服のほとんどが中国製です。

 12年前、中国でケータイを持っているのは、最前線のビジネスマン、金持ちだけでしたが、今では、学生でも持っています。

 この12年間で、中国はものすごい勢いで変化しました。人々が豊かな暮らしを楽しむようになったことは、よいことですが、拝金主義が横行するようにもなりました。
 中国の誇りである高い心の文化を、忘れて欲しくないと願っています。

 中国四千年の漢字文化は、ほんとうに深く、広く、東アジアに浸透しているのです。
 韓国朝鮮、日本、ベトナム、それぞれが受容した漢字文化を、独得の言語文化として発展させてきました。

<もんじゃ(文蛇)の足跡>
 2006/07/14 に「中国語、韓国朝鮮語、日本語の漢字の語を並べて、発音のちがいを表記した本が出版されています。ベトナム語の漢語由来の単語も付け加えた本ができたら、アジア漢字文化圏の広がりを実感できることでしょう」と、書きました。

 ベトナム語も加えた漢字音の四カ国比較の本、私が気づいていなかっただけで、とっくに出版されていました。
 その名もズバリ「漢字音」という本。藤井友子著(1986年朝日出版社)。

 「安全」から「楽観」まで131の漢字語彙の四カ国発音が並んでいます。コラムも面白く読みました。ことばに関心のある方へ夏休みの読書におすすめ。

<つづく>
20:21 コメント(4) 編集 ページのトップへ
2006年07月21日


ぽかぽか春庭「ことばの海を漂流中」
2006/07/21 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(66)ことばの海を漂流中

 以上、日本語の発音について、4月から「日本語学概論」「日本語音声学」「日本語教育研究」の授業で扱った項目を中心にお話してきました。

 日本語音声学を学んでいく場合、「イ段の音の口蓋化」とか、「分節中のアクセントの核」など、まだまだ、たくさん知っておくべきことがあります。
 それは、また後の機会に書きましょう。

 日本語教員の資格をとりたいと思っている日本人学生、自分の日本語を客観的に観察するところから学習がはじまります。

 「自分は日本語の読み書きが十分にできるし、漢字検定2級も合格したし、すぐにも日本語教師になれるだろう」と意気込んでいた学生も、知れば知るほど、まだまだ、日本語について学ぶべきことがあるのだ、とわかってきます。

 また、日本語の変化の歴史を知ると、「正しい日本語」「美しい日本語」というのも、「現在通用していて、大多数の人に不快を与えずに受容される日本語」にすぎないこともわかってきます。

 「未来の日本語、今の姿と変っていることでしょうね。将来の日本語。どうなると思う?」

 『 ッちゅーかぁ、まじ、オニはら鳴り。ハズイッつーの。どんだけハングリだんねん。はんぱねぇ。これじゃキョドルよ。ソッコー、ミスド、ツッコミ。食い気テンションあげあげ。オイオイ、オールシカトかよぉ。超ムカっ。オニキショイ。ひてられて、どんびきぃ。もう、変がおる。』

 「このような表現が正しい日本語とされ、皆がこれを美しい日本語であると思う時代もくるでしょう」と、言うと、学生たちはハハハと笑い、「そのギャル語、チョーうけるぅ。だって、もう古いもん」
 すみませんね。私が若者ことばを採取したころには古くなっておりますので。

 2006年に通用している日本語訳
 「と、言いますか、ほんとうにお腹が鳴っています。恥ずかしいです。どれほどお腹がすいていることでしょうか。中途半端なものじゃありません。これでは、挙動不審にもなります。さっそくミスタードーナッツへ入りましょう。食欲の意向が上昇しています。おやおや、皆、無視ですか、とても腹がたちます。たいへん気分が悪いです。否定されて、萎縮しています。もう顔が変になっています」

 それから、日本語言語文化の豊かさ、これも学生に身につけてもらいたいことのひとつ。今期は、「声に出して読みたい日本語」から、ジュゲム、ガマの油売り口上、白波五人男セリフなどを、声に出して読む課題をだしました。
 声は日本語教師の基本財産。滑舌よく、ほどよい音程で発声できるように。

 日本語について、知っておきたいことはまだまだ山のようにあります。私の日本語修行は序の口、先は長いです。
 66回連載の「日本語の発音と文字」のはなしは、ひとまず、これにてお開き。水平線はどこまでも開いています。ことばの海をただよって、漂流はつづきます。

<日本語の発音と文字表記について 終わり>
19:28 コメント(5)

日本語音声学基礎43-55

2011-11-08 06:24:00 | 日本語学
2006/06/23 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(43)音読みと漢字のツクリ

 今まで何気なく発音していたり、書いていたりしたことに、あれっと思って立ち止まり、日本語への興味をかき立てられたり、確認したりする機会が、脳内に生まれたなら、春庭、とてもうれしく思います。

 「音訓の規則って漢字のツクリに関係あるんですか」
という質問をp*********さんからいただきました。(2006/06/16)
 日本語の文字と発音に興味関心を向けてくださり、うれしいです。

 漢字は、成り立ちから、象形文字・会意文字・形声文字・指事文字・転注文字などがあります。(転注については後ほど解説)

 漢字のツクリ(旁)は、形声文字の音読みに関係しています。
 以下、p**********さんからの質問にお答えし、bbsに書き込んだ文を再録します。

<漢字の発音 haruniwa  2006-06-19 09:19:06  p********* bbsより>

 音訓の読みのうち、訓読みは、漢字の意味に日本語をあてはめたものです。
 中国の漢字「山」は、古代中国語の読み(発音)は「サン」、現代中国語の読みは「シャン」、意味は「土地がたいへん高くなっているところ」を表わしています。

 中国の漢字が日本に移入されたとき、日本語では「土地がたいへん高くなっているところ=やま」だから、「やま」と読むことにした。これが訓読みです。

 漢字は、「山」のように、ものの姿形からできあがった「象形文字」が基本です。
 「田」「川」も、「山」と同じく、土地の姿を絵にしたものからできた文字です。
 「鳥」や「馬」は、動物の形から文字が出来上がりました。

 二つの漢字の意味を足してできた漢字を会意文字といいます。
例)月と日があわさると、あかるいから、「明」。
  山のなかに大きな石があったら「岩」。

 指事文字は、一二など数を示したり、上下など位置を表わす文字。
 横棒ひとつあれば「一」、ふたつあれば「二」、みっつあれば「三」
 □のまんなかを、縦棒で区切れば「中」

 横棒のうえに、トをおけば、「上」、したに「ト」をおけば「下」
 これら、数や位置関係を表わした漢字は、非漢字圏の留学生にも意味が推測でき、覚えやすい漢字です。

 さて、ご質問の「音訓の規則って、漢字のツクリに関係あるのか」という点について。

 ほとんどの漢字は形声文字です。扁(へん)や冠(かんむり)などで、意味の部類を表わし、旁(ツクリ)で、発音を表わす。

 発音をあらわす「旁(ツクリ)」と意味の部類をあらわす「扁・冠・足・繞(ニョウ)」などの組み合わせ方を古代中国人が発明したので、漢字の種類は飛躍的に増えました。
 雨冠と言偏の漢字例をあげてみましょう。

<つづく>
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2006年06月24日


ぽかぽか春庭「部首Kanji radicals」
2006/06/24 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(44)部首Kanji radicals

 形声文字、扁(へん)や旁(つくり)の組み合わせの例。
 雨冠と言偏の文字を出してみます。
 雨に関わるという意味を冠が表わし、発音を冠の下の部分の漢字が受け持っています。
 日本語の音読みの発音は、古代中国での発音なので、現代中国語標準語の発音とは異なります。

意味:雨に関係する
発音:ソウ→相であらわす
形声:霜→音読み「ソウ」(現代中国語の発音はシュァン)
訓読み:シモ  

意味:雨に関係する
発音:ム→務であらわす
形声:霧→音読み「ム」(現代中国語の発音はウー)
訓読み:きり

意味:言(ことば)に関係する
発音:ゴ→吾であらわす
形声:語→音読み「ゴ」(現代中国語の発音はユゥ)
訓読み:語る=かた(る)

意味:言(ことば)に関係する
発音:ホウ→方であらわす
形声:訪→音読み「ホウ」(現代中国語の発音はファン)
訓読み:訪ねる=たず(ねる)

 以上のように、漢字の形声文字については、p**********さんが「関係あるのかも」とおっしゃるとおりです。
 「漢字のツクリは、音読みに関係している。ツクリが発音をあらわしている」

象形文字、会意文字、形声文字について解説したついでに、漢字の成り立ちについて、あとひとつ解説。

 「転注文字」って、どんな漢字でしょう。
 転注文字とは、元の意味から発展して新しい意味を持った漢字です。
 例をあげておきます。

1 「令」のもとの意味は「命令する」の「令」。呉音「リョウ」漢音「レイ」
 「律令りつりょう」は、「律=主として刑法」と「令=主として行政法」のふたつで構成された法律。
 転注して、意味が進展しました。命じられたことの中味をさしていたことから、命令を出す人のことも「令」と呼ぶようになりました。

2 「令」は、人の上に立って命令を出す長官の意味も表わす→県令=県の長官

3 さらに、人の上にたつような身分の高い人の家族への尊称となった→令嬢・令息・令夫人

<つづく>
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2006年06月25日


ぽかぽか春庭「らくに楽しく易易楽々」
2006/06/25 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(45)らくに楽しく易易楽々

 転注文字の例をもうひとつ。
 「楽しい」の音読みは、漢音は「ラク」「ガク」。呉音は「ギョウ」
 一般の熟語では漢音を用い、仏教用語などでは、呉音の「ギョウ」と読む場合もあります。

 旧字「樂」の元々の意味は、楽器を表わしていました。
 転注して「たのしい」「らく」「たやすい」の意味を持つようになりました。

 「樂」下部の「木」、樂の場合は、くぬぎの木です。くぬぎの実は「どんぐり」です。
 「樂」の上の「白」は、もともとはドングリの実の白い部分を意味していました。
 旧字「樂」上部の「糸」の上半分の「幺」は繭玉。まゆ玉のような櫟の実、木の上にどんぐりがふたつ並んでいます。

 熟したくぬぎの実ドングリを椀や箱にいれて振ると「カラカラ」と音がします。今でいうマラカスですね。このように「振ると音の出る楽器」、鈴のような楽器を「楽」で表わしました。
 古代には、さまざまな音のでるものを神事につかいました。この「どんぐりマラカス」も神事の楽器だったのでしょう。

 「樂」は「カラカラと音が鳴る物」から、「音が出る楽器」を意味し、楽器全般を表わすようになりました。そして「楽器」から「音楽全般」を表わす文字になりました。
 「楽人」「楽隊」「楽団」「楽曲」など、「音楽」の意味で「楽」がつかわれている熟語です。

 楽器をならして音楽を奏でると、たのしい気持ちになります。苦しい心がいやされて、らくな気分になります。それで、楽器を意味する「楽」が、「たのしい」「らくな」という意味をもつようになりました。
 「安楽」「気楽」「道楽」「娯楽」

 「らく」に物事ができること、「たやすい」の意味では、「楽勝」「易易楽々」

 呉音は、奈良時代以前に日本へ入ってきた漢字音。中国の南方「呉国」があったあたりの発音が百済を通って、日本へ輸入されました。
 遣隋使遣唐使が直接中国へ出かけるようになってからは、都の長安(現在の西安)のあたりの発音「漢音」が主流派となりました。

 しかしすでに日本で定着していた呉音のことばも多く、仏教用語を中心として、呉音が残っています。
 文部科学省の常用漢字表の音読みに、「樂」の呉音「ギョウ」は含まれていないので、現代日本語の語彙としての使用例は稀です。

<つづく>
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2006年06月26日


ぽかぽか春庭「ロボットが奏でる音楽は楽しい」
2006/06/26 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(46)ロボットが奏でる音楽は楽しい

 「楽」の呉音「ギョウ(旧かなづかいではゲウ)」の意味は、「このむ、願い求める」「もとめてやまない欲」。
 「楽欲(ギョウヨク)=願い求めること」「愛楽(アイギョウ)=仏法を信じ願い求めること・このんで求めること」

 「愛楽」の用例。
 天神様、菅原道真の『菅家後集』には、「欲望」の意味で「愛楽」が使われています。
 『 微々に愛楽を抛つ(なげうつ)=すこしずつ欲望を投げ捨てる 』(岩波古語辞典)

 「このむ」の意味での用例。徒然草134段から。
 『 すべて、人に愛楽せられずして衆に交はるは恥なり=愛され好かれてもいないのに人前に出ることは、恥ずかしいことだ』(吉田兼好 徒然草134段)

 吉田兼好さんの時代には「愛楽アイギョウ」という語が日常つかわれていたのでしょうか。それとも「ちょっと難しい語を使って、学あるところをみせびらかしてやろう」と思ったのやら。

 楽器→音楽→楽しい→らくな→たやすい。このように、ひとつの漢字の意味が他の意味に転化されていくのが転注です。

 中国からやってきた漢字「樂」に、「ガク」「ラク」という発音があったので、「がく」「らく」という音読みをとりいれました。
 「たのしい」という意味が含まれていたので、日本語での訓読みは、「たのしい」と読むことにしました。

 漢字学習が進んで500字くらい覚えた中級クラスの留学生に「好きな漢字を一字ずつ発表しましょう。なぜ、その字が好きなのか、理由も言ってね」と、課題を出すと、思い思いに好きな漢字を出してきます。

 「青、すきな色です」「愛、Loveを意味するので」「人、最初に覚えた文字だから」など、わかりやすい発表が続いたなかで、ロボット工学を専攻する学生が「楽」といいました。
 「好きな理由は何かな。楽しいことが好きなのだろうな、それとも音楽好きなのかな」と推測しました。

 意外にも、この字が好きな理由は。
 「この文字の形は、ロボットにみえます。アンテナをつけて、歩き回っているロボットのようです」
 おお、非漢字圏の学生に、楽の字のかたちがそんなふうに見えたのか、と、私も楽しくなりました。

<つづく>
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2006年06月28日


ぽかぽか春庭「ふたたび漢音・呉音・唐音」
2006/06/28 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(47)ふたたび漢音・呉音・唐音」

 「楽」の字を解説したついでのトリビア。
 くぬぎ「櫟」には、ほかにも「椚」「橡」など、いくつかの文字があてられています。

 「椚」は、日本で作られた文字、「和製漢字(国字)」です。
 国字の代表は「畑」「峠」です。そのほか、魚偏の文字、植物を表わす文字には、和製漢字が多いです。

 日本で作られた文字なので、国字には訓読みだけ存在し、音読みがありません。しかし、例外的に「働」は「ドウ」という音読みがあります。
 国字も調べてみると、おもしろいですよ。

 日本が漢字を受容して、1500年くらいたちます。
 自前で「日本製漢字=国字」を作るくらい、漢字は日本言語文化に浸透し、漢字由来の語彙と表記は、日本語に定着してきました。

 日本語は中国語とまったく系統の異なる言語ですが、語彙の面では、中国語語彙をとりいれて、自国のことばを豊かにしてきました。

 「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、こ」「十(とお)、百(もも)、千(ち)、万(よろず)」という、古来の和語の数え方は、残したまま、「イチ、ニー、サン、シー、、、」という、漢字音での数字の読み方を定着させた、日本の言語文化を、私は大切にしていきたいと思っています。
 (「万」は、10000という数を表わすというより「数え切れないくらいたくさん」の意)

 2006/06/11ほか、何度か日本語になった漢字の発音について触れました。もう一度復習。
 漢字が日本へ入ってきた時代によって、さまざま地方の発音が伝わりました。

 奈良時代以前に日本に伝わった呉音は、中国の南方地方の発音。
 遣唐使遣隋使が漢音を伝えてから、呉音で読む漢字は減りましたが、仏教用語を中心に、呉音の読み方も残ってきました。

 奈良、平安初期に中国の中心長安から伝わった漢音。長安(西安)の発音です。日本の漢字音のほとんどは、漢音です。しかし、呉音と漢音を混ぜて読む漢字熟語もあり、漢音だけでは、日本の漢字熟語は読めない。

 鎌倉室町時代に、主として禅僧たちが「唐の国(からのくに)の発音」として伝えた漢字の発音、唐音といいます。宋の発音が中心なので唐宋音とも呼ばれます。
 すでに漢音が浸透したあとなので、唐音で読む漢語は数が少ないです。

 ひとつの漢字の中国語発音(音読み)が、時代と地域の差によって、異なる発音で日本へ入ってきました。
 二種類または三種類の発音を、そのまま残しているのが、日本の漢字音。
 それに訓読みが数種類加わります。

 「行」は、呉音では「ギョウ」。三行目 行者 修行
 漢音では「コウ」。旅行 行楽 一行
 唐音では「アン」。行燈 行脚 行宮(あんぐう)
 訓読みその1 いく「行く」 
 訓読みその2 おこなう「行う」

 中国では、原則ひとつの漢字に発音はひとつだけ。ただし、地方ごとに発音がことなります。

<つづく>
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2006年06月29日


ぽかぽか春庭「イッチ、ニー、サン、数え方の発音はどこから?」
2006/06/29 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(48)イッチ、ニー、サン、数え方の発音はどこから?」

 中国は広い。方言差が大きいです。
 中国語標準語は、北方方言(華北、東北地方など)である北京語が中心。そのほか、大きく7つの方言区域があり、それぞれが細かい方言に別れています。

 中国語をひとつのまとまりとして、上海や香港のことばを「方言」と呼ぶなら、それをヨーロッパにあてはめると、ロマンス語というまとまりの「フランス方言、イタリア方言、スペイン方言、ポルトガル方言」という言い方をすることになります。
 スペイン語とポルトガル語の差は、北京語と広東語の差よりずっと小さいです。

 方言分類。
 呉方言(上海語など)、ビン(ミン)方言(福建語)(ビンの文字は門構えの中に虫を書く)
 粤(えつ)方言(広東語)
 湘方言(長沙語など、湖南省四川省の一部など)。

 カン方言(南昌語など)は漢民族人口の2.4%で、七大方言では最も少ないが、それでも2000万人が使用している言語なので、印欧語のなかのひとつの言語と比べれば、使用人数がずっと多い。

  客家方言(客家語)は、中国南部の方言ですが、華僑としてアジア各地に新出した人々の母語ともなっているので、海外での使用人数は一番多い。中国国内4500万人、海外1000万人。
 客家語が使われる地域は、日本へ唐宋音が伝わった「宋」の地域なので、音読みの唐宋音は、客家語に近い。たとえば、「行」の日本語唐音は「アン」で、客家語は「ハン」。

 方言を話す地方の出身の人は自分たちの母語と北京標準語の違いをよく知っていますが、北京標準語や北方方言の話者は、方言との差をよく知らない人も多い。

 アジアからの留学生が多いクラスでのこと。
 先週(2006年6月)の授業で、上海出身の学生に、数の数え方を言ってもらったところ、「へぇ、ほんとに北京とちがうんだね」と、方言と標準語の差をはじめて耳にした中国人もいました。

 上海出身の学生も、中国人同士で話すときは北京標準語に切り替えますから、クラス内で知り合っても、中国人同士で方言を披露しあうことなどなかったようです。

 日本人でも、「東京の人と話すときは、方言が飛び出さないように、気をつけて話す」という人が、かっては多かったです。方言に引け目を感じさせる世相だったからでしょう。

 漢語普通話(ハンユェ・プートンファ北京標準語)と上海語(シャンハイユェ)を比べてみましょう。
 そもそも、上海(シャンハイ)という言い方は、北京の発音です。本場シャンハイの上海語では、上海を「サンヘ(声調は上昇)」と発音しています。

 日本語での数の数え方の発音。「一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 イチ ニ サン シ ゴ ロク シチ ハチ ク ジゥ」
 早い時代に日本へ入ってきた語で、すべて呉音で発音していました。
 漢数字を漢音で読むと「イツ、ジ、サン、シ、ゴ、リク、シツ、ハツ、キュウ、ジ
ュウ」です。

 上海語は、中国南方の「呉方言=呉語」のひとつ。呉語は、日本語の呉音のもとになった発音に近い部分があり、日本人にとって、北京語発音よりなじみやすいそうです。

 数の数え方、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10 を四声を無視してカタカナ書きしてみると、
漢語 (北京標準語)yi er san si wu liu qi ba qiu shi  イー、アル、サン、シー、ウー、リゥ、チー、バー、ジゥ、シィ
 上海語 yet lian / nie se si ng rot cet bat qiu sa/ser  イッ、ニー、セ、スゥ、ン(ng)、ロッ、チェッ、パッ、チゥ、サ

 カタカナ書きでみただけですが、上海語のほうが、日本語に入った中国由来の数え方、呉音の「イチ、ニー、サン、シー、ゴー、ロク~」に近いことが感じられます。

<つづく>
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2006年06月30日


ぽかぽか春庭「みかもよかもかこへいた」
2006/06/30 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(49)みかもよかもかこへいた

 中国語のさまざまな方言。漢字で文章をかけば、同じになりますが、発音はそれぞれの地方ごとに異なります。
 ほとんどの地方で、中等教育以上では北京標準語(漢語)が使われ、中国全土を旅行しても北京語で間に合う都市が多いので、標準語話者は、他の地方の言語にあまり関心を持たないようです。

 私も、方言による差を知るまで、北京標準語と日本語のつながりを中心に考えていたので、「日本語の歴史をみれば、促音の発音は、もともと日本語にない発音だった。漢語から促音の発音が入ってきたというのに、なぜ、促音ができない中国人が多いのだろう」と、思いました。

 (促音、ひらがなで書くときは、小さい「っ」。次の音を発音する構えのまま、一拍分待つ。日本語ではひとつのモーラをなしており、特殊拍として音節のひとつである)

 現代の中国語発音と、漢字が日本へ伝えられたころの古代中国語発音の違いが大きいこと。
 日本に伝わった古代中国語の発音が、南方を中心に広がっていること。
 この二つについて知ると、中国語母語話者といっても、方言差によって、苦手な発音が異なること、納得できました。
 
 日本語の促音は、もともとは大和言葉にない発音で、中国から漢語語彙が流入したのちに、日本語に入ってきた発音です。平安時代にはこの促音の表記法がなかったので、「日記にっき」も、ただ「にき」と平仮名で書きました。

 中国南方方言の人は、促音「っ」を母語としていつかっているので、日本語の促音「っ」の発音もOK。
 広東語など、南方方言には促音があります(広東語には促音が三種類あるそうです)

 しかし、促音「っ」の発音を使わない地方の人にとっては、促音が難しい。
 母語に促音を使っていなかった人、最初は「三日も四日も学校へ行った」が、「みかもよかもかこへいた」となりますが、練習して慣れてくれば大丈夫。

 私は、中国東北部に赴任し半年間滞在したので、東北地方の人に親近感があります。
 中国東北地方の人たち、日本語学習をはじめると、いろいろ苦手な発音があるようです。

 奥様の日本語習得に熱心なk*****さんからのコメントです。
 k*****さんの奥さん、中国東北部の出身なので、促音が苦手だそうです。

 『 其れはそうと、行って、帰って、とかの詰まる言葉が、いまだに確り発音が出来ていません。留学生も同様です。中国人にとっては難しいのですね。 (2006 5/12 12:1)  』

<つづく>

2006/07/02 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(50)うなずき練習

 k*****さんのコメントつづき。
 『 嫁さんはご承知の通り東北の出身です。他の東北出身者も良く知っていますが、日本語の発音が独特です。修正してやりますがナカナカ直りません。
 音読み、訓読みも最近は少し理解をして来ましたが、まだまだです。
 助詞が抜けます。完全な日本語を欲しい物です。
  彼女よりも私の方が苦労をしています。 (2006 6/17 6:30)   』

 日本語韓国語モンゴル語などの膠着語(こうちゃくご)で使う「助詞」を、孤立語である中国語では使いませんから、助詞が苦手な人は多い。
 助詞を使わない言語の人たちは、日本語学習上の弱点として「助詞が抜ける」傾向があります。

 日本語と文法が似ているモンゴルの人たち、助詞に関してはそれほどの苦労はなく日本語を覚えます。モンゴルのおすうもうさんたち、すばやく日本語が上達します。

 でも、漢字熟語の意味を覚える段になると、中国語母語話者は断然有利になります。キリル文字(ロシアアルファベット)を使っているモンゴルの人は、漢字が苦手。

 日本語学習者の母語によって、苦手な部分がそれぞれ違います。

 発音面からみると、中国北方地方を中心として、促音が母語になかった人にとっては、促音が苦手。
 「五月三日も四日も学校へ行った」が、濁音ができず促音ができないと「こかつみかもよかもかこへいた」になってしまいます。

 日本語教師は、それぞれの母語によって、得意な発音苦手な発音、覚えにくい文法があることを理解し、それぞれの母語話者の弱点にあわせて、指導していかなければなりません。

 ゆったり、気楽に、母語じゃないんだから、まちがえるのはあたりまえ。促音ができない人には、促音がじょうずに習得できるような工夫をするのが教師。
 促音練習を受ければ、苦手の「っ」も、できるようになります。「なかなか上手にならない」という場合、教師の指導方法が適切でないことが多いのです。

 促音練習。まず、手を打って、「よっか」は「タ、タ、タ」と三つ手をたたいて、拍をかぞえさせます。真ん中の「タ」のかわりに、音楽の休止符を書くこともあります。「♪休止符♪」

 促音ができず、「みっか」が「みか」になる学習者に、私は、「み」と言ったあとに、だまって一度うなずかせる。うなずいている間、声をだしません。うなずきが終わったら「か」を言います。

 この方法、厳密な「みっか」とは、音声的に異なる部分もあるのですが、「み」「うなづき」「か」のほうが、「みか」よりは、「三日」の発音に近いのですから、最初は、これでOK。

 「み (うなずき) か も、 よ (うなずき) か も、 が (うなずき) こう へ  い (うなずき) た」

 私が「うなずき」を促音の発音に取り入れているのは、VT法(ベルボ・トナル法)という、「身体の動きと連動させて発音を指導していく」という理論の応用のつもりなのですが、厳密なVT理論から見たら、「正しいVT法ではない」と言われるかも知れません。

でもまあ、とにかく、この「うなずき法」で、促音はじょうずになっていきます。

 k*****さん、奥様の「促音練習」に取り入れてみてください。ものは試し。だめでモトモト。

<つづく>
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2006年07月03日


ぽかぽか春庭「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」
2006/07/03 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(51)きしゃのきしゃがきしゃできしゃした

 日本語学習者がいっしょうけんめい発音も文字表記も学習しているのですから、それを教えようという日本語教師は、学習者以上にいっしょうけんめい日本語について学ぶべきです。
 私は日本語教授法のクラスでも、教授法のほか、「日本語の基礎」を固めることを、日本語教師志望者に要求しています。

 日本語の発音、語彙、文法、社会言語学、日本の歴史と文化、現代日本社会、異文化コミュニケーション。
 日本語教育能力試験の過去問なども利用しつつ、日本語教師に必要な基礎的ことがらを復習しています。。

 しかし、日本語教師志望者のなかに、「私は日本語を生まれてからずっと話し、読み書きもできるのだから、明日からでも日本語を教えられる」と、思っている学生もいます。
 その学生達も、日本語についての学習が深まっていくほど、「まだまだ日本語について知らないことが山ほどある」と、気づいていきます。

 漢字についての講義のあと、日本語教員養成コースの日本人学生に、漢和辞典や広辞苑を引く練習をさせます。
 近頃の大学生は皆、電子辞書でまにあわせてしまい、入学以来、分厚い紙の辞書は使ったことがない、という者も多いのです。

 まず、同音異義語を書き分けるためのクイズを出題します。
 第一問「鎧武者がきしゃするのを取材していたきしゃのきしゃがきしゃできしゃしたそうですね」
 第二問「エジプトへ向かって、こうかいのこうかいをこうかいしたときの日記をブログにのせた。誤字指摘のコメントが多くて、日記こうかいしたことをこうかいした」。

 書き分けられなかった学生に、辞書をひかせます。
 「きしゃ」の漢字を確認する場合、電子辞書を使うと当該の文字しかでてきません。
 学生によっては、ケータイの文字機能を「漢字字引」として活用していて、紙の辞書など大学に入ってからひいたことがない、と言います。

 紙の辞書を持っている学生はほとんどいないので、「きしゃ」が載っている広辞苑のページをコピーして配布します。親切教師、春庭。
 「きしゃ」の同音異義語、喜捨、記者、汽車、貴社、騎射などが出てきます。

 「きしゃ」の書き分け。「鎧武者が騎射するのを取材していた貴社の記者が汽車で帰社したそうですね」

 紙の辞書をひくと、調べようと思ったことばのついでに、いくつかの語が目に入ります。
 わからなかったことばや漢字を調べるついでに、同じページの中に、知らない語や興味をひかれる語が見つかるかどうか。
 「興味が持てる語なんてない」というのであれば、その人は日本語教師に向いていないのでしょう。

 「きしゃ」の字がわかって満足している学生へ、つぎの質問。
 「鬼子母神って、どんな仏神か、知ってますか」と聞いてみます。
 実は、「きしゃ」の同音異義語書き分けクイズはマエフリにすぎず、「鬼子母神」が本題です。

<つづく>
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2006年07月05日


ぽかぽか春庭「鬼子母神は仏様に出会って変身」
2006/07/05 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(52)鬼子母神は仏様に出会って変身

 出講している私立大学のひとつは仏教系大学なのだけれど、仏教学専攻以外の学生は、特に仏教に興味を持って入学したわけではない。
 フーテンのトラさんが産湯をつかった土地の「帝釈天」も、都電荒川線の駅名「鬼子母神前」にもなっている「鬼子母神」も、現代の学生は、「しりませ~ん」でおしまい。

 都電を利用していて、毎日「鬼子母神前」を通っている学生、通過するだけの停留所名など、気に留めてこなかった、というのです。「鬼子母神前」隣の「学習院下」を通るときには「こっちは落ちたんだよ」と、不合格になったことを思い出すというのですけれど。

 「辞書はトリビアの宝庫」ということをわかってもらうために、広辞苑の「きしゃ」が、載っているページをながめさせます。

 「きしゃ」を調べると、同じページにある「きしぼじん」の挿し絵が目にはいります。(第二版には挿し絵なし)
 広辞苑の説明。
 『 鬼子母神=王叉城の夜叉神の娘。千人の子を生んで育てていたが、他人の子を奪って食していた。仏は彼女の最愛の末子愛奴を隠し、これを戒めた。 』

 子供をさらって食っていた鬼子母神も、千人のうちたったひとりでもわが子を仏様にかくされると、悲しみに沈みました。はじめて、子を失う悲しみに気づいたのです。
 子を持つ親の心がわかるようになって、鬼子母神は仏法を守る神に変身しました。

 目指すことばを辞書で調べるついでに、今まで知らなかった「鬼子母神」に目が向くか、むかないか、知らないことを知る喜びをもてるかどうか。
 鬼子母神がどんな神であったのか知らなくても、日本語教師がつとまらないということはありません。しかし、どんな知識も、知っておいてソンはない。
 都電の駅名に目が向いて、質問してくる日本語学習者もいるかも知れません。

 日本語トリビアを身につけたかどうか、というより、ほんの少しの手間と好奇心によって、今まで知らなかったことや、新しいことばを毎日増やしていける、この精神をもっているかどうかが大切。
 ことばへ向けていつもアンテナをはっておいてほしい。

 資格を得て、日本語教師として働いたとして、ルーティンワークしかできない人は、仕事が楽しくならないと思います。
 知らなかったことば、興味を持った語、それもついでに調べれば、毎日の積み重ねで、日本語教師としての知恵袋がどんどんふくらんで大きくなります。
 異文化や言葉への興味があること、日本語教師の資質として、大切だと思います。
 教室は、異文化体験の宝庫です。

 日本語教師養成コースの学生に、教室と辞書は「トリビアの宝庫」だってこと、伝わったのなら、うれしいですが。

 さて、「こうかい」のクイズ、いくつ書けましたか。書けなかった人、辞書ひいてくださいね。

<つづく>
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2006年07月06日


ぽかぽか春庭「観音様は連声で変身」
2006/07/06 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(53)観音様は連声で変身

 「エジプトへ向かって紅海の公海を航海したときの日記をブログにのせた。誤字の指摘が多く、日記公開したことを後悔した」

 そのほかにも、黄海、更改、狡獪、降灰、公会、後会、など。
 「こうかい」の同音異義語を調べたついでに、「あ、あらすじのことを梗概というのか」とか、「劫火というは、全世界を焼き尽くす火のこと」と、周辺の記述が目に入れば、万々歳。

 「おなじゴウカでも、劫火とちがって、業火は地獄の炎を意味するんだなあ」、という具合に、他のことばに目がいくようになり、地獄で身を焼かれるもいやだから、生きているうちに善行を積み重ねておこう、という気にもなります。

 人の子を食った罪で業火に焼かれるはずだった鬼子母神。変身ののちは仏法を守る神として、祀られるようになりました。お釈迦様の教えによって人の心の真理を知り、「悪鬼」から「仏法守護神」へと変身できました。

 観音様も変化しました。といっても、鬼子母神の変身とは、まったく別の話。
 発音面で変身したのが「観音」です。
 次は観音の変身(発音変化)について。

 「観音」は、「カン+オン」ですが、連声(れんじょう)によって、変化します。
 発音変化ののちは、「かんおん」ではなく、「かんのん」と発音されています。

 四国の観音寺市は「かんおんじし」です。でも観音寺市にある弘法大師創建と伝えられるお寺の名前は「観音寺かんのんじ」
 全国の観音寺には「かんのんじ」「かんおんじ」両方の読み方があります。

 古い時代に日本へ伝わった仏教用語には、連声の発音が多いです。

 日本語複合語の発音の変化、連濁の法則を2006/06/11に紹介しました。
 音の変化、連濁のほか、連声(れんじょう)について、説明します。
 連声とは、前の音節の末尾の音が、後の音節の頭母音(または半母音+母音)に影響して、後の語の語頭の音節が変化することです。

 連声の法則をまとめてみます。

 前の音節が「ン」「チ」「ツ」である時、後の音節が母音ア行と半母音ヤ行・ワ行であるなら、後の音節はナ行・マ行・タ行の音に変化する。

ン+ア行  後半の語頭に[n]が加わる(ア行がナ行にかわる)
観音 かん+おん→かんのん kan・on→kan・non
銀杏 ぎん+あん→ぎんなん gin・an→ gin・nan
反応 はん+おう→はんのう han・ou → han・nou
歎異 たん+い→ たんに  tan・i → tan・ni (歎異抄=親鸞言行録)
云々 うん+うん→うんぬん un・un →un・nun

ン+ワ行 後半、[w]が脱落して[n]が加わる(旧仮名遣いワ行がナ行にかわる)
天皇  てん+わう→てんのう ten・wau→ten・au→ten・nou
元和  げん+わ→げんな   gen・wa →gen・a →gen・na (元号のひとつ)
仁和  にん+わ→にんな nin・wa →nin・na→ nin・na (寺名・仁和寺)
安穏  あん+をん→あんのん an・won→ an・on→ an・non
因縁  いん+ゑん→いんねん in・wen→ in・en→ in・nen
輪廻  りん+ゑ →りんね  rin・we →ri・ne→ rin・ne

 和語では「みこ」である皇子の音読みは「おうじ」なのに、和語「すめらみこと」である天皇の音読みは「てんおう」ではなく「てんのう」である理由わかってもらえましたか。

 それから、ヤクザにつけるのは「いんえん」じゃ、いけません。正しく「いんねん」をつけてください。ただし、ヤクザにいんねんをつけると、あんまり長生きできないそうです。気をつけてね。

<つづく>
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2006年07月07日


ぽかぽか春庭「サンポン?サンボン」
2006/07/07 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(54)サンポン?サンボン

 連声の法則、続き。

ツ+ア行 前半語尾の母音が脱落し、促音化する
雪隠 せつ+いん→せっちん setu・in → sett・in (せっちん=便所)

m(ム)+ア行  後半の語頭がマ行になる。
三位 サン(サム)+ヰ(イ)→さんみ  sam・wi →sam・mi

 この連声の発音変化は、呉音による発音の仏教語など、古い熟語に起こった現象で、新しく伝わった語では、起きていません。
 それで、「観音」も、古い時代の読み方「かんのん」と新しい読み方「かんおん」の両方が残っているのです。

 「安逸」が古い時代にできた語であったのなら、「あんにつ」と発音したはずですが、「あんいつ」です。「均一」は「きんにつ」とならず、「きんいつ」です。

 「田園」も、古語なら連声の発音変化によって「でんねん」となるところ。「でんえん」と読むということは、「田園」も新しい熟語だから。
 発音によって、どの漢字熟語が、古い時代の熟語であるのかもわかってくるのです。

 和語漢語ではなく、英語由来の外来語だと、連声が生き残っているのはおもしろいですね。ピン+アップが、ピンアップではなく、ピンナップになります。

 pin+up→ピンナップ(英語はピナップに近い)
 line+up→ラインナップ(英語はライナップに近い)
 runner→ランナー(英語の発音は、ラナーに近い)

 外来の音は耳慣れないですから、「発音しやすいように」変化することも多い。ソーイングマシーンは、短く「ミシン」にしました。「レィディオゥレスィーバー」は、短く「ラジオ」。ピン+アップも発音しやすくピンナップになったんですね。

 日本語は、海外からさまざまな言葉を取り入れてきました。
 「ひ、ふ、み、よ」の古来の数え方に対して「イチ、ニー、サン」という中国語由来の数え方を導入した日本。
 助数詞をつけると、発音しやすいように音がかわります。

 さて、イッポン、ニホン、サンボンと、助数詞の音が変化するのは、なぜか、という疑問を2006/06/10の春庭日記に書きました。
 それに対する回答、促音化、連濁、連声と解説してきて、やっと、三本の説明に入ります。寄り道が多いために、回答を書くまでに一ヶ月近くかかりました。

 イッポンは、一(イチ)+本(ホン)が、「前半のイチが促音化してイッになり、後半のホンが半濁音化してポンになる」という法則によって起る変化でした。ロク+ホン、ハチ+ホンもポンになります。この促音化の説明は2006/06/11に書きました。

 「ン」+ハ行の音は、パ行に変化する、という原則(2006/06/12に記載)によれば、サン+ホンは、サンポンになるはずなのに、サンボンです。なぜでしょうか。
 三の発音、中国から日本へ移入されたときの発音は呉音「samサム」でした。これは、中国南方地方の発音です。.
 三(サム)+本(ホン)は、連濁によってサムボンになったのです。

 sam+hon→[sam・bon]

<つづく>
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2006年07月08日


ぽかぽか春庭「三分三十秒と三分の一」
2006/07/08 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(55)三分三十秒と三分の一

 三(さむ)+位(ゐ)→三位(さむゐ→さむみ→さんみ)は、連声の法則によって、sam・i →sam・miとなりました。(2006/07/07の解説を参照してください)

 平安時代以前、漢字音の二音節目、「ン」には、[n]と[m]の区別がありました。三はsamサム、陰は、イムim・オムomでした。

 「三郎」を「さぶろう」と読むのは、「三」が「さむ」だったから。
 [m]と、[b]の音は、同じ口唇閉鎖音なので、しばしば交替します。たとえば、さむい→さぶい。つめたい→つべたい。さむろう→さぶろう。

 「陰陽師」(おんみょうじ)。「隠om」語尾が「m」ですから、「おむ」+「やう」→「おむみゃう」→「おんみょう」になりました。

 「剣幕」(けんまく)は古くは「嶮悪」と書きました。連声により「けむ」+「あく」→「けむまく」→「けんまく」と変化し、発音に合わせて、漢字まで剣幕に変わったのです。
 例文:課長はものすごい剣幕で怒り散らしていた。

 三+本→サンボン 三+杯→サンバイ 三+匹→さんびき 三分の一 → サンブンノイチ
 「三」+「分」、古くからあるほうの「三分する」、「三分の一」は、サンブン。
 ただし、時計の一分、二分、三分は、サンブンではなくて、サンプンです。
 時間の分や秒の言い方は、古い時代にはありませんでした。時間を分や秒で表わすようになったのは、新しい時代になってから。
 「三」の発音が呉音samから漢音sanに変って以後です。

 中国南方(古代の呉国を中心とする地方)での発音、すなわち呉音での「三」の発音は、「sam」です。
 しかし、遣唐使が渡っていった長安を中心とする唐の「漢音」の発音は、「san」です。
 漢音になってからの語彙では、サンブンにならず、「ン」のあとのハ行が「パ行」に変る法則によって、サンプン。

 「三宝をふかく敬え」と、仏教の教えでいうときの三宝は、呉音の時代に伝わった仏教用語ですから、「さむぼう→さんぼう」という発音が本来です。
 でも、漢音が主流になってからは、漢音の法則で「さんぽう」という発音も普及しました。私のワープロソフトではサンボウと打ち込むと三宝がでますが、サンポウと打ち込んでも三宝がでてきます。

 はい、これで三分の一は「サンブン」で、時間をいうときの「三分二十秒」のときは「サンプン」である理由、わかりました。

 韓国・朝鮮語の漢字音では今でも「三」は「サム」で、「金」は「キム」、「南」は「ナム」です。
  現代日本語でも、南方、南蛮、などの発音で、nampoo nambanと、「南」をnam(ナム)と発音しているのですが、[n][m][ng]は、異音なので、表記は「ン」のみです。
 (「ん」の異音については2006/05/10を参照してください)

<つづく>


日本語音声学基礎29-42

2011-10-31 06:02:00 | 日本語学
2006/06/07 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(29)ツァーヌキ、クゥラサ~イ

 「オーストラリア英語」がtodayをトゥダイと発音し、「インド英語」が強い巻舌R音でまくしたてるのも許容されているように、なまりのある日本語も、意味を誤解されない限り「○○風日本語」で、さしつかえないと思っています。

 韓国なまりも中国ナマリもタイなまりも、バングラディシュなまりも、大いにしゃべって日本語でコミュニケートしていきたいものです。
 苦手な発音は、お互いさま。

 私にとっては、中国語の四声、タイ語の五声の声調、韓国語の濃音、アラビア語の咽頭閉鎖音、フランス語の、ノドヒコをふるわせるRの発音、英語の歯で舌を挟むthの発音、みんな苦手です。

 日本語の5母音については、発音が簡単という日本語学習者でも、子音となると、それぞれに苦手な発音があります。

 どこの国から来たのか、外国人が「ツァーヌキ、ウゥドゥン、くぅラさあい」と、発音したとき、そこが蕎麦屋であるなら、あ、この外国人は「たぬきうどん、ください」と言いたいのだなって、理解はできます。
 日常会話コミュニケーションでは、コミュニケートできる限り、なまりも誤用もOKです。

 けれど、仕事で日本語を使えるようにしたいという日本語学習者に対し、日本語教師は、これをできるかぎり日本語らしい「タヌキうどんください」と、言えるように指導していかなければなりません。

 「日本で通訳として仕事をしたい」とか、「旅行ガイドになりたい」と、希望している学習者が、いつまでも「ツァーヌキ、クゥラサイ」では、困るのです。
 
 発音指導するためには、日本語の音がどのように発音されているのか、ひとつひとつ意識化しなければなりません。

 「ツ」という音を言語音として用いる言語は、それほど多くないので、日本語学習者、この発音を苦手とする人が多いです。「積み木ツミキ」が「チュミキ」になったり、「五日が「イチュカ」、「ツイタチ」が「チュイタチ」になることも。
 日常会話では、意味を取り違えることが少ないので、これでもかまわないのです。

 が、ビジネス交渉の場で、「では、チュギのミーティングは来月チュイタチに」と発言したら、それを「こどもっぽい発音」と受け取る人もいます。そのような環境で、日本語を運用しなければならないような場合は、「ツ」の発音を練習させなければなりません。

 練習すれば、できるようになります。
 「ta」は、舌先を上歯と歯茎にあてて、舌をはじく音。閉鎖&破裂で息をだします。
「tsu」は、舌先をそのちょっと中側、歯茎にあてて、少しすきまをつくり、はじく&こすって息を出す。破裂&摩擦で息を出します。(破擦音)

 こんなふうにことばで解説されても、何がなんだかよくわからないですよね。
 練習では、口の中の図で、舌を当てる部分を示し、声をださずに「ツー」「ツー」とやってみせる。学習者にも音を出させて、「ツ」の音が出たら「そう、今の音!」と、拍手。

<つづく>
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2006年06月08日


ぽかぽか春庭「一本でもにんじん、二足でもサンダル」
2006/06/08 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(30)一本でもにんじん、二足でもサンダル」

 日本語の音節(音の単位)の復習。
 日本語は、「子音+母音」がワンセット。そのほか撥音「ん」促音「っ」長音「ー」が、ひとつの音節を構成する。

 音節は、積み重ねることができ、ひとつひとつの音節は、同じ長さで発音されます。
 また、音節一つ一つに高い音低い音のメロディ(高低アクセント)がついていて、アクセントを変えると、ことばの意味が変ってしまう。
 「雨 ア(高)メ(低)」と「飴 ア(低)メ(高)」は、意味がちがうことばになります。

 日本語は、単語でアクセントを決めるのではなく、文節のきれめごとにアクセントが決まっている。
 文節っていうのはネ、文のネ、意味のネ、切れ目でネ、「ネ」とかサ、「サ」っていうネ、合いの手をサ、入れてネ、言えるネ、切れ目のネ、ことでしたネッ。

 以上復習した程度の「日本語の発音の特徴」、日本語教師をめざす学生達、こんなに口の中で舌を上げ下げしてみたり、唇をすぼめたり開いたり、自分の発声する音がどのようにして作られてきたのか、はじめて意識します。

 授業中は、「アー」と言ってみたり、「シーッ」といってみたり、「フー」とお茶をさますようすをやってみたり、にぎやかに声をだしてみます。

 中国から嫁いできたお嫁さんの日本語学習に心をくだいているk*****さん、いつもコメントありがとうございます。

 『こんにちわ!先生の授業中は静かですか?嫁さんの授業は相当にヤカマシイらしいです。帰って来て何時もボヤイています。
  (2006 5/12 12:1)  』

 春庭の授業、講師の説明中に私語があったら、イエローカードを発行。
 「二度目にやったらレッドカード、教室から退場!」と、最初の授業で申し渡しておきます。おかげで、これまで退場させた学生はいませんけど。

 でも、講師説明の時間のほかは、「講師への質問タイム」「グループのチャットタイム」あり「ペア会話」あり、お互いに発音しあって、音を確認する時間あり、授業全体では、シ~ンとしている時間はほとんどなく、にぎやかです。

 だから、「授業中は静かですか?」という質問に、どう答えたらよいかわからないのですが、、、
 「講師の説明中は静かだけれど、全体的には、ワイワイと楽しい教室です」ということになるでしょうか。

 昨日2006年6月7日の「日本語教員養成クラス」の授業では、助数詞を復習するために、「数取り団」というゲームをクラス全員でやってみました。

 まずは、助数詞の歌から。
♪一本でもにんじん、二足でもサンダル、三艘でもヨット、四粒でもゴマ、五台でもロケット、六羽でも七面鳥、七匹でも蜂、八頭でも鯨♪、♪、、

<つづく>
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2006年06月09日


ぽかぽか春庭「数取り団ゲーム」
2006/06/09 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(31)数取り団ゲーム

 PTAが「こどもに見せたくない番組」の上位にランクしている「めちゃいけ」というナインティナイン司会の番組でやっているゲーム。
 日本語の名詞を「お題」として出題し、その数え方を次の人が答える。答えた人は同じ「お題」を続けてもいいし、別の新しい名詞を出題してもよい。ひっかかる人がでるまでは、数をどんどんふやしていく。

 こんなふうにゲームをする。
 「ブンブン、ブブブン、箪笥」と最初の人がいう。次の人は「ひと棹、タンス」と続ける。3人目は「ふた棹、ダンス」と、お題を変えてみる。「4曲、ダンス」「5曲、団子」また、お題が変った。団子は、ひと串という数え方もあるし、一本でもよい。

 「6本、団子」「7本、団子」「8本、団子」「9本、ダンボール」「10枚、ダンボール」「11枚、ボール」「12個、ボール」「13個、ボート」「14艘、ボート」「15艘、コート」「16着、コート」「17着、コーヒー」「18杯、コーヒー」「19杯、広辞苑」「20冊、交通事故」「21件、おまわりさん」「22人、犬のおまわりさん」「23匹、犬かき」「えっ、いぬかき?なになに、どう数えるの?」「ひと泳ぎ、とかでいいんじゃない?」

 と、どんどん数を続けながら、助数詞をつけて言っていく。
 ここぞというときに、前と異なるお題を出題すると、次の人はたいてい間違える。まちがえたら、アウト一回。

 学生がひっかかって言えなかった助数詞もある。
 「お寺」の数え方。私は「~寺」「~院」を思いついたが、出題者が意図した数え方は「~山」
 そうだ!、お寺には、「○○山なんとか寺」という寺号がついているので、「~山」という数え方があったのだ。忘れていた。クラスみんなで「へぇ、へぇ、へぇ」

 私が出題した「日本刀」
 私が意図した正解は「~振り」だったが、学生が答えた「~本」も正解。

 お酒を飲むときの「おちょこ」「さかづき」の数え方。瀬戸物屋の店先にあるときは「一個、二個」でよいが、中にお酒が入っていたら、「一献、二献」または、お酒を主体にして「一杯、二杯」

 蝶々の数え方、一匹二匹もあるけれど、「一頭二頭」という数え方もあるのは、なぜか、というような、トリビア発表もあって、みなで、へぇ、へぇ、と言いながら、ゲームを終了した。

 3回以上、ひっかかって失敗した学生への罰ゲーム。テレビ番組では「すもうとり」に投げ飛ばされるのですが。

 相撲をとるかわりに、日本の伝統格闘技相撲の基本、「蹲踞そんきょ」の姿勢をとらせてみました。
 近頃のワカゾーは、この「そんきょ」ができず、ベターと電車のなかに座り込んだり、いわゆる「うんこずわり」しかできない者もいるので。うんこ座りは、背中が丸くなり、重心が偏るので、内臓にも骨にも悪い影響があります。

 蹲踞は、まず、両膝をたたんで左右に開く。両足のかかとをくっつけて上げ、足指を地面につけてすわる。まっすぐに伸びる背骨を維持し、股関節を柔らかくする姿勢。重心がまっすぐ頭からかかとまで通っている。内臓にもいい座り方。

 日本語教師は肉体労働。教室のすみずみまで届く声と、柔軟な肉体は基本資産です。
 私もゲームで、3回以上つっかえました。助数詞のまちがいではなく、数字をまちがえてしまうのです。
 なんで前の人の数字に続けて次の数字をいうのができないんでしょうか。前の人と同じ数字を言ってしまうのです。

 私の罰ゲーム。私にとっては、罰とはいえない「得意芸」の披露。
 床に腰を下ろし、足を前後に180度にひらく。前後開脚、まっすぐ一直線に開くのはワカゾーにはできないので、わたしの「持ち芸」にしている。一発芸を披露して、学生に「わあ、すご~い」と言わせて本日の授業終了。

 英語も中国語もさっぱりできない私、せめて、前後開脚が「すご~い」くらい披露しておかないと。

<つづく>
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2006年06月10日


ぽかぽか春庭「イッポン、ニホン、サンボン」
2006/06/10 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(32)イッポン、ニホン、サンボン、ヨンホン

 助数詞の言い方、日本語教員養成クラスの日本人学生は、さすがによく知っていました。

 数取り団ゲームのあとは、助数詞トリビア発表。
 学生達それぞれ仕入れてきたトリビアネタを披露し、へぇ、へぇと言いながら、助数詞の確認をしていきました。

 四つ足動物は食べてはいけない仏教の教えに反しないように、うさぎを鳥の仲間とみなして、鳥と同じ一羽二羽と数えたが、現代では一匹二匹でかまわない。
 奈良時代の文献には、兎(うさぎ)を、一耳二耳と数えていた記録がある。へぇ、私も一耳二耳は知らなかった。へぇ、へぇ。

 イカを一杯二杯と数えるのは、イカの胴体の部分を入れ物に見立てたのだそう。

 一戸建ての家。建物としては、一軒二軒と数えるけれど、人が居住する生活空間としては一戸二戸。アパートや病院など、長い棟(むね)を持つ建物は、一棟二棟。
 
 日本語を母語としていない日本語学習者に教えるのは、初級の場合、実生活で必要な「~個」「~枚」「~本」「~台」くらい。最初から助数詞をたくさん覚えたがる学習者もいますが、初級後半、中級になってから、個別の助数詞を扱います。

 タイ語ベトナム語中国語韓国語などには、助数詞がたくさんあるので、助数詞に抵抗はありませんが、助数詞を使わない母語の学習者は、数を言うのに、別々のことばをつけたすことに驚きます。おもしろがる学習者もいるし、面倒だとネをあげる人もいます。

 覚えるのは負担が大きいという学生には、とりあえず10までは「~つ」の言い方、ひとつ、ふたつ、みっつ~と「11個、12個~」が言えれば、OKと言っておきます。買物などで数をいうとき、「~個」をいえれば生活はできますから。
 「自転車一台ください」といえなくても、「自転車ひとつください」で、なんとかなるでしょう。

 日本人学生だって、なんでも「~個」ですませようとする時代です。年齢の上下を表現するのに、「あいつ、オレより2個うえ」と、言っていますもの。

 初級学習者が、つまずく部分、助数詞の場合、鉛筆を数えるのに、1は「ポン」、2は「ホン」、3は「ボン」と、発音が異なるので、最初はとまどいます。
 一杯、二杯、三杯など、助数詞の最初の音が「ハ行」だと、日本語の発音変化の法則に基づいて、音が変化するのです。

 ふたつの語が合わさると、日本語の発音の一部が変化します。普通は、ただ、何度もいわせておぼえさせるのですが、理屈が好きな留学生のなかには、この発音変化の法則を知りたがる人も出てきます。

 でたらめに変っているのではなく、きちんと法則にのっとって変化している」ということに気づく留学生もいるのです。

 日本語教員志望者は、そんなときに備えて、日本語の「リエゾンの法則」を覚えておく必要があります。

 複合語や熟語の音変化の法則は、連濁、連声、促音化などがあります。
 法則一覧を紹介します。ちょっとややこしいけれど、おぼえてしまえば、なぜ、こういう発音になるのか、納得できます。

<つづく>
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2006年06月11日


ぽかぽか春庭「音の変化、連濁と促音化」
2006/06/11 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(33)音の変化、連濁と促音化

1 連濁の法則
 
 和語の場合二つの語が合わさると、後半の語の語頭(カ行サ行タ行ハ行)が濁音にかわる。

日(ひ)+傘(かさ)→日傘(ひがさ) 
三日(みか)+月(つき)→三日月(みかづき)
山(やま)+猿(さる)→山猿(やまざる)
黒(くろ)+獅子(しし)→黒獅子(くろじし)
古(ふる)+時計(とけい)→古時計(ふるどけい)
旛(はた)+日(ひ)→旗日(はたび) 

 二字があわさった漢字熟語の、二つ目の漢字語頭が濁音になる場合がある

火(カ)+山(サン)→火山(カザン)
中(チュウ)+国(コク)→中国(チュウゴク)

例外その1)
 複合語の後半部分にもともと濁音が含まれている語のばあい、連濁をおこさない。(本居宣長がみつけた法則=西洋の言語学ではライマンの法則)

長(なが)+旅(たび)→長旅(ながたび) 「ながだび」にならない。
春(はる)+風(かぜ)→春風(はるかぜ) 「はるがぜ」にならない。
黒(くろ)+蜥蜴(とかげ)→黒蜥蜴(くろとかげ)

例外その2)
 修飾被修飾の結びつきではなく、対等な関係で結びついている場合は連濁しない。

年(とし)+月(つき)→年月(としつき)年と月
月(つき)+日(ひ)→月日(つきひ)月と日
山(やま)+川(かわ)→山川(やまかわ)山と川
 cf::山(やま)+川(かわ)→山川(やまがわ)山の中を流れる川

例外その3
 もともとの漢字音に、呉音と漢音で有声音・無声音の二種類があったとき、連濁の法則にあてはまらない熟語もある。

分(ブン・フン)貧(ビン・ヒン)伴(バン・ハン)土(ド・ト)台(ダイ・タイ)読(ドク・トク)など。 前が呉音、後ろが漢音。

救貧(キューヒン)は、漢音の「ヒン」を用いるので、キュービンとならない。「同伴」も「ドーバン」にならず、「ドーハン」

2 漢字ふたつがあわさって熟語になるばあいの促音化

(1) 後半の語頭の発音が「サ行、タ行、ハ行」のとき、前半の二音節目の「ツ、チ」が、促音(つまる音)にかわる。

(チ)一頭(イチ+トウ→イットウ)八冊(ハチ+サツ→ハッサツ)

(ツ)失心(シツ+シン→シッシン)窃盗(セツ+トウ→セットウ)決心(ケツ+シン→ケッシン)

(2) 後半の語頭の発音が「カ行」のとき、前半の二音節目の「キ、ク、ツ、チ」が促音(つまる音)にかわる。

(キ)石灰(セキ+カイ→セッカイ)敵機(テキ+キ→テッキ)

(ク)六回(ロク+カイ→ロッカイ) 閣下(カク+カ→カッカ)卓見(タク+ケン→タッケン)学校(ガク+コウ→ガッコウ)楽器(ガク+キ→ガッキ) 楽観(ラク+カン→ラッカン)

(チ)日記(ニチ+キ→ニッキ)八階(ハチ+カイ→ハッカイ)

(ツ)鉄筋(テツ+キン→テッキン)発見(ハツ+ケン→ハッケン)失血(シツ+ケツ→シッケツ)

<つづく>
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2006年06月12日


ぽかぽか春庭「音の変化、パパとハハ、コヒとコイ」
2006/06/12 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(34)音の変化、パパとハハ、コヒとコイ

 「春」を、奈良時代以前の日本語の発音でいうと、「パル」になる、というのは、再三トピックにしてきた、日本語発音上の変化。
 日本の「母」は、昔々「パパ」だった、という「ひとつ話」、発音は、時代によって変っていくという例のひとつです。

 ハ行は、奈良時代以前の古い発音は「パピプペポ」でした。
 平安以後もハ行の音は、日本語発音の歴史上、変転を重ねてきました。

 室町時代後半まで、語頭の「ハヒフヘホ」は「fa・fi・fu・fe・fo ファ・フィ・フ・フェ・フォ」という発音でした。江戸時代以後は「ha・hi・fu・he・ho ハヒフヘホ」になっています。
 ピヨコ→フィヨコ→ヒヨコ  
 パナ→ファナ→ハナ

 平安時代から「ハ行転呼音」という発音変化が始まりました。
 語中、語尾の「ハ行」の音が、「ワ行」に変化していき、鎌倉時代には、変化が定着しました。現代日本語では、ワ行のヰヱ(ゐゑ)はア行イエと同じ発音になっているので、「イ・エ」と表記します。「ゐ→い」「ゑ→え」

川(かは→かわ)恋(こひ→こゐ→こい)上(うへ→うゑ→うえ)顔(かほ→かを→かお)

母(はは→はわ→はは)
 一度「はわ」になった母が元の「はは」に戻ったのは、「ちち」「ぢぢ」「ばば」と揃えたいという、「語彙体系意識」によるものだといいます。

 「ハ」の音が、歴史上さまざまな変化をとげたようすを「原」の発音で見てみよう。
 東京奥多摩の「日原鍾乳洞」。「日原にっぱら」です。
 平安時代の摂政関白「藤原氏」「藤原フジワラ」です。ハ行転呼音の「ハ→ワ」
 「葦原」は、「葦のある原」なら連濁の法則で「アシバラ」になります。「葦と原」ならばアシハラ。ハ行転呼音によって「アシワラ」。
 「松原」は、「松のある原」のときは「マツバラ」。「松と原」ならば、「マツハラ」。

3 ハ行の連濁

 2語があわさったとき、後半の語頭がハ行音は連濁をし、「バ行」になる。
 2語があわさって、前半語尾音が促音に変化したあとでは、後半の語頭が、半濁音パ行の音に変化。

(1) 前半の語の語尾が「ク、チ、ツ、ン」以外のときは、通常の連濁(有声音化)をする。

植木鉢(うえき+ハチ→うえきバチ)
草花(くさ+はな→くさばな)

 漢字熟語前半の漢字音の二音節目の音が「ク、チ、ツ、ン」のときは、後半の漢字の語頭「ハ行」が「パ行」に変る。促音化の法則により前半の「ク、チ、ツ」は促音になる。

(ク)六法(ロク+ホウ→ロッポウ)
(チ)一般(イチ+ハン→イッパン)一本(イチ+ホン→イッポン)日本(ニチ+ホン→ニッポン)
(ツ)失敗(シツ+ハイ→シッパイ)欠品(ケツ+ヒン→ケッピン)絶壁(ゼツ+ヘキ→ゼッペキ)達筆(タツ+ヒツ→タッピツ)圧迫(アツ+ハク→アッパク)血判(ケツ+ハン→ケッパン)
(ン)寒波(カン+ハ→カンパ)鉛筆(エン+ヒツ→エンピツ)散布(サン+フ→サンプ)短編(タン+ヘン→タンペン)憲法(ケン+ホウ→ケンポウ)  

 ハ行の和語、混種語の連濁。
例)
旗日(はた+ひ→はたび)
小鼻(こ+はな→こばな)
虫歯(むし+は→むしば)

 強調した言い方で、促音が加わると、ハ行音がパ行音になるときもあります。
例)
馬鹿+花→(バカ+ハナ→バカッパナ(花札の遊び方のひとつ)
真っ平(ま+ひら→マッピラ)

<つづく>
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2006年06月14日


ぽかぽか春庭「音読みの原則」
2006/06/14 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(35)音読みの原則

 漢字の発音を留学生に指導するとき、注意すべきこと。
 漢字が単独でひとつあるときは、原則として訓読みで読む。漢字が二つ以上の熟語のときは、音読みで読む。
 (漢字2字で訓読みする語や、重箱読み湯桶読みの語を導入することもあるが、初級では「スペシャルリーリング」と説明するにとどめている)

 音読み訓読みのルールは指導するが、留学生には、どれが音読みでどれが訓読みなのか、区別がつかないことが多い。
 新しい漢字を導入するときに、最初の指導で「音読み」「訓読み」を分けて教えますが、すぐに混同してしまうのです。

 たとえば、音という漢字、「オト」「オン」「イン」の読みのなかで、どれが、音読みでどれが訓読みなのか、わからなくなります。

 日本で小学校から漢字教育を受けてきた人は、音読みの原則など教わりませんでした。でも、なんとなく、春という漢字をみたら、「はる」が和語の訓読み、「シュン」が漢字熟語のときの発音、音読みという知識を持っています。
 「春はあけぼの」という一文をみたら、漢字一字だけなので「はるはあけぼの」と、読みます。
 でも、音読みと訓読みの区別がわからない留学生は「しゅんはあけぼの」と読むかもしれません。

 「音読みと訓読みの区別くらいわけないだろう」とお思いでしょうか。
 では、なじみない漢字を目のまえにしたとき、どの発音が音読みでどの発音が訓読みか、区別できるか、やってみましょう?

 10題、出題します。常用漢字外の漢字なので、あまり見たことはないけれど、なんとなく読めるのもあるでしょう。でも、ふたつ読み方があったとき、どっちが音読み、どっちが訓読み、はっきり区別できるでしょうか。たぶん、Aのほうが区別しやすい。

A)「籬 まがき/り」「鰭 ひれ/き」「髀 もも/へい/ひ」「輿 こし/よ」「蜷 にな/けん」
B)「簀 す/さん」「駁 ぶち/ばく」「賽 さい/とう」「盂 はち/う」「笈 おい/きゅう」

正解)AもBも、はじめのほうがが、訓読み、後のほうが音読み。

 音読み漢字の区別の仕方、法則があります。
 あくまでも原則にすぎず、例外がたくさんあります。上記の問題、Aは原則通り、Bは原則からはずれているので、区別しがたいもの。
 AとBの音読みをじっくりながめて、法則を見つけだしてください。

 音読みの漢字、一音節(ひらがなひとつの読み)は、原則として「音読み」です。
 一音節で訓読みの漢字は数が少ない。「井卯鵜絵尾蚊木久毛子~」など

 漢字音読みは、ひらがなでふたつ、二音節で読むことがほとんどです。二音節目の読みが「ウクンツキイチ」のとき、音読みです。
 覚えかたは次のように。一ヶ月に一回の満月の中でうさぎが餅をついている絵柄を想像して。
 「兎君月一(うさぎのウー君が月に一回)」

 「オト」後半二音節目のカナが「ト」ですから、ウクンツキイチに当てはまりません。だから、訓読み。ふたつめのカナが「ン」である「オン」と「イン」が音読みです。オンは呉音、インは漢音です。

<つづく>
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2006年06月15日


ぽかぽか春庭「訓読み、ふりがな、ハングル」
2006/06/15 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(36)訓読みふりがなハングル」

 A)に出題した漢字。蜷川幸雄の「にな」の二音節目は「な」ですから訓読み、「けん」は二音節目「ん」ですから音読み。A)は、原則通り区別できます。
 B)は、訓読みのほうも一音節だったり、二音節目が「うくんつきいち」になっているので、区別がつかなくて困るのです。

 そもそも盂蘭盆会(うらぼんえ)の「盂」に「はち」という訓読みがあることなど、私は知りませんでした。
 と言う具合に、「見知らぬ漢字の音読み訓読みは、区別しがたい」ことがわかってもらえましたか。

 非漢字圏地域出身の留学生にとっては、この「区別しがたい」が、すべての漢字について起るわけです。すべて初めて見る漢字ですから。
 漢字文化圏出身の学生もそう簡単には、日本語の漢字教育すらすらといきません。

 韓国、現在は「ハングル表記」が定着していますから、中学高校で漢字を勉強してきた学生とそうでない学生の差が大きい。自分の名前のほか、漢字がわからない、という学生もいます。

 ただし、音読みと訓読みの区別はつけられます。韓国人留学生にとって、韓国語の発音に近いほうが音読み、と考えればよい。
 「本」は、韓国語読みは「ポン/ボン」です。だから、「モト」と読むほうが訓読み、「ホン」が音読み。「金」は韓国語発音「キム」だから、「キン」が音読み、「かね」は訓読み。

 朝鮮韓国語、ハングルでかいてあると、ひとつひとつのことばの意味を暗記していかなければなりませんが、漢字表記をしてあれば、意味が推察できます。
 たとえば、「カムサハムニダ」のハムニダは日本語の「ございます」にあたることばですが、「カムサ」は漢字で書けば「感謝」ですから、まったく韓国語をしらない人でも、「感謝ハムニダ」と表記してあれば、ハムニダの部分がハングル表記であっても、「ありがとう」の意味だということがわかります。

 ふりがな印刷が簡単にできるようになったので、韓国語の新聞など漢字表記にハングルでフリガナするスタイルだったら、いいのに、と思います。「あったらいいな」アイディアのひとつ。

 韓国の人にとって、ハングルは「国の誇り」の表記なので、ハングル表記を大切にすることは、尊重しつつ、これから漢字教育が増えればいいなあと、私は思っています。

<つづく>
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2006年06月16日


ぽかぽか春庭「漢字の字体、漢字の発音」
2006/06/16 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(37)漢字の字体、漢字の発音

 中国人留学生は、「漢字なら自分たちの方が本場だ」という自信を持っています。それで、「自分は漢字の勉強などしなくても大丈夫」と思いこんでしまう学生も出てきます。 しかし、中国の簡体字は、日本の漢字とかなり違うので、書き方の練習も必要なのです。

 コンピュータ用の国際標準漢字字体の制定がすすまないのは、中国簡体字、日本の新体字、台湾の繁体字、お互いに、自分の漢字がいいと主張しているから。

 芸術の「芸」、旧字は「藝」
 日本の新体字は、草冠の下の部分「熱い」の下の四つ点をとった部分をカットしてあります
 でも、中国の簡体字は、草冠の下に、乙を書きます。
 日本、台湾と中国、同じ漢字に三種類の字体があるのです。

 本来の字体がいいというなら、台湾の繁体字。多数決できめると、10億人が使っている中国簡体字に決定。日本の新字は分がありません。

 康煕字典にのっている漢字、字体の基本とみなされています。
 台湾で使用している繁体字(旧字)が、この字体です。
 画数が多いですが、自筆でなくワープロなら画数を気にする必要がありません。

 日本が旧字から新体字に切り替えたのは、「書くときに画数が多いとたいへんだから」という理由でしたから、読むだけなら画数が多くても大丈夫。

 ただし、コンピュータのドット数の制限のため、字体を簡略にすることが、必要な場合もあるでしょう。
 例えば、ワープロ用文字として、賛否が起こった森鴎外の「鴎」という漢字。

 「品」を書くべき部分に「メ」を書いているので、鴎外研究者からは、評判が悪い。「区」ではなく、正しく「區」を書いてほしい、と、あの世で森鴎外は思っているかもしれません。

 旧字の読み書き、慣れればそんなにたいへんとは思いません。
 たとえば、「からだ」
 戦後の教育を受けた私たちは「体」になれているけれど、旧字は、骨が豊か、と書きます。「體」

 昔の人は、桜の旧字、「にかいの女が気にかかる」と覚えました。「木へん+貝、貝+女」=「櫻」
 ほら、自分で書かないなら、そんなに面倒でもないでしょう。

 日本の漢字と中国簡体字の違いのほか、中国からの留学生には、訓読みの必要性をインプットします。
 最初に、「学生」という漢字を導入し、「生」の読み方を教えます。

 中国語の発音では「シェン」
 中国語=漢語ハンユェ(標準語)の漢字読みは、原則として、ひとつの漢字に読み方ひとつ。
 しかし、日本の「生」には、読み方が11種類あります。

 さて、日本語母語話者のあなた、「生」いくつ読み方を知っていますか。
 音読みが二つ。これは言えるでしょう。呉音が「一生」の「ショウ」、漢音が「生活」のセイ。
 訓読みの読み方が全部で九つ、こちらはどうでしょうか。クイズです。

<つづく>
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2006年06月17日


ぽかぽか春庭「生真面目な息子が、生な娘をめとって孫が生まれた」
2006/06/17 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(38)生真面目な息子が、生な娘をめとって孫が生まれた

 中国の地方出身者は、北京標準語の漢字発音と方言の漢字発音とが異なっていることを知っています。

 漢字の「話」、北京の発音では、「hua」ですが、広東語の発音では「wa」です。中国語の方言を話せる人は、日本語には日本語の読み方があることをすぐ受け入れます。「話」は、日本語でも音読みは「wa」です。

 日本の漢字の音読み「呉音」は、中国の南方の発音が奈良時代以前に伝わった発音、「漢音」は、奈良平安初期に、長安(現在の西安)の発音が伝わったもの。

 しかし、北京を中心に北方地方の人たちは、ひとつの漢字にひとつの発音だけしか知らない人も多いので、日本語の漢字の発音、呉音、漢音、唐音の三つの音読みに加えて、訓読みが数種類あるなどというと、「そんなに覚えられない」とネをあげます。

 日本人が中国語をならうときに、「マーの音に、4つのトーンがあり、上昇や下降、下がってまた上がる、それで、語の意味がかわってしまう。ああ、ややこしい、とても覚えられない」と思うのと同じです。

 「意味」と「発音」の両方を表わす表意文字である漢字に、日本語の意味をあてはめた読み方が、訓読みです。
 訓読みが一つだけの漢字もふたつある漢字もある中、「生」の訓読みが最多だと思います。
 以下の例文を読んでみましょう。

『 腹を痛めて生んだのではないから、生さぬ仲の息子とは、疎遠だろうですって?お生憎さま、親子の仲、うまくいってます。
 我が家の息子、生真面目ないい子に育ちました。

 あごには髭など生やして、見た目はちょっと生意気そうですが。
 特技を生かして仕事を続けています。立派に自立して生活しています。

 生な娘と恋仲になって、木に果物が生るように自然に縁が結ばれまして。このたび、孫が生まれたんですよ。

 かわいい孫が無事に生い立ち、よい生涯すごせるようにとの願いをこめて、花を生け、生ビールで乾杯しました。』

 (注)以上の文章は、「生」をたくさん使用した例文として作成しました。
 春庭の息子は、腹を痛めて生んだのに(帝王切開)、ぐうたら息子に生い立ちました。無精髭など生やしていますが17歳です。

「生」の「音読み」
ショウ(呉音)生類 生滅 生老病死 など
セイ(漢音)学生 生活 生死 など
 
「生」の「訓読み」
い  生きる(いきる)生かす(いかす)生ける(いける)
う  生まれる(うまれる)生む(うむ)
お  生う(おう) 生い立ち(おいたち)生い茂る(おいしげる)
き  生真面目(きまじめ)生娘(きむすめ)生粋(きっすい)
なま 生魚(なまざかな)生兵法(なまびょうほう)生返事(なまへんじ)
は  生える(はえる)生やす(はやす)

 以上の読み方は、学校で教えます。

「常用漢字表に掲載されている以外の訓読み」(学校では教えない)

な(す) 子まで生した仲(なした)生さぬ仲の子(為す、成すの表記もあり)
な(る) 木に果物が生った(なった)
うぶ   生養い(うぶやしない)生な乙女(うぶなおとめ)生方(うぶかた) 

「熟字訓」(特別な読み方)
あい  生憎(あいにく) 

 訓読み、全部思い出しましたか。
 中国人留学生も、訓読みの勉強、いっしょうけんめいやります。

<つづく>

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2006年06月18日


ぽかぽか春庭「梅雨です雨傘もって・母音交替」
2006/06/18 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(39)今日も梅雨。雨傘もって母音交替

 中国語の漢字音が日本に流入して、日本語の発音が大きな変化をうけました。
 それまでの日本語にはなかった撥音「ん」や、中国南方地方に多い発音である促音「(小さい)っ」の音も、日本語語彙にはいってきました。

 日本語は、このように、外国語の影響をうけたり、また歴史上の変遷によって、発音が変化してきました。

 現代日本語では、形容詞の終止形が「いたい→イテエ」「うまい→ウメエ」のように変化してきている途上です。
 「感歎形」と呼べる形は、「イテッ」「ウメッ」または「ウンメッ」です。

 変化の形が完成するまでの途上では、変化進行中の発音を「俗な言い方」「下品な言い方」「美しい日本語ではない」と見なす人もいます。

 「イテエ」も「うめえ」も、百年後、歴史の変遷にたえて、生き残っていれば、「美しい日本語」の仲間入りができますから。ガンバ!!
 変化は、発音が楽なように、文法上かんたんなようにという方向へ変わっていきます。

 むずかしい→むずい  うざったい→うざい
という変化は、若者には定着しています。

 古来からの和語では、複合語の母音が変化しました。いくつか例をあげてみます。

エ→ア 
雨傘  あめ+かさ→あまがさ   ame →ama (雨靴 雨だれ 雨音)
天下り あめ+くだり→あまくだり ame→ ama (天の川 )
目蓋  め+ふた→まぶた     me・futa→ma・buta (マツゲ、マユゲも同じ)
風向き かぜ+むき→かざむき kaze・muki →kaza・muki(風向きかざむき)

オ→ア
白鳥  しろ+とり→しらとり  siro・tori→sira・tori (白玉、白拍子も同じ変化)

イ→オ
木立  き+たち→こだち    ki・tati →ko・dati (木霊こだま)

 このような母音の変化を転音といいます。
 古語でも、この変化が起きないときもありました。
母音交替あり  白木(しろ+き→しらき) 白魚(しろ+うお→しらうお)
母音交替なし  白馬(しろ+うま→しろうま)白目(しろ+め→しろめ)

 この母音交替ありなしの条件について、まだ確定的な説がないので、法則を見つけだした人は、ぜひ発表してください。
 母音調和などが関係しているのかと思ったのですが、全部にあてはまる法則はわかりません。

<つづく>
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2006年06月19日


ぽかぽか春庭「ぼかぁ、シヤワセだなあ・わたり音の話」
2006/06/19 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(40)ぼかぁ、シヤワセだなあ・わたり音の話

 日本語の複合語で音が変化する現象、母音交替のほか、まだあります。
 母音がふたつあるいは三つ、続けて発音される二重母音。外国語ではよく使われます。

 古語の話者は、母音が続く発音が苦手でした。あくまでも「子音+母音」をワンセットの音節にして発音したかったのです。

 母音連接をさけるために、母音と母音の間に子音をわざわざ付け加える例。
 次の例を見てください。
 
春雨  はる+あめ→はるさめ   haru・ame →haru・s・ame
はるharuと、あめameがくっつくと、はるの最後の[u]と、あめの最初の[a]がくっついて、[ua]と、母音連続になります。このため、uとaの間に[s]という子音をはさんだのです。
真青 ま+あお→まっさお    ma・ao→ ma・ssao

 次も、二重母音に関わる日本語の発音、半母音の話。
 「半母音」というのは、日本語では五十音図の中で、独立した文字をもっています。半母音に母音がくっついた音を「わ」行と「や行」の音として、認識しているのです。
 半母音は、わたり音ともいいます。

 「場合」を「ばあい」と発音する人と「ばわい」と発音する人がいるのは、「二重母音」「三重母音」が発音しにくいことによります。
  ば+あい→ばわい ba・ ai→ bawai 二重母音の間に半母音[w]が添加されています。
 間にはさまれる音を「わたり音」と言います。

 多くの人が、自分では「ばあい」と言っているつもりですが、よく発音を調べてみると、実際の発音は、「ばわい」になっている人が多いのです。「バーイ」と長音で言ったり「バヤイ」と言う人も。

 「慰安会」も、「いあんかい」と言っているつもりで、実際には「いやんかい」と発音する人がいます。
 わたり音をいれて、半母音の[y]を添加したほうが、発音しやすいのです。
 「しあわせ」が「しやわせ」になる人も多い。無意識なので、自分では気づいていません。「ぼかぁ、シヤワセだなあ」

 若者は、二重母音をじょうずに発音できるひとが多いです。

 外来語のpianoも、現在は「ピアノ」という表記になりましたが、昔はわたり音を加えた発音通りに「ピヤノ」と表記していました。
 
<つづく>
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2006年06月21日


ぽかぽか春庭「わたしはピアノ、祖母はピヤノ」
2006/06/21 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(41)わたしはピアノ祖母はピヤノ

 この「わたり音」の説明をしたあと、日本人学生の授業コメントに、感想が書かれていました。

 「わたり音」解説後の学生感想コメント
 『 私は子供のころ、祖母が、ピヤノ練習しなさいとか、ピヤノの先生のとこにいく時間だよ、というたびに、とてもいやでした。友達に聞かれたら、はずかしいと思ったんです。「どうしてそんな言い方するの?ピヤノじゃないよ、ピアノだよ」と、言ったりもしました。

 今から思うと、おばあさんは、わたり音を加えてピヤノと言っていたんですね。母音が連続すると発音しにくかったんだとわかりました。
 おばあさんに、あんなにひどい言い方で、「ピヤノなんてへんだ」といわなければよかった。この次、祖母に会ったらあやまって(昔のことだから覚えてないかもしれないけれど)、これからはもっとやさしくしよう 』

 素直な学生です。学んだことを心の糧にしています。
 学ぶということは、本来、人との関わり合いを豊かにし、やさしい気持ちを生み出すものです。
 それが学ぶことの目的のひとつ。

 学べばわかる。分ること知っていることが増えれば、不安は少なくなって安定します。寛容な気持ちになり、心豊かにすごすことができます。それが本来の教養です。

 わからないこと知らないことは、人を不安にさせます。
 夜道のむこう、後ろから、ヒタヒタと足音が聞こえたら、だれだかわからないから、不安ですね。でも、それが、知り合いの足音だとわかったら、一気に安心にかわります。いっしょに歩いて帰ろうということにもなります。

 他国の文化を知らないままつきあえば、「どうしてあんなわけのわからないことをするんだろう」と思うことがあるかもしれません。
 でも、互いのことばを知り、文化をわかりあえば、納得できるのです。

 イスラム教では喜捨や布施を与えた人が「ありがとう」といい、喜捨を受け取った人はお礼を言いません。
 昔、この話を聞いて、私は「そんなのおかしい、もらった人がお礼を言うのが当然じゃないか」と、思ったことがありました。

 イスラム教では、お布施や喜捨をして、自分の持っているものを人にあたえることは、人間らしく生きる、神の子であるための条件です。
 喜捨をしたら、神さまに喜んでもらえるのですから、とてもありがたくて、「あなたが、私の喜捨を受け取ってくれたから、私の徳を高めることができた。ありがとう」と、お礼をいうのです。
 自分たちの価値観から一方的にみれば、自分たちと異なる文化が理不尽に思えたり、不思議なことすると思ったりしますが、わかれば納得。

 ことばもそうです。ことばのちがい、発音のちがいがわかれば、なぜこの発音ができないのか納得でき、外国人にもおばあちゃんおじいちゃんにもやさしくなれます。

レモンティの「ティ」は奈良時代までに「ティ→チ」に変化していますし、フィルムの「フィ」は、江戸時代以前に「フィ→ヒ」に発音変化が起きています。

 生まれ育ったころに耳にしなかった発音はむずかしい。
 おじいちゃんが、ピンクレディをレデエといい、フィルムをフイルムと発音して当然なのです。

 現代の若い人々が、「ピアノ、しあわせ」を難なく発音できるのは、母音連接を嫌わなくなった日本語変化を受け入れているから。

 日本語の文法も発音も変化したこと、時代ごとの変化の痕跡は、方言に多く残されていることなどをしれば、おじいちゃんたちの方言を「田舎っぽいナマリ」と思っていた学生たちも、それが、「古式ゆかしい、もともとの日本語」であることを知っていきます。

 「ナマリがあるから変」なのではなく、「多様な日本語が言語文化の豊かさをささえてきた」と、感じるのです。

 学べばまなぶほど、謙虚になれるというのは、知れば知るほど人に寛容になり、わかればわかるほど、やさしい人になれるから。

 「春庭は知ったかぶり大好きで、謙虚さが足りない」とヒンシュク買うのは、まだまだ、学び方が足りないからでしょう。
 昨日知ったばかりのことも、百年前から知っているような得意顔で披露したくなってしまうのです。
 
<つづく>

2006/06/22 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(42)日本語で脳力トレーニング

 文化のちがいの例。
 日本では、なにか物をもらったり、してもらったとき、次に顔をあわせたとき、「この間はありがとう」と、お礼をいいます。
 この習慣がない文化の人もいます。もらったその場で、お礼を言えば十分で、次にあったとき、お礼をいうことなど思いつかない留学生が多いのです。

 文化のちがいを知らないままだと、プレゼントをあげた日本人は「この前のプレゼント、気に入ってもらえなかったのかも」と、心配したり「お礼も満足に言えない、礼儀を知らない留学生だ」と、不満に思ったりします。

 大学の行事としてホームビジットに参加した学生には、お礼状を書かせていますが、個人的に日本人と知り合った場合までは指導できません。

 人に会ったとき、最初はあいさつをして、次は、前回あったときにしてもらったことを思い出してお礼を言いなさい、と教えていますが、「二度目のお礼言上」の文化がない国から来た留学生、ついついこの「前回のお礼言上」を忘れます。
 大目に見てやってくださいね。

 ホームステイなどで日本人と知り合って、ことばを交わした留学生たち、ますます日本語に興味を持って、いっしょうけんめい勉強するようになります。

 勉強は、本来はイヤイヤやらされるものではなく、ワクワクした好奇心を持って楽しみつつやるものです。
 「学べば学ぶほど楽しくなり、知ればしるほど脳が活性化される」というのは、現代最先端の脳科学でも証明されつつあります。
 たとえば、幾何の難しい証明問題を解いていて「わかった!解けた!!」と思った瞬間、とてもうれしくなり、歓喜溢れます。

 この歓喜の源とは。
 「わかった!」の瞬間に脳内に、ドーパミンという快楽物質が生じるからだそうです。
 脳は、使えばつかうほど鍛えられ、どんなに使っても、死ぬまでに使い果たすということがありません。
 そのため、「脳のトレーニングでボケ防止」というのが大はやりですね。

 数字苦手の私、百マス計算で脳力トレーニングといわれても、あまりやる気になりませんでした。ひたすら百マスに漢字を書いていく漢字書き取りも、パス。
 でも、「音読」と「エンピツで書く奥の細道」なんかは、私に合っていそうです。

 その人その人に合った方法があるのでしょうね。微積分の問題を解き続けるとか、世界中の地名を覚えていくとか。、
 これからの老い先、おおいに、トレーニングしたいものです。
 「日本語の発音と文字」トリビアを学ぶのも、とてもいい脳力トレーニング、、、の、はず。

 5月6月、2ヶ月連続「日本語の発音と文字」というテーマで、春庭日記を続けているので、読んでくださる方々に面白くもないという一方だったら、書くのも張り合いがないと感じていました。
 しかし、「読んで興味がわく」というコメントをいただくと、励みになり「まだまだ、日本語の発音と文字に関する話題はつきない、書ききれない」と、思います。
 たくさんの方からコメントを寄せていただきました。感謝しつつ、書き続けていきますね。

<つづく>


日本語音声学基礎15-28

2011-10-22 16:16:00 | 日本語学
2006/05/20 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(15)ハンバーガーとコーラ、プリーズ

 日本語を発音するとき、ひとつひとつの音節は、ほぼ同じ長さで発音されます。「マクドナルド」は「タ、タ、タ、タ、タ、タ」です。
 実際の発音では、手を3回たたくのとあわせて、「マク・ドナ・ルド」と言ってみるといいです。

 「タン・タン・タン」と手を打って、「マク・ドナ・ルド」と3拍で言ってください。
 つぎに、同じ長さで手を打って「タン・タン・タン」に合わせて「まっ」「だぅ」「ねぁるd」と3拍で言ってみて。「ダぅ」のところだけ強く。最後のdは、無視してもいいです。(ほんとは、dも言うのですが、ド(do)になってしまう人が多いので、ここではdを無視)
 はい、もう一度「まっ」「ダぅ」「ねぁる」、まだ、ダぅの部分弱いですね。もっと強く。
 あ、だいぶ、アメリカ風に近くなりました。マクドナルドへ行く道を教えてもらえるかも。

 マクドナルド(MacDonald)は、英語では3音節です。「まっ」「だぅ」「ねぁるd」の3拍で、「だ」のところだけ強く言うようにすると、少し英語に近くなります。
 強弱アクセントの英語では、語の中で一箇所を強く発音し、他は弱く早く発音します。「まっ・ダぅ・ねぁるd」の中の一箇所、「ダ」のところだけ、強く言う。三拍子で、手を打って、弱、強、弱、弱、強、弱。

 カタカナを読み上げる「マク・ドナ・ルド」という発音とはちがっています。
 はい、弱、強、弱。弱、強、弱。
 だんだん、強弱アクセントができてきましたね。マック食うのも、もう大丈夫。と、思ったら、、、、、、

 オーストラリアに留学経験のあるc**********さんは、「ハンバーガー」と注文することも難関だったというコメントを寄せています。
『 私は、留学中にハンバーガー(hamburger)が通じなくて、最後には苛められてると思って泣いたことがあります。 (2006 5/6 16:48) 』

 「マクドナルド」がやっと言えるようになったと思ったら、こんどは店に入って、「ハンバーガー」にありつくまでが、たいへんみたいです。やれやれ。
 日本語外来語のハンバーガーは、ハンよりバーの音を高くして発音します。しかし、英語では、hamburgerの語頭「ヘぁむ」のところを一番強く高くいいます。
 今度の3拍子、強、弱、弱、です。はい、手を打って、強、弱、弱。強、弱、弱。

 母音はアとエの中間の音。後半の母音もあいまい母音のerなので、「へぁム・ブぁ・ぐゥぁー」のようにきこえます。外来語ハンバーガーと、だいぶ違いますね。もっと、最初を強く、強、弱、弱。

 アメリカ旅行をしてきた人、隣の人が受け取ったハンバーガーを指さし、「ミィ、トゥ私も同じ」と、言って通じたと思ったら、「レタスはいるのか、いらんのか、芥子はどうか、ピクルスのせるののせないの、焼き加減はどのくらい」とか、早口できかれて、めんどうになったので「コーヒー、ワン」と注文を変えたら、「ミルクはどうする、さとうはいるのか」と、いちいちきかれて、もうどうでもよくなった、ってブログを読みました。

 p*****さんからのコメントです。
 『 留学時代「コーラ」を注文して「牛乳」出された人がいた。問題外ね・・・(^^;  (2006 5/6 10:51)  』

 四苦八苦の格闘の末、まあ、なんとかハンバーガーとミルクでコバラを満たし、さて、運動不足解消に野球でもしましょう。

 日米野球、ストライクもちがいます。いや、ストライクゾーンの話じゃなくて、ストライクの言い方。

<つづく>
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2006年05月21日


ぽかぽか春庭「日米野球、ストライクもちがいます」
2006/05/21 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(16)日米野球、ストライクもちがいます。

 外来語の「ストライク」。
 日本語では、カタカナをひとつずつ読み「す、と、ら、い、く」と、5拍で発音します。
 「ストライク」と言うには、「ス」だけ発音するときの、5倍の長さがかかることになります。

 実際の発音では、日本語のリズムは、平仮名ふたつずつをタンタンタンのリズムにのせて発音するのが、一番自然に言えます。(二足歩行のリズム)
 ストライクも、手をタンタンタンタンと打ちながら、一回手を打つ間にひらがなふたつ発音して、「すと・らい・く(っ)、タン、すと・らい・く(っ)・タン」と発声するのが一番いいやすい。

 575の俳句も、音読は、二足歩行平仮名ふたつずつ、のリズムがよい。
 「古池や蛙飛び込む水の音」手を回打って、タンの間に、ひらがなふたつずつ。「 ン 」「ぅ」のところは、ひらがなひとつ分休止なので、何も言わず、続けてください。何も言わないとリズムがとりにくい人は、「ん」と、発音しても大丈夫。

「ふる・いけ・や(ン)、タン・タン。(ぅ)か・わず・とび・こむ・みず・のお・と(ン)・タン・タン」と、リズムをつけるのが、一番自然に言えますよ。

 「やれ打つな蝿が手を擦る足を擦る」手を打って、
「やれ・うつ・な(ン)・タン・タン。(う)は・えが・てを・する・あし・をす・る(ン)・タン・タン」

 英語では、ストライク、何拍でしょうか。手をいくつたたく間にいうのでしょう。
 英語ではstrike、母音は二重母音の[ai]ひとつなので、一拍です。♪ひとつでstrikeです。手をうつのは、1回だけ。「タン、タン、タン」の手、ひとつたたく間に「strike」です。

 日本語の「スト・ライ・ク(ぅ)」と言うのに合わせて3回手を打ってください。それと同じ長さで3回手を打って、strike 、strike 、strike、と、3回言ってください。日本語式に「su・to・ ra・i・ ku」と発音したのでは、間に合いませんね。

 音節と拍の話をもうちょっと。
 特殊拍以外の日本語の音節は、すべて「子音+母音」で構成されています。
 「k、g、s、z、t、d、n、h、m、b、p」などの子音と「a、i、u、e、o」の母音がくっついて発音されます。これを開音節といいます。

 スペイン語やスワヒリ語は母音の数が5つで、開音節の単語が多いので、日本人にとって、発音しやすい言語です。(文法の難易はまた別として)

 子音で終わる音節は「閉音節」といいます。英語や韓国朝鮮語などに多い。おまけに母音の数も日本語より多いので、日本語母語話者にとって、英語も韓国語も発音はむずかしい。
 (日本語と語順が同じ韓国語は、日本語母語話者にとって、文法面では英語などに比べれば難しくありません)

 英語の閉音節、dog やcatを日本語母語話者が発音すると、どうしても「ドッグ=3音節doggu」になり、「キャット=3音節kyatto」になります。閉音節が発音できないからです。しかし、英語では、dogもcat も「1音節=一拍」の語です。

<つづく>
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2006年05月22日


ぽかぽか春庭「アイフルチワワのクゥちゃんを笑う野口さん、クックック」
2006/05/22 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(17)アイフルチワワのクゥちゃんを笑う野口さん、クックック

 「母音+子音」がワンセットの一音節一拍の単語構成になれている日本語母語話者が、母音ひとつに子音たくさんの組み合わせで一音節になっている英語を一拍で発音するのはむずかしい。

 「Strike」音節の構成は「子音+子音+子音+二重母音+子音」です。
 「子音+母音」という単純な音節構造の日本語と比べると、複雑な音節ですよね。

 「Strike one」と言うのに、手を2回タンタンと叩く間に言わなければなりません。
 「ストライク su to ra i ku」と書いた中の「u、o、u」の母音を発音してはいけないのです。さて、これが、日本語母語話者にはむずかしい。子音だけを重ねていうのは、ちょっとばかり訓練が必要です。

 英語の歌をうたうとき。カタカナ書きの歌詞を見ながら歌っていくと、たいてい、音符と歌詞が合わなくなってきます。♪がふたつしかないメロディに、「ストライク、ワン」と、カタカナ歌詞をあてはめれば、♪が足りなくなるのです。

 「strike」の最後の[k]は、日本語の「かきくけこ」の「く」ではありません。子音だけの[k]です。
 ところが[k]だけの発音をしたつもりで「く」になっている人もいる。

 日本語の音節、母音をつけないで、単音だけを発音するのは、みんな難しいみたい。
 「か」というひらがなをローマ字で書くと、「Ka」であると頭でわかっていても、では、「か」の「k」だけ発音してください、と言っても、学生たち、できないのです。

 「Ka」というつもりで、「a」の音を言う前にやめるんですよ、と言ってもできません。
 「k」だけ言おうとしても、みな「ku 、ku 、ku 」と、母音の「u」がくっついた発音になります。
 私は、「k」の単音を発声する方法、教えています。

 「k」の単音を発音できない学生に、「ちびまるこちゃん、知ってる」と、たずねると、たいてい知っています。
 「まるこの親友、たまちゃんですね。じゃ、ちびまるこのクラスメート、野口さんはどう?」
 「ああ」とか「知ってる」と、反応があったら、「野口さんの笑い方、まねできる?声をださずに、笑ってみて」

 学生達、みな野口さんになって「クックックック」と、笑う。
 「そう、まだkuの人もいるけれど、だいたい、できてたね。その声を出さないクックックの笑い声につかっている「クッ」がKの単音に近いです。のどに手をあてて、のどがふるえてないことをたしかめて」

 野口さんの笑い方クックックが、できたら、つぎに、もうテレビに出られない、気の毒なアイフルのチワワ、くぅちゃん、呼んでみましょう。
 くぅくぅくぅ。のどに手を当ててみて。今度はのどがふるえているでしょう。これは、uの音、母音のuが加わったので、のどがふるえる有声音になっています」

 と、ちびまるこの野口さんやアイフルのくうちゃんに登場してもらって、単音と開音節の違い、無声音と有声音のちがいを、自分の体で確認させます。

<つづく>

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2006年05月24日


ぽかぽか春庭「草です・母音の無声化」
2006/05/24 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(18)草です・母音の無声化

 この無声音の「クックック」で笑う野口さんは、静岡県在住です。
 実は、無声音の「く」、静岡近辺だけじゃなく、関東圏の人は無意識に毎日の会話で使っている発音です。

 「靴くつ」「櫛くし」「草くさ」などの「く」の音。「k(u)shi」「k(u)sa」の[u]の音は、声をだしていないのです。

 のどに手をあてて「草」と言ってみると、「く[k(u)]」の部分は手にビリビリのふるえは感じません。「さ[sa]」になってから、ビリビリと手がふるえます。
 同じく、「はい、そうです」と言ってみると、「で」は有声音のビリビリを感じますが、「す」は、ふるえていないはず。(関東圏の場合)

 関東圏の人は文末の「~ます」「~です」というときの最後の「す」も、[s(u)]になっていて、最後の「す」には、声が伴っていません。
 (関西圏では、母音無声化しない人が多い)

 無意識ではあっても、[k][s]の発音をしているのです。これを母音の無声化といいます。

 この「無声化」する発音以外、日本語の五十音を順に「あいうえお」からひとつひとつ発音してみると。
 「かきくけこ、さしすせそ、たちつてと、、、、」普通に発音していくと、全部有声音、のどがふるえます。ひらがな音節のひとつひとつ全部に、有声音である母音がくっついているからです。

 日本語は、この「子音プラス母音」の音節と、特殊拍(「ん」「っ」「ー」)を組み合わせて語(単語)を作っています。

 「か(蚊)」「かめ(亀)」「かめら(カメラ)」「かめらや(カメラ屋)」「かめらやれんずうりば(カメラ屋レンズ売り場)」と、いくらでも音節を組み合わせていくことができます。
 音節の発音ができたら、次は、音節の組み合わせと高低アクセント。

 日本語母語話者は、この音節ひとつひとつを同じ長さで組み合わせることは簡単にできます。母語ですから。
 でも、母語じゃない人には、これがたいへん。

 「わたしは○○です」という初級で最初にならう文型。自己紹介の文。
 これが、「わ、タぁ、し、わぁ」と、「た」の部分を強弱アクセントの「強」にしてしまう留学生がいる。

 また、「こんにちは」の音節をひとつひとつ同じ長さに言うことができない。「Ko ni chi wa コニチワ」になる。「ニ」のところを強く言ってしまう。
 「ん」は、一拍分、とるんですよ、と手を打って練習すると、次は「こん、にぃち、わぁ」

 音節ごとに同じ長さで、発音するということも、なかなか、難しいんです。
 日本語の発音は、ひとつひとつの音節の長さを同じにして発音します。
 「かめらやれんずうりば」を発音する長さは、「蚊」と発音したときの、10倍の長さがかかります。

<つづく>

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2006年05月25日


ぽかぽか春庭「高低アクセント・下の駅、上の駅、上野駅」
2006/05/25 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(19)高低アクセント・下の駅、上の駅、上野駅

 日本語は、高低アクセントです。
 音節のひとつひとつに高低のメロディがあります。「亀カメ」は「カ(高)メ(低)」「瓶カメ」は「カ(低)メ(高)」

 カメラのときは「カ」が一番高い音。「メラ」は低い音になります。(頭高)
 しかし、「カメラ屋」のときは、音の高さが変ります。「カ」は、低く、「メラヤ」が高くなります。
 日本語の高低アクセント、教えるときに要注意なのは、このように語構成が変ると、アクセント位置が変ること。

 「上野ぉ、うえの、次はウエノです」という車内アナウンス。
 「ウ(低)」「エ(高)」「ノ(高)」という高低アクセントになります。ドレミ音階でいうと、「ミファファ」くらいな感じ。

 音階にして言ってやると、わかりやすいという留学生にはこのように音階で教えることもあります。
 自分たちの国の義務教育には音楽の授業なんかないし、音符をならったこともないという留学生のときは、手を上げ下げしたりして、音の高低をわからせる。

 「駅」のアクセント。「駅はどこですか」なんて人にたずねるとき、「エ」の音が高くて、「キ」が低い。
 しかし上野をくっつけて、「上野駅」にすると、アクセントが変る。
 「ウ(低)エ(高)ノ(高)エ(低)キ(低」と、なり、「駅」の「エ」の発音が低く変っていることがわかる。

 駅「エ(高)キ(低)」というアクセントのまま「上野」にくっつけたとしたら。
 そうすると「下の駅」に対する「上の駅」、つまり高台のような土地にある駅、という意味に変ってしまいます。

 「上野駅」は、一語にまとまっている語ですが、「上の駅」は、「上の」という形容する語(修飾語)と、形容される語(被修飾語)「駅」が結びついたふたつの語で構成されているので、アクセント位置がちがうのです。

 日本語のアクセントは文節をひとまとまりにしています。
 文節は、文の中の「機能と意味」のまとまりです。自立語+付属語。
 日本語母語話者は、「ネ」を入れて文節を区切ることができます。

 「日本語のネ、アクセントはネ、文節をネ、一つのネ、まとまりにネ、しているんだヨ」

 「橋ハシ(低・高)」と、「箸ハシ(高・低)」は、単語でのアクセントのちがいがありますが、「端ハシ(低・高)と「橋」は、同じアクセントになり、違いがありません。
 しかし、文節になると違いがわかります。

 「橋が(低・高・低」「端が(低・高・高」になり、区別がつきます。

 日本語の高低アクセント、地方によって方言がありますが、共通語のアクセントは決まっています。
 学校教育でアクセントを一語一語教わったと言う人、多くないかもしれません。

<つづく>
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2006年05月26日


ぽかぽか春庭「無アクセントはなつかしい響き」
2006/05/26 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(20)無アクセントはなつかしい響き

 わたしも、小中高、国語でアクセントをきちんと教わったことありませんでした。方言によってアクセントが異なることは教わったけれど、自分の発音を具体的に練習することはありませんでした。

 ふつう、アクセント教育を行うのは、新人アナウンサーの研修とか、アナウンサーを目指す人のために専門学校、俳優養成学校くらいかな。

 私は30年前、市立中学校国語科教員をしていたときに、市が募集した「視覚障害者のための朗読奉仕員養成講座」を受講して、はじめてアクセント教育を受けました。
 講師は、NHKの大内アナウンサーでした。埼玉県長野県などの支局をまわっていた方。

 私、自分の発音は標準的アクセントと思ってしゃべっていましたが、ずいぶん違っていました。
 花瓶。標準アクセントは「カ(低)ビ(高)ン(高)」ですが、私は「カ(高)ビ(低)ン(低)」と発音していました。
 午後、午前も、最初を高く言っていました。午後3時は、ゴ(高)ゴ(低)サ(高)ン(低)ジ(低)になっていました。
 この、午前の最初のゴを高く言う地域は、かなりあるらしいです。

 茨城、栃木、福島の一部の地域は、「無アクセント地方」です。
 「全発話、ずっと同じ高さで話し続ける」という地域で、高低アクセントがありません。私、この地域の方言のひびきも、好きです。

 無アクセントの体験練習。田舎のおばあちゃんになったつもりで、孫を迎えてください。最初の「よ」の音程を決めたら、さいごの「よ」まで、ずっと平らに同じ高さで言ってみて。

 「よしこちゃん、よく来たね。ばあちゃん、待ってたよ」

 このずっと平らに言う無アクセントは、縄文時代の「原日本語」の発音のなごりだ、という音声学者もいます。無アクセントの響き、貴重な音声ですね。

 現在の日本語は、「原日本語」に、南方系5母音開音節や、大陸系高低アクセント、などが融合してできたクレオール言語(2つ以上の言語が融合してできた言語)ではないか、という説もあります。

 自分ではこの無アクセントをつかっていないのに、どこかなつかしい響きがするのは、縄文時代の記憶が脳内に残っているのかもしれません。

 日本語共通語の単語の音の高低。
 自分の母語に高低アクセントがある学習者、ない学習者、それぞれですが、高低アクセントはメロディのようなので、発音のなかでは訓練と習得がしやすいほうです。

 日本人が、中国語の四声を習うのも、最初はたいへんです。
 中国語では、「ま」の発音を高低をつけていうことで、「馬」「母」「麻」など四つの意味を言い分けます。
 明日は、四声をちょっとだけ練習しましょう。

<つづく>
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2006年05月27日


ぽかぽか春庭「まあ、まあ、まあ」
2006/05/27 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(21)まあ、まあ、まあ

 中国語、「まー」だけで、四つの意味がある、というと、最初は驚くけれど、日本語だって、発話を、高低で言い分けているので、理屈がわかれば、発音できます。

 「はしを(橋を)低高低」「はしを(箸を)高低低」「はしを(端を)低高高」の三つ、ひらがなで書けば同じ「はしを」ですが、高低アクセントのちがいで意味を聞き分けています。

 中国語の四声とは。音声の高低で語の意味が異なります。
 「マー」を四つの高さの変化をつけて言ってみましょう。

 一声(高くma)、二声(低から高へ上昇ma)、三声(中から底へ下降し、すぐ上昇ma)、四声(高から低へ下降ma)
 「1声マァ(高く) 媽(おかあさん)、2声マァ(上昇)麻(あさ)、3声マァ(下降すぐ上昇)馬(うま)、マァ(下降)罵(しかる)」

 声の高さを上下して、まぁ、まぁ、まぁ、まぁと言分けられましたか。できなくはありませんね。
 むずかしいのは、一語一語の高低はなんとかなっても、他の語とくっついて発音するときには、四声が変るってとこ。ちょっと、やややこしい。

 でも、日本語も、「カメラ」が「カメラ屋」になると高低アクセントの位置が変るのですから、母語話者は、無意識になんでもなく使い分けられるのです。
 母語話者にとっては、なんでもない、無意識にできることが、学習者にはむずかしい。

 母語の高低アクセント、中国語の四声も学習できた日本語母語話者、しかし、次なる難関は、英語の強弱アクセント。

 英語などの強弱アクセントも、練習すれば、身に付きます。
 私は35歳すぎて英語を勉強し直し、ようやく、日本語と英語のアクセントの違い、拍(モーラ)の違いが納得できました。
 強弱アクセント、強、弱、弱。弱、強、弱。など、いろんなパターンで、手拍子うちながら、練習しました。

 私、英語の先生と相性が悪く、中学校のころからずっと英語苦手でした。35歳で2度目の大学生になったとき、何人かのすぐれた英語の先生にめぐり会いました。
 そのうちのひとり、A先生に英語音声学を教わり、「目からウロコ!」「唇からナイフ?!」でした。

 「今何時ですか」とたずねるとき「What time is it now ?ファット タイム イズ イット ナウ」と聞いたのでは伝わらず、「掘った芋いじるな」と聞いたほうが、確実に時間を教えてもらえる。
 音声の融合と、「プロソディ(=言語の強弱、トーン、リズム、イントネーション)」ってことを教わったのです。

<つづく>
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2006年05月28日


ぽかぽか春庭「強弱強弱、強弱弱、、、、」
2006/06/28 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(22)強弱強弱、強弱弱、、、、

 「お湯ください」は、「ホット、ウォーター、プリーズ」ではなく、「ほっわらァ、プリーズ」のほうが、通じます。
 これがなぜなのか、やっとわかりました。

 A先生の授業、マザーグースの歌を歌ったり、手を打ちながらリズムをとったり、実践的に英語の音声が身につきました。
 強弱強弱、強弱弱、、、。

 4月から私の授業「日本語音声学」を受講している女子学生、私が英語音声学を教えていただいたA先生と同じ名字だったので、ついなつかしくて、「A先生って知ってる?」と聞いてみました。

 他大学の先生の名前なんて知らないだろうけれど、「あなたと同じ名字の英語の先生、私の恩師なの。とてもすばらしい先生でした」と、思い出話のひとつでもしようかと思った。
 A先生の名前、女子学生は「ええ、知ってます」と、答えたので、こんどは、こちらがびっくり。

 「えっ、A先生、私の英語音声学の先生だったんだけど」
 「あの、、、、わたしの伯父、父の兄です。」

 こちらの直球の質問に対して、ストライク!の返事でした。
 ううっ、私が先生の姪御さんに日本語音声学を教えていると知ったら、A先生、「ぜんぜん英語できなかった、あの落ちこぼれのオバハン学生が!」と、びっくりするかもしれません。
 ヒッ、弱、弱、弱、ずっと弱、、、、消え入りそうな日本語教師春庭

 A先生の姪御さん、去年1年間イギリス留学をしてきたそうです。
 Aさんに対して、私の付け焼き刃的日本語音声学授業でだいじょうぶかしら、と、ちょっと心配になったことも確か。

 私の専門は、日本語文法、統語論語彙論。日本語音声学はひととおりやっただけで、専門じゃありません。
 でも、A先生に英語音声学を教わったことを思い出しながら、1988年から18年間、100ヵ国の留学生に教えてきた実践的日本語音声について、講義するつもりで、講義内容を準備しました。

 学習者にとって、何がむずかしいのか、どうしてその発音ができないのか、聞き分けができないのか。
 日本語教師は、学習者それぞれの母語の発音や文法の特徴を知っていると、学習者の発音誤用、文法誤用の修正に役立ちます。

 文法のちがい、語彙のちがい、それぞれの学習者の母語との違いを頭に入れた上で、日本語の基本を教えていくのが日本語教師の仕事です。

<つづく>
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2006年05月29日


ぽかぽか春庭「ゆっくりでも大丈夫」
2006/05/29 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(23)ゆっくりでも大丈夫

 日本語学と日本語言語文化については、どんな小さな疑問も、トリビア知識も、全部日本語教師の宝物だから、胸のポケットに詰め込んでおくこと。
 そんな話から授業をはじめました。Aさん、とても優秀な学生です。

 Aさんとは、オジサンつながりということがわかったら、次はもう一人の受講生Bさんと、現住所つながりだということがわかりました。
 35歳で入学した2度目の大学へは、自転車通学でした。毎日、ある高校の脇の道を走っていたのですが、Bさんは、その高校の出身者でした。

 「英語特進クラス」に在学していたのですが、大学では社会科教員免許を取得。しかし、どうしても英語など語学と関わりをもちたくて、日本語教員資格もとりたいのだ、という意欲的な学生です。

 病気のため1年留年したBさん。このことで、「他の人より1年おくれてしまった」とコンプレックスを持っていたBさんでしたが、私が35歳で大学受験して、子育てをしながら二度目の学生生活をした話をすると、「1年くらいのおくれは、たいしたことない」と、自信をとりもどしたそうです。

 そうですよ。女の人生80年以上。1年や2年や3年や4年、おくれたって、ゆっくりだって、先はまだまだ長いんです。

 AさんBさんと授業を続け、日本語の特徴、開音節音節構造やアクセントについて、だいぶ整理されてきました。

 また、日本語以外の外国語にもいろんな発音のちがいがあることを知るために、CDで「世界の言語」を聞いて、アイヌ語、スワヒリ語、ピジンイングリッシュ、コサ語など、「初めてこの言語のおしゃべりを聞いた」と学生がいう、ことばの響きを聞く時間もとりました。

 母音が少なくて子音がたくさんある言語、吸着音を使う言語、など、世界中の言語、さまざまな音の響きをもっています。
 
 ここで、ことばの音(言語音)の作り方を復習しましょう。

<つづく>
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2006年05月31日


ぽかぽか春庭「沈んだ。あなたvsありがとう」
2006/05/31 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(24)沈んだ。あなたvsありがとう」

 20数年日本語を話してきた学生たち、今まで、自分の話していることばの音声が、どのように口の中で作られているのかなんて、意識しないでしゃべってきました。
 そんなこといちいち意識していたら、舌がもつれちゃっておしゃべりできないものね。

 でも、日本語を教えるとなると、日本語と他の言語の発音の違いを知ることが必要です。学習者がまちがったときに、なぜその発音が日本語の音とちがうのか、教えなければなりません。

 日本語母語話者が、どうやってその音が作られるのか意識するときは、母語にない発音をするとき。
 たとえば、サンキュー「Thank you」。
 英語の時間に、英語の[th]の発音をするとき、「上下の歯の間に舌先を挟んで、歯の間でこすって息を出す」なんて先生から指導され、一生懸命舌先を歯の間に挟みましたね。音を作り出すために歯と舌先を意識しました。

 でも、練習では[th]の発音ができるようになっても、実際の会話では、ほとんどの日本語母語話者は、英語で感謝を伝えるときに、「ありがとうthank you」と言っているつもりで、「サンキューsunk you 沈んだ。あなた」と発音しています。

 外来語としての「さんきゅー」は、[sa n kyu ] でいいのですが、英語として「サンキュー」と言ったら、「( I )sunk you あなたを沈めました」「sunk you 沈んだ。あなた」

 でも、とっさにお礼を言うときに、[th]の発音なんて、できませんね。たいていはを感謝のことばとして「沈んだ。あなた」と言っているのです。無意識の発話では、母語の音声が優先しますから。

 というわけで、日頃は意識しない「言語音の作り方」の復習です。
 言語の音には、さまざまな音の作り方があり、ことばの音として、どれを利用するのかは、言語によってそれぞれです。
 日本語では[th]の音は、使用しません。

 世界中の言語音声は、のどにある声帯と口の中、唇、鼻などを使って音を作り出しています。

 まず、大きく分けて、息を吐き出すときに音声を発する場合と、息を吸い込むときに音声を発する場合があります。
 世界のほとんどの言語では、息を吐き出すときに音を作り出します。日本語もすべての言語音を息を吐き出して作り出しています。

 ほとんどの言語音が吐く息で作り出されるのだけれど、アフリカ・バントゥ語族のひとつコサ語には、息を吸い込むときの音を利用する語があります。
 授業中、コサ語でしゃべっているCDを学生に聞かせることにしています。チャチャ、ツェ、チョッなどの、舌打ち音が頻繁に聞こえてきます。

 耳で聞いていると、のどから出る音と、舌打ち音が同時に聞こえるので、にぎやかで楽しいおしゃべりに聞こえます。

<つづく>

2006/06/02 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(25)沖縄は3母音東北は4母音

 日本語も息を吸い込んで舌打ちし、「チェ!」「ツェ!」の音を使っていますが、言語の音としてではなく、「失敗したなあ」とか「いやになるなあ」という感情表現のときのみ、使っています。

 肺から息を吐き出す通り道。口のなかから出ていく息と、鼻から出る息があります。日本語では[m]と[n]の音が、鼻から息がでていく「鼻音」です。鼻濁音が行「ng」も鼻から息が出ます。

 母音は、口音が基本ですが、すぐうしろに[n]の音があるとき、鼻から息が出る「鼻母音」に変化しています。
 「赤」「愛」と、鼻をつまんで言ってみて。鼻をつまんでも、発音できます。次に「安易」「インコ」と鼻をつまんで言ってみると、安易の最初の「あ」も「インコ」の最初の「イ」も、音がうまくでてこないことがわかります。これが鼻母音です。
 
 東北地方では、この鼻母音をよく使います。
 東北方言の響きは、フランス語に似ていると言われます。フランス語も鼻母音が多いからです。
 それ以外の音は、口から出る口音です。

 言語音には、声帯をふるわせる音=有声音と、声帯をふるわせない音=無声音があります。また、息を強く吐き出す有気音と、息を吐き出し方が弱い無気音があります。

 日本語は、有声音と無声音をつかいわけて、単語の区別をしているので、タニとダニ、パンとばん、イカとイガなど、有声音と無声音では単語の意味がことなります。これを「有声音と無声音では、音の対立がある」と言います。

 できるだけ口から息をださずに(無気音で)「ぱんp a n」と言っても、息を強くだして「パンph a n」と言っても、日本語の単語の意味はかわりません。これを「有気音と無気音の対立がない」と言います。

 中国語や朝鮮韓国語には、有気音と無気音の対立があります。
 韓国語には、日本語と同じ発音の平音と、強く息を出す激音と、息を出さない濃音の対立があります。

 しかし、有声音と無声音の対立はありません。「パン」と「バン」の違い、声を伴うか伴わないかで語の意味が変ることはないのです。
 韓国語では息を強く出すか出さないか、が対立しています。
 韓国で「パン」を買うにはどうしたらいいか。パは激音なので、強く息を出して破裂するようにパと言いましょう。「パ!ン、チュセヨ」

 声帯をふるわせた音声のうち、口のなかで、何もぶつかるところがなく、のどから口内をとおって外にだされる音を「母音」といいます。
 舌の位置や、口をあける大きさで音が変ります。日本語の母音は、「あいうえお」の5母音です。一番口を大きく開け、舌を下げて口の中を広くしたときが、「あ」の音です。

 日本語は5母音が基本ですが、沖縄方言は、「あ、い、う」の3母音のみです。東北地方は、「い」と「え」の区別があいまいな、4母音。

 授業では、沖縄方言の歌や東北方言のCDを聞かせます。宮古島方言で歌を発表しているシンガーソングライター下地勇さんの歌声、女優の長岡輝子さんが岩手方言で録音した宮沢賢治作品の朗読など。
 どちらも、独得な美しさ楽しさを持つ響きです。

<つづく>
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2006年06月03日


ぽかぽか春庭「ボイン大好き?」
2006/06/03 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(26)ボイン大好き?

 胸の大きな女性、男性のあこがれみたいですね。
 お母さんの温かい豊かな胸が、赤ちゃんにとっては、心のやすらぎとお腹いっぱいになる満足感の源だったからでしょうね。

 ひところ、大きな胸をボイン、それほどでもなかったらコイン、小さかったらナインと言い分けるのが流行ったこともありました。赤ちゃん時代は、ボインでもナインでもお母さんの温かい胸の中に抱かれてすごすことが大好きだったのよね。
 そんな赤ちゃんの時代に耳から入って、自然に覚えたことばを「母語」といいます。母なることば、母語。言語教育では、第一言語と呼びます。

 ことばの音のうち、のどの声帯をふるわせて出た音「有声音」
 この有声音が、口の中でどこにもぶつからず、吐く息として外に出ていく音が母音(ボイン)です。

 ボインの響きは、よく通ります。お腹のなかへも母音の響きは伝わりやすく、胎児が体内にいるときに、母親の声の響きを聞いているのだそうです。
 生まれたばかりの赤ん坊に、母親の声と他の人の声の録音を別々の方向から聞かせると、母親の声が聞こえる方に反応するという実験結果も出ているそうです。

 周囲にいる人々の話声を聞きながら、自然に覚えていく第一言語。
 第一言語が身についたのち、学習によって覚えるのが第二言語。
 日本語教育とは、日本語を母語としない人を対象として、第二言語としての日本語を基礎から教えていきます。

 外国語の母音では、「え」の口の形で「ア」という、とか、「お」の口の形で「イ」と言う、とか、さまざまな母音があります。
 母音が19あるとか、28ある、なんて聞くと、なんだか、その言語を習う気力が最初から萎えてしまうことも、、、、

 日本語の5つの母音、日本語を母語としていない学習者にも、それほど難しい発音ではありません。注意するところは「ウ」の発音だけ。唇を丸くしないのが日本語の「ウ」です。
 鏡を見て、唇の形に注意しながら「あいうえお」と言ってみましょう。

 最後の「お」は唇の形が丸くなっていますね。「う」は、「い」より口を小さくはするけれど、「お」のように丸くなっていません。
 日本人にとって、唇を丸くとがらせて「ア」と発音したり、「ウ」と言うことはありません。唇を丸くして発音するのは、「オ」だけです。「オ」は、円唇母音です。

 でも、ほとんどの言語で「ウ」の発音は、「オ」以上に、唇を丸くすぼめて「ウ」と発音するので、日本語の「ウ」のように、唇を丸くとがらせてはいけない「ウ」は、難しいのです。
 日本語母語話者にとって、外国語の練習で、唇を丸くとがらせて「イ」と言ったり「エ」というのは言いにくいですね。同じように、日本語を母語としない人にとって、唇を丸くしないで「ウ」というのが難しいのです。

<つづく>

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2006年06月04日


ぽかぽか春庭「子音はしい~んとしたりブゥたれたり」
2006/06/04 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(27)子音はしい~んとしたりブゥたれたり

 子音は、息が口のなかのどこかでぶつかって作られる音です。
 口の中で息や声がどこかで一度じゃまされた末、外に出てくる音を子音というのです。

 日本語の子音は、無声音「h、k、s、t、p」有声音「g、z、d、b、m、n、r」半母音「w、y」
 kya、kyu、kyoなど拗音は、子音と半母音yの結合した音のこと。

 ハ行のなかで、ハヒヘホは、のどの奥の方をこすって息が出てきます。
 声をださずに、ささやき声で手をあたためてください。「ハーッ」これが、子音[h]の音。(声門摩擦音)
 (@ただし、「ヒ」の音は、イ段口蓋化という現象により、硬口蓋摩擦音になっています。)

 寒いときに手にハーっと息を吹きかけるのは、のどの奥で作られる「ハ」の息が、あたたかいため。

 フだけは、ハ行の中で、仲間はずれです。唇をせばめてこすった音を出しています。(口唇摩擦音)。だから、熱いお茶をさましながら飲むときは、フーッと息をふきかけます。唇から息が出るので、息は冷たいです。フは、ファ、フィ、フ、フェ、フォの仲間です。

 室町時代末期くらいまで、ハ行のひらがなは、この「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」の発音で読まれていました。「花」は「ファナ」「本」は「フォン」という発音だったのです。
 ハ行の音の中で、「フ」だけが、室町以前の発音のまま、のこったのです。

 さらに言うと、もっと昔は、ハ行のひらがなの発音は、「パピプペポ」と発音されていました。「ひよこ」は、ピヨピヨと鳴くから「ピヨ子」。「花」は「パナ」と発音されていました。
 古語の痕跡を多く残している沖縄方言。宮古島方言では、今でも「骨」を「プネpune」と発音するそうです。
 (沖縄はアイウの3母音なので、「お」は「う」に変化。骨ホネ→ぽね→プネ。 人hito→pitu→プトゥptu)

 フは、上唇と下唇を狭めて、間からこすって息を出します。唇を閉鎖することはありません。
 唇をいったん閉じてから、両方の唇を破くようにして音を出すと、[p][b]の音になります。(口唇閉鎖音)

 声を伴わないで「プッ」と息を吹き出すと、無声音[p]の音。声を伴って(声帯をふるわせる)息を吹き出すと[b]の音が出ます。
 唇で音声がぶつかったとき、音を鼻から出してやると[m]の音になります。「ムー」(口唇閉鎖鼻音)

 舌先を上の歯茎につけて、舌をはじくようにして息を出すと[t][d][r]の音が作れます。
 舌先を歯茎の上につけて、鼻から息をだすと、鼻音の[n]になります。「ン」
 声をださずにささやき声で「トゥ」と言ってみて。これが[t]の子音です。(歯茎閉鎖音)
 
 タ行のなかで、この[t]の音を使うのは、タ、テ、トの三つだけ。ta、te、to 。
 タ、ティ、トゥ、テ、トta、ti、tu、te、toが、仲間です。

 奈良時代以前、種々の資料から、タ行の発音は、この「タ、ティ、トゥ、テ、ト」であったと推察されています。

 「チ」は、チャ、チ、チュ、チェ、チョの仲間。cha chi chu che cho 
 ツも、タ行の中では、仲間はずれです。「ツ」の仲間は、ツァ ツィ ツ ツェ ツォ tsa tsi tsu tse tsoです。

 室町時代までに、ティ→チ、トゥ→ツ、の変化が起りました。

 五十音図のタ行、ダ行、サ行、ザ行には、このような「仲間はずれの音」がまじっています。
 舌がどこにくっつくかを注意を払いながら「たちつてと」と、言ってみると、「た」と「ち」では、舌の位置が異なっていることが意識化されます。

<つづく>


2006/06/05 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(28)シェンシェイ、おはようごじゃいます

 舌先を歯茎の前部分にくっつけて少しすきまをあけて息を出し続けると摩擦によって[s]の音がでます。声をださずに「スー、スー」と言ってみる。これが[s]の子音です。(歯茎摩擦音)

 舌先を歯茎にくっつける「スー」に対し、舌の上前方を持ち上げて「シィー」と言ってみる。ささやき声で「静かに!」の意味で合図する「シィーッ」これは、「∫」[sh]の子音。
 サ行の中で、さ、す、せ、そは、sa su se so です。サ、スィ、ス、セ、ソ が仲間。
 「し」は、「sha shi shu she sho」シャ、シ、シュ、シェ、ショの仲間で、サ行のなかでは、仲間はずれの音です。

 北九州のお年寄りの発話では、今でも古来の発音である「シ、シェ」の発音が残っています。「先生は、世界を知っている。シェンシェイは、シェカイをシッている」
 京都御所の「朱雀門」、現在は「すざく門」と発音していますが、昔は漢字の通り「しゅじゃく門」だったのです。

 朝鮮韓国語では、「ザza」の発音を使いません。ですから、「~ございます」というところを「~ごじゃいます」と、発音する人が多い。OKです。ノー、プロブレム。
 私は、「発話内容の意味を取り違えることがない発音のなまりは、許容範囲とする」という考えです。

 「ビョーイン」と「ビヨーイン」の区別ができないと、困ります。
 先生が「○○さんのお母さんは、今日午後、三者面談に来られますか」と電話してきました。「いいえ、今日午後、ビヨーインの予約があるので、学校へいけません」と、答えた親は、「子どもの進路相談より、ヘアーセットが重要なのか!」と、思われてしまいます。
 だから、私は、ビョーインとビヨーインの区別は何度も練習させます。

 ビョーインとビヨーインは、取り違えると誤解がおこるけれど、「おはようごじゃいます」は、意味を取り違えることがありません。
 「おはようごじゃいます」という発音を受け入れてくれる環境であり、誤解されることはない場合、私は「○○風日本語」として認めたいと思っています。

 地方の方言を残したいのと同じように、それぞれの外国なまりも、誤解されずにコミュニケーションがとれる範囲で、許容すべきだと思っています。

<つづく>




日本語音声学基礎1-14

2011-10-07 22:50:00 | 日本語学
2006/05/04 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(1)教科書は自分の耳自分の口

 新学期、授業の参考書のひとつとして金田一春彦の岩波新書『日本語 上下』を紹介しました。
 「日本語に関する参考書は、いろいろありますが、これは、新書本で一番手に入りやすいのでおすすめします。私は古本屋で上下あわせて200円で買いました。まず、古本屋をさがして、なかったら岩波新書を扱っている書店を探してください。上下買っても千円ちょっとだから」と、学生たちに言っておきました。
 
 1年生のAさんは、高校の教科書のように考えて、メールをよこしました。

「 先生!!遅くにすみません★月曜4限目、日本言語学概論のクラスの1年、Aです♪
 先生が先週言っていたテキスト「日本語」の本の上下がまだ見つかっていません。

 簡単に見つけられると思っていたのですが古本にも普通の本屋サンにも売ってないんです。それで今取り寄せてもらっている最中なのですが月曜日までには間に合わないみたいなんです。

 先生、テキストを持っていくの次の週からでもいいですか?? 」

 だから、テキストじゃないんだったら。
 参考書なんだから、買うのも買わないのも自由。「買って読んでおけば、私の講義がより分りやすく聴けるよ」って紹介したのだけれど、新入生は、授業とはまずテキストがあって、それを読んで暗記し、先生が板書したことを逐一ノートに書き取ることが勉強だと思いこんでいる。

 そうじゃないんです。参考書は参考にするために読む。大学の勉強は、まず、自分の頭で「なぜ?」という疑問を導き出すこと。なぜ?の疑問を解明するために、自分の脳をフル回転させて、考えてみる。そこからスタートしたいのに、こんな基本的なことが、今時の学生にはなかなかわかってもらえない。

 「日本語と他の言語の発音の違いを復習しましょう」
 なんて、言っただけでは、学生はなかなか自分の頭で考えようとはしない。日本語音声学の基本を講義しても、眠くなるだけ。
 そこで、私の授業は、自分で声をだし、体を動かすことからはじめます。

 「日本語の外来語の発音と英語の発音を比べてみましょう。英語と日本語のように、系統の異なる言語を比べる学問を対照言語学っていいます。文法や語彙、発音、言語のいろんな面を照らし合わせて見ていきます。」

 「日本語学概論」の授業、日本語の発音と他の言語の発音のちがいを聞き分けるゲームからスタートします。

<つづく>

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2006年05月05日


ぽかぽか春庭「新学期、右へ左へウロウロと」
2006/05/05 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(2)新学期、右へ左へウロウロと

 「大学1年生は、中学3年高校3年、6年間英語を学んで大学に入学してきましたね。2年生はさらにもう1年勉強している。英語と日本語の照らしあわせ、大丈夫かどうか、ちょっとチェックしてみましょう」

 英語の得意な学生は、自信満々で教師のことばを待ち受ける。ちょっぴり不安そうな、英語苦手の学生も。私も、ずっと、英語苦手でした。

 じゃ、いくよ。野球の守備位置で、真ん中はセンター、左側は?」
「レフト!」
「そうですよね。じゃ、右側は?」
「ライト!」
「その通り。日本語でもライト、レフトって、外来語で通じてますね。みんな世界野球、応援しましたねっ!」
「はーい!」
 このへんまで、学生も勢いがいい。

 「みんな、大リーガーになっても、ライトとレフト区別できそうだねっ。
 でも、松井やイチローじゃなくて、アメリカ生まれの大リーガーになったつもりでゲームやってみてね」

 ネイティブ大リーガーになったつもりで、右と左と区別できるか、やってみよう!私が右っていったら、右手あげてね、左って言ったら左手あげてね」
 新学期は右手左手あげさげゲームから始まりました。

 「いい、みなさんは、大リーガーなんだからね。ひっかかっちゃだめですよ。ちゃんと聞き分けてね.。左leftって言ったら左手だよね。右rightって言ってないときに、右手あげちゃだめですよ。

 大リーガーなんだから、たかが右手あげるくらいでダルそうに重そうに、あげないでよ。大丈夫だね。軽々とあげてね。私が軽いって言ったとき、重そうに右手上げないでね」
 
 「ライト、レフト、レフト、ライト、ライト」学生たち、右手と左手を上げ下げする。
 「ほう、みんな、調子いいね。じゃ、もう少し続けましょう。ライト、レフト、らいと、らいと、らいと、らいと、、、、、」

 「あれ?、みんな続けて右手あげてるけど、みなさん、今は大リーガーなんだよ。日本の学生じゃないんだよ。そんなに軽々と右手あげちゃっていいのかな。みんな、ひっかかってるよ」
 学生たち、「???」

 種あかし。
 「私は、右right、左left、軽いlight、軽いlight、軽い、軽い、と言いました。私がlight軽いって言っても、みんなは右手あげたよ」

 「な~んだ」と、学生。
 「先生のトリックにひっかかった」と悔しがるところから、「音声のちがい」に目をむけさせる。いや、耳をかたむかせる、かな。

 「英語から入った日本語外来語は多いけれど、lightとright、日本語外来語になると、どちらもライトで、同じ発音になります。
 英語耳にはまったく別の語にきこえるのに、日本語耳には、どちらも同じ音。どうして?」

<つづく>
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2006年05月06日


ポカポカ春庭「ライスを食べたり虱を食べたり」
2006/05/06 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(3)ライスを食べたり虱を食べたり

 日本語ではRとLの発音を区別して使い分けることはありません。巻き舌でライスと言っても、舌を口蓋にくっつけてからはじいてライスと言っても、聞く人は同じように「ラ」と聞きます。

 日本語では洋食レストランで「ライスひとつ」と、注文したら、それが英語話者の耳に「lice(しらみ)」と聞こえたとしても、「rice(ごはん)」がちゃんとお皿にのって出てきます。日本語の外来語に「ライス=虱」なんてありません。

 もっとも、英語圏のレストランだとしても、「虱くださいlice please」と、注文してほんとに虱を食わせる店があるとは思えません。あえて、「ゲテモノ食堂」などに入ってみたなら別ですが。
 日本人が「ライス」と発音した場合、たいていシラミのほうのライスになっているのですが、たぶん、riceがお皿にのって出てくるだろうと思います。(lice はlouse の複数形)

 この話を学生にしたときの、最近の問題点。学生がシラミを知らないこと。猫や犬を飼っている家では、蚤を知っているのですが、頭につくシラミを直接見たことある人、少ないです。

 「みなさん、ネイティブ大リーガー耳になれなかったみたい。耳は日本語母語話者のままでしたね。じゃ、英語でスペル書き分けてみて」
 学生、ちゃんとritght と、light が、書ける。「right、右、権利」「light、灯、電気、明るい、軽い」

 「ほら、スペリングではちゃんと書き分けているのに、耳で聞いたとき、ネィティブ大リーガーになって、って言われても、日本語の耳できいてしまったね。なぜでしょう?
 英語の発音では、right とlight はまったく別の単語として区別されているのに、日本語外来語では、ライトとライト、同音異義語になります。英語耳で聞いてねって念をおされても、耳は外来語を聞く耳になっているんです」

 「スペリングだったら間違えないのに、耳では聞き分けができない。日本語の発音には、RとLを区別がないから。英語のRとLの発音の区別を習っても、聞き分けができるようになるのはむずかしいね」

 日本語を母語とする学生たち、英語のRとLの区別がむずかしいことを、納得しました。
 つぎに、日本語を母語としないで育った日本語学習者にとって、日本語の発音のどんなところが難しいのかってところを推察していきます。

 この推察、簡単にはできません。日本語母語話者にとって日本語の発音は簡単で、だれにもできて、難しいことなどひとつもないからです。
 
 あえて、母語話者にとっても発音の出来にくい点をあげておけば。一部の幼児、「ダ」の発音が「ラ」になってしまったり、「し」の発音が「ち」になって、「抱っこして」のつもりで「らっこちて」なんて発音することがある。まだ、調音のしくみが身についていない幼児には、調音点が同じ「だ」と「ら」、「ち」と「し」の区別はむずかしい。

 幼児の場合は「かわいらしい」とみなされるのに、大の大人がこのように発音したら「子どもっぽい」とみなされる。

RとLが、自分たちには聞き分けられなかったことを納得させてからでないと、有声音と無声音(濁音と清音)の聞き分けが難しい学習者もいることに、気づけない学生が多いのです。

 自分たちのできないことを知ってはじめて、他の言語の母語話者の中には、「パン」と「バン」、「タニ」と「ダニ」の区別が難しいという人たちもいることが納得できます。

 短母音と長母音の区別「おばさん」と「おばあさん」「地図」と「チーズ」の区別が難しい人たちもいるのです。
 病院と美容院の区別がなかなかできない学習者もいます。

<つづく>
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2006年05月07日


ぽかぽか春庭「わたしはあなたをこすります」
2006/05/07 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(4)わたしはあなたをこすります

 RとLの聞き分け、c************さんから、発音するときの留意点をbbsにいただきました。ありがとうございます。
 発音できるようになると、聞き分けもできるようになる学生もいます。しかし、自分が発音できるようになっても、耳での聞き分けは難しいって人も多い。私も、口での発音区別はできても、なかなか耳での聞き分けができないうちの一人。

 bbsへの返信から
 『 よほど注意深く耳をそばだてても、I love youと言われたのか、I rub you と言われたのか、区別つきません。
 「日本人をからかうのに、一番いい方法」として「私はあなたをこすります」と、言ってやると、ほとんどの日本人は、うれしそうにはにかむ、っていう冗談があります。
 私は、あまりこすられたくないのだけれど、たぶん、I rub you と言われると、うれしがっちゃいますね。』

 「I rub you 私はあなたをこすります」とささやかれたら、私には「I love you」と、愛の告白にきこえてしまう。
 日本人には同じに聞こえる「アイラブユー」。RとLの聞き分けプラス、BとVの聞き分け。「あなたをこすります」と言われても「あなたを愛してます」と言われても、どっちがどっちやら、同じにきこえてしまいます。

 「私はあなたを愛してます」はうれしいけれど、むくつけき男に「わたしはあなたをこすります」って言われたら、気色悪いかも。
 RとL、BとVのように、自分の母語に区別がない音を聞き分けることはむずかしいんです。

 同じことばのなかであっても、自分の生まれたときに覚えた発音にない音は、練習しないとできません。方言などの差が大きい場合です。

 英語の中にも、さまざまな方言があり、同じロンドンで暮らしていても、昔は、下町の庶民のことばと上流階級のことばには、歴然とした差がありました。

 映画「マイフェアレディ」の中で、オードリー・ヘプバーンが博士に命じられてやっていたのは、ろうそくの炎をゆらす練習。これは、有気音の「H」を練習しているシーンでした。

 「H」の音、息を外に出して発音すると炎がゆれる。「H音」が弱いと、「ヘイ」が「エイ」になり、「ヒー」が「イー」に聞こえる。
 オードリー扮するイライザは、コックニーなまり(ロンドン下町なまり)の発音矯正から始め、H音の習得いっしょうけんめいやりました。蝋燭の炎で前髪をこがしそうになるくらい。

 母語(生まれてから数年で自然に身につけた言語)の発音がしっかり身についている人にとって、他の言語の発音を習うのは、そんなに簡単なことじゃありません。でも、やってできないことでもない。

<つづく>
09:40 コメント(6) 編集 ページのトップへ
2006年05月08日


ぽかぽか春庭「今朝もパン、おひるもぱん」
2006/05/08 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(5)今朝もパン、おひるもぱん

 イライザが生まれながらの下町なまりから練習の末、上流階級の英語(クィーンズ・イングリッシュ)を身につけることができたように、日本語にない音の区別も、日本語学習者が、一生懸命練習すれば、できます。

 日本語母語話者が外国語を習うとき、難しい発音のひとつ。有気音(息を出す音)と、無気音(息を出さない音)の区別があります。

 「じゃ、次、わたしが、何を食べたか、聞き分けてください」
 「けさ、パンを食べました。おひるに、ぱんを食べました」
 「今朝、何を食べた?」
 「パン」
 「その通り」
 「お昼ごはんは?」
 「パン」

 「朝も、お昼もパン?そう、みんなの耳には、朝も、昼も同じパンを食べたって聞こえたよね。
 でもね、私たちの耳には同じライトって聞こえても、英語母語話者の耳には、right とlightは別の単語に聞こえるのと同じように、パンと息を前に出して言ったときと、ぱんと息を前に出さないようにして言ったときでは、まったく違う単語に聞こえる言語もあります。

 この違いを有気音と無気音のちがいと言います。日本語は、息を出す音と出さない音、すなわち有気音と無気音の区別をしない言語です。だから、パンと息を出しても、ぱんと息をださずに言っても、同じ発音に聞こえます。
 でも、息を出す音と出さない音を区別してことばを作っている言語の人には、息を出すパンと息をださないぱんは、まったく違う音に聞こえているんですよ」

 まだ有気音と無気音の区別がよくわからない学生もいる。そりゃそうです。
 耳で聞いただけでは同じ音にしか聞こえないのが、日本語母語話者です。

 ティッシュペーパーを一枚とりだし、顔の前へ。ペーパーの下端が口の前にくるように、顔の前にぶらさげる。

 息を出して「パン」と言う。ペーパーは、息の風でゆれる。
 つぎに息を外にださないようにして「ぱん」。ペーパーはゆれない。

 学生にもペーパーを口の前にださせて、ペーパーを揺らさずに「ぱん」と言わせる練習。
 慣れればできるようになるのだが、最初のうちは息を吐き出さないで「ぱん」と言うことは、日本語母語話者にはむずかしい。

 「ばん」と言ったときは、息が「ぱん」ほど外に出ていかないことを確認させる。(パンとバンの違いは、無声音と有声音の違い)
 韓国語を履修した学生は、無気音をやってみて、「濃音だね」と、納得している。

 「パン」と言うと、たいてい息が口から勢いよく出てしまう日本語母語話者、テイッシュペーパーをゆらさずに「ぱん」と言ったつもりでも、ペーパーは、かすかながらゆれる。

 でも、そのうち、「できた!」と、言う学生もでてくる。全員ができるようにならなくとも、ここらで無気音の練習はおわり。

<つづく>
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2006年05月10日


ぽかぽか春庭「「ん」にもいろいろ異音の話」
2006/05/10 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(6)「ん」にもいろいろ異音の話

 日本語には、有気音と無気音の区別がないが、有声音と無声音の区別がある。「番」と「パン」は、異なる単語と意識され「金」と「銀」は別の意味と認識される。

 しかし、有声音と無声音の区別が自分の母語にはない、という学習者もたくさんいます。
 有声音と無声音の区別をしない言語の代表、中国語。

 昔むかしのテレビのなかでのこと。中国ナマリをからかって、お笑いのコントではよく「あんた、ぱかアルよ」「パカって何だい」「パカはね。パカのことね」などと言わせていました。語頭での有声音と無声音の混同を笑いのタネにしていたのです。
 現在では、このようなナマリをからかうコントをやったりしたら、国際問題になりかねないので、見ることはなくなりましたが。

 中国語母語話者にとって、有声音(濁音)と無声音(清音)は異音です。
 中国語は、有気音と無気音によって単語を区別し、また高低アクセント(四声)によって単語の区別をします。

 しかし、有声音と無声音は、「ダン」と「タン」、「バカ」と「パカ」は、同じ単語なのです。有声音と無声音は、同じ音の異音だからです。
 日本人にとって「R」と「L」は、異音なので、right もlight も、どちらもライトで、耳できいたのでは同じ音に聞こえるのといっしょです。

 異音というのは、音声的には別の発音をしているのに、発音している人は同じ音を発音していると思っている発音のこと。

 日本語では、「ん」の異音が代表的。
 「ん」には三つの異音があります。でも、ほとんどの日本人はこのことに気づいていません。

 さんま(秋刀魚)の「ん」は「m」と発音しています。
 「さんま」と、言ってください。つぎに「さんま」の「さん」を言ったら、「ま」を言おとして、言わない。「ま」をいう直前で、とめます。
 自分の口を鏡に映してみて。唇は閉じていますね。「さんま」の「ん」は、口をとじた「m」の発音。

 さんど(三度)の「ん」は「n」です。
 「さんど」と言ってみてください。つぎに「さんど」と言おうとして、「さん」だけ言って、「ど」を言わずに直前でとめ、自分の舌がどこにくっついているか、確かめてみて。歯茎の上に舌があります。唇はとじていないはず。「さんど」の「ん」は「n」の発音。

 さんご(珊瑚)の「ん」は「ng 」です。
 「さんご」と言ってください。次に「さんご」と言おうとして、「ご」の直前で、「ご」を言わにず、やめます。のどの奥のほうに舌がくっついているのを確かめてください。これが「ng」です。

 ひらがなでは同じ「ん」だけど、マ行、バ行、パ行の直前では「m」になる。サ、ザ、タ、ダ、ナ、ラ行の直前では、「n」になる。ア、カ、ガ、ハ行の直前では「ng」になる。
 それぞれ異なる発音をしているのです。

ほら、あなた、何十年も日本語を使ってきたのに、「ん」の発音を使い分けていること、今まで、気づいていなかったでしょ。無意識だったからです。
 これが、異音です。

<つづく>
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2006年05月11日


ぽかぽか春庭「タンスしました」
2006/05/11 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(7)タンスしました

 「m」「n」「ng」三種類の異音がある「ん」
 しかし、日本語母語話者は、全部同じ「ん」だと思い、自分が単語によって異なる「ん」を発音をしていることに気づいていません。

 日本語教員養成教育講座では、このような「無意識での日本語」を「意識化された日本語、客観的にみる日本語」として、気づかせていくのです。

 日本語母語話者が、「ん」の異音に気づかないように、中国語母語話者も、自分たちにとって、有声音と無声音が異音であることなど気がつきません。無意識に使い分けているのです。
 中国語母語話者にとって、「だ」と「た」、「べ」と「ぺ」など有声音と無声音は異音であり、単語を発音する前後の音の影響で変ります。音が変っても、語の意味は同じです。

 私たちがペキンと発音している中国の首都「北京」。
 アルファベット表記は、Beijingです。語頭のBは、無気音です。
 海外の空港で北京行きの便を電光表示板でさがし、Pekinだと思いこんで探していたので、いくらボードを繰り返してみても、Beijingが目に入らなくて、北京行きの飛行機に乗り損ねるところだった、という人もいました。
 北京をペキンと思っていたら、ベイジンだった、というわけです。

 この語頭の発音、日本語の「ぺ」でも「ベ」でもありません。息を出さないでいう無気音の「ぺ」なので、日本人の耳には「べ」と聞こえると思いますが。

 日本語初級の最初の文型、「私は○○します」「きのう、○○しました」を習った後、教師は、学生に昨日の行動をインタビューする。

 「ヤンさん、きのう、何をしましたか」
「わたしは、スーパーへ、たまごを買いました」
「ヤンさん、もう一度言ってください。スーパーで、たまごを買いました」
「スーパーで、ペンを買いました」
 なんて問答を学生と続ける。

 中国から来た留学生に質問。
 「リュウさん、きのう何をしましたか」
「タンスしました」
「え?もう一度」
「タンスしました」

 ここで、日本語教師の頭に、誤用の理由があれこれ思い浮かぶ。
 かれが、引っ越ししたばかりなら、荷物を運んで箪笥の整理をしたことも考えられます。

 追加の質問。
「どこでしましたか。リュウさんの部屋で?」
「ティスコでしました」
 これで、判明。彼には、有声音と無声音の区別がまだできていないのです。

 大丈夫、彼に有声音の「だ」が発音出来ないのじゃありませんから。
 自分では「だ」と「た」を無意識に発音しているので、意識化させれば、「ダンス」と「箪笥」は別の意味なのだということがわかってきます。

 日本語母語話者も、意識的に練習すれば、RとLの発音を区別できるし、聞き分けも次第にできてくるのと同じです。

 練習すれば、「きのうディスコでダンスしました」と言えるようになります。

<つづく>
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2006年05月12日


ぽかぽか春庭「シーッ、静かにしてから授業続行」
2006/05/12 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(8)シーッ、静かにしてから授業続行

 中国語など、有声音と無声音の区別がない言語を母語とする人々にとって、日本語の有声音(濁音)と無声音(清音)の区別は、慣れるまでたいへんです。

 有声音と無声音のちがい。
 とりあえず、有声音とは日本語の母音あいうえおと、ひらがなの濁音と思ってください。濁音プラス、鼻音(鼻から息が出る音)の[m]と[n]、はじき音(流音)の[r]、半母音[y][w]が有声音(のどの声帯がふるえる音)です。

  無声音とは「k、s、t、h、p」などですが、日本語の音節は、ほとんどが子音+母音でできているので、日本人に無声音だけを発音させることはむずかしい。
 「か」とか「た」と言ったときには、有声音の「a」が含まれているので、声帯がふるえてしまっているからです。

 「無声音ってどんな発音?音を出してみて」と学生に言う。
 「え~どうするの」がやがやガヤ。
 そこで、ひとさし指を口にあてて「しーっっ静かに。はい、まねしてみて。しーっっ」
 ここで教師がやってみせるのは、声をださずに、ささやきで言うときの「しー」
  学生も「しーっっ」

 「ひとさし指を口からはずして、その手をのどに当ててみて。はいもう一度、しーっっ」
 「どう、手がビリビリってふるえた?ふるえてないよね。これが無声音のひとつ。「∫(国際発音記号のひとつ・Sを長くひきのばしたような形)」=「sh」の発音です。

 じゃ、つぎに、手をあてたまま、アーって言ってみて。ア~。どう、こんどは、ビリビリふるえを手に感じたでしょ。これは、のどがふるえているからですね。のどと言っても、正確には声帯。この声帯がふるえる音が有声音です」

 日本語母語話者には、無声音(清音)と有声音(濁音)の区別ができて、有気音と無気音の区別ができない。
 中国語母語話者には、有気音と無気音の区別はできて、有声音と無声音の区別がむずかしい。

 いかがですか、授業実況中継聞いてみて、日本語に興味わいてきました?
 有気音と無気音、有声音と無声音、日本語の清音と濁音の区別がついてきましたね。

 私、いつも90分めいっぱい使ってしまいます。
 授業時間オーバーは学生に嫌われます。90分の持ち時間のうち、10分遅れで教室に現れて、10分早く授業を終わらせるのが、学生に好かれるコツなんだってわかっているのだけれど、、、、

 はいっ、そこのふたりっ、この教室内では、私語禁止!シーッ!
 はい、みんないっしょに声ださずにささやき声で、シーッ。これが、無声音のひとつでしたねっ。

<つづく>
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2006年05月13日


ぽかぽか春庭「鼻濁音で「がぎぐげご」
2006/05/13 土
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(9)鼻濁音で「がぎぐげご」

 私の授業、講師説明中の私語は禁止だけれど、学生同士でおしゃべりする「チャットタイム」を授業中に設けることもあります。コミュニケーションの練習です。

 「どの地方の出身か、ペアで質問し合って」などのコミュニケーションの課題を出します。
 このチャットをしていて、福島出身のひとりが、「自分が無アクセント地帯の発音なんだって、はじめてわかった」と、感想を言いました。
 茨城、栃木、福島の一部の地方では、高低アクセントのない、「無アクセント=全部、平板アクセント」で話されています。

 私も地元で暮らしている間、自分は標準語で話していると思っており、他の地域の人とアクセントや語彙に違いがあることに気づいていませんでした。
 私の地元では、鼻濁音は使いません。だから、大人になるまで、鼻濁音を発音できませんでした。
 鼻濁音が出来るようになったのは、朗読の発音発声の訓練を受けてのちです。

 b********さんから、コメントをいただきました。日本語に関心を持っていただき、うれしいです。

 『 「が」の発音も濁る「が」と濁らない「が」がありますね。地方によってちがうようで、わたしが小学生で大阪府箕面市にいたころ、合唱隊の先生は「が」をきれいに発音するよう指導されました。
 富山から転校してきた子が「が」が汚くない発音だ、というのです。ngaという感じですね。いま、長崎でも同じ職場の人がそんな発音でした。字に書くと「が」ではないような気がするのですが。 (2006 5/10 13:58)

 「ん」の三つの異音が、意識されていないのに比べると、「が」のふたつの異音、口音の濁音「がga」と鼻濁音「がnga」は、日本語母語話者も「ふたつの異音」として意識している音声です。

 地域によって、鼻濁音を使うところと使わないところがあるので、やわらかい「が」と硬い「が」、とか、きれいな発音の「が」と、きたない「が」などと意識されてきました。

 鼻濁音ができないと、おしゃべりが少し「硬い」感じになるのだと思います。私自身は普段の生活では、鼻濁音を使わないで話しています。朗読や歌をうたうとき、日本語教育の授業でのみ鼻濁音「が」を意識して使っています。

 「が」の2つの異音、口から息が出る口音の濁音「が」と、鼻から息が出る鼻濁音「が」です。
 鼻から息が出る音は「鼻音」と言います。日本語の鼻音は[m]と[n]、つまりマ行の音節とナ行の音節です。

 mの音が鼻から息をだしている、ということさえ気づいていなかった学生達。まず、ハミングをさせます。「♪ム~」
 つぎに鼻をつまませ、ハミング。鼻をつまむとハミングできない、mの音は発音できないことに気づきます。

<つづく>
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2006年05月14日


ぽかぽか春庭「カメラは欲しいが、ガメラはちょっと」
2006/05/14 日
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(10)カメラは欲しいが、ガメラはちょっと、、、、

 [m]が、鼻から息を出している鼻音であることを確認してから、口音濁音の「が」と鼻濁音「が」の練習。鼻濁音は、発声訓練の本などでは、「か」に○をつけた表記をしているのもあります。
 語頭の「が行音」は、「ガラス」「ゴマメ」「ギンコウ」など、口から息を出す「口音」の「が」です。

 語中や、助詞の「が」は、鼻から息をだす[nga]になるのが、標準語の発音でした。
 「わたしが」と言うときの「が」は、鼻濁音になります。
 語中や語尾の「が」を、鼻濁音で言うか言わないか、人により、地域によって異なります。

 タンゴ、マンガ、など、「ん」の後の「ガ行」のとき、鼻濁音がよく使われます。
 でも、口音の「が」と鼻濁音の「nが」は、異音ですから、どちらを耳にしても、単語の意味は変りません。「まんnが」と、鼻濁音で言っても、「まんが」と、鼻濁音を使わずに言っても、漫画という意味をとりちがえることはありません。

 昔のアナウンサーは、この鼻濁音ができるようになるまで、厳しい訓練を受けました。現在は、若者ことばにこの鼻濁音がなくなっている影響もあって、民法のアナウンサーにも、鼻濁音ができないまま発話している人が多くなっています。

 地方から上京したとき、外国語を習い始めたとき、外国語の歌を覚えたとき、など、客観的に自分のことばを見つめなおすチャンスです。日本語をみつめなおすと、いろいろ発見が出てきますよ。

 日本語は、有声音と無声音を区別して単語を作るので、パンとバンは、異なる単語になります。谷とダニもちがいますね。
 けれど、有声音と無声音の区別がない言語の人にとっては、パンとバン、谷とダニ、同じ音に聞こえます。

 これは、息を出して言う有気音のパンと、ださないで言う無気音のパンを、私たちは区別できなくて、両方とも同じ音にきこえるってことを考えれば、わかるでしょう。

 カメラとガメラは意味がちがう語です。私は、カメラ欲しいけれど、ガメラ、あまり欲しくない。えっ、欲しい人もいるの?、あ、フィギュアね。

 ただし、濁音の「が」と鼻濁音の「nが」は、異音だから、これをまちがえても、意味がわからなくなることはありません。
 鼻濁音をつかって「nガメラ nが nがんばっている」と言っても、「ガメラが がんばっている」と、口音濁音で言っても、意味はかわりません。

 NHKなどの標準的発音では、ふたつ目の「が」を鼻濁音にする。すなわち「ガメラ nが、がんばっている」になる。

<つづく>

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2006年05月15日


ぽかぽか春庭「マクドとマック」
2006/05/15 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(11)マクドとマック

 鼻濁音を使う地域と使わない地域が、日本国内でも地方によってことなることをお話しました。
 鼻濁音の有無だけでなく、地域によって、さまざまな方言が存在します。
 方言の差を知り、同時に外国語と日本語の差を知ることが、大切。

 東北方言、鼻にぬける鼻母音が多く、フランス語の響きに近いので、関東以西の地方の人が苦手なフランス語の鼻母音の習得が、東北出身者にとっては簡単だそうです。

 発音(調音)も言語によってそれぞれ違いますし、また、アクセントも、高低アクセントを使う言語と、強弱アクセントを使う言語があります。この違いも、だんだんわかってきます。

 日本語のなかでも、地域差で鼻濁音を使うところ、使わない所、あるように、高低アクセントも、地域差があります。
 また、語彙が地域によって異なることは、よく知られています。

 観光地へいくと、ハンカチやのれんなどに「お国ことば」の一覧などが印刷されたものを売っています。
 秋田料理の店、沖縄料理の店など、郷土料理の飲食店に入ると、そんなお国ことば暖簾がカウンター前や壁にかかっていたりして、読むのが楽しみです。

 さて、有気音無気音の練習で、「パン」「ぱん」と言っていたら、お腹空いてきましたね。「コバラがすいた」ってところです。
 郷土料理もいいけれど、手軽にハンバーガーでも食べましょうか。
 近くのマックへ行きましょう。

 関西出身の人、大阪の人は省略するとき、マクドっていうよね。東京では、たいていマック。こういう語彙のちがい、社会言語学で、地域位相差といいます。地域位相差っていうとむずかしそうですね。方言のことですよ。

 方言というと、「中央の標準語共通語が優位で、方言は一段おとる」みたいに、いまだに考える人もいるので、言語学では「方言」ではなく、「地域位相差」というのです。

 でも、私は方言が大好きで、日本語の豊かな言語文化を支える基盤は方言だと思っているので、「方言」という言い方も遠慮なしに使います。

 大阪ふうにきいてみましょうか「なぁ、にいちゃん、このへんにマクドあらへんかなあ、教えてぇな」
 「そんなもん、知らんわ。あんさん、マクドなんぞやめて、たこ焼きにしとき、ほら、あそこの角まがったら、すぐやで」

 「自分のことばは上品で丁寧だ」と思っている山の手奥様風「あの、お手間をとらせて、もうしわけございません、少々お教えいただけませんでしょうか。ちょっとおたずねしたいことがございまして。わたくし、マクドナルドという名のお店をさがしておりますが、見つからなくて、難儀しております。もしや、おたくさまがご存じでしたら、どのあたりにありますのか、お教えねがいたく、お願い申し上げます」
 こんな風に聞かれたら、私、「ああ、めんどくさ」と思っちゃうんですけれど。根がガサツなもので。
 
 私の舅姑の故郷、東北風だと、「マクドナルドさ、どさ?」簡潔きわまりなし。
 これだと、簡潔に教える気になります。「あの角まがって、右がわ」

 関西では、促音「っ」の入る音は避ける傾向があるので、「行ってしまえ打線」は
「いてまえ打線」になる。
 大阪では「マクドナルド」の前半をとって「マクド」と省略される。

 関東では、促音が多くなる。「どこかへ行ってしまえ」は、「どっか、行っちゃえ」
 マクドナルドを省略するとき、アイルランドスコットランドなどの出身者に多い人名マックドナルドの前半をとって、「マック」になる。

 地方によって、さまざまな語彙やアクセントがあります。
 方言は大切にしていきたい言語文化です。方言が出来る人、自分のネイティブのことば大事にしてね。

<つづく>
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2006年05月17日


ぽかぽか春庭「マクドナルドはドナルドの子」
2006/05/17 水
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(12)マクドナルドはドナルドの子

 マクドナルドが出てきたついでに、授業で頻出する「余談」「脱線話」のトリビアをひとつ。名字の解説。
 ファーストネームは、どの国でも親が子どもの幸福を願って名付けます。日本の女性の名前で一番多い名前、ひところは「幸子」でした。

 ファミリーネーム(氏姓)についてお話ししましょう。ファミリーネームの作り方のひとつの例です。

 先祖がアイルランド・スコットランド出身者に多い「マクなんとか」というファミリーネーム。「マック」は、「~の息子、~の子ども」という意味。

 ドナルドの子ども、ドナルドの子孫、というファミリーネームがマックドナルド。マッカーサー(マックアーサー)は、アーサーの子孫。マックガバン、マッケンジーなども。

 「~の子」という意味の接辞、マックのほかに「オ」を前につける場合もある。
 ニールの子オニール、ハラの子、オハラ。『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラ、ファミリーネームを見れば、アイルランド移民の子孫とわかります。

 イングランドなどでは、これが「ソン」になる。ジョンソン、アンダーソンなどの「ソン」、ジャクソンはジャックの子。
 また、アダムの子→アダムス、ジョーンの子→ジョーンズ、ウィリアムの子→ウィリアムズ。

 オランダ、デンマークなどでは、ヤンセン、アナセンなど、センをつけた姓が多くなる。「セン」も同じく、「~の子ども~の子孫」、という意味。ヨハンセンは「ヨハンの子」
 ちなみに、日本でアンデルセンと呼んでいる童話作家、地元デンマークではアナセンです。

 ドイツではゾン、ゾーンです。メンデルスゾーン、モーダーゾーンなど。

 ~ソン、~センなど、「~の息子」という意味のヨーロッパ圏の名字を紹介しました。ついでに、アラビア語圏のなまえ。

 アラビア語を中心とするアフロアジア語族文化圏では、自分の名前と父親の名前を重ねて名乗り、ファミリーネーム(氏姓)はありません。

 「モハメッド・アリ」という人がいたら、自分の呼び名がモハメッドで、お父さんの名前がアリ。モハメッドに子どもがうまれて、アブドゥラとなづけたら、その子は「アブドゥラ・モハメッド」になります。
 日本人にあてはめると「一茂茂雄」「良純慎太郎」「孝太郎純一郎」「光永將」という名乗りになります。

<つづく>
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2006年05月18日


ぽかぽか春庭「ラディンの息子、バトゥータの子」
2006/05/18 木
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(13)ラディンの息子、バトゥータの子

 ヨーロッパ文化圏に多い~ソン、~セン、~ゾンなど「~の息子」と同じように、アラビア語圏でも「息子」をつける場合もあります。

  「イブン」が「~の息子」の意味。
 イブン・バトゥータは「バトゥータの息子」、イブン・ハルドゥーンは、「ハルドゥーンの息子」。イブン・アッズバイル、イブン・トゥールーンなどなど。
 アラビア系の人の名前、やたらにイブンばかりが多いと思いました。イブンはファーストネームじゃなくて、「~の息子」だったんですね。

 c******さんのコメント。ありがとうございます。
『 かの有名な?サウジアラビアの富豪の子息、
オサマ・ビン・ラディン・・・これも「ラディン家の息子」と言うらしいですね
(2006 5/17 23:48) 』

 その通り、オサマ・ビン・ラディンのビンが「~の息子」にあたります。「ラディンの息子オサマ」です。
 日本の新聞などでは「ビン・ラディンはいまだに潜伏中」などと、書かれていますが、アラビア語圏では「オサマは、健在」と書かれます。ファーストネームを呼ぶほうが一般的なので。

 アラビア語と同じアフロ・アジア語族(セムハム語族)に属するヘブライ語で、アラビア語のbinに当るのはbenです。
 映画の「ベン・ハー」はBen Hurでson of Hur、ハーの息子。
 イスラエルの国際空港の名前にもなっているベングリオンは、元首相の名からとられました。ベングリオン、すなわちグリオンの息子です。

 こういう余談がしょっちゅうさしはさまれるので、なかなか本題がすすまないのが、私の授業なのですが、まあ、これも言語文化を知る一環です。

 どの文化にとっても、母語は大切な「文化の基盤」です。
 日本語との違いを理解しつつ、その母語の持つ特性を尊重しながら、日本語を教えていくことが重要です。

 はい、余談はおわり。マクドナルドの話にもどります。
 また、アメリカ生まれの大リーガーになってください。まあ、大リーガーじゃなくてもいいんだけど、とにかくアメリカに住んでいて、生まれたときから英語しゃべっている人です。

 マクドナルドはどこか、聞いてみましょう。
 アメリカじゃ、マックやマクドじゃ通じないかも。はい、道きいてみて。

 あてられた日本人学生、英語なら得意って顔をして「フェアリーズ マクドナルド」と、質問を英作文して言う。「マクドナルドは、どこですか Where is MacDonald?」と、たずねたつもり。

 教師の返事「えっ、なんですって?どうしたの?」

<つづく>

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2006年05月19日


ぽかぽか春庭「マック食うのも一苦労」
2006/05/19 金
ニッポニアニッポン語教師日誌>日本語ってどんな言語?まずは発音から(14)マック食うのも一苦労

 「Fea lii-zu makudo-narudo ふぇありーず まくどなるど」という「英作文?」を耳にしたアメリカ人役の教師、おおげさに「What? Can I help you? 何?お手伝いしましょうか?」
 「Makudo-narudo? What's it? マクドナルドって何?」

 日本人学生、困った顔で「あのぉ、マクドナルド ユーノー?マクドナルド?あの、ハンバ^ガー。アイ、ウォント トゥ イート、ハンバーガー、Han-baa-gaa、」なんて言う。
 
 「マクドナルド」と、6つのカタカナをひとつひとつ読む言い方で発音したのでは、たいていの町でわかってもらえません。「ハンバーガー」も、「ハン、バー、ガー」では、なんのことやら。

 日本語の音節と拍(モーラ)について、理解しないまま英語にあてはめても、このような「日本語式モーラの英語」になるのです。

 無理してマクドナルドを何度も言い直すより、まるっこいMのロゴマークを書いてみせたり、ハンバーガーの絵を描いて、手でつかんで食べるマネをするほうが、わかってもらいやすいかも。

 なぜ、アメリカ風にマクドナルドが発音できないのか。日本語と英語は、音の組み立て方がちがうからです。

 日本語は、開音節であり、音節ひとつひとつの拍の長さが等しい。高低アクセントによって発話を形づくる言語です。
 英語の単語は、日本語と音節構造が異なる閉音節の語が多く、強弱アクセントなので、日本語とはずいぶんちがう。
 こんな風に言われると、なんだかすごく難しそうですね。

 日本語の音節と拍、アクセントについてお話しします。

 日本語は、ひとつひとつの発音の単位=音節が、全部で百ちょっとあります。
 音節というのは、発音するときの、音の単位のひとつです。ひとつのまとまった音声(音韻)と認識されて発音する単位が音節です。
 (「ツェ」「ディ」などの音節を日本語音節の中に含めるか含めないかで、学者によって音節数の数え方が異なる。ツェなどは、外来語のみに使う音節なので)

 「日本語の音をひとつひとつ、言ってみて」というと、たいていの日本語母語話者は、「五十音表」に出ている文字をひとつひとつ読み出します。
 ひらがなひとつひとつ。清音と濁音(文字でいうと、ひらがなに点々つき)半濁音(は行の文字に○つき)、「きゃ・きゅ・きょ」などの拗音。
 この平仮名文字を発音したのが「日本語の音節=発音の単位」と思ってください。

 そのほか、特殊拍とよばれる、撥音(文字でいうと、ひらがなの「ん」)促音(文字でいうとひらがなの小さい「っ」)長音(文字でいうと、カタカナの、伸ばす棒「ー」)
 このひとつひとつを、一拍(1モーラ)と、数えます。

<つづく>


日本語音声学基礎 目次

2011-10-03 19:23:00 | 日本語学
5/04 日本語ってどんな言語?まずは発音から(1)教科書は自分の耳自分の口
5/05 日本語ってどんな言語?まずは発音から(2)新学期右へ左へウロウロと
5/06 日本語ってどんな言語?まずは発音から(3)ライスを食べたり虱を食べたり
5/07 日本語ってどんな言語?まずは発音から(4)わたしはあなたをこすります
5/08 日本語ってどんな言語?まずは発音から(5)けさパン食べて、おひるもぱん
5/10 日本語ってどんな言語?まずは発音から(6)「ん」にもいろいろ異音のはなし
5/11 日本語ってどんな言語?まずは発音から(7)タンスしました
5/12 日本語ってどんな言語?まずは発音から(8)シーッ、静かにしてから授業開始
5/13 日本語ってどんな言語?まずは発音から(9)鼻濁音で「がぎぐげご」
5/14 日本語ってどんな言語?まずは発音から(10)カメラは欲しいが、ガメラはちょっと、、、、
5/15 日本語ってどんな言語?まずは発音から(11)マクドとマック
5/17 日本語ってどんな言語?まずは発音から(12)マクドナルドはドナルドの子
5/18 日本語ってどんな言語?まずは発音から(13)ラディンの息子、バトゥータの子
5/19 日本語ってどんな言語?まずは発音から(14)マック食うのも一苦労
5/20 日本語ってどんな言語?まずは発音から(15)ハンバーガーとコーラ、プリーズ
5/21 日本語ってどんな言語?まずは発音から(16)日米野球、ストライクもちがいます
5/22 日本語ってどんな言語?まずは発音から(17)アイフルチワワのクゥちゃんを笑う野口さん、クックック
5/24 日本語ってどんな言語?まずは発音から(18)草です・母音の無声化
5/25 日本語ってどんな言語?まずは発音から(19)高低アクセント・下の駅、上の駅、上野駅
5/26 日本語ってどんな言語?まずは発音から(20)無アクセントはなつかしい響き
5/27 日本語ってどんな言語?まずは発音から(21)まあ、まあ、まあ
5/28 日本語ってどんな言語?まずは発音から(22)強弱強弱、強弱弱
5/29 日本語ってどんな言語?まずは発音から(23)ゆっくりでも大丈夫
5/31 日本語ってどんな言語?まずは発音から(24)沈んだ。あなた vs ありがとう

6/02 日本語ってどんな言語?まずは発音から(25)沖縄は3母音、東北は4母音
6/03 日本語ってどんな言語?まずは発音から(26)ボイン大好き?
6/04 日本語ってどんな言語?まずは発音から(27)子音はしい~んとしたりブゥたれたり
6/05 日本語ってどんな言語?まずは発音から(28)シェンシェイ、おはようごじゃいます
6/07 日本語ってどんな言語?まずは発音から(29)ツァーヌキ、クゥラサ~イ
6/08 日本語ってどんな言語?まずは発音から(30)一本でもにんじん、二足でもサンダル」
6/09 日本語ってどんな言語?まずは発音から(31)数取り団ゲーム
6/10 日本語ってどんな言語?まずは発音から(32)イッポン、ニホン、サンボン、ヨンホン
6/11 日本語ってどんな言語?まずは発音から(33)音の変化、連濁と促音化
6/12 日本語ってどんな言語?まずは発音から(34)音の変化、パパとハハ、コヒとコイ
6/14 日本語ってどんな言語?まずは発音から(35)音読みの原則
6/15 日本語ってどんな言語?まずは発音から(36)訓読みふりがなハングル」
6/16 日本語ってどんな言語?まずは発音から(37)漢字の字体、漢字の発音
6/17 日本語ってどんな言語?まずは発音から(38)生真面目な息子が、生な娘をめとって孫が生まれた
6/18 日本語ってどんな言語?まずは発音から(39)今日も梅雨。雨傘もって母音交替
6/19 日本語ってどんな言語?まずは発音から(40)ぼかぁ、シヤワセだなあ・わたり音の話
6/21 日本語ってどんな言語?まずは発音から(41)わたしはピアノ祖母はピヤノ
6/22 日本語ってどんな言語?まずは発音から(42)日本語で脳力トレーニング
6/23 日本語ってどんな言語?まずは発音から(43)音読みと漢字のツクリ
6/24 日本語ってどんな言語?まずは発音から(44)部首Kanji radicals
6/25 日本語ってどんな言語?まずは発音から(45)らくに楽しく易易楽々」
6/26 日本語ってどんな言語?まずは発音から(46)ロボットが奏でる音楽は楽しい
6/28 日本語ってどんな言語?まずは発音から(47)漢音呉音唐音
6/29 日本語ってどんな言語?まずは発音から(48)イッチ、ニー、サン
6/30 日本語ってどんな言語?まずは発音から(49)みかもよかもかこへいた

7/02 日本語ってどんな言語?まずは発音から(50)うなずき練習
7/03 日本語ってどんな言語?まずは発音から(51)きしゃのきしゃがきしゃできしゃした
7/04 日本語ってどんな言語?まずは発音から(52)鬼子母神は仏様に出会って変身
7/06 日本語ってどんな言語?まずは発音から(53)観音様は連声で変身
7/07 日本語ってどんな言語?まずは発音から(54)サンポン?サンボン
7/08 日本語ってどんな言語?まずは発音から(55)三分三十秒と三分の一
7/09 日本語ってどんな言語?まずは発音から(56)越南国も漢字を使用していた
7/10 日本語ってどんな言語?まずは発音から(57)GHQより日本国民へ!ひらがな漢字を廃止せよ
7/12 日本語ってどんな言語?まずは発音から(58)漢字ひらがな交ぜ書き表記法
7/13 日本語ってどんな言語?まずは発音から(59)お越し?お来し?日本語表記
7/14 日本語ってどんな言語?まずは発音から(60)トンキン湾は東京湾
7/15 日本語ってどんな言語?まずは発音から(61)名前の発音、グエンさん、ヤーメインさん、グオモールオさん
7/16 日本語ってどんな言語?まずは発音から(62)名前の発音、ぺさん、ヘボンさん 
7/17 日本語ってどんな言語?まずは発音から(63)名前の発音、ギョエテさん、イムさん、カムヨンさん
7/19 日本語ってどんな言語?まずは発音から(64)名前の発音、ラムさん、リンさん、ハヤシさん
7/20 日本語ってどんな言語?まずは発音から(65)ニーシーナンファンレン
7/21 日本語ってどんな言語?まずは発音から(66)ことばの海を漂流中


語彙と発音イテフ?イチヨフ?イチョー

2011-09-26 06:46:00 | 日本語学
2006/12/13 水
ことばのYa!ちまた>イテフ?イチヤウ?イチョウ?イチョー

 2006年、例年になく暖かい11月だったせいか、いちょうがいつまでも緑から黄色に変わらなかった。12月も半ば近くになって、ようやく見事な黄葉が見られるようになった。
 テレビのニュースでも、観測史上、最も遅い銀杏黄葉だと伝えている。

 春に「桜の短歌アンソロジー」をまとめたので、秋は「いちょう黄葉」アンソロジーをまとめようと思ったのだけれど、銀杏の歌は、思ったほど集められなかった。

 斎藤茂吉のいちょうの歌、三首。

わが庭の一木の公孫樹(イテフ)残りなく落葉しせれば心やすけし(斎藤茂吉 暁紅)
あらしのかぜ一夜ふきしきわがいへの公孫樹(いちやう)の樹には一葉だになし(同)
黄ににほひし公孫樹(いちやう)もみぢもことごとく落葉ししまへば心しづまるか(同)

 さて、ここで面白いのは、現代仮名遣いでは「いちょう」と拗音で書く、「銀杏」「公孫樹」の旧仮名遣い。
 明治初年に制定された歴史的仮名遣いでは「いてふ」だった。

 斎藤茂吉は、ひとつの歌集『暁紅』(1935年)の途中で、「いてふ」から「いちやう」に仮名遣いを変えている。
 これは、1932(昭和7)年に出版された、大言海(第一版)の説に茂吉が従ったことによるらしい。

 「イチヤウをイテフと書くのは、公孫樹の語源をイチエフ(一葉)と誤解したために生じた、まちがった仮名遣い。中国からこの木が渡来したときには、鎌倉時代であり、中国語は唐宋音の時代だったから、宋音の発音「イチヤウ」と書くのが正しい表記である。」
 
 この大言海説に従って、茂吉はイテフからイチヤウに表記を変えた。と、「新アララギ」代表宮地伸一さんのエッセイを読んで、へぇ!へぇ!だった。

 授業で、現代仮名遣いの基本を日本人学生に教えている。
 「蝶ちょう」を60年前までは、「テフテフ」と書いていた。
 平仮名が作られたころ、「テフテフ」という仮名のとおりに発音していたから「テフテフ」と書いた。

 でも、日本語は発音も語彙も文法も常に変化していく。「テフテフ→テウテウ→チョウチョウ」と、発音が変化したのに、表記はずっと「テフテフ」のままだった。
 でも、1946年に制定された新仮名遣いでは、発音通りに書くことが基本とされ、「チョウチョウ」になった。
 銀杏(公孫樹)は、発音の通りに「イチョウ」になた。

 私の予想では、メール文が定着する20年後には「ちょーちょー」と、平仮名長音表記も「ー」になる。
 学生たちは、長音記号「ー」をメールのひらがな文にも採用しているので。

 「ねーねー、きーて。きょーさー、みーこったらねー、ちょー、ばーかみたいっつーか、授業で漢字読まされてさー、銀杏の読み方とかわかんなくって、ぎんあんず?って答えたら、イチョーとギンナンと、ふたつ読み方あるんだっつーの、しらねーよ、そんなこと」と、ゆーよーなメール文が行き交っている。

ちょーハズイ熟字訓ての読まされて公孫樹はイチョーと読むとは知らんよ(熟字訓の読み方チェックをしたときの学生の気持ちを代弁 春庭短歌 ハズイ=恥ずかしい、の若者ことば) 

 次回は与謝野晶子鉄幹のイテフの歌

<つづく>
==============
もんじゃ(文蛇)の足跡
熟字訓の読み方チェックをしたい人はこのページへ。
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kanji1118a.htm

イチョウの日本への伝来に関して、『大言海』大槻文彦の説へも疑問がだされている。
中国文献、日本語文献の精査によるイチョウの伝来史に関して、茨城大学真柳誠教授の説が参考になった。
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper02/ityo.htm

引用禁止ページなので、引用できませんでした。興味がある方は、真柳先生のサイトへ。
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2006年12月14日


ぽかぽか春庭「いてふ散るなり夕日の岡に」
2006/12/14 木
ことばのYa!ちまた>いてふ散るなり夕日の岡に

 私の短歌ネタ本のひとつは『現代の短歌』(高野公彦編、講談社文庫)。
 ページをめくって、さがしたのだけれど、一首一首ていねいに読むのではなく、さっと眼を走らせる探し方だから、いちょうの短歌、ふたつしか見つからなかった。

 銀杏の歌、知っている人、おしえてください。もっとたくさんあるはずなんだけれど。
 1990年発行の『蒼空の蜜』の岡井隆の歌は、「いてふばやし」と書いている。上田三四二の歌は、「銀杏」にふりがながついていない。

落日に金枝銀枝ささげたるいてふばやしの銀杏(ぎんなん)の王(岡井隆 蒼空の蜜)

黄葉は空より賜(た)ぶといちはやく銀杏のひと木いろづきそめぬ(上田三四二 遊行)

 今年の紅葉、12月5日に白金庭園美術館の日本庭園で楓紅葉を眺めたのが、印象深い。 銀杏は、近所の保育園の庭の銀杏、あちこちの銀杏並木をながめている。
 『ルソーが見た夢』という展覧会を見に世田谷美術館へ行ったときに、砧公園のなかのいちょうが夕日に照っていた。水曜日に出講している大学の正門からつづく銀杏並木もきれい。夜の中央公園で、ライトに照らされた大銀杏も美しかった。
 
 緑のころには何度か見ているのに、黄葉の一番いいころに見る機会のなかった銀杏の木がある。小石川植物園の「銀杏に精子が発見された記念の木」、黄葉の時期に見たことがない。

 イチョウには雄の木と雌の木があり、ギンナンが成るのは雌の木だけ。そういえば、私は子供のころ、ギンナンが成るイチョウを見たことがなかった。うちの近所は雄の木ばかりだったのか。

銀杏(いちやう)の木鈴生(すずなり)に実の生(な)れる木と実の生らぬ木と二木(ふたき)揃へり(岡麗 朝雲)

 いちょうは、雄雌ふたつに分かれていることから、一対の木を夫婦に見立てることもある。
 夫婦して詠んだ銀杏の短歌を紹介しよう。

相見しは大き銀杏の秋の岡金色(こんじき)ながすひかりの夕(与謝野鉄幹) 

金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に(与謝野晶子)

 晶子の銀杏の歌は、教科書に載っていて、人口に膾炙したけれど、鉄幹の歌は知らなかった。それで、晶子の歌が、鉄幹を同じ銀杏をながめている歌だったらしいことに、今日まで気づかなかった。
 鉄幹と晶子の二首を並べてみれば、見事に呼応しあっていて、秋の夕日輝く岡に立ち、大きな銀杏の木をふたりいっしょに眺めていたのだということがわかる。

 鉄幹の歌は1904(明治37)年『毒草』、晶子の歌は1905(明治38)年の『恋衣』に所収。たぶん、1904年頃、そろって岡に立ち、夕日に照るいちょう黄葉をながめたのでしょう。

 しかし、夫婦の歌を並べてみると、鉄幹の歌も悪くはないが、やはり、晶子のいちょうの歌がまさっている。
 夕日の中に、圧倒的な存在感と美しさがきらめきを見せ、鳥の形の金色の葉が永遠に舞い落ちてくるような、めくるめく陶酔感を視覚化している。

 当初は晶子の短歌の師であった鉄幹だが、このあと、しだいに晶子の陰にまわるようになり、歌作から離れ、政治家をめざしたりするようになる。
 一方、晶子は11人の子を生み育てながら、歌に評論にと筆を立てていく。
 晶子の銀杏(いちょう)は銀杏(ぎんなん)豊作だった。

<おわり>


2006/12/16 日
ことばのYa!ちまた>熟字訓のはなし(2)いちょうひまわり伝来記

 中国語の漢字をそのまま当てる熟字訓。ものとことばがいっしょに入ってきたものと、べつべつのものがあります。

 夏休みに「伊藤若冲と江戸絵画展」をみたとき、江戸の絵師たちが、象、駱駝やひまわりなど、新渡来品として江戸の日本にもたらされた動植物を盛んに絵の題材にして、すぐれた作品を描き上げているのをみました。

 象や駱駝は、見せ物の興業記録が残っていて、いつ、どこから日本に入ってきたか、はっきりわかっているものが多いのに、植物については、よくわからないものもあります。

 ひまわりは、いったいいつ日本に伝来したのでしょうか。
 しらべてみると。
 アメリカ大陸原産の「ひまわり」が、ヨーロッパ経由中国まわりで17世紀の江戸に伝えられました。
 ひまわり、中国語では「向日葵=xiang ri kui シャンリークイ」といいます。

 日本に伝来して、若い茎が太陽の方向へ首を向ける、ということから「日まわり草」「日向草ひむきくさ」などと各地に呼び方ができ、中国語の「向日葵」の漢字を「ひまわり」と読むことにしました。

 いちょうはどうでしょうか。
 最初、中国でのいちょうの名前は、「鴨脚」だったそうです。水鳥の脚の水かきに葉っぱの形が似ているからです。でも、実を食用にすることが普及すると、実は「銀杏inxing」とよばれ、樹木も「銀杏」と書くようになりました。

 日本に入ってきたのは、さまざまな文献による調査で、おそらく室町時代半ばだということです。中国科学史の研究者、茨城大学の真柳誠教授の説です。

 真柳先生のサイトに、イチョウ伝来史がまとめられています。未完成の論文であり、引用禁止とのことなので、直接見てください。
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper02/ityo.htm

 鎌倉鶴岡八幡宮石段わきの大イチョウ。大イチョウには、由来がかかれていました。
 鎌倉幕府第二代将軍源頼家は、暗殺され無惨な最後となりました。頼家の息子公暁は、叔父の第三代将軍実朝を親の敵と思いこんで、暗殺しようとします。

 八幡宮に参拝する実朝を、石段のイチョウの陰にかくれて待っていた、という伝説。わたしなど、その話をすっかり信じていました。

 しかし、真柳教授の「イチョウは、室町以後に中国から伝来した」という説には説得力があります。
 植物動物が伝来したとき、その事実が中国側にも日本にも、文献が残されていない、ということは確率としてとても低い。

 中国と日本の文化状況を考えると、動植物に関してなんらかの言及がおこなわれることが普通であり、イチョウに関してだけなんの文献にもふれられていないとは、考えにくい。

 万葉集などの詩歌集のなかにも、イチョウやその異名に関する記述はまったくない。
 真柳先生が、数多くの文献を精査しても、室町以前の文献の中にイチョウに関する記録は見つからないのだそうです。

 そうなると、公暁はイチョウの陰にかくれることはできません。鎌倉時代初期に、体がかくれるくらいの幹になるためには、平安時代半ばにはイチョウが日本にきた計算になります。

 各地の巨樹には、たいてい伝説がつきものです。「弘法大師お手植え」なんて話ができあがると、それから逆算して樹齢何百年なんてことになる。ほとんどの伝説は伝説であって、史実とはちがいます。

 根拠がなくても、もっともらしい話を信じこむのは、人間の常。でも、きちんと事実を調べれば、確かなことがわかってくる。
 風説やアジテーションに巻き込まれることなく、きちんと事実を学ぶことから歴史も私たちの未来を豊かにしてくれることでしょう。

 「ことば」に関しても、調べてみると面白い事実がいろいろわかってきます。
 熟字訓の公孫樹・銀杏を調べてみたら、意外な事実に出会いました。調べてみるもんです。

 アジサイを紫陽花と書くようになったいきさつについては、
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kotoba0407a.htm
にまとめました。ごらんください。



語彙をふやそう2008年4月

2011-07-17 08:02:00 | 日本語学
2008/03/26 
ぽかぽか春庭・ことばの知恵の輪>毎日であう新しいことば(1)浦じまい

 新聞では、常用漢字外の漢字の場合、ルビがふられています。
 それで、読めない漢字には出会うことが少ないけれど、たまに漢字クイズ番組などで「この字、読めない、こんな熟語はじめて見た」という言葉に、まだまだ出会います。

 2月のテレビ番組の「漢字クイズ」では「沙蚕」を「ごかい」と読むのだと知りました。
 釣りの餌のゴカイ。ちゃんと漢字変換で出てくるのに、釣りをしないし、使ったことがなかった。

 金田一秀穂教授が読めなかった「雲梯うんてい」を、私も子供たちも伊集院光も読めたので、子供たちと「金田一先生、きっと校庭のうんていで遊んだことなかったんだね」と、言い合いました。

 もっとも私が子供のころあの遊具を「ウンテ」と呼んでいました。
 横に渡した梯子の横棒を手でつかんで移動していったので、ウンウンと手に力を込める「ウン手」と思いこんでいました。
 雲のはしご、雲梯であることを知ったのは大人になってからです。

 「家業が国語学」の家に育ち、京介、春彦に続く日本語学三代目の金田一秀穂先生でも、読めない漢字があるみたいですから、春庭、まだまだ知らないことばに出会うチャンスがあるってことでしょう。

 和語で新しいことばに出会うのは、方言だったり、専門用語だったり、古語だったり。一般には使われていないことばが多い。
 2008年2月に新しく知った、いくつかの和語。
 たとえば、ニュースで知った「浦じまい」

 「浦じまい」は、「清徳丸捜索打ち切り」で、行われた勝浦漁民の儀式がニュースとなり、はじめて知りました。

 イージス艦あたごと漁船清徳丸衝突事故のあと、勝浦の浜の人々が、海の無事を祈る儀式を行い、つぎに清徳丸家族の申し出によって、漁船群による捜索打ち切りの儀式が行われました。
 この儀式を「浦じまい」と呼ぶのだと、ニュースではじめて聞いたのです。

 「浦じまい」、悲しく厳粛な儀式を、ニュースが映し出していました。
 清徳丸の親子が無事であることを祈りつつ、浜の人々は心を残しながらも、魚をとる日常のなかに戻らねばならない、悲痛な儀式でした。

 2008/03/24付け朝日歌壇入選作
凪の海へ名を叫びつつ酒を振る<浦じまい>とう儀式せつなし(巻桔梗)
先人の哀しき知恵か浦仕舞怒り諦め祈りにつつみ(稲葉みよ子)

 この事件で、多くの人が「浦じまい」ということばをはじめて知ったと思います。
 そのひとつをご紹介します。chiyoisozakiさんのエッセイです。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/chiyoisozaki/diary/200802#28

<つづく>



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2008年03月27日


ぽかぽか春庭「今月の新カタカナ語・レトロポゾン&エッジワースカイパーベルト」
2008/03/27 
ぽかぽか春庭・ことばの知恵の輪>毎日であう新しいことば(2)今月の新カタカナ語・レトロポゾン&エッジワースカイパーベルト

 日本語教師修行、ことばの仕入れとして、毎日、新聞は第一面から最終面(テレビ欄)まで、全紙面を読みます。全紙面といっても、株式欄は見出しだけ、数字は見ない。スポーツ欄は気になった記事だけ読みあとは見出しだけ。
 広告欄も求人欄も見渡します。

 カタカナ語だと、1週間にひとつは新しい語に出くわす。ときには、一日に数語も。
 1月2月に連載した、「カタカナ語」の番外編として、2月3月に出会った新しいカタカナ語を紹介します。

①エッジワースカイパーベルト」

 2008/02/28の新聞で知ったことば。
 「イージス艦あたご漁船衝突事件で、防衛省事務次官が謝罪会見を行い、あたご艦長が、沈没漁船「清徳丸」親子の家族に謝罪した、という記事が一面トップの新聞にあった。
 その記事の下に、新鮮に見えたカタカナ語がありました。
 「エッジワース・カイパーベルト=太陽系外縁部にある氷の小天体群の帯」。

 太陽系9番目の新惑星が「計算上は存在する」という記事の中でした。
 天文オタクには周知の語だったでしょうけれど、私はそんなベルト、知らなかった。

 一回配達される新聞のなかに、どっと知らない単語を発見する日もあります。
 2008/03/24の新聞で知った「レトロポゾン」「テラヘルツ波」「ALA(5アミノレブリン酸)」

②レトロポゾン
 ヒトの遺伝子(DNA)数は2万~2万7千個であるという。多くは、人の体の根本であるタンパク質の設計図となる遺伝子。
 
 タンパク質をつくる設計図とは無関係なDNAは、「がらくた」としてひとくくりにされてきた。
 はたらきが分からず、がらくた扱いされてきたDNAのうちのひとつ「レトロポゾン」の役割がわかった。
 がらくたどころか、脳の進化に関わる重要な役割をはたしてきたのが、レトロポゾンだった。

 レトロポゾンは、約2億年前からほ乳類の脳の進化に関わってきたと見られ、現在では胎児期に特定の遺伝子にスイッチを入れる役割を果たしている。

 へぇ!
 「がらくた」と呼ばれていても、それは決して役立たずだから「がらくた」なのではない。ただ、今のところは全体の中での働きがわかっていないだけ。

 こんな語を知るとうれしくなる。きっちりと設計図のとおりに働き、きちんと役割がわかっているものだけが働きものってわけじゃない。

 「がらくた」に見えたり「役立たず」に見えたりしているものも、必ず全体のなかで必要とされるからそこにいる。そこにある。

<つづく>


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2008年03月28日


ぽかぽか春庭「今月の新カタカナ語テラヘルツ波&5アミノレブリン酸」
2008/03/28 
ぽかぽか春庭・ことばの知恵の輪>毎日であう新しいことば(3)今月の新カタカナ語テラヘルツ波&5アミノレブリン酸

 2008/03/24の新聞で知った新しいことば紹介つづき。「テラヘルツ波」「ALA(5アミノレブリン酸」

③テラヘルツ波

 電磁波は目に見えなくても、大きな役割を果たすことが明らかになっています。
 一番わかりやすい電磁波活用の例が、電磁波調理器「電子レンジ」。火も電熱コイルも見えないのに、電磁波がモノを加熱する。

 電子レンジが利用する電磁波は、周波数2.45GHz(ギガヘルツ)のマイクロ波=マイクロウェイブ。 電子レンジの英語名はそのまんま、microwave oven マイクロウェイブオーブン。

 この周波数は、無線LANなどでも利用されている特別な周波数であり、電子レンジを動作させると、無線LANや、アマチュア無線などに影響を与える場合もある。
 ケータイやパソコンも電磁波を利用する。

テラヘルツ波という電磁波は、周波数1 THz (波長300 μm) 前後の電磁波を指します。
 光波と電波の中間領域に当たり、光学測定系の構築が可能と言う特長を持つ。そのため、文化財などを破壊することなく、内部を調べることができます。

 これまで日常生活では「キロ」くらいの単位を知っていれば、生活に不自由なかったけれど、パソコンメモリーが日常生活に入って以来、キロ(K)バイト、メガ(M)バイト、ギガ(G)バイト、テラ(T)バイトなどの莫大な単位を使うようになりました。
 ギガはメガの約千倍。ギガの約千倍がテラ。テラの約千倍がペタ。

 波長に関していうと、電子レンジのギガ・ヘルツとテラヘルツ波のテラ・ヘルツでは、1秒間の振動数が千倍違い、波長の長さが千倍違う。
 ああ、こんな単位の話も、パソコンや電子レンジを知るまでは縁遠かった。

 ちなみに、1秒間に1回振動するのが1ヘルツ。
 NHK第一ラジオ放送の電波は、594Kヘルツ。これは1秒間に594000回振動する波を利用しているということ。

 脳波のうち、アルファ波 α(アルファ)は、8~13Hz(1秒間に10回程度振動する)。β(ベータ)波は14~30Hz。ガンマ波 γ(ガンマ)は30~64Hz。
 ゆっくりした振動のアルファ波がでているときは、脳がリラックスしています。

 「へぇ!テラヘルツ波ね」と思ったときは脳が活動したので、1秒間に50回くらい振動したはず。しっかり覚えたか、「テラヘルツ波とはなんぞや」を。

 しかるに、テラヘルツは1秒間に1000000000000000回振動する短い短い波長の波。
 私の脳波との相性でいうと、覚えたと思っても脳をすり抜けていく波長かもしれませんが、、、、

 光も音も波です。
 女性の平均的な声は、1秒間に約300回空気を振動させます。波長は約1mなので、人の声は、1秒間に300mほど先まで進んでいきます。

 音がどれくらい進むかという問題は、中学校の理科の時間に雷の光と音の関係を教わって、雷が光ってから4秒後にごろごろという音が聞こえてきたときは、音は1秒間に340m進むから、340×4=1360m以上遠くに雷のもとがあるから、大丈夫、ってな計算をさせられました。

 光や音は、知覚できるので、それほど不安に思いません。しかし、目に見えないものに対して、人は不安になります。

 目に見えなくて不安になるのをいいことに、「電磁波健康被害」や「電磁波犯罪」などと、人の不安をかき立てて、なにやら儲け話につなげようとするおかしな連中も出てくる。
 まずは、知ること。電磁波とは何なのか、きちんと知れば目に見えなくても不安がることはありません。

 電磁波のひとつ、テラヘルツ波を知ったことで、波のいろいろ、光波、音波、ラジオ周波数、電子レンジなどいろんな波について、復習できました。
 理数系に弱い私としては、ひさしぶりに脳波が振動したかんじ。


④ALA(5アミノレブリン酸)コスモ石油の企業広告より

 アミノ酸とは、一般的な意味としては(特に生化学の分野などでは)、生体のタンパク質の構成ユニットとなる「α-アミノ酸」を指します。栄養学では、動物の体内でつくりだされず、栄養として補うアミノ酸を「必須アミノ酸」と呼んでいます。

 5アミノレブリン酸は、36億年前に地球上に表れました。植物の葉緑素、動物の血液を作り出す物質のひとつです。
 植物の生長を促進し、条件の悪い環境に耐える力を育てるアミノ酸のひとつが5アミノレブリン酸。商品名ALA。
 たとえば、塩分の強い土壌であっても、このALAが塩に耐えて生長する力を作り出します。

 コスモ石油の広告によれば、この5アミノレブリン酸を作り出す微生物を利用して、大量に安価にALAを作れるようになったので、沙漠の緑化に役立つそうです。

 中国黄土地帯で、西北農林科学大学がALA利用の緑化計画を始めているという広告を読んで、「ああ、緑が根付けば、黄砂の飛来も減るだろう」と思いました。

 同時に、昨2007年、私が教えたクラスで最年長(35歳)だった教え子、チァン紅さんを思い出しました。(国費留学生の年齢制限は35歳までなので、35歳が一番年上になる)
 チァン紅さんは、西北農林科学大学で、バイオテクノロジーの研究をしていた女性研究者です。

 年齢が高くなるにつれ、新しい言語を覚えることが難しい。紅さんも日本語の習得に苦戦していました。
 でも、なかなか上達しない日本語をやりくりして、なんとか自分の専門について日本語で説明しようとしていました。
 専門を語るときの目の輝きは、ほんとうに「くれない」の情熱に燃えていました。
 紅さん、研究がんばってね。 

⑤コーチングやカウンセリング用語の「ストレスコーピング」「コーピングスキル」
 ストレス対処法、問題解決手法をいう。
 Copingという言葉も今月初めて知りました。

 レトロポゾン、テラヘルツ、5アミノレブリン酸。コーピング。
 専門的にこれらの語を用いている人にとってはなじみの語なのでしょうが、私には、今年になって、はじめて見かけた語でした。
 さて、脳の中に定着するやいなや。カタカナ語。

<つづく>

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2008年03月29日


ぽかぽか春庭「しっくい引き物」
2008/03/29 
ことばの知恵の輪>毎日であう新しいことば(3)しっくい引き物

 私の父方の祖父は「鳶の頭」でした。
 父方親族の多くが、建築関係の仕事をしています。
 叔父が祖父から引き継いだ「○○建設」は、田舎の小さな建設会社ですが、叔父も10余年前に亡くなり、今は父方の従弟が経営しています。

 叔父の望み通り、大学の建築科を出た従弟は、なかなか野心的に会社を大きくしていっているようですが、私には、親戚一同が鳶、左官、大工などの仕事を分担しつつ一軒の家を建てていく親方子方の昔がなつかしい。

 親戚のひとり、父の妹のご亭主は、左官さんで、去年2007年に亡くなりました。
 顔がとても大きくて四角いので、みなが「カクさん」と呼ぶのかと、子供の頃の私は思いこんでいたのですが、名前が「角元カクモト」さんでした。
 職人気質というものを、このカクさんや他の左官さん大工さんたちに教えてもらいました。

 カクさんは、左官職人であることに誇りをもっていて、法事のあつまりで顔を合わせたときなど、仕事の話をしてくれました。
 「今は新しい建築素材ばかりになって、左官のほんとうの腕をみせることがなくなってしまい寂しいよ。
 たまに、真壁(しんかべ)を塗ってくれって頼まれると、とても手間賃にはみあわないけれど、何日も腕をふるってしまう」
と、杯を片手に話していました。

 真壁(しんかべ)は、荒壁(あらかべ)→乾燥→大直し→乾燥→中塗り→乾燥→上塗りと仕上げていき、とても手間がかかります。
 荒壁は、シュロ縄で編んだ竹の網に、藁を混ぜた赤土を両面から塗りつける。この壁下地が乾くまでじっと待ちます。

 大直しと中塗りの材料(土壁)は、土、砂、すさ、を混ぜて作りますが、その都度配合を変えます。(すさ=壁の亀裂防止のため使用する繊維質の材料。藁の葉、茎、穂の部分)
 この配合の妙は、長年の修行と左官の勘によります。左官の腕のみせどころ。
 現代では、土に限らずモルタルやそれ以外の材料を使用することもあります。

 中塗りの後、屋外は外壁用上塗り材の砂壁、漆喰など。屋内は内壁用上塗り材の、漆喰、珪藻土、聚楽壁(じゅらくかべ)などで仕上げます。

 聚楽壁は、和風建築の代表的な塗り壁の一つ。安土桃山時代に完成した聚楽第(じゅらくだい)の跡地付近から出た土で作られたことから、この名がつきました。茶褐色の土を混ぜ、茶室などに広く用いられてきましたが、最近は「聚楽壁風の新しい壁」も、このように呼ばれることがあります。

 壁塗りひとつをとっても、ほんとうにいろいろな専門用語があります。
 しっくい引き物は、天井や梁の部分の仕上げなどに用いられる技法です。

 「漆喰引き物」は、建築関係のお仕事をなさっている方が写した、「関西の近代建築」シリーズの建物写真の解説のなかにありました。
 漆喰天井と壁の間に、この「漆喰引き物」の左官の技が使われていました。

 この漆喰引き物を仕上げた左官の名、調べれば分かることなのかも知れませんが、一般の人がこの建物を見たときにその名を知ることはありません。
 無名の左官の技が、美しい建物の内部を引き締めています。

 ひとつのものを作り上げるとき、表舞台にたち名を残す設計士だけでなく、多くの職人の確かなワザが、できあがりのすばらしさを支えていることを「漆喰引き物」の語で思い出しました。

 私の趣味のひとつは、さまざまな建築を見ること。
 できあがった建築の、形や姿の美しさばかりに気をとられてしまう私の見方ですが、「しっくい引き物」ということばを見かけて、おのれの仕事に誇りをかけて取り組んでいた職人さんたちを思い出すことができました。
 左官さん大工さんの技術のひとつひとつに、長年の修練と、仕事への情熱があるのです。

 無名のままの人生のなかで、しっかりと自分の仕事を誇りをもって仕上げていった職人たちの矜持を、見習いたいと思います。

<おわり>


春庭の漢字検定1

2011-06-05 05:34:00 | 日本語学
2008/12/15
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(1)漢字習得レベル

 「朕」は、使用頻度は低くても、常用漢字に入っています。常用漢字は、現在約2000字。
 文化審議会国語分科会は、新しく加わる可能性のある220字の漢字を公表しました。今後使用頻度の調査などによってさらに絞り込み、2010年に新常用漢字表の制定を目指しています。さて、「頻度」は、読めましたか。「ヒンド」ですよ。では「頻繁」はどうでしょうか。

 昨今、話題の漢字といえば、「踏襲、頻繁、未曾有」
 なぜ話題になったか。21%まで支持率低下のアソぼん太郎さんが、これを「ふしゅう、はんざつ、みぞうゆう」と読んだからです。もちろん、正しい読みは、「とうしゅう、ひんぱん、みぞう」。

 日本語志望者の日本人学生には、こう話しました。「お金持ちの世襲政治家のぼっちゃまなら、漢字読めなくてもなれちゃうのが日本の首相ですね。首相ってのは、この程度の日本語力でもなれるもんらしいですけれど、日本語教師は、そういう程度の漢字力ではなれません。漢字は必修ですよ」

 と、言っても、私もしょっちゅう、漢字を間違えます。
 私は、20歳すぎてそうとうたつまで、同人雑誌を「どうにんざっし」と言っていた人間です。
 私の知人は、日本語教師になっても「一朝一夕」を「いっちょういちゆう」と言っていました。相手をはばかってまわりが教えてあげないと、いつまでたっても踏襲をフシュウと読んでしまうことにもなります。相手を気遣いながら、誤読であることを教えてやるのも親切ってもんですよね。

 首相が「前例をフシュウ」と読み間違えたとき、国民は何にがっかりするのか。彼が二・三の漢字を読みまちがえたってことじゃありません。だれでも誤読してきた漢字のひとつふたつはある。友人や上司に誤読を指摘され、そのときは恥ずかしい思いをして、私たちは誤読を知る。
 問題は、彼の周囲には、これまできちんと誤読を指摘してやるような友人もブレインも誰一人いなかったのか、という疑念を国民が感じた、ということ。ぼっちゃまの誤りを指摘してやれるようなスタッフがこれまでひとりもいなかったのか、ということです。今や国民は王様がハダカであることを皆知っています。

 留学生の漢字使用にも、面白い間違いが頻出します。私が読んだ中で一番面くらったのは、博士課程で工学を学ぶ予定の留学生が「私の仕事は、空気の中の弖爾乎波を打つことです」という作文でした。え?「弖爾乎波(てにをは)を打つ」って何のこと?

 彼は、空気中の粒子=パーティクル(Particle)を捉えて操作を加える研究をしていたのです。彼が持っていた辞書は古いものだったらしく、particleの訳語として、第一番に「perticle=てにをは弖爾乎波・助詞」と、書かれていたのでした。彼は、自分の作文を立派なものにしようとして、まだ習ったことのない「弖爾乎波」などという難しい漢字を書いてみたのでした。

 自分が漢字苦手なことは棚にあげて、留学生には、「日本語語彙の70%は漢語なので、漢字が読めて意味がわかるようにしないと、日本での生活がうまくできないし、日本語の文献は読めません」と、漢字学習の大切さを説いています。英語で論文を書く医学工学系の留学生であっても、漢字の知識が必要です。日常生活で「コーエンにいきましょう」と誘われたとき、公演なのか公園なのか講演なのか理解できないと、せっかくの招待に返事ができません。

 漢字習得レベル検定。
 留学生のための検定と日本語母語話者向けのふたつの検定があります。

 日本語学習者の漢字習得レベルは、日本語能力試験のなかに、「文字・語彙」として出題されます。初級が300~500程度、中級が1000字程度、上級が2000字程度です。
 上級になると、日本語の新聞が読みこなせるようになります。

<つづく>
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2008年12月16日


ぽかぽか春庭「漢字検定レベル」
2008/12/16
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(2)漢字検定レベル

 教える人が教わる人と同じレベルじゃ足りません。「日本語を教えたいなら、2000字の常用漢字の訓読み音読み熟語は当然のこととして、さらに上級をめざしていかなければなりません」と、日本語教師志望者には言っています。

 日本の漢検、漢字検定試験のレベルは以下の通りですが、6000字レベルの1級は、「漢字オタク問題」が多いです。一般的な社会生活にとって、準1級レベルで十分です。漢字苦手の太郎さんにも、ぜひ準1級に挑戦してほしいです。そうね、彼の場合、3級あたりからコツコツと勉強してほしいです。「バカヤロー発言」のジッチャンの名にかけても「漢字読めない宰相」というあだ名の汚名返上につとめていただきたいのですが、、、。
 
1級 - 大学生・社会人レベル(JIS第1・第2水準を目安とする約6000字)
準1級 - 大学生・社会人レベル(JIS第1水準を目安とする約3000字)
2級 - 高校3年生レベル(常用漢字、人名用漢字2230字)
準2級 - 高校1・2年生レベル(常用漢字1945字)
3級 - 中学3年生レベル(常用漢字1608字)
4級 - 中学2年生レベル(常用漢字1322字)
5級 - 中学1年生レベル(学習漢字1006字)

 大学生なら、2級は当然合格、大学卒業程度の準1級は合格して欲しい。学生達には準1級レベルの漢字検定に挑戦してもらいます。

 中国で高等教育を受けた人のなかには、「中国では最低限、5~6千の漢字を覚えないと新聞が読めない。高等教育を受けた人なら、1万近く漢字を知っている。日本の漢字が2千だなんて、簡単だ」と思う人もいます。

 ここが落とし穴。中国の漢字は、漢字ひとつに原則として読み方(発音)はひとつだけです。(標準語北京普通話の場合)
 ところが、日本の漢字は、ひとつの漢字につき、ひとつの読み方だけしかないのは、まれです。最低で2つ、多いとひとつの漢字に12もの読み方があります。訓読みを覚えるのは、なかなかたいへんです。ひとつの漢字に12通りの読み方がある「生」の字については、春庭コラム2008/06/24に書きましたので、ごらんください。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/d1497#comment

 日本語学習は、欧米圏の学習者にとって、むずかしいと感じられます。英語圏の学習者がフランス語を習う、スペイン語を覚える、というような「同系統の言語」を習うのと比べると、系統の異なる言語の学習はどの人にとっても、難しいし、しかも、アルファベットなどの表音文字とは異なる「漢字ひらがな併記」という書き言葉。
 日本語漢字の指導は、言語教育のなかでも、指導方法に工夫を要する分野です。中国での漢字教育ともちがいます。

 漢字嫌いにしてしまうと、その学習者の日本語能力は伸びていきません。少なくとも大学教育を受けようとする日本語学習者なら、2000字の習得は必須ですから、日本語教師たち、心して漢字教育に取り組んでいきます。

<つづく>
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2008年12月17日


ぽかぽか春庭「四字熟語で脳トレ」
2008/12/17
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(3)四字熟語で脳トレ

 日本語母語話者として、どの程度の漢字ができるか。
 四字熟語の問題で腕試しをしてみましょう。一般的な辞書には掲載されていないような漢字オタク問題は次回に出題しますけれど、まずは広辞苑に載っている範囲でテストしてみましょう。

漢字検定1級「四字熟語 問題」
(1)読み方を書きなさい。(読み方のヒント:あいうえお順にならべてあります)
(2)正しい使い方をしている文と、まちがった使い方をしている文があります。まちがった使い方の文を選び、正しい用例を作文しなさい。

1)阿諛追従・彼は、上役に阿諛追従してばかりいる、おべっか使いだよね。
2)一気呵成・仕事はいつも、勢いで一気呵成に仕上げることにしている。
3)慇懃無礼・あの人は、いつも乱暴で礼儀がなってない慇懃無礼な男だね。
4)韋編三絶・あなたも韋編三絶すれば、ダイエットに成功して少しはやせるでしょう。
5)烏焉魯魚・カラスが魚を狙っているから烏焉魯魚で気をつけなさい。
6)依怙贔屓・あの先生は大学者だけれど、決して学生の名前を覚えない依怙贔屓な人だ。
7)右顧左眄・横断歩道を渡るときは車がくるかどうか、きちんと右顧左眄しなさいよ。
8)偕老同穴・年寄りはみんな同じような考え方をして偕老同穴ステレオタイプになりやすい
9)隔靴掻痒・ああもどかしい、真意を理解してもらえず、隔靴掻痒だ。
10)苛斂誅求・消費税値上げ、後期高齢者保険、今の政府は苛斂誅求だね。
11)迦陵頻伽・ああ、このオペラ歌手、いい声だなあ。まるで迦陵頻伽のようだ。極楽にいる気分になるよ。
12)侃侃諤諤・歩きすぎて膝が侃侃諤諤になった。
13)旗幟鮮明・社長か専務のどちらに賛成するのか、旗幟鮮明をはっきりして会議に出なさい。
14)結跏趺坐・仏さまが結跏趺坐しているお姿を拝見していると、心静かになるね。
15)豪放磊落・彼は、大胆な行動がとれて小さな事にこだわらない豪放磊落な人ね。
16)叱咤激励・先生は愛の鞭をもって叱咤激励してくれた。
17)揣摩臆測・肩こりがひどいので揣摩臆測してもらった。
18)春風駘蕩・春風のように先生の教えが深く心に染み渡っていく。春風駘蕩のここちだ。
19)切歯扼腕・夜中になって急に切歯扼腕したので、翌朝歯医者へ行った。
20)魑魅魍魎・水木しげるの作品に出てくる魑魅魍魎は、ほんとうに興味深い。
21)彫心鏤骨・この作品は、彫心鏤骨で作り上げた自信作です。
22)喋喋喃喃・いよっ、お二人さん喋喋喃喃で親しげに語り合ってるなんて、怪しいね。
23)跳梁跋扈・政治の世界に跳梁跋扈する輩が多いねえ。悪者だらけだ。
24)桃李成蹊・桃や梨が好きな人は大きな人物になるね。さうが桃李成蹊。
25)博引旁証・彼は何でも自分勝手にひきつけて博引旁証で解釈する人だよ。
26)罵詈雑言・外国語で解説されても、私の耳にはぜんぜんわからない罵詈雑言だよ。
27)繁文縟礼・中国の漢文は、難しい漢字が並んでいて繁文縟礼だから、私には読めない。
28)不撓不屈・横綱を拝命したからには、不撓不屈でがんばります。
29)奔放不羈・彼女は指示してやらないと自分からは仕事をしようとしない奔放不羈な人だ。
30)勇気凛々・これだけ漢字がわかれば、これから勇気凛々で日本語教師をめざしていけるね。

(正解)正しい使い方の文は○、間違っている文は×

1)阿諛追従あゆついしょう○ 
2)一気呵成いっきかせい○ 
3)慇懃無礼いんぎんぶれい×(正しい使い方の例「あの人は、口先だけはていねいだけれど、慇懃無礼なふるまいをするね」 
4)韋編三絶いへんさんぜつ× 「何度読んでも難しい本だけれど、韋編三絶して繰り返し読んでいれば、だんだん理解できてくるよ。」
5)烏焉魯魚うえんろぎょ× 「烏焉魯魚で、似ている字はたくさんあるけれど、点ひとつで意味が変わってしまうのが漢字だから、気をつけないといけない。」
6)依怙贔屓えこひいき× 「あの先生は、美人のあの娘だけを依怙贔屓してよい点をつけたそうだね。」
7)右顧左眄うこさべん× 「いつも人の顔色をうかがって右顧左眄しているけれど、それじゃ、信用がえられないよ」 以下、自分で正しい使い方を調べてください。
8)偕老同穴かいろうどうけつ× 
9)隔靴掻痒かっかそうよう○ 
10)苛斂誅求かれんちゅうきゅう○
11)迦陵頻伽かりょうびんが○ 
12)侃侃諤諤かんかんがくがく× 
13)旗幟鮮明きしせんめい○ 
14)結跏趺坐けっかふざ○ 
15)豪放磊落ごうほうらいらく○ 
16)叱咤激励しったげきれい○ 
17)揣摩臆測しまおくそく× 
18)春風駘蕩しゅんぷうたいとう○ 
19)切歯扼腕せっしやくわん× 
20)魑魅魍魎ちみもうりょう○ 
21)彫心鏤骨ちょうしんるこつ○ 
22)喋喋喃喃ちょうちょうなんなん○ 
23)跳梁跋扈ちょうりょうばっこ○ 
24)桃李成蹊とうりせいけい× 
25)博引旁証はくいんぼうしょう×
26)罵詈雑言ばりぞうごん× 
27)繁文縟礼はんぶんじょくれい× 
28)不撓不屈ふとうふくつ○ 
29)奔放不羈ほんぽうふき× 
30)勇気凛々ゆうきりんりん○

 解説は次回。

<つづく>
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2008年12月18日


ぽかぽか春庭「四字熟語解説&オタクレベル問題」
2008/12/18
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(4)四字熟語解説&オタクレベル問題

 前回の「広辞苑に載っている範囲の1級出題四字熟語解説。
 以下の解説に出ていないことについては、検索してください。四字熟語のサイトはたくさんあります。

3)慇懃無礼=ものごし正しく言葉遣いは丁寧だが、丁寧すぎて人を馬鹿にしていて失礼な態度になっている。
4)韋編三絶=史記・孔子世家に出てくる。孔子が晩年に書物を綴じた革ひもが三度も切れるほど、易の本を読んだことから、熱心に読書するという意味になった。
6)烏焉魯魚=文字の書き誤り。「烏」と「焉」、「魯」と「魚」がそれぞれ字画が似ていて誤りやすいこと
24)桃李成蹊=史記(李将軍伝)に出ていることば。美味しい桃や梨(李)の回りには、人が通うから自然に道ができあがる。
繁文縟礼=規則が細かすぎ、煩雑な手続きが多く、非常に非能率的な状況を指す

 広辞苑に載っている範囲の四字熟語は、なんとか私にも読めたし意味がわかったのですが、一般的な辞書にない1級出題の四字熟語は、私には「知らんよ、そんな熟語」と思える語ばかり。
 1級になると、社会人レベルを越えており、はっきり言って「漢字オタク」の趣味の世界になります。趣味の世界に走って覚えるのも「脳トレ」にはなることでしょう。

 以下の四字熟語、読める人、意味がわかる人、すごい!!
 意味がわからなかった人、脳トレと思って自分で調べてね。一生の間にこの四字熟語を使うことはまずないと思うけれど。

蛙鳴蝉噪・あめいせんそう 郢書燕説・えいしょえんせつ 燕頷虎頚・えんがんこけい 延頚挙踵・えんけいきょしょう 偃武修文・えんぶしゅうぶん ・おうがらいりん 屋梁落月・おくりょうらくげつ 薤露蒿里・かいろこうり 豁然大悟・かつぜんたいご 瓦釜雷鳴・がふらいめい 鞠躬尽瘁・きっきゅうじんすい 尭鼓舜木・ぎょうこしゅんぼく 跼天蹐地・きょくてんせきち 金甌無欠・きんおうむけつ 霓裳羽衣・げいしょううい 蹇蹇匪躬・けんけんひきゅう 嚆矢濫觴・こうしらんしょう 光風霽月・こうふうせいげつ  鑿壁偸光・さくへきとうこう 尸位素餐・しいそさん 舳艫千里・じくろせんり 櫛風沐雨・しっぷうもくう 鵲巣鳩居・じゃくそうきゅうきょ 春蚓秋蛇・しゅんいんしゅうだ 嘯風弄月・しょうふうろうげつ 脣歯輔車・しんしほしゃ 膽望恣嗟・せんぼうしさ 蒼蝿驥尾・そうようきび 樽俎折衝・そんそせっしょう 堆金積玉・たいきんせきぎょく 銅牆鉄壁・どうしょうてっぺき 銅駝荊棘・どうだけいきょく 肉山脯林・にくざんほりん 筆削褒貶・ひっさくほうへん 被髪纓冠・ひはつえいかん 氷壺秋月・ひょうこしゅうげつ 風声鶴唳・ふうせいかくれい 俛首帖耳・ふしゅちょうじ 暴虎馮河・ぼうこひょうが 冒雨剪韭・ぼううせんきゅう 万目睚眥・まんもくがいさい 面折廷諍・めんせつていそう 瑶林瓊樹・ようりんけいじゅ 落英繽紛・らくえいひんぷん 蘭摧玉折・らんさいぎょくせつ 竜驤虎視・りょうじょうこし 霖雨蒼生・りんうそうせい 螻蟻潰堤・ろうぎかいてい 魯魚亥豕・ろぎょがいし 驢鳴犬吠・ろめいけんばい 老驥伏櫪・ろうきふくれき

 以上、漢字検定試験1級の過去問題から、四字熟語についての例題でした。次回、訓読み1級に挑戦。

<つづく>
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2008年12月19日


ぽかぽか春庭「訓読み1級で脳トレ」
2008/12/19
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(5)訓読み1級で脳トレ

 日本語教師、1級までできなくてもいいから、2級・準1級は合格してほしい、と日本語教師志望者の学生に言っています。

 春庭自身は、漢字に弱い。読むのはなんとかなっても、書く方はまったく苦手。
 黒板に書く文字、間違えてばかりでイヤだったけど、パワーポイントを黒板代わりに使うようになって助かっています。だいたいの漢字は変換できますから。
 薔薇も憂鬱も無知蒙昧も曖昧模糊も、魑魅魍魎も、ちゃっちゃっと変換できる。耄碌しても強い味方。漢字変換。ときどきおかしな誤変換もしてしまうけれど。
 
 つまり、書くことができなくても、読み方と意味・使い方がわかれば、これからの世の中なんとかなる。一字一字書くことができなくても、大丈夫。同音異義語の使い分けができることのほうが、必要になる。
 漢検1級の書き問題で書けない字あったら、「脳トレ」がわりに書き取り練習するって程度で、よろしいと思います。

 1級のなかでも、音読みは熟語なので見たことある字も多いけれど、訓読み問題、一生のうちで、はたしてこんな字を訓読みで使うことがあるのやら、と思う漢字ばかり。
 文脈があれば推測で読めるのもあるでしょうが、文脈なしで私に読めた1級問題漢字は200字の問題のなかで20字ちょっと。正解率一割。

 あとはほとんど読めませんでした。すみませんね、こんなんでも日本語教師つとまっているんです。でもね。言い訳するけれど、1級の訓読み漢字、常用漢字の使用範囲外だから、おそらく、日常生活で使うことはほとんどない。
 「乖く」「闌ける」など、文脈無しに読むことはできませんでした。

 「干す」に「ほす」「ひる」と、ふたつの読み方があることは知っていましたが、「おかす」「あずかる」「もとめる」という読み方があることなど、まったく知らずに生きてきました。
 「統帥権干犯」ということばを読み書きして、かんぱん=「他に干渉してその権利を侵すこという意味も知っていたけれど、「干す」に「おかす」という読み方があることに思い至りませんでした。
 「ほす、ひる」という訓読みから「干犯」という熟語の意味が成立するのはおかしいとも考えなかった。

 「撥音はつおん」は、日本語学では「ん」のことですが、訓読みは、撥げる(かか・げる)と読むのだとまったく知りませんでした。
 軋轢(あつれき)は読めるが、轢る(きし・る)は読めませんでした。
 顰蹙(ひんしゅく)は読めるが、蹙まる(きわ・まる)は読めませんでした。

 簒奪(さんだつ)は読めるが、簒う(うばう)はダメ。
 健啖(けんたん)は読めるが、啖う(く・う)はダメ。「くらう」だと思っていました。
 陋屋(ろうおく)は読めるが、陋い(せま・い)はダメ。
 乖離(かいり)は読めるが、乖く(そむ・く)はダメ。
 闌干(らんかん)闌入(らんにゅう)は読めるが、闌ける(た・ける)はダメ。

 そんな訓読みがあったのか、と思う字ばかり。

<つづく>
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2008年12月20日


ぽかぽか春庭「読めない漢字で脳内清掃」
2008/12/20
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(6)読めない漢字で脳内清掃

 錣(しころ)は、単独では読めない。「錣山しころやま」という漢字、大相撲ではじめてみました。元関脇寺尾の親方名が錣山。
 縹色(はなだ・いろ)が読めるようになったのは、ポケモンの中の街、縹シティのおかげ。

 藩(まがき)が読めるようになったのは、「藩ハン」という居酒屋の店名説明に、「まがき」という読み方もあることが書かれていたから。私はそれまで江戸時代の薩摩藩や川越藩などの「藩」の意味しか使ったことがなく、「藩」のもともとの意味が「かきね」であることを居酒屋の案内広告で知りました。日本語教師の知恵袋、居酒屋にもあるのだから、せっせと通わなければ、、、、ということにはならないか。

 「腥さい=なまぐさい」が読めたのは、腥を「つき&ほし」と思いこんだ親が、子に名付けようとした、というエピソードを新聞で読んだから。
 偏として使われる「月」には、「月ヘン」のほか、「肉」の省略形としての「月=にくづき」もあるので、腕、腹、胸、などは「にくづき」です。腥は、「生の肉」の意味。

 「青春の蹉跌さてつ」は知っていたけれど、蹉く(つまず・く)は読めない。簒奪(さんだつ)は読めたが、簒う(うば・う)は読めなかった春庭。ほかにも見知らぬ訓読みがごろごろ。
 春庭にも読めた1級の漢字訓読み。200字のうち、20字だけでした。
 文脈がない出題だったので、わかりにくかった。と、言い訳。文脈なしにドンと「藜」だけ出題されても、読めません。アカザだった。野草のアカザのおひたし、好きだったのに。
 
 自分が読めた字、数少ない。貴重な「読めた字」の中からテスト問題出題してみます。ヒントとして文脈をつけます。文脈があれば読みを推測できます。

1)肉を[燻す] 
2)自分を[箴める] 
3)孔子の[諱]は丘、字は仲尼(ちゅうじ)  
4)鴨(かも)と[鳬] 
5)ついつい情に[絆されて]しまった  
6)[逬って]あふれる 
7)豚を[屠る] 
8).[頑]に否定していた
9)[黙り]を決め込む
10)刀の[鍔]
11)この刀いくらで[贖った]のか
12)[鷽]がえ神事
13)[嗄れた]声
14)[樒]を神棚に
15)議案を[詢る]

(正解)    
1 燻す(いぶ・す)2)箴める(いまし・める)3) 諱(いみな)4) 鳬(けり)5)絆される( ほだ・される)6)逬って(ほとばし・って)7)屠る(ほふ・る)8).頑(かたくな・に)9)黙り(だんま・り)10).鍔(つば)11)贖う(あがな・う)12)鷽(うそ)13) 嗄れた(しわが・れた)14)樒(しきみ)15)詢る(はか・る)

 「京大卒のクイズに強い芸人」がウリのロザン宇治原史規は、テレビ番組の企画で1級問題(漢字6000字レベル)に挑戦し続け、1級200点満点のうち、合格点の160点まであと14点まで来ています。(146点獲得)
 私には、そんな努力はできないので、「がんばっているなあ、合格してほしいなあ」と思います。

 次回は、「まったく読めない訓読み」をご紹介。

<つづく>
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2008年12月21日


ぽかぽか春庭「読めても読めなくても」
2008/12/21
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>春庭の漢字検定(7)読めても読めなくても

 中国の康煕字典や、諸橋轍次編纂『大漢和辞典』には、親字が5万字もあります。漢字文化圏の人にとって、全部読み書きする必要はありません。常用漢字2000字のほかは、読めなくても生活にまったく支障はありません。でも、5万字あるということは知っていてもよい。その中に入ってはいかないとしても、自分に知らない知の世界があることを感じていたい。

 「役にたたない漢字が存在して何になる?いった誰のためになる?」と感じた方もいらっしゃる。受け止め方はそれぞれでよい。私は私の感じ方で、自分の知らない世界があることが楽しいし、その知の山に登ろうと挑戦している人がいる人がいることがうれしい。

 昔のギリシアでは、軍伝令として役立っていた長距離走者。今では伝令としては何の役にもたたない。しかし、現代でも42kmを2時間で走れる人、人間の能力への挑戦者として皆に賞賛されます。
 砲丸を20mも投げられたら超人と思う。棒をつかって6mも高く飛べる人、鳥人だと思います。身体能力にすぐれていると、オリンピックに出られてスポンサーもついて得することがある。

 でも、100mを10秒で走る人には感心する人も、漢字を6000字知っている人に対して「それがどうした、日常生活で役にも立たないつまらんことを知って何になる」と言う。
 読めたからといって、何か得するということもない。でも、役に立たない字だとて、読み書きできる人は「すごい!」と、私は思います。

 役に立ちそうもない記録ほど、私は好き!オリンピック種目にはないけれど、23段の跳び箱とべる人もすごいし、剣玉の「もしかめ」という技(上下の皿の上に、交互に玉を受ける)を、30分の間に5000回続けたってのもすごい。

 今年ギネスブックに搭載された新記録のひとつに、四足走行世界最速記録、というのがあります。両手両足を地面につけて、四つん這いの状態で走る。2008年11月13日、いとうけんいちさん(26歳)が樹立した記録では、四つんばいのまま、100メートルを18秒58で駆け抜けた。いいなあ、こういうことに挑戦する人。ほんとに何の役にも立たない記録なんですけど。

 あえて言えば、ギネスに記録されることで一目おかれる人の仲間入りできたってことくらいか。お笑い芸人をめざしているそうですが、ロザン宇治原の「IQ高い芸人」のように「四足走行芸人」がウリになるのやら。いとうさんの「やった!」のブログは下記URLに。
http://ameblo.jp/itokenichi/entry-10164506954.html

 スポーツのオリンピックのほか、数学オリンピックや科学オリンピックもある。
 漢字オリンピックが開催されて金メダルのひとつも獲得すれば、漢字オタクが賞賛される日もあるかもしれないけれど、世界漢字オリンピックは当分ないでしょう。
 中国(簡体字)と台湾(繁体字)と日本(日本式新字)とで、別々の漢字を使っている字があるから。たとえば、芸術の「芸」という字、日本は「草冠の下に云」中国では「草冠の下に乙」台湾では本字の「藝」を使う。


覚え直しのカタカナ語2008年3月

2011-04-07 07:16:00 | 日本語学
2009/03/01
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(3)南蛮船の加比丹

 北原白秋の『邪宗門秘曲』には、くらくらするような幻惑蠱惑的な言葉が並ぶ。
 「紅毛の加比丹」や「腐れたる石の油に画くてふ麻利耶の像」、、、、
 この白秋の詩に、「はっきり口に出して朗読してはいけないような」禁忌の熱いことばの響きを聞いたのでした。

 最後の行の「血の磔(はりき)脊に死すとも 惜しからじ 願ふは極秘 かの奇(く)しき紅(くれなゐ)の夢」というあたりには、伊藤晴雨の責め絵のような、趣があります。

 あんじゃべいいる、あらきちんた、くるす、はらいそ、えれき、びいどろ、など、現代では使われなくなった外来語を用いることによって、官能的耽美的な世界を表現しています。
 外来語をもっとも効果的に使った詩であると思います。
=====================
「邪宗門秘曲」北原白秋
われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法
黒船の加比丹を 紅毛の不可思議国を 
色赤きびいどろを 匂鋭きあんじやべいいる 
南蛮の浅留縞(さんとめじま)を はた阿刺吉珍[酉它](あらきちんた)の酒を 
目見(まみ)青きドミニカびとは 陀羅尼誦(だらにず)し 夢にも語る  
禁制の宗門神を あるはまた 血に染む聖磔(くるす)
芥子粒を林檎のごとく見すといふの欺罔(けれん)の器 
派羅葦僧(はらいそ)の空をも覗く 伸び縮む奇なる眼鏡を
屋(いへ)はまた石もて造り 大理石(なめいし)の白き血潮は 
ぎやまんの壺に盛られて夜となれば火点(とも)るといふ
かの美(は)しき越歴機(えれき)の夢は 天鵝絨(びろうど)の薫(くゆり)にまじり
珍らなる月の世界の 鳥獣映像すと聞けり。
あるは聞く 化粧の料(けはいのしろ)は毒草の花よりしぼり 
腐れたる石の油に画(ゑが)くてふ麻利耶の像よ
はた羅甸(らてん)波爾杜瓦爾(ぽるとがる)らの横つづり青なる仮名は
美しき さいへ悲しき歓楽の音にかも満つる 
いざさらばわれらに賜へ 幻惑の伴天連尊者 
百年を刹那(せつな)に縮め、血の磔(はりき)脊に死すとも 
惜しからじ 願ふは極秘 かの奇(く)しき紅(くれなゐ)の夢
善主麿(ぜんすまろ) 今日を祈(いのり)に身も霊も薫(くゆ)りこがるる
========
でうす=天主
びいどろ=ガラス
あんじゃべいいる=カーネーション
さんとめじま=インドのサントメ地方産出の布
あらき=蒸留酒
ちんた=赤葡萄酒
だらに=祈祷文
くるす=十字架
けれんの器=顕微鏡
伸び縮む奇なる眼鏡=望遠鏡
はらいそ=天国
大理石の白き血潮=石油
ぎやまん=ガラス
えれき=電気
腐れたる石の油=油絵の具
ばてれん=神父
ぜんすまろ=イエスキリスト

<つづく>
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2009年03月02日


ぽかぽか春庭「ビルゼンマリア」
2009/03/02
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(4)ビルゼンマリア

 江戸幕府は長崎出島に海外貿易を集中し、貿易利益を独占しました。これは、江戸幕府の経済政策としては、江戸政権の長期化をもたらす効果のあるものでした。
 従来は「鎖国」と見なされていた施策ですが、近年では、「国を閉ざしたのではなく、幕府による海外貿易利益の独占化」と解釈される見方が、小中学校歴史教科書などにも反映されるようになってきました。

 さらに、江戸幕府は、海外と日本との交渉窓口を一本化するために、切支丹勢力を弾圧しました。切支丹が海外のキリスト教勢力と結びつきをもとうとするのを阻むには、切支丹禁令が必然でした。すべての人が寺の檀家の一員として幕藩体制下に組み込まれ、秩序を乱す者のないよう、管理されました。

 信者は隠れ切支丹として長崎島原を中心に信仰を守り続けました。
祈祷書は「オラショ」と呼ばれて密かに暗唱され、マリア像は「観音像」を模して作られました。
 私は、長い間「ビルゼンマリア毘留善麻利耶 」を「マグダラのマリア」と同じような意味だと思って聞いていました。「聖母マリア」と「マグダラのマリア」は別人である。「ビルゼンマリア」も「聖母マリア」とはまた別のマリアさんなのかと思いこんでいたのです。

 「聖母マリア」の「清く正しい」イメージに比べ、「マグダラのマリア」には「改心した聖娼婦」という、負から正への上昇反転が感じられます。マグダラのマリアが改心した娼婦であるとは新約聖書には書いてありません。後世に他のエピソードに出てくる娼婦と混同された結果、マグダラのマリア=元娼婦という伝承ができたのですが、キリスト教神学に詳しくない一般人にとっては、マグダラのマリア=罪を悔いた元娼婦というイメージが流布しています。

 一方「ビルゼンマリア」には、どこか「隠しておくべき秘密のにおい」がするのでした。
 「あわれ気高きビルゼンマリア」とか「清けし汚れなきビルゼンマリア」というようなマリアをたたえる詩の一節だかオラショだかが、ときどきぽっと心のなかに浮かびます。
 でも、ビルゼンの意味について考えたことがありませんでした。
 ビルゼンマリアの「ビルゼン」を枕詞のようなもんだと思って意味を考えたことがなかったのですが、突然、ビルゼンの意味がわかりました。

 「ビルゼン」が英語のバージンvirginにあたるって気づいたのは、「マリアとエリザベスと春庭の共通点」について書いていたとき。
 ビルゼンマリア=処女懐胎のマリア、ビルゼンクイーンエリザベス=処女女王エリザベス一世、ビルゼン春庭=どっかのビルの前に悄然と立つ春庭。
 そうか、「ビルゼン」は「バージン」と同じかあ。くるりとことばが反転し、意味の世界が開ける。
===============

「どちりなきりしたん」より
でうすに對し奉りてのみおらしよを申べきや
其儀にあらず我等が御とりあはせ手にて御座(おはし)ます
諸のへあと中にも惡人の爲になかだちとなり玉ふ
御母びるぜんさんたまりあにもおらしよを申也
びるぜんさんたまりあに申上奉るさだまりたるおらしよありや

「さるべ-れじいな」より
深き御柔軟、深き御哀憐、すぐれて甘く御座(おはし)ます びるぜん-まりあかな。
貴(たっと)きでうすの御母(おんはわ)きりしととの御(おん)約束を受け奉る身となる為に、頼み給へ。あめん。
============

 「びるぜんまりあ」ということばの響きは、私にとって、どこか異国的な、そしてある種の禁忌を感じさせる言葉でした。「処女マリア」「聖母マリア」というときには感じない、「ひそやかに隠しもつことば」「表にはだせない尊いもの」という響きを聞き取っていたのでした。

 「禁忌のなかにある」ということは、とても魅力的です。もちろん、渦中にある人にとっては、苦しくつらい運命なのかもしれませんが、禁忌を犯すことが日本文学のテーマのひとつでもありました。
 亡き妻の姿を見てはいけないというのに、黄泉の国へ降りていってイザナミを見てしまったイザナギ。清浄であるべき伊勢斉宮内親王恬子(やすこ)と一夜をすごした在原業平、父帝の正妻を盗んだ光源氏、、、、。

<つづく>
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2009年03月03日


ぽかぽか春庭「タブーのウズチュウ」
2009/03/03
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(5)タブーのウズチュー

 禁忌を犯す喜びを味わった渦中の人、こちらはちょっとなあ、という渦中なんですけれど。2009年1月28日の衆院本会議で、中川昭一元財務相は「金融危機の渦中にある」の部分を「うずちゅう」と発音して、さすが漢字苦手タロウさんの盟友と言われました。
 ウズチュウの中川wさん、2月14日、ろれつが回らないほど風邪薬?を大量に飲んだくらい体調が悪かったと弁明しました。体調不良のはずだったにもかかわらず、G7後のもうろう会見をしたあと、元財務相はバチカン博物館へ見学に出かけました。ふらふらと見学を続け、入場禁止柵を乗り越えて「ラオコーン像」に触りまくり、警報機を鳴り響かせました。さぞかし「禁忌」のウズチュウにいる喜びを味わったことでしょう。

 もちろん、禁忌を犯したあとは苦しみと共に生きなければ。元財務相さんも今後はアルコール欠乏の禁断症状渦中でおすごしください。
 ひな祭り。元はといえば、紙雛を水に流して、己にまとわりついた気枯(ケガレ=穢れ)を祓って「気」再生する行事。気を取り戻すことができるかどうか、とりあえずラオコーンを象った紙雛でも流してみましょうか。

 禁忌という翻訳漢語より、タブーという外来語のほうを私たちは気軽に口にします。タブーとは、もともとはポリネシア社会での「強く標づけられた行動」を表すことば、Tabuでした。していいこと、してはいけないことの規範です。英語のTabooになると、個人や共同体における行動のありようを規制する広義の文化的規範を表すことばとして、広く用いられるようになりました。
 元財務相が犯したタブーとは、「一国を代表している人物」のふるまいとして人前で見せてはならない姿を「もうろう会見」で見せたことでしょう。G7会見という「ハレ」の場にもうろうとした「ケガレ」で望んだことが「タブー」に触れたのです。
 
 我々庶民は、禁忌というより「金欠」という苦しみの中に生きております。幸い私は金欠症状に免疫ができていて、「買わない生活」が身についていますが、消費依存症だった方々は、禁断症状に苦しんでいるかもしれません。

 車も家電も服も消費が落ち込んで、「売れない売れない」が業界の合い言葉。こんなに不景気といわれているのに、去年一昨年より売り上げが伸びている商品があるという。何がそんなに売れたのかというと、「ひな人形」
 今年のひな人形の総売上額は、昨年より5億円増の570億円が見込まれているそうです。すっご~!あるところにはお金あるんですねぇ。

 なぜ、ひな人形の消費は落ち込まないのか。今一番お金を持っているのは、退職金を手に入れた団塊世代。孫が続々生まれている世代です。「我が子のときは余裕がなくてひな人形を買ってやれなかったし、親からも貰ってないので、せめて孫には上等な雛飾りを」というジジババ。また、「一生懸命生きてきた自分へのご褒美に、昔ほしかった芸術品のような手作りの内裏びなを飾りたいと思って」という女性など、ひな人形業界は不況知らずとか。

 我が家、昔はテレビの上に娘が貰った小さな内裏雛を飾っていたのですが、テレビが薄くなって、雛を飾る場所がなくなった。
 昔、私の父親が「孫に段飾りのひな人形を買ってやりたい」と言ったとき、「段飾りは狭いアパートに飾る場所がないから、現金でください」と、お金と小さな内裏雛だけもらいました。雛はテレビの上に飾り、父に貰ったお金は自分の2度目の大学入学の入学金授業料にしてしまった春庭。
 今年は、手作り大好きの娘が作ったかわいいミニ内裏びながちょこんとゲームソフト収納箱の上にかざってあります。

<つづく>
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2009年03月04日


ぽかぽか春庭「プレカリアート」」
2009/03/04
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(6)プレカリアート

 今でも、「同情するなら金をくれ」と、親戚一同に我が家のビンボー暮らしを伝えているのですが、同情だけされて金はもらえません。
 「銭のためならなんでもやるズラ」と言いたいのだけれど、経済にうとい私は、経済用語というのもなかなか覚えられません。「デファクトスタンダード」とか、「デリバティブ」とか「ミューチュアルファンド」とか、もう、お金がからんでくると、何がなんだか、さっぱりです。

 労働者を表すことば。こちらのほうが、まだ私の中ではわかりやすい。
 ニートは、英語では「Not in Education, Employment or Training」の略語、「Neet」であり、直訳だと「教育を受けておらず、労働をしておらず、職業訓練もしていない」者となる。
 日本で通用している意味は、「若年代無業者」であり、政府見解は、「働いておらず、教育も訓練も受けていない者。働く意欲のある者もいる」となっている。(2005/02/07の尾辻秀久厚労相答弁による)。働く意欲はあるのに、働く場がないほうが、日本の労働市場では深刻な問題です。

 プレカリアートという言葉、私は、雨宮処凛(あまみやかりん)の発言を通じて知りました。プレカリアートは、「ニート」ということばが世に出回った次くらいに聞くようになりました。
 英語precariousは、不安定な、他者まかせの、人頼みの、根拠のあやふやな、という意味の形容詞。(イタリア語ではprecario)
 この「不安定な」から、英語precariat、仏語précariat、イタリア語precariatoという「社会的に不安定な状態にある人」という名詞ができた。

 新自由主義経済下の、正社員ではない非正規雇用者と失業者をプレカリアートと呼ぶ。
 国籍・年齢・婚姻関係に関わらず、パートタイマー、アルバイト、フリーター、派遣労働者、契約社員、委託労働者、移住労働者、失業者、ニート等を包括するのがプレカリアートで、他に貧困を強いられる零細自営業者・農業従事者等を含めることもある。零細自営業者である我が夫も、当然プレカリアートの一員である。本人にはその自覚がないのだけれど。

 プレカリアートは、日本語では、ワーキングプアとほぼ同義。
 ワーキングプアは、年齢男女にかかわらず、非正規雇用者として働いており、生活保護世帯より低年収の労働層を呼ぶ。わたしもワーキングプアです。大都市圏に住む専業非常勤講師(大学非常勤の仕事のほか収入のない人)の平均年収は290万。私の周囲の専業非常勤講師たちは、「親の家に住んで親がかりだから暮らしていけるけれど」と言っていますが、私は生活保護以下の暮らしでアパートに住みふたりの子を育ててきました。

 非常勤講師仲間に、教育者研究者として尊敬すべき人たちがいます。彼らが言うに、「昔は貧乏でも学問に生きている人は社会の尊敬を受けたけれど、お金がすべての社会になった今、年収300万にも満たないということがわかると、それだけで軽輩者と思われ、今のあんたじゃうちの娘をヨメにはやれない、と断られる」。そう、非常勤講師というプレカリアートは、大学社会の底辺層です。

 常勤職採用をめぐっては、学内政治と呼ばれる不透明な上下関係コネクションによって決定される大学も未だに多く、非常勤のままの研究者教育者も多い。学内政治でうまく立ち回れない不器用な人だからといって、決して蔑視を受けていいわけではないのだけれど、世の中そうなっています。

<つづく>
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2009年03月05日


ぽかぽか春庭「マルチチュード」
2009/03/05
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(7)マルチチュード

 プレカリアートやワーキングプアが国内状況のなかの底辺層を指すのに対して、マルチチュードは、世界的視野において、虐げられつつ国境間を移動する層を呼ぶ。
 元はラテン語で「多数」「民衆」を指し示す。

 アントニオ・ネグリとマイケル・ハートが、共著『帝国』および『マルチチュード』に「マルチチュード」を定義しなおした。労働者、人民、大衆という従来の「プロレタリアート」の概念とは異なり、貧しく差別された階級であるが、自由に国境を移動し、移民労働者となる層を表す。

 ハートとネグリは「マルチチュード」を「社会を変える可能性を持つ層」と見なしています。移民労働者、また、不安定な身分のまま専門的な仕事に就く知的労働者も含むため、地球規模による民主主義を実現する可能性を持つ社会階層というのが、ネグリ&ハートの見解です。マルチチュードとは「社会を変える存在」であり、「主体的にアイデンティティを保ちつつ社会と関わる存在」だというのです。

 「従来のプロレタリアートは、19世紀以降の社会主義革命で主張された「聞け万国の労働者!」というひとくくりにされた概念であり、「聞け!」と命じられる側の存在として想定されていた。「労働者」が含む多様性と差異性を無視していたのに対して、マルチチュードは、統合されたひとつの勢力でありながら多様性を失わず、同一性と差異性の矛盾を問わぬ存在であり、国境を越えるネットワーク上の主体的な存在となる。」

 と、説明されても、う~ん、ようわからんけど。でも、プレカリアートワーキングプアの一員である私も、マルティチュード「社会を変える存在」となることを目指したい。

 朝三暮四という四字熟語がある。「荘子」斉物論などに書かれている故事による。宋の狙公(そこう)が、飼っている猿に餌を与えようとした。トチの実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと、猿は「少ない」と怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいそう喜んだ。目先の違いに気をとられて、実際は同じであるのに気がつかないこと。また、うまい言葉や方法で人をだますことを言います。

 今、国民はこう言われています。「先にひとりずつ1万2千円やります。みんな、消費意欲を高めて買い物にはげみましょうね。でも、あとで税金を増やすよ」
 まさに朝三暮四の政策。これで国民が喜んで買い物をすると思っている為政者は、さぞかし国民を「朝トチの実のエサを多く与えれば、夜少ないことに気づかない猿と同じレベル」と見なしているのでしょう。為政者の国民への目がよくわかる政策です。

 自分自身はお金を受け取るとか受け取らないとか、発言のたびにコロコロ言うことが変わっていく総理は、「もらって大いに買い物する」そうですが。買うなら「漢字ドリル」をどうぞ。
 総理、「留学したけれど、勉強しないですごしたから単位がとれず、修了証はない」そうですが、英語力が自慢です。
 得意の(はず)の英語で、オバマ大統領とさしで英語つかって会話したら、アメリカ側の記録には「何を話したのか不明」と記録された箇所がいくつも出てしまったと発表されています。ホワイトハウスの公式記録に、一国の首相の発言が「聞き取れない」と記録されたのでは、いったい何を言ってくるつもりだったのやら、国民も不安になります。バラマキを国際的にやるような発言じゃなかったでしょうね。

 バチカン博物館で中川昭一前大臣がラオコーン像の前の柵を乗り越えるところに居合わせた財務省の役人達は「そこにいたけれど、大臣を見ていなかったので、阻止できなかった」と言い訳しました。
 総理の英語力を知っている側近が英語で話すのを阻止しなかったのも「もうじきおろされるのだから、好きなことやらせてやろう」っていう思い出ヅクリ?のためだったのでしょうか。
 思い出ヅクリで国際的な恥をかく総理を持つ国民も恥ずかしいです。

 公式の場で一国を代表する人間は、母語できちんと話すべきです。昔、日本語ぺらぺらのライシャワー駐日米国大使が、公式の場では日本語を使わなかったことを思い出しました。

 猿と思われている国民のみなさん、猿じゃないってところを示して、マルチチュードとして社会を変えていきましょうよ。

<つづく>
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2009年03月06日


ぽかぽか春庭「ゲマインシャフト」
2009/03/06
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(8)ゲマインシャフト

 1970年に「第二外国語」というのを履修したとき、私はドイツ語を選択しました。今では「グーテンモルゲン」「イッヒリーベデッヒ」ぐらいしか覚えていません。そんな私なので、ドイツ語からのある外来語の意味をまったく理解していなかったということに今頃になってやっと気づきました。

 その外来語は「ゲゼルシャフトGesellschaftとゲマインシャフトGemeinschaft」という語です。団塊の世代のある層の人たちには、仲間同士で議論をしていると誰かしらがこの二つの語を口にする、というくらい一種「人口に膾炙」した語句でした。ゲゼルシャフト!という語が会話の中にでてきたら、なんだかそれだけでそれを口にした人がエラソーな感じがして、下々の「女こども」は黙っていなければならないような雰囲気でした。

 私が読んだ本では、ゲゼルシャフトは「上部構造」、ゲマインシャフトは「下部構造」と翻訳されていました。「上部」と「下部」?ようわからんが、上と下なのだろう、と思ってわかったような気になって以来、ウン十年間、ゲゼルシャフトとゲマインシャフトと聞けば反射的に上部構造と下部構造という訳語が出てきてしまうので、それ以上の意味を追求したことがなかったのです。

 「ゲマインシャフト(下部構造)=生産様式・経済状態が、ゲゼルシャフト(上部構造)=政治体制・社会文化」を規定する」というテーゼが、ありがたいお題目のように唱えられ、意味を深く考えることがなかった。

 田中克彦『言語学とは何か』を、昔読んだきり本はどこか本の山の下のほうに潜っていってしまい、読み返していなかったのですが、古本屋で百円本の中に見つけ、百円だから何冊あってもいいやと買って、電車のなかで読みました。
 その中に、エンゲルスが言語学者としてもなかなか優秀な論文を残していることや、スターリン言語学派の話がでてきました。その章のあたりだったと思うのですが、「ゲマインシャフト」という言葉がでてきたので、反射的に「下部構造」と訳語が出てきました。でも、言語学で使うゲマインシャフトには、社会科学とは異なる意味が付与されているかもしれないと思って念のために検索してみたところ。

 わぉ、ゲマインシャフトは、英語で言うと「コミュニティCommunity」日本語でいうと「共同体」ですって。言語学の意味というより、もともと社会学の概念としてもちゃんと「共同体」のことであることは、定義されていたのですね。私が知らなかっただけ。

 人の活動集団にはふたつの種類がある。
 ひとつは、ゲマインシャフトGemeinschaft=地縁や血縁で深く結びついた共同体、社会集団。信頼できるメンバーで構成され結束は固いが、自由意志による離脱が難しい。ドイツの社会学者テンニエス(Tönnies1855 - 1936)が唱えた社会類型のひとつで、血縁に基づく家族、地縁に基づく村落、友情に基づく都市中のコミュニティなどのように、人間に本来備わる本質意思によって結合した有機的統一体としての社会。共同体及び協同体。

 テンニエスの定義=ゲマインシャフトとは社会的共感に基づき、人間の内部にある言語の能力を前提としており、相互に共通な結合的な心もち(Gesinnung)は、「了解(Verst・andnis=Consensus)」と称される。
 「了解」の本質を形成し発展せしめる真の器官は、言語そのものである。言語は、自身生きた了解であり、同時に了解の内容でありその形式である。

 テンニエスの定義によって私の回らぬ脳で理解すると、ゲマインシャフトは言語を伝え合うことのできる仲間。もっとも小さな仲間は、養育者が生まれ育つ子に言葉を伝える範囲すなわち家族。その拡大版が「母語や文化を共有し、共感しあえる仲間」私自身の所属感覚を言うなら、日本語で伝えあえる範囲、ということになろうか。

 もうひとつの、ゲゼルシャフト。明確な意思と契約で結び付いた関係(たとえば企業会社組織と労働者、商工会、ゴルフクラブの会員、学術学会など)であり、個人の意志でいつでも契約を解除し離脱できる共同体。利益社会、機能集団。

 とにもかくにも、ゲマインシャフトがコミュニティと同じ「共同体」という意味だったと、今頃知りました。

<つづく>
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2009年03月07日


ぽかぽか春庭「ゲゼルシャフト」

2009/03/07
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(9)ゲゼルシャフト

 テンニエルは「交換がゲゼルシャフト的行為と考えられる限り、交換における一致せる意志は契約(Kontrakt)と名づけられる。契約においてはその内容の一部または全部について、単なる意志が遣り取りされているのである。」と、言っています。
 ゲゼルシャフトにおいては、人は契約によりあらゆるものを貨幣価値に置き換えて交換する。労働も貨幣に置き換えられ、ものの売り買いと同じように労働が時間給や年収という形で貨幣に変わる。かって「金で買えないものはない」と豪語したIT社長もいました。

 本来の労働には、仲間との共同作業の喜びや達成感、自己成長を感じる手段など、さまざまな要素が含まれています。ところが、現在の「労働」は、単なる「お金と交換の時間」という扱いにされており、労働者の「働く喜び」は収奪されています。

 コミュニティという英語由来の外来語については、「共同体」という意味で使ってきましたが、「ゲマインシャフト=コミュニティ」と思ったことがなかった。なにしろ、ゲマインシャフトは「下部構造」だったので。
 いったい誰が最初にゲマインシャフトを下部構造と翻訳したのでしょうか。ゲゼルシャフトといえば上部構造。それ以外の意味は知らなかった。

  『 人間たちは、彼らの生活のゲゼルシャフト的生産において、特定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係を、すなわち、彼らの物質的生産諸力の特定の発展段階に照応する生産諸関係を受け入れる。これらの生産諸関係の総体がそのゲゼルシャフトの経済的構造を形成するが、これが実在的土台であり、その上に法的および政治的な上部建築がそびえ立ち、そしてこの土台に特定のゲゼルシャフト的意識形態が照応する。物質的生活の生産様式が、social、政治的および精神的な生活過程一般の条件を与える。(『経済学批判』岩波文庫版、13頁) 』

 若い頃は、こんな文章を読んでスラスラ理解できないのは、こちらの頭が悪いせいだろうと思って理解するのをあきらめていましたが、要するに翻訳が悪かったのではないかしら。翻訳者は、学者としては立派な方なのでしょうが、わかりやすい文章を書くという点では、日本語の訓練をやりなおすべきです。わかりにくい日本語であるのは、専門用語がわからないからではありません。日本語翻訳がこなれていないかれではないのか。それともマルクスの原文ドイツ語がわかりにくいものなのか。

 現在の私は、日本語読解において十分な訓練を積んできた日本語の専門家です。精読も速読も得意。この「経済学批判」に書かれている日本語がスラスラとは理解できないとき、自分の頭が悪いせいではなく翻訳の日本語がひどいせいだと言い切れるくらい、日本語研究の歳月を重ねました。
 わかりにくいのは私が日本語読めないせいじゃない!

<つづく>
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2009年03月08日


ぽかぽか春庭「新緑共同体」
2009/03/08
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>カタカナ外来語覚え直し(10)新緑共同体グリーンニューコミュニティ

 日本社会では、「ムラ社会」と呼ばれる地縁血縁集団が社会の構成要素として力を保持してきました。そのため、しばしばゲゼルシャフトであるべき集団をゲマインシャフトのように扱う傾向がありました。

 たとえば、地域の自治会。明白な意思によって入退会を自分で決定すべき契約団体なのに、引っ越したら自動的に自治会に入会することになっている地域も未だに存在し、自治会費を払わないと、お隣近所から村八分になる。
 PTAもしかり。入会離脱が自由であるべき集団なのに、子供が小学校に入学したら自動的にPTAに加入することなっており、子供が卒業するまで自動継続して、自発的意志による入会退会の自由があることすら知らされない。

 戦後日本の企業組合もゲゼルシャフトではなく、「相互扶助で結びついているムラ社会」として機能してきました。高度成長期には、このムラ社会的組合活動とQC(カイゼン)運動は、日本の企業を支える柱でした。

 『蟹工船』が若い人の間でブームになって突然売れ出したり、新訳なった『罪と罰』が売れたりする時代ですから、ぜひ、『資本論』や『経済学批判』も新訳を売り出してください。って、思っていたら、新訳もいろいろ出ていました。ただし「新訳でも読みにくさが変わらないのは、もともとのマルクスの書き方がわかりにくいドイツ語なのではないか」という評をみて、新訳を読むのもあきらめました。マルクスの説も理解できず、オバマの演説もききとれない英語力の自分の頭脳であることを納得しつつ「♪きけ、万国の労働者!」でも歌ってプロレタリアート、プレカリアート、マルティチュード、なんでもいいからがんばって生きていこうと思います。敬具。(この敬具は、小林多喜二宛ネグリ宛とかいろいろ)

 それにしても、「ゲマインシャフト=下部構造」と思いこんだまま「ゲマインシャフト=コミュニティ」であったことに今のいままで気づかなかった私の頭も、とんだカブこーぞーでした。この「カブ」とは、わが頭蓋の中に詰まっているのは脳ではなくて蕪だ、という意味です。

 私がゲマインシャフトに新しい語義を加えるなら。「ゲマインシャフトとは、共感し合える共同体によって協働し、共に働き共に生活する喜びを分かち合う人と人とのつながりのなかに存在するコミュニティ」

 21世紀に、新しいコミュニティを形成するためのすばらしい道具が普及しました。インターネットです。自由に発信でき、主体的な意思発表者として存在できます。人と人を結びつけるために、大きな力を発揮します。インターネットによって結び合わされた集団を「バーチャルな」という形容詞付きで呼ばなくてもいい時代がきたと思います。

 新たな共同体の形成を夢見ています。
 オバマ大統領のグリーンニューディール政策(Green New Deal)にあやかって新緑共同体って、ネーミングを思いつきました。契約の共同体でもなく、血縁地縁だけの共同体でもなく、志を同じくしたり、趣味や興味を同じくする志縁共同体。志縁新縁新緑です。
 カタカナ外来語でいうと、グリーンニューコミュニティ。名付けが漢字になるかカタカナになるかはともかく、何もしないで1万2千円もらってつかうだけよりは、新緑共同体を夢見て動き出すほうがまだましと思っています。

<おわり>

社会とことば1 フラガールの会話から

2011-03-09 07:07:00 | 日本語学
2011/03/09
10/03 ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(1)こわい、いずい
10/04 社会とことば(2)フラガール語
10/05 社会とことば(3)高低アクセントと無アクセント(大切な言語文化)
10/06 社会とことば(4)バイリンガル(言語文化の復権)
10/06 社会とことば(5)マイアヒ語(バイリンガルになろう)
10/06 社会とことば(6)パル、パナ(方言周圏論)
10/09 社会とことば(7)ウォーとオ!
10/10 社会とことば(8)福山雅治のセーラー服と機関銃
10/11 社会とことば(番外)バイリンガル赤ちゃん



2009/10/03
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(1)こわい、いずい

 集中講義と論文中間発表と姑との敬老食事会という9月の「お仕事」をようやく終えて9月28日に健康診断の結果を聞きに、医院へでかけました。体が資本の教師ですから、健康第一です。
 健康診断の結果説明で、医師は開口一番「メタボ予備軍です」、、、、はい、それは健康診断する前から、わかってたことなんですけれど、、、、太っていることのその先が心配だったのですが。
 中性脂肪の数値も悪いし血糖値も高いし。健康だけがとりえと思って生きてきたのに、とりえがなくなってしまう、、、、、。

 なんとなく体がだるい、調子がいまひとつ、というような状態の時、母や祖母は「今日は、体がコワイねぇ」と言っていました。
 幼い私はどうして自分の体が「恐い」のかと不思議に思っていました。

 この「コワイ」は上州弁では「疲れた」とか、「体がおもわしくない、どこといって理由もないのだが、調子が悪い」ような状態を表した言葉です。今、群馬県でどれくらいの割合で「コワイ」が通用するでしょうか。若い世代には伝わっていないのではないでしょうか。

 NHKの昼番組、アナウンサーが地元放送局や出身地の方言を紹介する番組を放映しています。たまたま仙台出身のアナウンサーが「いずい」という語を紹介していたときに見ました。
 「いずい」は、「なんとなく、居心地が悪い、落ち着かない、ぴったりしない」という意味で、「新しく買った靴、どうもイズイ」「あの人の隣に座っているとイズイ」というように使われる。

 解説では、「いずい」は古語の「えずい」の東北地方発音と説明していました。(東北地方はイとエの中間の音を含む4母音。沖縄は3母音、標準語はアイウエオの5母音)

えずい[形容詞]《中世・近世語》
1 不快である。いとわしい。
2 怖い。恐ろしい。〈日葡辞典〉
3 ひどい。乱暴である。

博多弁 怖ずい、えずい、怖ずか、えずか
福岡県古賀市の方言 えずい=恐い、恐ろしい
宮城県仙台市仙台弁 いずい・いづい=不快感があり、その場に居続けられない様子や落ち着かないようすを表す言葉。靴が合わない時のようにしっくりいかずなんか違和感がある。痛い様なかゆい様な居心地が悪い様な。語源は古語の「えずい」

 「えずい」は、標準語では使われなくなったのですが、東北や九州では立派に現代も通用する語として生き残っていたのです。古語が中央で使われなくなっても、地方に残る例は多々あります。この現象を柳田国男は「方言周圏論」と名付け、現代語の「アホばか」分布調査によって確認されました。

 母や祖母が使っていた「体がコワイ」も、体に不快感があり、落ち着かないようすを表しており、「コワイ(強い)」の古語の意味である「弾力がなくて硬直である、ごわごわしている」の意味から派生して方言として定着したのだろうと推察されます。
 現代標準語でも、固く炊いたご飯を「コワメシ強飯、おこわ」ということ、強くて強情なようすを「コワモテ強面」ということとつながりがあるでしょう。

 このような、「ことばと社会」との関わりについて、方言や敬語などの講義を通して学生に知らせるのも、春庭の仕事のひとつです。

<つづく>
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2009年10月04日


ぽかぽか春庭「フラガール語」
2009/10/04
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(2)フラガール語

 春庭、国立大学では留学生の日本語教育を担当し、私立大学では、学部日本人学生の日本語学、社会言語学、日本語教育学の授業を受け持っています。宗に5日、毎日自転車操業です。

 2006年4月に、社会言語論の授業を始めたときはドキドキでした。
 私は「日本語学・現代日本語統語論」で修士論文を執筆し、博士論文は「日本語言語文化論」として提出予定です。社会言語学に関しては専門家ではありません。「日本語教育」に必要な社会言語学を勉強しただけであり、社会言語学の学会などには無縁です。
 しかし、「一般学生教養科目というだけでなく、日本語教師養成コースの学生の必修科目との共通科目として設置されているので、日本語教育からみた社会言語学を講義することでかまわない。科目名は社会言語学ではなく、社会言語論になっていますから」という講義目的をお聞きして、自分なりに「社会とことば」ということを考えてみるチャンスだと思いました。

 社会言語「学」ではなく、「社会と言語」論でよい、ということだったので、にわか勉強をかさね、私なりに「日本語と日本語を用いる社会と文化」について、学生に興味をもってもらえる授業を工夫してきました。

 15回の授業の前半は「地域言語(方言)の豊かさ」を中心に話します。後半は、「社会位相と言語、待遇表現(敬語)」「社会における言語と文化」を中心に話します。「社会階層と言語」「文化と言語イメージ」などが、授業の中心です。

 言語政策、ネーミング、言語教育、などについて触れるのは、ごくわずかな時間配分になってしまい、学問としての社会言語学にふれられるのは、ごく一部です。受講生のほとんどは「一般科目」として授業を受ける学生なので、学問としての社会言語「学」らしい講義よりも、「卒業して一般社会のなかで十分に活用できる日本語能力、運用力、日本語の言語文化を享受できる能力」の養成を第一にしています。

 授業の一部を紹介します。
 最初に、映画『フラガール』の冒頭シーンを学生にみせます。
 二人のかわいらしい女子高生が、ボタ山で自分たちの未来について話し合っています。蒼井優ちゃんが福島浜通り方言(いわき弁)で「フラダンス、やってみっぺ」と決意する会話を聞かせました。

 教師からの指示。
 「ふたりの会話を聞いて、自分たちのふだんの会話とちがう感じがするところを聞き取りましょう」という課題を出しました。
 学生たち、耳をこらし「~してくんちぇ」という依頼表現などを聞き取って発表します。

 「話し方の、なんていうか、リズムっつうか、なんかオレらのと違う」と、うまく言い表せないけれど、「なんとなく違うところがある」ということを聞き取る学生もいます。
 フラガールたちの会話は、福島県浜通り地方のことばです。

<つづく>
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2009年10月05日


ぽかぽか春庭「無アクセント地帯」
2009/10/05
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(3)高低アクセントと無アクセント(大切な言語文化)

 日本語地域言語の発音アクセントにおいて、フラガールの舞台になっている福島の一部、そして栃木茨城の一部は、「無アクセント地帯」として、特徴的な地域です。

 日本語標準語および、多くの地域言語(方言)では、単語と分節が「高低アクセント」を持っています。文にはイントネーションがあります。
 しかし、無アクセント地帯では、このような高低アクセントがなく、文の最後が尻上がりになっておわるイントネーションを持つ点で特徴的です。

 「蒼井優ちゃん、かわいいですね。優ちゃんの話し方もチョーかわいい。いい響きですね。このような、語尾までずっと平らなままことばを続けて、最後に尻上がりになる話し方、無アクセントといいます」
 「フラガールアクセント」の、響きの楽しさ美しさを語り、この地方のことばの特徴をいくつか取り出します。
 学生には、フラガールたちが、このような「無アクセント」で会話していることに注意をむけさせます。

 私は、無アクセントの響きを聞くために、仕事帰りに東北線に乗って、宇都宮の先まで行き、そのまま戻ってくる、「ただ電車に乗っているだけの旅」を何度かしました。
 学校帰りの女子高校生のおしゃべり、買い物帰りのおばちゃんの会話に耳をすませています。

 次に、「雨・飴」「箸・橋・端」など、アクセントの高低によって単語の意味が変わるペア単語を探させます。
 日本語は、高低アクセントを用いる言語であるけれど、地域によっては、フラガールの地元のように、そうではない方言もあり、日本語の多様さを確認させます。

 フラガールの映画の次に、斎藤孝編集のCD『声に出して読みたい方言』から、いくつかの地方の方言を聞かせます。
 つぎに、関東地方の高低アクセントと、関西地方の高低アクセントがまったく逆の高さになっている語をとりあげます。

 関東で「春」は最初の「ハ」が高い音で、「ル」が低い。「秋」は「ア」が高く、「キ」が低い。ところが、関西では「ハ」が低く、「ル」が高い。「ア」が低く、「キ」が高い。まったく逆になります。
 関東では「冬」の「フ」が低く、「ユ」が高い。関西では逆。「フ」が高く、「ユ」が低い。「夏」も同様。

 このように、単語の高低アクセントをとってみても、地方によって、高低が逆になったり、無アクセント地帯のように、高低アクセントがなかったりします。
 語彙そのものも、地方にはさまざまな地方独特の語彙があります。

 私が強調するのは、これらの方言は日本の言語文化の宝物だ、ということです。

<つづく>
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2009年10月06日


ぽかぽか春庭「バイリンガル」
2009/10/06
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(4)バイリンガル(言語文化の復権)

 今、各地の方言が消えつつあります。テレビマスコミの発達によって、地方の若い人にも、お年寄りの話す方言を理解できなくなっていたりします。
 「新方言」と呼ばれる「標準語」とのミックス方言を話す若者もいますが、純粋方言が話せるのはお年寄りに限られてきつつあります。

 ことばは生まれ変わるのが常なので、「新方言」が旧来の方言を駆逐するのは、歴史の必然でもあるのだけれど、歴史の中に生き残ってきた方言がまったく消え去ってしまうのだとすると、さびしくもあります。
 岩手県気仙地方の方言を集大成した「ケセン語」辞書の編纂など、方言の文化を残そうとする試みも続いています。意義深いことです。

 でも、大道芸の保存収集を続けていた小沢昭一は「保存会ってのができたら、もうその芸能はおしまいなんだよ。地元で生きた生活文化としての芸能は死んで、干物になった保存用の芸能が残る」という意味の発言をしています。
 同じように、保存会ができて記録されていく方言は、地方の生活のなかでは「生きていることば」ではなくなっています。

 春庭の「社会言語論」の授業、各地の方言の次には、『アイヌ語』のCDで、アイヌユーカラやアイヌの歌を聞かせます。
 アイヌ語は、日本語とは別系統の言語ですが、母語話者が消えてしまった「話者滅亡言語」です。

 近年、アイヌ語を「学習」している人が増えてはいるけれど、母語として、家庭の中で日常語として使用する人は、現代の日本にはいなくなっています。
 ひとつの家の中で、家族全員が日常の生活語として話す人がいなくなってしまったのは、残念なことです。

 アイヌ語が、すばらしい響きと豊かな言語文化の歴史を持っていることを学生に伝えて、「アイヌ語はすばらしい言語文化なので、ぜひ残していきたいと私は思うけれど、言語は社会の中で使われてこそ生きた言語なのであり、一度滅んだ言語を社会の中・生活の中で復活させるのはとてもむずかしい」ということを話します。

 「日本語の中でも、各地の方言を大切にしてほしい。自分が現在方言を話せないとしても、田舎のおじいちゃんおばあちゃんが方言を話せる人だったら、ぜひ夏休みでも冬休みでも、方言を習っておいてね。」と、学生に言っています。
 しかし、学生は「え~、方言わざわざ習うの?」と、あまり乗り気でないようす。
 そこで「じゃ、この中で、自分がバイリンガルだったらよかったのに、って思っている人、どのくらいいる?」と、聞いてみる。

 「英語と日本語バイリンガル」とか、「フランス語と中国語バイリンガル」など、ふたつの言語が話せる人々がいます。友達をみて、「ふたつのことばを両方つかいこなせたらいいなあ」と、うらやましく思ってきた学生も多い。
 「じゃ、これから私がみなさんをバイリンガルにしてあげます。よく聞いていてね」

<つづく>
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2009年10月07日


ぽかぽか春庭「マイアヒ語」
2009/10/06
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(5)マイアヒ語(バイリンガルになろう)

 「みんなは、ノルウェー語とデンマーク語の両方を話せる人がいたら、その人はバイリンガルだと思うんじゃないかな。ふたつの国のことばだから。
 マレーシアのことばと、インドネシアの二ヶ国のコトバを話せる人がいたらどうですか。バイリンガルと思う?
 学生たち、「うん、うん」と、うなずいている。

 でもね。
 ノルウェー語とデンマーク語は、近い親戚同士のことばで、名古屋弁と博多弁の違いくらいしか違いがありません。スペイン語とポルトガル語だって、上州弁と薩摩弁のちがいくらい。マレーシアのマレー語とインドネシア語など、京都弁と大阪弁のちがいくらいです。

 みなさんの中に、秋田弁と標準語とか、千葉房総半島の方言と標準語とか、ふたつの種類のことばを使い分けているヒトがいたら、すでに立派なバイリンガルなんですよ。
 はい、自分はバイリンガルだと思う人、手をあげて。ほら、今日からあなたはバイリンガル。

 バイリンガルの話のついでに。
 「モルドバ語って聞いたことある人、手をあげて」と学生にたずねる。
 だれも手をあげません。
 「この中にモルドバ語を一度も聞いたことない人って、いないはずなんだよ。絶対に聞いたことあるのに」

 「モルドバって国、どこにあるか、知っている人、いる?」
 だれも答えません。
 独立して17年の新しい国だから、まだ知名度が低い。東欧のルーマニアとウクライナに挟まれた、旧ソ連から独立した国家です。

 「じゃ、次にかける曲を聴いたことある人は手をあげてね」
YouTubeより www.youtube.com/watch?v=jJALPCK0T7Q

 「空耳フラッシュ」として「のまネコ」のフラッシュアニメで有名になったオゾンの『恋のマイアヒ』という曲を聞かせます。
 教師、のってくると曲にあわせてパラパラ風ダンスを踊るので、学生、唖然。スマスマで♪マイアヒー、マイアハー♪と踊っていたパラパラ風ダンス。
 2004年のヒット曲、学生たちも中学校小学校時代に大流行だったので、よく覚えています。

 曲をききながら、「この曲を歌っているオゾンというグループは、モルドバという国の出身です。でも、ミュージシャンとして成功するために、モルドバからまずルーマニアに進出しました。なぜルーマニアへ行ったか。ルーマニアはモルドバの隣の国です。
 
 モルドバ語とルーマニア語は、ほとんど同じ。東京山の手ことばと東京下町弁のちがいくらいです。
 でも、モルドバの人たちは、「自分たちのことばはルーマニア語である」とは、決して言わない。「モルドバ語だ」という。

 だから、ルーマニア語とモルドバ語というのは、二カ国語ではあるけれど、ほとんど差はない。同じひとつの言語といっていい。
 つまり、二カ国語が話せる、といっても、その二ヶ国語とは方言のちがいにすぎないことも多い。国がちがってもことばは同じ、という例のひとつ。

 方言を知っていたら、もう立派なバイリンガルです。
 「方言と標準語の両方が話せたら、自分はバイリンガルだと言って、誇っていいですよ」と学生にいい、方言習得のススメを強調しておきます。

<つづく>
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2009年10月08日


ぽかぽか春庭「パル、パナ(方言周圏論)」
2009/10/06
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(6)パル、パナ(方言周圏論)

 3月から7月まで教えた中国の教え子たち、10月5日に来日しました。彼らを出迎えたのはこの10年で最大の台風ということになりました。手強い出迎えになってしまいましたが、各人、所定の留学生寮に到着したというメールも届き、一安心です。これから外国人登録や通学定期の購入など、てんやわんやで留学生活のスタートとなりますが、みな、日本語が達者になっているので、大丈夫でしょう。いつクラス会を開けるのかわかりませんが、再会を楽しみにしています。

 東京のほか、名古屋、大阪、京都と、日本各地に分かれて大学院博士課程で研究をする教え子たち。今回の大型台風は、日本縦断型だそうです。それぞれの地で私が授業中に「日本の災害」として紹介した台風を実感することでしょう。各地の被害が心配ですが、みな無事でありますように。台風一過のあとは、それぞれが各地の京都弁や名古屋弁に慣れて、順調な留学生活を送れるように願っています。

 方言についての社会言語論授業のあと、授業コメントを日本人学生に書いてもらったとき、こんなメッセージがありました。
 「自分は埼玉で、親といっしょに住んでいます。小さいときから自分は標準語を話してきました。父は埼玉出身ですが、母親は青森の出身です。普段は、母も標準語を話しているのですが、ナマリがきつくて、友達が家に遊びに来ても、母親の話し方が恥ずかしくてならなかった。
 でも、先生の授業をきいて、方言は誇りにしていい言語文化なのだとわかりました。母親の発音を恥じていた自分こそ恥ずかしいです。これからは、母に青森方言を習おうと思います。」

 私が意図している授業の目的のひとつを、きちんと受け止めてくれる学生のメッセージ、うれしく読みました。

 また、ひとつの国のなかでも、インドのように系統のちがう言語が地方ごとに話されている国家もあって、隣町の人とは、通訳がいないと話しが通じない、という場合もある。インドのお札には20種類の言語でお金の額が描かれています。国全体の公用語はヒンディ語と英語ですが、州ごとの公用語を加えると22言語あり、実際に生活の中で使用されている言語は、300に登ります。

 お隣の国、中国は全国で「中国語」が話されている、と言っても、実際には方言差がたいへん大きい。上海のお年寄りの中に、北京語を話せなくて上海語だけの人がいたら、通訳がいないと北京の人との会話は通じない。(若い世代は標準語(普通話プートンファ)を習っているので、しゃべれるけれど)

 日本も、江戸時代に東北地方の人と九州の人が話し合うときに、どうしても通じないので、お互いに習っていた能の「謡」のことばを「共通語」とすることにしてやっと話しあえた、というエピソードが伝わっています。明治維新後の国家運営の基本として標準語制定は、国家統合の大きな柱であり、標準語教育が押し進められました。その結果、地方の方言が弱くなったことは残念なことです。

 方言について話すとき、方言周圏論についても触れます。
 柳田国男が提唱した社会言語の理論です。異論も多数あったなか、現在、検証がなされ、定説として認められています。

 「中央の発音や文法が他の新来のものに変わってしまったあとも、地方に古来の発音や文法が残存する。中世までは京都、近世以後は江戸東京を中心にした円周を描いて、言語の移り変わりを図に表示できる」というのが、方言周圏論の骨子。

 柳田国男は「かたつむり・でんでんむし・まいまい・なめくじ」という語が、ひとつのものを指し示しながら多様な表現で各地に現れることに注目し、京都を中心に円周上に古い言い方がならんでいることに着目しました。

 現代のラジオ放送番組が調査した「全国アホバカ調査」では、アホ、バカ、ダラなど、誹謗中傷語を投書によって集め、方言周圏論の説どおりに、円周上に「悪口ことば」が並んでいることを証明しました。

 柳田が「方言周圏論」をあまり主張しなくなったのは、「新しいほうがエライ」という価値観を日本社会が持つようになってきたからです。「地方のことばのほうが古い」ということを主張すると、地方の古さを言い立てているように受け取られるため、方言周圏論は一時はあまり言われなくなりました。今は違います。優雅みやびな古語をきちんと残している地方の方言の復権がなされたから、堂々と方言周圏論を主張することができるようになりました。

<つづく>
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2009年10月09日


ぽかぽか春庭「ウォーとオ!」
2009/10/09
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(7)ウォーとオ!

 現代語のハヒフヘホの発音が、奈良以前の古代語では「パピプペポ」であったということも、柳田国男の提唱した方言周圏論によって説明できます。
 「花、春」を、沖縄八重山地方では「パナ・パル」と発音しているからです。
 花がパッと開花する雰囲気、寒い冬からパッと暖かい春に変わっていく雰囲気が「パナ」「パル」という発音によく表されているように思います。
 私はパルニワ。

 2007年10月の春庭カフェ日記「目黒のさんま」で、日本語発音のうち、昔と現在では発音が変わってきていることをお話しました。
 2007年10/14~17日には、ワ行ヤ行の発音について書きました。復習しましょう。

 現代語では「ワ行」の発音のうち「いうえお」は「ア行」の発音と同じになっているけれど、平安期までは「わゐうゑを」は、「wa wi u we wo」でした。最後までア行とは異なる発音を保っていた「をwo」も、室町期から江戸初期にはア行の「お」の発音と同じになりました。
 しかし、地方には「を」と「お」の発音区別が残っているのです。

 現在の発音では「わいうえを」の発音は「wa i u e o 」であり、「ワwa」以外の発音は「ア行」の「いうえお」の発音と同じです。しかし、平安期には「わゐうゑを」というひらがな表記と「あいうえお」というひらがな表記があり、表記通りに別々の発音をしていました。

 ワ行の発音は、「ワwa ウィwi ウゥwu ウェwe ウォwo」という発音だった。しかし、平安初期以前にすでに「ウゥwu」の発音はア行の「ウu」と同じ発音になってしまい、その後、しだいに「ウィwi ゐ ウェweゑ ウォwoを」の発音も、ア行の「い、え、お」と同じになっていきました。
 同じように、ヤ行の現在の発音は、「ya i yu e yo」であるけれど、昔むかしは「ya yi yu ye yo」であったろう、ということが、残された文献から推測されます。

 ワ行、ヤ行の発音変化について、以上のことを述べたら、コメントをいただきました。
 謡曲のお稽古をつづけていらっしゃるrokujyouさんからいただいたコメント
 『 「お」と「を(ウオ)」は、謡曲では使い分けています。耳を澄ませて油断無く聞き分ける習慣をつけることにします  投稿者:rokujyou (2007 10/14 14:5) 』

<つづく>
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2009年10月10日


ぽかぽか春庭「福山雅治のセーラー服と機関銃」
2009/10/10
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(8)福山雅治のセーラー服と機関銃

 長崎出身のphilatelyjp さんからは、下記のようなコメントをいただきました。
 『 長崎県出身の長春在住者です。助詞の「を」は九州では今でも「wo」と発音します。年配者だけかも知れないと思っていたら高校生もそうでした。長崎出身の福山雅治の歌を聞いてみてください。 投稿者:philatelyjp (2007 10/20 22:24 ) 』

 検証!!
 福山雅治の歌をきいてみました。
 『ミルクティ』の中で「♪愛される明日woを夢みる~」、『桜坂』「♪恋woをしている~」、などでも「をwo」が聞き取れます。
 一番はっきり分かるのは、『セーラー服と機関銃』です。
 ユーチューブを聞いて確認。
 福山雅治『セーラー服と機関銃』YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=eal.Y_QMyTz0

 長崎出身の方は、高校生など若者も、助詞の「を」の発音は「wo」なのだそうですが、福山の「を」は、実にはっきりと「ウォwo」になっています。

♪愛した~男たちぃウォ~ 
♪タダこ~のまま~冷たい頬ウォ~ あーたためたいけど~
♪いつの~日にか~僕のことウォ~ 思い出すがいい~
♪希望という名の重い荷物ウォ~

 長崎地方出身である福山雅治の助詞の「を」は、古来の日本語発音が残り、「ウォwo」であることが聞き取れました。長崎地方の助詞の「を」は、古来の日本語発音が残り、「ウォwo」であることがわかりましたが、九州のなかで、どこあたりが「wo」なのか、あるいは、どの世代まで「wo」なのか、検証してほしいところです。

  2009年夏の集中講義日本語教授法受講生の4年生男子学生、茨城にあるお寺の息子で、将来寺を継ぐ予定で大学院進学を目指しています。彼は、日常会話でも「を」は「wo」と発声していました。「wo」と言うのが普通と思っていたので、他の人たちの「を」の発音が「o」だということに気づかず、はじめて他の人たちは「お」と「を」の両方とも同じ発音をしていると知った、と、逆の気づきをしていました。「を」は「wo」と発声することを特別意識することなく、自然に身についたそうです。お寺では読経の際、先代のとおりに発声してきて、室町時代以前の発声を受け継いできたので、能の謡に「wo」が残ったのと同じく、「wo」の発音が残ってきたのでしょう。

 私にとっても、おお、関東でもそういう人がいるんだと、発見の夏でした。彼のお寺は真言宗ですが、他の宗派でもそうなのか、検証したらおもしろいかも。
 毎年、学生からいろんなことを学ぶことができ、教師とは教えながら学べるので、ありがたいと思います。

 社会言語論のなかでは、方言文化のほか、外来語問題や敬語などを扱っていきます。
 2009年後期の授業でどんな出会いがあるでしょうか。日本人学生のうち、半分はリピーターです。春庭の授業を、毎期受講する学生が多い。4教科の授業を受け持っている大学では、3回続けての受講という「春庭ファン」も多い。けっこう、人気教師です。と、言いたいところですが、日本語教師養成講座の科目は40単位の受講が必要であり、そのうちの8単位を「春庭クラス」でまかなうのが「お得」と、思って受講しているのです。ともあれ、「お客さまに恵まれているうちは商売をつづけていけるのだし、「社会とことば」の授業、今期もがんばります。


<おわり>
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2009年10月11日


ぽかぽか春庭「バイリンガル赤ちゃん」
2009/10/11
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語講座復習編>社会とことば(番外)バイリンガル赤ちゃん

 2年前に、長崎地方の「を」と「お」について、また福山雅治の発音についてコメントをくださったphilatelyjp さん、知りあいだった人とわかってびっくり仰天しました。
 「長崎出身、切手愛好家、中国在中」という三つのキーワードで、「あれ、このphilatelyjp さんは、中国の宿舎、旧館1号館にいらっしたI先生だ」と気づいたのです。

 philatelyjpさんは、2007年と2009年に私が赴任していた中国の大学の、他学部にいた先生。長崎から県の派遣で赴任していた方でした。
 私は郊外のキャンパス、I先生は宿舎近くの本部キャンパスなので、仕事での交流はなかったのですが、宿舎は同じ場所。philatelyjp 先生は旧館1号館で、私は2号館でした。2009年8月に私は1号館にも滞在し、I先生は1-8,私は1ー4でしたので、「お隣さん」として暮らした先生です。

 2007年、私の同僚のひとりがphilatelyjp先生と最初に顔見知りになり、私たちにも紹介してくださるというのでいっしょに「プチ北国」という名の和食屋さんでお食事をしました。そのあと、カラオケにいき、philatelyjp先生は、福山雅治の『桜坂』や中島みゆき『地上の星』を熱唱なさっていました。

 そのおり、長崎のご出身だとうかがっていたし、郵便切手コレクターとしては日本有数の方なのだと聞かされていたのに、2007年10月15日付けの春庭コラムにコメントを寄せてくださったハンドルネーム、philatelyjp(郵便切手愛好家日本)に、何も思い当たることがなかった。お知り合いのI先生とわかって、顔見知りの方からのコメント第1号になりました。

 2007年、philatelyjp先生は、離婚して中国へ来ていたので、「これはひょっとするとひょっとするかも」と思っていたら、予想通り「ひょっと」しました。
 I先生は長崎県の県立高校教諭の身分を日本に残したまま、県からの派遣として中国の大学で教えています。中国の大学の現地給与と日本の高校の給与と両方をもらえるうらやましい身分です。

 philatelyjp先生、中国での生活は現地給与で生活できるので、日本の給与はそっくり貯金できます。日本の高校教諭の年収、県によって違いがあるでしょうが、私が調べた範囲では50代の高校教諭は800~1000万円の年収を得ています。これがそっくり貯金で残るなら、中国物価の感覚からすれば、大金持ちです。

 これは絶対に中国女性はのがさずにおくものか、と思っていたら、案の定philatelyjp先生は若い中国女性と結ばれ、2008年には女の赤ちゃんが誕生しました。かわいい女の子誕生に先生は大喜びです。

 私、この夏、7月の帰国前にかわいいワンピースと絵本を買って、お祝いにうかがいました。「バイリンガルに育ちますね」とうかがうと、I先生は「中国にいる間は、私が毎晩日本語で子守歌をうたって、絵本を日本語で読んでやっています。日本に一時帰国している間は、妻が中国語で歌を歌って、本を読んでやるんです」とにこにこしながらおっしゃっていました。50代でもうけた女の子、かわいくてたまらないようすでした。

 大学宿舎に住んでいる間は住居費無料なので、市内にマンションを購入し、これを人に貸して家賃収入を得て、娘さんの将来に備えているという用意周到さ。退職後も県立高校教諭の年金はたっぷりあるでしょうから、私のような国民年金しかない非常勤講師とは雲泥の差があり、年取ってからの子育てにも不安はないみたい。
 というわけで、「ねたみそねみやっかみひがみ」の春庭、「いいなあ、日本と中国の両方から給料もらえて、、、若い人と再婚できて、、、、かわいい赤ちゃんに資産を残してやれて、、、、」と、やっかんできました。

<おわり>