笑顔は、すぐに泣き顔に変わった。浅田真はあふれる涙を右手でこすった。「自分の持っている力が全部出せた。すごいうれしかったし、すごい気持ちよかった」。総立ちの観衆から拍手を浴び、声援を全身で受け止めた。「悔しい時に家では泣くけど、人前ではない」という16歳が初めて観衆の前で流した涙。苦しみ抜いた1年間が最後に最高の形で報われた。
15歳だった昨季にGPファイナルを制し、今季は追われる立場に変わった。周囲からは常に優勝を期待され、人知れず悩む日々を過ごした。身長が昨年より5センチ伸び、1メートル63となったことでジャンプの感覚も狂った。得意だったトリプルアクセルが不調で、今季は大技の成功が1度もなかった。
アルトゥニアン・コーチからは、踏み切る前のステップを省くよう提案されたこともあった。しかし「毎年レベルアップしたい」と首を縦に振らず、高難度の技に挑み続けた。周囲の期待に応えるために高いレベルを求めれば求めるほど、トレードマークの笑顔も失っていった。
GPファイナル後の練習でも右手小指を痛め、この日もテーピングをして氷上へ。だが言い訳を嫌う性格ゆえに、体調を尋ねられると「大丈夫です」と悲壮感たっぷりに繰り返した。「自信を持って何も考えず、前みたいに思い切り跳んだ」。この日のトリプルアクセルは高さ、タイミング、回転とも文句なしで着氷も決まった。コーチを「あれこそがトリプルアクセルだ」とうならせたジャンプ一発で基礎点7・50点を大きく上回る9・30点を稼いだ。
今季初めて成功したトリプルアクセルで重圧はうそのように消え、若さと勢いのまま突っ走った昨季の強さがよみがえった。その後のスピン、スパイラルでも高得点を連発。その結果は、夢の200点をはるかに超える211・76点。国内大会のため参考記録扱いだが、叩き出した得点は世界選手権女王のスルツカヤ(ロシア)も成しえなかった“世界最高”。嫌いになりかけたリンクで再び自分の演技を取り戻し、自然と涙が流れ落ちた。
来年3月の世界選手権では、GPファイナルで敗れた同い年のキム・ユナ(韓国)との再戦が確実となった。「きょうよりもいい演技をして優勝したい」。山あり谷ありだった06年は最高の形で幕を閉じた。来年3月、200点超えの実績を引っさげて世界の頂点に挑む。