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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-22-

2007年08月18日 | 投稿連載
  愛するココロ  作者 大隈 充  
            22
 瀬戸内海は、朝、鏡のように穏やかだったのに午後になると、
黒い雲が進行方向の空から湧き出てきて瞬く間に雨になった。
バックミラーに吊るされたミッキーの人形とフロントガラスを
走るワイパーが5回に一回同調して揺れた。
 大型トラックが追い越していく度にタイヤの跳ねた水しぶき
をトオルたちの車に浴びせかけられた。
「よく判らないんだけど、エノケンってさ。なんで映画で
主演したのに俳優にならないで芸人になったんだろう。」
と眠気覚ましに由香に声をかけた。
「ええ、ウム・・・・」
助手席の由香は、雨とワイパーの単調な動きとでウトウト
としていたところだった。
「頼むよ。由香ちゃん。寝るなよ。こっちも眠くなっ
ちゃうんだから・・」
「ああ。ごめん。でも運転はちゃんとしてよ。
トオル君と今心中する訳にはいかないんだ。」
「へん。こっちだって・・・こんなエノケンと一緒に
アルバイト中に一生が終りなんて悲しすぎるよ。」
「ああ。危ない!」
ワゴン者が抜いていくオートバイに接触しそうになって
大きくブレた。
「バカ野郎!無茶すんなって! 」
トオルは、前屈みになってハンドルをしっかりと握り直した。
由香は、ドアウィンドウにがちんと思い切りぶつけた
エノケン一号を急いで支えた。
「大丈夫かしら?」
「大丈夫。運転は任しとけって。」
「違う。エノケンのことよ!」
「ドンマイ。ドンマイ。」
エノケン一号は、オーボエの低音の音階で答えた。
「ちぇ。エノケンかよ。機械だろ。鉄製だろ。こンくらい
の揺れ。それよか、疲れたんで次のサービスエリアに入るよ。」
「キュウケイ。キュウケイシマショ。」
エノケン一号、ドラムが加わる。
「そうしましょう。」
と由香も眠気がすっかり覚めて同調した。
 サービスエリアのレストランカフェで由香とトオルが
少し早いが昼食のハンバーグランチを注文して食べはじめた。
エノケン一号は、窓外の駐車場のワゴン車の中でチカチカ頭を
光らせながら留守番をした。
雨は止むどころか勢いを増して豪雨になっていた。何台もの
トラックが入車して太い雨脚の中、タオルや帽子を傘代わりに
作業服のドライバーがレストランカフェに地雷原から逃げてくる
兵士のように次から次に駆け込んで来た。やがて空いていた
テーブル席が徐々に混みだした。
 由香たちのにテーブルに食後のコーヒーが運ばれたときには、
トオルは雨粒の打つ窓ガラスに頬を凭れて、ウトウトし始めていた。
「トオル君。コーヒー来たよ。」
「ああ。はい。はい。」
と涎を拭きながら背筋を伸ばした。
「お代わり自由ですから。どうぞ。」
と早口に決まり文句を言うと主婦パート風のウェイトレスが
厨房へ戻って行った。
「雨、止みそうにないね。」
由香は、コーヒーを啜りながら言った。
「うん。一日降るってラジオの予報で言ってた。春雨前線。」
「ゆっくり休んで行こうお。」
「うん。」
「寝てもいいよ。」
「うん。」
由香は、パームトップの液晶を難しい顔で見つめてキー
操作を再開していた。
「何?ゲーム。DS?」
「ううん。エノケンのキー入力。不明領域言語のターム
が出てきてるの。」
「それ。エノケンの胸ボタンのリモコン?」
「ワイアレス。エア・パーム。今昨日お姉ちゃんに送って
もらった新聞記事を全部入力したのよ。そしてたら、
『フシミケンジ』の前に『タイショウカン・ベンシタイカイ』
ってタームが何回も赤文字で出てくるのよ。」
「何?・・・・」
コーヒーを一気に飲み干してトオルが、お代わりの手をあげた。
「それがわかんないの。エノケンの文章が出てくるんだけど・・」
「何て・・・」
「昭和28年秋、最後の弁士大会が大井町の大勝館であって、
画面のすべてが懐かしく居ても立っても居られず馳せ参じる・・」
由香がパームの画面を読み上げていると、窓ガラスを隔てて
数メートルの距離にワゴン車に大人しく座っているエノケン
一号がこちらを見つめている。
由香が言葉を発すると同期してエノケン一号の胸の液晶
が点滅している。
「この珍しい上映会がマリーとの外出の最後になった。
あのときもっといろいろお互いに話すことがあったハズだが・・」
テーブルでお代わりのコーヒーが注がれているのを見ていた
トオルが急に叫んだ。
「それって。新聞記事にあったフシミさんの無声映画上映会
のずっと前にも「生ける刃」の上映会があったってこと
じゃないかな。最後の弁士大会って無声映画の弁士のことでしょ!
あの頃ならまだ戦前の弁士が生きていた筈だから。」
 由香は、強い力でトオルの目を見た。
激しい雨に打たれて埃がみるみる剥ぎ取られていくように由香の黒目の
中で大きくトオルを写し、エノケンの弁士大会の文字の意味を
大きくクローズアップしてその解答がはっきりしていくのが由香には見えた。
その一瞬の解析が由香の両目に歓喜と情愛の輝き溢れる光を漲らせた。
「そうよ。きっとそうよ。昔マリーさんとの時代に無声映画を
見たんだわ。すごい。トオル君!すごいね!」
と思わずトオルの頬にキスをした。
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ハチ公プリン~エルちゃんシーちゃんのおやつ手帖9

2007年08月18日 | 味わい探訪
渋谷のハチ公の生まれ故郷・秋田の卵をつかっています。
ハチ公のふるさとの味
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