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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-1-

2007年03月25日 | 投稿連載
大隅 充作「愛するココロ」の連載をします。
  有島トオルは、森山未来。真鍋由香は、宮崎あおいのイメージだそうです。 
  むしろ読む人が勝手に想像した方がいいと思いますが・・ 

愛するココロ 
  -その1-
 潮騒の音が続いている。
鉛色の空と海に白い灯台が起立して世界の終わりをくい止めている。
ここは、九州最北端の岬、遠見が鼻だ。
茶褐色の急な絶壁の先端に軍艦のマストのように灯台が立っている。
夏はハマユウが咲き乱れる千畳敷き海岸につながって海水浴客で
賑わうが、冬のこの時期訪れる人もいない。
パノラマは、玄界灘から周防灘へ流れる白い牙をむく海流になっ
て広がっている。
若い女がため息を一つついて鼻をすすると携帯をかける。
風に長い髪を靡かせている女は、灯台の下の台座ポーチの手すり
に一人凭れ掛かっていた。真鍋由香、24歳。
「ああ。わたし、由香。いまエノケンが死んだ」
電話のむこうでは、毛布に包まって寝起きの有島トオルがいた。
眠そうに電話をとって、「ええ?エノケンって?」
「ほら、前に話したでしょ。むかし日本中で笑いの渦を振りま
いた喜劇王よ。加藤先生が言っていた」
「ああ。あれ」
「さっき病院の姉さんから連絡があって・・・103歳になった
ばかりだって・・これから加藤先生と身寄りがないんで密葬
を出してやるの」
「へえ、誰もいないの、その人」
「うん」
「そんな有名だったのに・・・さみしいね」
「うん。だって現役でやってたのは40年も前だよ」
「家族は?」
「ひとり。この生まれ故郷の九州で加藤先生に世話になった
ときに家族はどこにいるかもうわからなかったんだもん」
「ふーん。なんだかウザそう」
由香が大きなくしゃみをした。
「寒い。岬の病院すぐそこなの。もう行かないと待ってるから」
「じゃ、いつ帰るの?東京に」
「わからない。まだ」
と由香は、車のエンジンをかける。
「あとでお願いがあるから又かける。じゃあ」
軽(小型車)が走り出す。
「そのお願いとやらが曲者だった」
とトオルは思った。
 次の日由香からトオルの口座へお金が振り込まれて、
トオルは山陽新幹線に乗っていた。
そして新幹線が品川を出発すると同時に駅弁をパクパクと
食べてささやかな贅沢で買った缶ビールを大事に飲みながら、
窓の外に息苦しいほどにすき間なく建ち並ぶ建物の群れが
切れる小田原を過ぎたあたりからなんとなくじんわりと
落ち着いた気分になって、急に宙に浮いた感じがした。
「テレビのお笑いバトルに一回戦で敗退した。相方のミツルと
喧嘩してコンビ解消。そんなときあの由香からの電話で訳
のわかんねえことになったんだ。まったく。だいたいエノケン
自体知らないのに、なんで九州くんだりまで行かなきゃなん
ないのか、訳わかんねえよ。マジで。でもあのときは、
アパート代も三ヶ月溜ってて払えないでバイトに餓えてた
から由香からの九州行き十万円の話には飛びついちゃった
んだけどね。でもこんなに行きっぱなしになるんだったら
断っとけばよかった。今じゃあとの祭りだけど。まあ、
それもこれもあのエノケンがいけないんだ。」

      
コメント
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