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9時37分に御廟山古墳を発ち、9時49分に仁徳天皇陵に到着。
ここで全体撮影があった。
大仙陵古墳は、大阪府堺市堺区大仙町に存在する日本最大の前方後円墳。
墓域面積が世界最大であるとされる。
周囲の古墳と共に百舌鳥古墳群を構成している。
宮内庁により仁徳天皇の陵墓と治定されており、百舌鳥耳原中陵との陵号が与えられており、一般的には仁徳天皇陵と呼ばれている。
後円部に存在する埋葬施設は江戸時代には露呈しており、既に盗掘されているようである。
江戸時代の1757年(宝暦7年)には、後円部の埋葬施設には長持型石棺が認められている。
前方部正面の中段にも竪穴式石室が築造されている。
1872年(明治5年)には、風雨によって前方部前面の斜面が崩壊し、埋葬施設が露出している。
その際の発掘調査で石室と石棺が掘り出されているが、この時の記録は関東大震災で焼失してしまっている。
残された絵図面によれば、その埋葬施設は長持形石棺を納めた竪穴式石槨で、東西に長さ3.6~3.9メートル、南北に幅2.4メートル。周りの壁は丸石(河原石)を積み上げ、その上を3枚の天上石で覆っている。
その中に組合せの長持形石棺が納められ、下半分は埋もれたままである。
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