ベトナムハノイの「フランス統治の名残」
皆さんご存じだろうか?ベトナムはフランスに100年もの間統治されていた。
1度目は「ディエンビエンフーの戦いで追い出し」た。しかしそののち再び統治された。
その後は「日本軍の進軍により実質フランス統治が崩れ」その後はアメリカとソ連中国による
統治になり「社会主義」対「民主主義」の構図になり(例のドミノ理論である)、ベトナム戦争に
突入していく。‘ 現在はその対応の構図は無いが、「最初に統治されたフランスの影響はいたるところに見られる」
*パンのおいしい事(フランスパン、バゲットなどがバインミーという形で国民食になっている)
*ベトナムコーヒー(特徴的なのは、デミタスコーヒーのような濃いコーヒーにコンデンスミルクを入れたコーヒ
である。このコンデンスミルクはフランス人がコーヒーにミルクを欲したが、冷蔵技術もなく生のミルク
の代わりに「コンデンスミルク」を使ったことに由来する。)
*ハノイ市内には「ベトナムフレンチなるレストラン」が多数存在し、しかもおいしい
*フランスからの観光客も多く「毎日パリ直行便」がある。(現在は休止中)
★そしてこのブログにある、「ラウンドアバウト」交差点に「サークル」が作られており、行きたい方向に
止まらずに行くことができる。
‘*以前フランス出張の折、レンタカーで走ったとき、慣れない、この「ラウンドアバウト」にてこずった。
その時はパリから郊外の「ルノー本社」への工程だったが、いくつものこのラウンドアバウトがあった。
フランスのラウンドアバウトは郊外ということもあり、もっと「サークルの直径が小さかった気がする」
現在の若いベトナム人も知らないが、このベトナムの「ラウンドアバウト」は
まぎれもなく「フランス統治の置き土産である」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます