▲ 黒澤映画評がほぼ一致! 橋本忍「複眼の映像」
自由が丘大人の音楽教室の新沼健です。
「自由が丘大人の音楽教室」とは関係無い、映画・ドラマの感想、美味しかった料理、世相について思うことなどをこちらに書いています。
つい先日鑑賞した、邦画史上最大の失敗作と言われる(私が言っているわけではありません)「幻の湖」の製作・脚本・監督の三役をこなした、日本を代表する脚本家だった、橋本忍の著作です。
ご本人がその失敗について語っているとのことで、この本を購入し、読んでみました。
かなりさらっと触れているのみでしたが、映画公開から時間を経たせいか、客観的に見直すことができているようです。
ただ、この著作の眼目は、巨匠・黒澤明との脚本共同執筆についてであり、かつ、かなり冷徹・冷淡(自身が脚本を担当している作品を含めた)な黒澤映画評です。
黒澤明との出会いである「羅生門」から、「生きる」、「七人の侍」、「生きものの記録」、「蜘蛛巣城」、「隠し砦の三悪人」、「悪い奴ほどよく眠る」、「どですかでん」の作品について、特に「羅生門」と「七人の侍」についてはかなり多くのページを割いています。
「七人の侍」の元企画「侍の一日」の筋とキモ、なぜボツになったのかというと、当時の城勤めの侍が二食だったのか三食だったのか、確信が持てなかったからだということ。そしてそれが後の「切腹」につながったということ。
「侍の一日」がボツになり、代わりの企画として出てきたのが「日本剣豪列伝」という剣豪たちのオムニバスであり、クライマックスばかりじゃ映画にならない、ということでこれも早々にボツ。
剣豪列伝に関連して、当時の侍がどのようにして武者修行をすることができたかについての雑談から「七人の侍」のアイディアが出てきたこと、脚本は黒澤明と橋本忍がそれぞれ同じシーンを書き進み、小國英雄がどちらが良く書けているか判定して採用していたことなどなど、「七人の侍」誕生秘話を深掘りしていてとても興味深かったです。
そしてかなり冷徹・冷淡な黒澤映画評で、ちょっと意外なくらい私の評価と一致していたので驚きました。
黒澤映画の代表作の一つと目される「隠し砦の三悪人」ですが、私は過去3〜4回は鑑賞していますが、実は面白い映画と思ったことが一度もありません。
内外の評価が高く、リメイクまでされた作品ですが、脚本に参加された著者の評価も実は低かったので少々驚きましたが、得心しました。
日本・アメリカの映画会社が黒澤明を敬遠して映画製作の機会が極端に失われてしまった「デルス・ウザーラ」から最晩年の作品群について、特に「影武者」と「乱」をはっきり失敗作と指摘しているものの、「夢」特に最終話に関してとても評価が高いことなど、私の評価と一致していて、なにやらとても嬉しくなりました。
また、かなり意外でしたが、思わず考えさせられたのが、野村芳太郎監督から、橋本忍と黒澤明は出会わない方が良かった、といわれたくだりです。
二人が出会ってしまったため、黒澤作品には映画にとって無縁な、思想とか哲学、社会性まで持ち込むことになり、どれもこれも妙に構え、重いしんどいものになってしまった。
橋本忍と黒澤明が出会わず、たとえ「羅生門」、「生きる」、「七人の侍」がなかったとしても、黒澤明の才能があれば、それを上回る映画作品を何本も撮っていただろう、というところです。
何れにせよ、橋本忍や黒澤作品に興味のない方には、何が何やらのお話ばかりですが、特に「七人の侍」ファンにはうってつけの本でした。