俺は北海道の森の中にいた。季節は秋。雪がちらほら舞い始めていた。
エゾジカを追っているうちに森の深いところに入り込んでしまった。道に迷ったようだ。
迷いながら一時間ほど森の中を歩いた。すると見晴らしのいい草原に出た。どうやら森は抜けたようだ。ただ、あと一時間ほどで日没の時間がやってくる。車を止めてある場所には帰れないだろう。どこかでテントを張って一泊しなければならない。
そのとき、後ろに気配を感じた。振り向くと五十メートルほど先に大きなヒグマが立っていた。こっちの方にゆっくり歩いてきた。心臓の鼓動が早くなり、呼吸が乱れた。
動揺し、立て続けに二発撃った。はずれた。残りの弾は一発だけだった。
足がガクガク震えるのを感じた。口の中は渇いていた。一日中歩き続けていたせいで体は疲れきっていた。できればここで休みたかった。
しかし、ヒグマがいる以上、それはできなかった。
俺は迷っていた。ヒグマを至近距離に近づけて最後の弾をぶち込むか、それとも遠距離からヒグマを狙って撃つかだ。
近づけて撃てば当たる確率は上がるが、襲われる危険も増す。一方、遠距離で撃てば襲われることはないが、はずれる可能性が高くなる。
もうすぐ日が暮れてくる時刻だった。暗くなってからはヒグマを撃つことはできない。タイムリミットは近づいていた。どちらかを選択しなければならなかった。
いよいよ決断の時期が来た。
俺は至近距離でヒグマと対峙する方を選んだ。
西に沈む太陽を背に仁王立ちになってヒグマを向かえた。ヒグマは一歩一歩近づいてきた。ライフルの照準をヒグマの脳天にあわせた。一発でしとめなければ死ぬだけだ。晩秋の木枯らしが指先を冷たくした。俺は石のように固まり、ヒグマが至近距離に来るのを待った。
近づいてきたヒグマは二メートルを越える大きさだった。丸々太っていた。ヒグマは見下ろすように顔を近づけてきた。ライフルの照準はぴったり頭にあっていた。一瞬、ヒグマの動きが止まった。チャンスは今しかなかった。ためらわず頭に弾を打ち込んだ。ヒグマの脳味噌が吹っ飛んだ。ヒグマはバタッと倒れた。
ヒグマが死んでいるか慎重に確認した。軽く蹴ったが動かなかった。体がブルブルと震え、奥歯が噛み合わなかった。意識の焦点が定まらず、呼吸が乱れていた。
息をゆっくり吐いた。大きく吸ってまたゆっくり吐いた。それを何回も繰り返した。その内に、落ち着きを取り戻した。意識の焦点がピタッと定まった。
ヨシッと声をあげ、すぐにヒグマの解体作業に取りかかった。