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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 19

2009年12月04日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
      19
 午後遅くから雪になった。
岬の天気は、山の天気のように一瞬で変わった。母恋
の駅を降りたとき、そこは、地球岬に一番近い駅だと
いうことをオレは、知った。しかもあの婆さんが「ハ
ハコイ」と何回も連呼していたのに来てみると駅の表
示板には「ボコイ」となっていた。正式にはボコイ。
しかしこの呼び方だと「坊来」って書いてもいい。
この母恋の地にハハ恋しく立ち寄れば坊や来いと呼ぶ。
不思議な土地だ。
 寂しく木造の小さな駅舎。この冬の母恋駅は人通りが
なかった。この吹雪の中駅前案内版に探しものを求め
て立っているのは、女子大生風のバッグパッカーとオ
レとチャータだけだった。その赤いダウンジャケット
を着た女が足元でお座りしているチャータを見て何か
声をかけて来たが、聞き取れなかった。ついさっきか
らオレの腫上がった左頬がズキンズキンと痛んでいた。
たぶん走ったせいだろう。砂粒のような重い雪が腫れ
たコメカミに当たると冷たくて心地よかった。又一人
旅の若い女は、岬という言葉を発して何か言っている。
オレは、聞こえない。明らかにオレの左耳の鼓膜がお
かしくなっている。頬に当てたガーゼを包んでいる木
綿のマスクの留めゴムを左耳でかけ直したとき指の耳
たぶを触った音が聞こえない。
チャータがオレを見上げて盛んに吠えている。しかし
この声もかすかにトンネルの向こうから聞こえてくる
警笛のような音だった。
 気づくとそのバックパッカーの女は、いなくなって
いた。オレは、どこにどう母を捜せばいいのだろうと
ぼんやり考えて公衆トイレに入って手と顔を洗って鏡
の中の自分を見つめた。蛙のお腹のように膨れた顔と
骨折した腕。オレは、こんな顔で母ちゃんに会いに行
くのか。確かに昨日より腫れはひいたが頭の芯にくる
痛みはむしろ盛り返したみたいだ。ここから岬までバ
スで20分というのなら、もうしばらくこの腫れを雪
道で冷やして岬見物してから母恋に戻ってもいいかな
と思う。
 オレが雪で冷やしたハンカチでコメカミを抑えなが
らトイレから出てくると、ちょうど地球岬行きの定期
バスが目の前を通って行ったところだった。そのバス
の一番後ろにさっきのバックパッカーの女が乗ってい
た。
 仕方ないので雪道を歩くことにした。まだ日が暮れ
るまでに間がある。岬を見れば、海を見れば何かいい
アイディアが思いつくかもしれない。
 坂道をできるだけオートバイの走った車道の端を歩
くことにした。そのタイヤの轍の跡なら歩きやすいか
らだ。冬のこの時期車自体が少ないので大型車が来た
らどけばいい。
 地球岬団地という工業団地を過ぎて岬への坂道を登
り出すあたりから背中から首筋にかけて悪寒がし出し
た。我慢して中腹まで足を進めると今度は額が激しい
熱で、寒いのにぽっぽっと鎔けるような熱さだ。しか
もクラクラ目眩までしてついに立ち止まってしまった。
後ろをついて来ていたチャータが尻尾を丸めて座り込
んだ。そしてワンワンと激しく吠えるとオレの裾を咥
えて降りようとはっきりした意思を表明した。
 オレは、もう四つん這いになってゼイゼイ呼吸が荒
くなっていた。こりゃだめだと引き返したが団地に着
く前に思い切り吐いた。オレは、団地の入り口のバス
停のベンチに横になって少し体を休めることにした。
雪が吹き込んで足と頭に積もりはじめた。するとチャ
ータの姿が忽然と消えてどこにも見当たらない。つい
にオレに嫌気をさして逃げたか。まあ。オレは、もと
もと一人。
買い物帰りの主婦たちと宅配便の兄ちゃんとが通りか
かったがお化けみたいな顔のオレを見ると無視して通
り過ぎた。
 指先が悴んでポケットに差し込んでいてもヒリヒリ
と寒さに痛んだ。バス停の簡単な屋根を見上げている
と一羽のコウモリがひらひらと飛んで来て屋根の軒下
に逆さまに止まった。その黒くて尖ったコウモリの鼻
が熱にうなされているオレと向き合ってクルリとした
悲しい黒いそいつの目と目が合った。
 そして切れ掛かった電球みたいにチカチカとして段
々周りが暗くなってゆく。
真上の軒下に留まったコウモリが笑いかけてくる。
おまえ。その傷だらけの体でここまでよく来たな。お
前の生まれたとこで死ぬのもいいだろう。
なんだよ。このコウモリが。
お前は母恋のバス停で産気づいて生まれたんだ。ちょ
うどあの女が大きな腹をそんな風にベンチで上向けて
よ。
誰?
痛かったよ。どうせ胸を刺すんなら一思いにやってほ
しかったよ。
オヤジ!
まだまだガキで力が足りなかったか。
父さん・・・・
母さんも世の中の人も恨むな。恨むなら俺ひとりを恨
め。悪かったよ。お前にいい思いをさせてやれなくて・・・
父さん・・・・ 

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カレルチャペック紅茶店~シーちゃんのおやつ手帖117

2009年12月04日 | 味わい探訪
絵本作家でもある山田詩子さんの紅茶店。
季節ごとに発売されるフレーバーティーが人気、
山田詩子さんデザインのパッケージも素敵です☆
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