きょうはいい陽気、自転車に乗っても寒さは感じませんでした。もっともマフラーや手袋はしています、もちろんオーバーコートも。
今朝の朝日新聞 朝日歌壇から引用させていただきます。 先月16日に亡くなった吉本隆明を読んだ歌が5点も取り上げられていました。 こういう形で名前を入れて詠むこともできるのですね。それだけすごかった、知の巨人、思想家であり、日常の生活をとっても大事にし、地に足の着いた思想家であったということです。
キャンパスを吉本隆明の本抱え君と歩いた青春の日々
(高松市 桑内 繭さん)
若かりし頃、分かっても分からなくても常に持ち歩かなければ”格好の悪い時期”というのがありましたよね。背伸びしてでもわかったような顔をして、難しい議論に加わったりもして。 私の学生時代では、吉本隆明もそういう思想家の一人でした。 「共同幻想論」や「言語にとって美とはなにか」、寮生のなかで持っていた人がいましたが、個人的には手にとって読むということはありませんでした。お恥ずかしながら最初から理解できないだろうなと思っていたところがあります。
千駄木の蕎麦屋に偲ぶ買物か提げて歩きし吉本隆明
(東京都 吉竹 純さん)
そこいくと?私にとっては学生時代にのめり込んだ作家、思想家(でもあると思っています)の一人は高橋和巳ですね。「わが心は石にあらず」を読んで心身の奥深くに感じるものがありました。
若き日に吉本隆明勤めたるインキ工場の青き廃液
(三重県 三井 一夫さん)
ということは大学紛争が華やかなりし頃のことです。全共闘が活動していたころです。 立命館大学から京都大学で教鞭をとりながら、作家として、時代を体現先取りする作家として颯爽と登場しました。
巌を噛む蟋蟀(こおろぎ)の如き貌をして『言語にとって美とはなにか』を (日立市 加藤 宙さん)
「憂鬱なる党派」 「日本の悪霊」 「邪宗門」、よくあの騒然とした時代に、時の経つのが早い時代にたくさんの作品を書き上げたものだと感心します。 そういう無理もたたって早死にしてしまったのかもしれませんが。
読みもせず捨てもしないで四十年手もとに置きし『共同幻想論』 (仙台市 武藤 敏子さん)
「邪宗門」なんか大本教をモデルにしたようなのですが、本当に一つの宗教をつくりあげたようで、宗教による世直しなんかについて考えさせられました。でも、・・・・・
時を掃く大いなるものある如し書店から消えた高橋和巳
(横浜市 森 秀人さん)
これは3月19日の朝日歌壇からの引用です。 そうなのですね、今はすっかり忘れ去られた作家となってしまいました。もともとは中国文学者で、漢詩にも造詣が深かった。 文化大革命時代の中国にも行ったはずです。 その時のことを書いた著作が確か「新しき長城」だったと記憶しています。
学生時代の頃はちょうど中国の文化大革命が燃え盛っていた時でした。毛沢東に興味をもち、毛沢東が好きになり、中国関係の雑誌(中国画報や北京週報、人民中国)も取っていました。 朝6時か、7時、6時ということはないな早すぎる、7時から確か北京放送の日本語放送も聞いていました。”東方紅”のメロディが流れ、日本のマスコミでは聞かれないことも聞かれたように思います。この放送で””インターナショナル””のメロディを覚えました。 歌詞はデモをしながら覚えました。
武田泰淳、竹内好、ともに中国に造詣の深い作家、思想家です。 亡くなって数十年も経ってしまいます。
写真は西公園です。桜はまだまだ咲きませんがテントが出現しています。いろんな店が営業しています。 寒さ対策用の桟敷席もできています。
早く桜が咲いてほしいですね。 桜、さくら、サクラ・・・・・