屈辱の容認。なぜ中国は北朝鮮をあっさり捨てたのか?
2017年4月14日 5時0分
まぐまぐニュース
去る4月6日から7日に行われた、米トランプ大統領と中国・習近平国家主席との米中首脳会談。しかしその期間中、米国はシリアへの軍事攻撃を起こし、さらに北朝鮮への攻撃についても示唆。その軍事行動について、中国は事実上「容認」の態度を示しました。この北朝鮮に対する態度の変容は何を意味するのでしょうか? 4月13日に創刊された有料メルマガ『石平の中国深層ニュース』の著者で、中国出身の評論家・石平(せきへい)さんは、中国の実態に迫る新創刊メルマガの創刊号にて、先日の米中首脳会談から透けて見えた習政権の脆弱さと、中国が「米国による北攻撃」を事実上「容認」した背景について分析しています。
米中首脳会談から見た習近平政権の脆弱さと今後の権力構造・その一
今月6日、7日で行われた米中首脳会談で、中国の習近平国家主席はトランプ大統領に対し、「画期的」ともいうべき大きな譲歩を余儀なくされた。それはすなわち、米国が行おうとする北朝鮮に対する軍事攻撃に対し、習主席は実質上、それに対する容認の態度を示したことである。
3月配信の私のメルマガのサンプル号は、「米国が本気で北朝鮮に対する軍事攻撃を考える際、一番心配しているのは中国の出方だ」との見方を示したが、米中首脳会談を通じて、トランプ政権はすでにこの心配事を取り除いた模様である。
首脳会談では、北朝鮮問題は大きなテーマとなったことは多くの報道からも確認されているが、ティラーソン米国務長官は会談終了後の記者会見で、「もし、中国が米国と連携できないのなら、米国は独自に進路を決める、と大統領は習氏に伝えた」と語ったことからすれば、トランプ大統領は明確に、北朝鮮に対する単独の軍事攻撃も辞さない決意を習主席に示したと思われる。しかも、トランプ政権はわざと、米中首脳会談開始の日に、両首脳の夕食会の最中にシリアに対する軍事攻撃を実行したが、それもまた、習主席に対する外交的圧力を強く意識したものであろう。
アメリカ側の働きかけに対し、習主席は一体どう反応したのか。会談が終わって2日後の4月9日、ティラーソン米国務長官は実に重大な意味を持つ発言を行なった。米CBS放送のFace The Nationという番組で、北朝鮮問題と米中首脳会談について語った時、彼は次のような言葉を口にした。
「President Xi clearly understands, and I think agrees, that the situation has intensified and has reached a certain level of threat that action has to be taken.」
それを日本語に直訳すればこうなる。
「習主席ははっきりと分かっている。しかも同意していると思う。(北朝鮮)情勢はすでに悪化して、行動をとるべき脅威のレベルに達していると」。
ティラーソン米国務長官がここでいう「とるべき行動」とは当然、今までの経済制裁ではなく、軍事攻撃を含めた新たな「行動」を指していると理解すべきであろう。これに対し、習主席は「はっきりとわかっているし、しかも同意していると思う」とティラーソン米国務長官が明言したのである。つまり彼はここで、米国の行うかもしれない軍事攻撃に対し、中国の習主席はすでに容認したと強く示唆したのである。
そして、ティラーソン長官がそう語ったのと同日、米軍の空母打撃群が朝鮮半島に向かって移動し始めたことが確認された。それは、トランプ政権の本気度を示した行動であると同時に、米軍の行う軍事攻撃に対し中国の習近平政権はもはや邪魔してこないことを、トランプ政権側がすでにある程度の確信を得た、との証拠でもあろう。
今後、トランプ政権が実際に北朝鮮に対する軍事攻撃に踏み切るかどうかは別としては、少なくとも中国の出方に対し、アメリカはもはや心配しなくなったことは確実だ。習政権は米国に大きく譲歩したことはまず間違いない。
しかしそれは中国にとって、まさに「画期的」ともいうべき大いなる譲歩である。過去の長い歴史において、歴代の中華帝国はずっと朝鮮半島のことを自らの「勢力範囲」であるとの認識を持ち、それを守るために戦争を起こすことも辞さなかった。最後の王朝である清国はまさに朝鮮半島の権益を守るために日本との間で日清戦争を戦って惨敗したが、今の中華人民共和国も成立早々、同じ理由で朝鮮戦争に参戦して米軍と数年間の死闘を繰り返して百万人程度の死傷者を出したことがある。
当時、米軍を中心とする国連軍が38度線を超えて北朝鮮領内に攻め込んだ途端、中国軍はさっそく半島になだれ込んで参戦した。この歴史の経緯からしても、北朝鮮に外国の軍事力が入ってくることを拒否することは中国にとって重要な国家戦略であることが分かる。
朝鮮戦争の参戦を決めたのは当時の中国主席、毛沢東であるが、朝鮮戦争以来直近に至るまで、中国共産党の歴代政権はこの国家戦略を守り続けてきた。この数年間、北朝鮮との関係が悪化したとしても、中国は一貫して北朝鮮の延命に手を貸しつつ、朝鮮半島の現状維持に腐心して、中国と米韓同盟との間のクッション的な役割を北朝鮮に託しているのである。
しかし、今になって習近平政権が北朝鮮に対する米国の軍事攻撃を容認することとなれば、それはまさに、中国が死守してきた重要な国家戦略の転換であり、朝鮮半島に対する中国の地政学的権益と影響力を放棄することにもなるのである。米軍が軍事攻撃に踏み切った場合、中国はそのまま座して高みの見物でもすれば、北の体制が崩壊して朝鮮半島全体が米軍と米韓同盟の支配下に置かれてしまう可能性は大だ。それだと中国は永久に、朝鮮半島を失うのである。
こうしたことは百も承知のうえで、習近平政権は一体どうして、アメリカへ北朝鮮攻撃に容認の態度をとったのか。ここでは2つの理由が考えられる。
1つは、トランプ政権は発足前後から、台湾問題や南シナ海問題、そして貿易不均衡の問題を持ち出して中国に対する攻勢を強めていたが、中国側からすれば、台湾問題と南シナ海問題はまさに自国の「核心的利益」に関わる問題で、絶対守らなければならないところである。一方の貿易問題に関しても、もしトランプ政権が高い関税などの手段で中国製品をアメリカ市場から締め出すような行動に出たら、それは輸出依存型の中国経済に深刻な打撃を与える危険性はある。
こうした中で、上述の3つの問題でトランプ政権の矛先を交わして中国の「核心的利益」と体制の土台である経済を守るために、習主席はアメリカに足を運んでトランプ大統領との会談に臨んだわけだが、まさにそのために習主席は結局、北朝鮮問題に関してトランプ政権の言い分を飲むしかなかったのではないか。つまり中国は、自国の「核心的利益」を米国に「尊重」してもらうために、その交換条件として北朝鮮を差し出して、譲歩を余儀なくされたわけである。
しかしそれにしても、中国の伝統的国家戦略と国家利益を一夜にして放棄してしまう習主席の譲歩は、唐突にして拙速な感があろう。米軍による北朝鮮の軍事攻撃にあっさりと「同意」したとなれば、おそらく中国国内と政権の中から様々な反発を招くことにもなる。
こうしてみると、習主席の大いなる譲歩には、もう1つ、彼自身の政治的思惑があったのではないかと考えられる。それはすなわち、今年秋に開催予定の中国共産党党大会に向けての習主席自身の政治的スケジュールと、それに関連する彼の政権戦略である。
2012年秋に習近平政権が発足して以来、習主席は一貫して政治権力を自らの手に集中させ、彼自身を頂点とする独裁的権力構造の構築に腐心してきた。そのために彼は、「腐敗撲滅運動」の展開によって政敵を次から次へと潰して党内の幹部たちを威嚇して自身への支持を強要する一方、党と国の宣伝機関・メディアを総動員して「習近平崇拝」の雰囲気を醸し出して、自らの権威樹立に躍起になっている。
その結果、今年3月の全人代で習氏は「党中央の核心」としての地位を確立することに成功して、いわば「習近平独裁」へ一歩前進となったが、それはまだ完全なものであるとは言えない。自らの権力基盤を盤石のものとするためには、習氏は今年秋に開催予定の共産党第19回党大会において党内各派閥を圧倒して人事や政策路線の面で「全党擁護」の形で「習近平独裁体制」の確立を図らなければならない。しかしそこまでたどり着くのには、依然としていくつかの不安要素がある。
1つは彼の就任以来の経済衰退の加速化であり、習政権の経済政策に対する不安が拡がっていることである。そしてもう1つはやはり、対アメリカの外交問題である。習氏は国家主席になってから、以前のオバマ政権の下でも、南シナ海問題などを巡って米中対立が高まり、米中関係は非常に不安定になっていた。今のトランプ政権となると一時、トランプ大統領とその側近たちは南シナ海問題や貿易問題でオバマ政権以上の対中強硬姿勢を示したり、長年のタブーを破って、中国にとって最も敏感な台湾問題を持ち出して中国と大喧嘩する素振りまで見せた。
こうした中で習近平政権はずっと守りの姿勢で、アメリカの攻勢を交わすのに精一杯であったが、トウ小平の時代以来、対米外交はずっと、中国の外交戦略の基軸として認識されていて、歴代指導者は例外なく、対米関係を軌道に乗せて安定化させることによって初めて、自らの指導者としての立場を確立できた。世界最強国のアメリカと対等に渡り合って中国の大国としての地位とメンツと国益を守ることのできる指導者こそが、中国国内では本物の指導者として認められているのである。
したがって、秋の党大会に向けての独裁体制づくりと強い指導者としての自らの地位の確立のためには、習主席は1日も早く、トランプ政権との対立や摩擦に終止符を打って、中国の大国としての地位をアメリカに認めてもらい、米国との「新型大国関係」の確立を急がなければならない状況なのである。
まさにそれが背景となって、習主席は中国長年の伝統をあっさりと放棄し、米国の北朝鮮攻撃を容認するような姿勢を示したのであろう。言って見れば彼は、自らの独裁体制の確立のために、もう一人の独裁者の金正恩氏を見殺しにすることにした、ということである。
しかし、習近平氏はそこまでしてトランプ政権に迎合して、国内における自らの権力基盤の強化と独裁体制の確立を急がなければならないということは、それは逆を返すと、共産党政権内における習近平氏自身の権力基盤は依然として脆弱なものであることの証拠であり、彼が本物の独裁者になるには依然として多くの困難があることを意味している。国内の政治において、習氏は依然として「弱い指導者」であるからこそ、外交上の失敗を避けて、逆に外交上の得点を持って自らの権威樹立に努めなければならないのである。
実際、米中首脳会談に関する中国国内の報道を見ると、北朝鮮問題が会談の焦点となったことも、習氏が北朝鮮問題で米国に譲歩したことなども一切報道されず、習氏の米国訪問は米中間の「新型大国関係」の樹立を大きく前進させた「歴史的大成功である」との宣伝一色となっているが、それはまた、習氏が、対米外交の実績を欲しがっている何よりの証拠であろう。
しかしそれでも、秋の党大会開催に向けて、習氏の独裁体制の確立を邪魔する要素は依然として存在しており、党大会後の最高指導部人事や権力構造は彼の思惑通りになるとは限らない。実はこのことは、先日の習近平氏訪米の際、中国側の代表団の布陣からも見えてきているが、これに関する分析は次回のメルマガに譲る。