ホワイトの紫陽花日記~ありのままの自分で

難病(PD)あります。症状も人生も十人十色。肩の力抜いて深呼吸・・・喜びも悲しみも、ありのままの日々の生活を綴ります。

祈り

2020-01-24 22:12:17 | パーキンソン病

命ってはかないって彼女を見て思いました。

去年の春ばったり会いランチした。彼女とても元気そうで

私の事を仕事をしてた時よりいい顔とほめてくれた。

本当は進んでいた病状だったなんてみじんも見せない。

明るく、屈託なく笑う顔に癒された。

同じ職場で働いた。振戦で字が書けなくていた私の

横にいつの間にか座り、代わりに書いてくれた。

電子カルテがまだはいらない時分のことである。

申し送りをリーダーが夜勤者にする時震えがあり

そのままするしかないという時助けてくれた彼女。

彼女は○○癌を罹患し、私の痛みを感じ取ってくれる人であった。

病名をオープンにしていなかったのに、どうして震えるのって

聞く人も主任だった私にはいなかった。患者の前では穏やか顔

スタッフの前では厳しい顔だったんでしょう。彼女からスマイル

スマイルとよく言われました。

もうそんな彼女がいないなんて

最後は家に帰りたかったんでしょう。

退院する日に逝ってしまった。

一生懸命に苦しさ堪え、病と闘ってきた彼女。

安らかに・・・

ご冥福をお祈りいたします

 

 

 


生と死

2020-01-22 13:10:54 | パーキンソン病

         

拙いこのブログに来てくれる人に感謝します。

共感できることだったっり、元気になることだったり

その逆も当然生きていればあったりします。

年明けから自分に降りかかってきたこと色々ありました。

認知症のため施設に入所した義母89歳が家に帰りたくて

施設から脱走しそこねたと。正月を家で過ごしてくださいと施設側よ

りあった。仕方ないことである。しかし義理兄夫婦が義母と

あわないので次男の夫婦も一緒にとじゃあ、私も一緒にということで、

1月3,4日主人の家に泊まることになったのでした。

義母はひさしぶりの家で

興奮してしゃべりぱなし、昔の苦労を延々としゃべり疲れを忘れて

いる。聞いている者はうん、そうなどのうなづきにしだいになってく

る。しゃべることが義母にとって生きてる証なのである。

義母の話はそばで聞いている私には切ないくらいに聞こえてくる。

私に言う悪いことしてないのに、家から出されたの

悲しいねぇ・・・

生きなきゃいけない・・・・

酒でかなり酔った主人が義母に突然抱きついて泣き出した

ただ、ただ母ちゃん長生きしてけろ・・・

義母は主人の背中をわかったという様にたたいた。

私はオフになり別部屋に足を引きずり引っ込んだ。

がある限り生きる



 ps

次回は死について書きます


ご心配をおかけしました。

2020-01-15 10:35:11 | パーキンソン病

更新ができるようになるまでもう少しお待ちください。

体力が今一つ戻りません。

ゆっくり休んで戻していきたいと思います。

正月明けインフルエンザが、次々家族に感染し大変でした。

何十年と発熱した事がありませんでしたから

自分も大変な思いしました。

暖冬で雪がないのでいいのですが

心配になりますね。

インフルエンザに

皆さんも、十分気を付けてお過ごしください。