第12回「ルネッサンス前橋」フォーラムを開催。
本会は、市民の皆様とともに、今、何となく元気のない前橋の“復興”について考える機会に…と、平成16年1月にスタートした。
本年は、前橋の生んだ世界的詩人萩原朔太郎の生誕120年にあたる記念すべき年。11月1日が朔太郎の誕生日にあたることから、今回は「萩原朔太郎と前橋」をテーマに、講師には朔太郎研究の第一人者として知られる野口武久先生をお招きし、開催した。
私は、前橋市議会議員当時から、前橋の活性化のために、前橋の個性・魅力を生かしたまちづくりを訴え、前橋のキャッチフレーズ「水と緑と詩のまち」の「詩」の象徴である萩原朔太郎を生かしたまちづくりを提案し、取り組んできた。そのため、朔太郎についての断片的な知識は得ていたが、本日のように朔太郎の生涯を概観する機会はなかったため、私自身にとっても大変貴重な勉強会となった。そして、改めて朔太郎の偉大さを知ることができた。
朔太郎は、正しく“世界的詩人”である。平成8年に、我が国で初めての世界詩人会議が本市で開催されたのも、朔太郎を生んだ地であるということと、更には、朔太郎の詩が大変多くの言語に翻訳され、世界中で読まれているということが大きく影響したようである。
また、野口先生は、朔太郎は、“詩は音楽であり、音楽は詩である”といった捉え方をしていたのではないか、との持論を展開された。当然、その背景には、朔太郎がマンドリンをこよなく愛していたことが影響している。そのため、朔太郎は、それまでの常識を打ち破り、「口語自由詩」を確立することができた。
そして、朔太郎は、何より前橋にまつわる11編の「郷土望景詩」を残してくれた。これだけ故郷にまつわる詩を残した詩人は稀なようである。朔太郎は、一度は故郷を捨て、上京したが、朔太郎の前橋に対する愛憎が伺える。朔太郎の生涯を概観することにより、朔太郎の詩をより深く楽しむことができるようになった。