松本市内の三九郎の点火はまだ14日、15日にするところもありますが、既に済んだ所での面白い話しを聞きました。
米の粉を練って繭の形にしたものを柳の枝に刺した物で、これを三九郎の炎で焼いて食し、無病息災を祈るというのが古来からの慣わしです。
これが変化して、繭玉の変わりにお餅を焼いて食べる方が十数年前から現れたような気がします。
ここ数年のことだと思うのですが、繭玉もお餅も持ってこずに、あるものを持って来る子供がいるそうです?
答えはなんでしょう。
明日、答えを書きます。お楽しみに!
『追記2006/1/11』
繭玉の代わりに持参したものは「ウインナーソーセージ」と「肉」でした。
肉は鶏肉なのか牛肉なのかは残念ながら定かではありません。
二つとも確かに焼いて食べれば美味しいですが・・・
柳の枝に刺されたウインナーソーセージを想像するだけで笑ってしまいました。
三九郎はバーベキューをする場所では少なくともないと思う私です。
学年による上下関係をここで学んだ人も多いと思います。
私が住んでいた地区では三九郎が終わると心棒を30Cm程度の長さに切り、村内各戸を回り売りました。
このお金で当番屋の家でカレー等を作ってもらい皆で食べました。
美味しかったです。
サツマイモをアルミホイルに包んで、燃え残りの火の中へ入れて焼いている方も時々います。
伝統行事も時代とともに変化してゆくのでしょうが、何とか三九郎は続けていって欲しいものだと思います。
松本の子供の伝統行事というと、お盆のころの、男の子の「青山様」、女の子の「ぼんぼん」がありますが、道路事情と少子化の影響で止めてしまう地区が増えています。
地区の方々が伝統行事をどのように受けとめているのかということが、継続・中止の大きな分かれ目だと思います。
「答え」を楽しみにしていましたが(私の予想もお芋でした)
ソーセージとは!全く意表をつかれました!!
確かに、川原で火を囲む=バーベキュー・・・
可愛いような気もしますが、事の起こりを考えるとやっぱりいけないような気もしますネ。
伝統行事を継承して行くことの難しさを改めて思いました。
松本市内も火災を引き起こす心配があり、殆どの地区で河川敷に三九郎をつくるようになりました。
松本市内には奈良井川・田川・女鳥羽川・薄川が流れていますので、何とか三九郎の実施場所を確保できているのだと思います。
ran1005様のコメントを拝見して、伝統行事を続けるにも、自然要因が大きく関与している事を知ることが出来ました。
でも現代という感じはしますネ
煙で燻したすすが体内で癌を発病する原因になるといって棄権させたお母さんがいたと聞きました
私達の地区は市街地で安全な広い空き地が無いためPTAが火災の危惧で実行できず田園地方のどんどやきを見学した事があります
なんとも淋しい話です
写真をセピア色にされたのが心憎いですネ
その為、卑猥な唄の禁止令が出た事もあったようです。
私たちが三九郎を作っていたときは、心棒は3本ではなく、5本とか6本とかでした。
そして高さ2m程の所に横に棒を何本も渡し藁を敷き二階建てにして中で何をするのでもないのですが遊んでいました。
最近はPTAの都合なのでしょうが、明るいうちに点火する所が多いようです。
そのうち、夜空を焦がす三九郎の火は見る事が出来なくなるのかもしれません。
我が家は百姓の家だったので、幼少の頃は結構な数の繭玉を作り柳に刺しました。
母が食紅で色をつけてくれて(何故か緑色・青色の食紅もありました。)繭玉だけで飽きてしまうので、キノコ・ナス等の形をしたものを作り刺してもいました。
寒かったのですが、今では楽しい思い出です。
「松集め」は今でも、「おーまつさーまにー、わーらまーつおーくれー」って歌っているんですかね?
先日は夕方のウチから火をつけているのを見つけました。
わたしの地域は農村だったので、はぜ木に藁を巻いてずいぶん高くしたのを懐かしく思い出します。
焼いて食べるもの? 若しかしてサツマイモとかじゃがいも?
先日スーパーで色付きの繭玉が売られていました 柳の木と別々に買って飾った後どんどやきに使うのかしらと思いましたが・・・
諏訪地方はあまり繭玉飾っているのを見かけません 子供たちが育つ頃は町内のどんどやきがありませんでしたし・・・明日の答えを楽しみにしています