アカメは10月20日午前4時頃、闘いをおえた。
アカメを焼いたときの空、
足もとの四葉。
アカメの栄養状態は素晴らしく、悪液質にも陥らず、体重はふっくらと勝利を修めていたのだが、
取れないガンの毛細血管に血を取られ、ガン自壊から失血し、徐々に貧血気味になっていった。
静かに、少しずつ貧血の呼吸がせかせかと辛そうになっていった。
そして猫のお友達の間でぐるぐる貸し合っている圧縮酸素器の16日到着で、
猫はもう本当に頑張らなくていいんだとばかりに、嫌がりもせずにきちんと酸素も吸っていた。
今までの猫にはない程、ちゃんと楽になることを頭で理解して喜んで吸っていた。
衣装ケースの底に二酸化炭素を逃がすドリル穴を開けて改造したものに、酸素ホースとともに愛用のカゴに入れ蓋を閉めると、心底ホッとくつろいだ表情をしていた。
ゲージレストが基本になっていたが、大好きな場所で過ごせて良かったと思う。
永久気道を8月18日に作り、ようやく2か月突入かと思っていた、10月17日夕方8時頃から、体調はがくんと落ちていった。
さらに11時ごろには急変した。
翌18日、ついに2か月目を迎えたのだけども、アカメはもう歩けない、食べれない、酸素から離れられない状態であり、うっすらとした予感でなく、お別れを覚悟をした。
最後の贈り物、そしてあとの猫にも代々続く贈り物、
もう一軒、圧縮酸素の会社に電話をし、翌朝来るというので、安いほうの中古品を取り寄せる。
そんな中、酸素室にした衣装ケースで、排尿などのトイレ介助もあり夕方7時にあけると、
トイレ後、私の膝に来て甘えて死んだようにへたってしまう。
あわてて酸素室に戻すが、11時にも力を振り絞って膝に寄ってきて、そこでへたるので、また戻した。
翌10月19日も、明け方3時に力を振り絞って傍らに来て、息切れでへたってしまう。
この時は酸素がもう一台来れば、体調が持ち直すかもなどと淡い期待を抱いてしまう
これが彼女の命がけの愛情表現、最期のお別れだったのに。
首に穴とチューブ、私はアカメがこの病気になってから、直に抱かないで100均カゴ数個用意し、猫が自ら入るように、猫の前に置いておく。
カゴに自らの意思で入った猫を持ち歩いていた。
アカメはカンガルーの赤ちゃんがお母さんの袋に飛び込むように、猛スピードで私の前に置いたカゴに飛び込んでくる。
入るとカゴから私を見上げる。
本当に、本当に、可愛かった。
猫の反応はしっかりしていても、それでも、時間ごとにだんだん落ちてきたきたように思え、酸素圧縮(濃縮)機2台目は間に合うのかとハラハラドキドキ、
圧縮酸素の会社、宅配便にも到着を促すなど、
待望の2代目の容量の大きい酸素圧縮(濃縮)機が届いたのは11時51分、印鑑、説明書ももどかしく段ボールを乱暴に明け、先のと合わせてセットした。
これで少しでも最期が楽になってもらえばと。
夕方9時15分くらいに失禁、排便するのに疲れて泡を吹いて倒れたので、酸素濃度を上げて首にあてがい、手元に散らかった毛布、ユタポンを低体温になりつつあるので当て、これが最期だと覚悟した。
でも、かすかに息をしつづけている、泡をはかなくなった時点で、さっと衣装ケース内をきれいにして(体に汚れは残っていたけれど)猫をふわふわのケットに直したカゴに入れ戻し、酸素をぐんぐん上げた。9時45分頃だった。
奇跡的に猫はすやすや落ち着き、
翌20日早朝1時40分から歯ぎしり、呼吸困難に陥るが体位交換しているうちに治ってしまう。
そして、私に睡魔が襲い、衣装ケースの酸素室の前でうつらうつらしてしまい、
はっ、いけないと午前4時5分にケースを覗きこむと、キラキラとした瞳、可愛い表情でアカメはカゴから私を穴の開くように凝視している。
「どうしたの、ああ良くなったんだね」と頭をなでるとすでに冷たい、それがアカメとの永遠のお別れであった。
治療で接してみると、従順で、物分りが良く、可愛くて、可愛くて、もっと、もっと大事にしてやれば良かったと、悔やまれてならない。
とても大切で忘れられない、いつまでも捨てられない広告があった。
身の置き所のないアカメ達を抱えて私は奮起した。
http://<wbr></wbr>matome.<wbr></wbr>naver.j<wbr></wbr>p/odai/<wbr></wbr>2133628<wbr></wbr>8423055<wbr></wbr>38001
死ぬのが怖いから
飼わないなんて、
言わないで欲しい。
おうちを汚すから飼わないというなら、
犬はお行儀を身につけることができる。
留守がちだから飼わないというなら、
犬はけなげにも、孤独と向き合おうと努力する
かもしれない。貧乏だから飼わないというなら、
犬はきっといっしょに貧乏を楽しんでくれる。
だけど・・・死ぬのが怖いからって言われたら、
犬はもうお手上げだ。すべての犬は、永遠じゃない。
いつかはいなくなる。でもそれまでは、
すごく生きている。すごく生きているよ。
たぶん今日も、日本中の犬たちはすごく生きていて、
飼い主たちは、大変であつくるしくって、
幸せな時間を共有しているはず。
飼いたいけど飼わないという人がいたら、
伝えてほしい。犬たちは、
あなたを悲しませるためにやっては来ない。
あなたを微笑ませるためだけにやって来るのだと。
どこかの神様から、ムクムクしたあったかい命を
預かってみるのは、人に与えられた、
素朴であって高尚な楽しみでありますよと。
NPF 日本ペットフード広告
2004年2月28日 朝日新聞掲載
コピーライト・クリエィティヴディレクター:小島令子
アサツーディ・ケイ/副田デザイン制作所
アカメちゃん、胸を張って卒業していきましたね。
確定診断から永久気管孔の造設、予想だにしていなかった嗅覚喪失と
胃ろうチューブの設置。次から次へと起こる問題に迷い、そして下した決断に
悩んだことも多かったと思います。
動物には治療の意義がわからない。だから最期の時をどう迎えるかは、飼い主の
想いただひとつ。
それにはさまざまな考え方があるでしょうが正解など無いのだと思います。
大切なのは下した決断を全力で全うすることなのだと感じています。
しっぽちゃんから預かった母子猫。かあちゃんの大切なアカメちゃん。幸せに
送り届けてくださってありがとう。
アカメさんには、偉かったね、お疲れ様だったね、と心から伝えたいです。
勿論、みゃー大工さんにも。
お身体、休められて下さいね。
アカメさんもそう願ってるんじゃないかな…って、思います。
はからずも産ませたわけでも餌やったわけでもないのに、怒りで全員引き受け、
飼ったら飼ったで、そこからも本当に色々な苦労がありますが、
今回の病気の大変さは、、、今までの病気など、かすんでしまう程でした。
健康が一番、これは本当に実感、当たり前と思わず感謝しなくては。
そして、健康に恵まれない子が不幸でいいはずもない。
飼い主の智慧、手助けでその子が健やかに暮らせるのならそれに越したことはない。
まず飼い主さんに出会えない子が問題であり、飼い主さんがいても、供給過剰なのに産ます事が、不幸な野良さんの席を奪う等である事、
地域猫活動のようにバースコントロールで猫側が増えないことが一番です。
そしてまた、今回も亡くなった子から沢山の知識を授けられたわけですが、
本当に今回が人生で一番勉強しましたが、
うん、老衰以外、出来れば何もない人生が一番ですねぇー。
しっぽちゃん、母ちゃんの事も覚えてくれてありがとうございます。嬉しいです。
不眠不休の2か月でした、
人生でこんなに起きている事ももうないかと思います。
しかし、実はガン疑惑猫がまだ控えており、このままとんでもない病気の更新記事が続くのかっ。
とりあえず2か月家事放置でごちゃごちゃ、アカメ亡き後、もっと便利な猫屋敷仕様にしたく、(去年は庭を掘り返したように、)今、2階の荷物をぶちまけています。
収集つかない状態です。
みゃー大工さん、アカメちゃん、本当に本当に辛い闘病お疲れ様でした。
うちの仔も同じ癌でした。
1ヶ月程前、調べれば調べる程、絶望的な事しか見つからないこの病気について、それでも何か情報を捜してネットにかじりついていた時、
みゃー大工さんのブログを見つけ、それからアカメちゃんの闘いを読ませて頂いておりました。
コメントに書きたい事は溢れる程であるのに、何度もコメント欄を開いては言葉が見つからず今となってしまいました。
想いが重なり
涙が止まりませんでした。
うちの仔は7月上旬に病気が確定し、今月の7日に闘いを終えました。
右の上顎に癌が出来、早い段階で口が開かなくなり
あくびも出来なくなりました。
それでも癌のある右側から舌を出し、ご飯を欲しがり、介助しながらですが沢山食べていました。
それでも病状が進行していくうちに
誤嚥性肺炎を繰り返すようになってしまい
口からご飯をあげる事も断念しなければならなくなくなりました。
口が開かない為麻酔もかけられず
鼻カテーテルをつけました。
せめて飢餓を感じさせたくなかったので決めたのですが
治らない病気であるのに
延命する事に
自分がどこに向かっているのか
これでいいのか
全くわからなくなる事もありました。
それでも
元気な日があればすごく幸せで嬉しくて
奇跡があるんじゃないかと思ってみたり
一喜一憂の日々でした。
食べる事が大好きな仔からその手段を奪い、
アカメちゃんからは呼吸をするという、生きる行為そのものを奪おうとし
この癌は本当に残酷な病気です。
憎らしい病気にあっという間に命を奪われ、もっとともっと可愛がっておけばと、もっと出来た事があったと後悔の日々をおくってます。
そして良い先生に巡りあえたみゃー大工さんが本当に羨ましく思います。
心から信頼出来るお医者樣と出会えるはとても大切な事ですね。
みゃー大工さんの言葉、アカメちゃんとの頑張りに
ボキボギれていた心が
何度も勇気づけられてました。
大変な病状を文字にするのは辛い事もあったのではと思いますが、
命の尊さをしっかりと見せて頂きました。
本当にありがとうございました。
きつい闘病の日々をおくってこられ、
体も心もまだまだ回復とはいかないでしょうが
少しづつでもお元気になられますように。
そしてアカメちゃんが
空でひと休みしたら、
またみゃー大工さんの元に舞い降りてきますように。
酸素機も上手に使われ、ひどく苦しむことなく静かに逝くことができたのも、みゃー大工さまの愛情こもった工夫やお世話の賜物です。
アカメちゃんとみゃー大工さまの二人五脚・・・しっかり見せて頂きました。
ほんとうにお疲れさまでした。
寂しさを吹き飛ばすように動いておられるよう。
急に冷えるようになりました。風邪など召しませんように。
きっとこれからもコスモスを見たら、アカメちゃんを想い出します。
ご冥福をお祈りいたします。
私も闘病中の老猫を抱え、藁にもすがる思いで闘病ブログの検索をしている時に、アカメちゃんに出会いました。
アカメちゃん大好きでした。
家の子はまだまだ元気です。
みゃー大工さんのように、お別れの時にはありがとうって言ってもらえるように、最期まで見守ってあげたいと思います。
本当にできることを最大限に誠心誠意、行ったケアだと思っております。
多くの飼い主はここまでのケアはきっとできないでしょうから、アカメちゃんは最高の幸せな猫ちゃんですね。
勿論 今も いなくなった心の穴は、癒えてはいないとは思いますが、ここに書くまでの間 きっと心痛が大変だったと思います。
死ぬのが怖いから飼わないなんて言わないでほしい。
そうですね。
意味は頭ではわかります。
愛猫達と一緒にいた時間は究極の幸せでした。
でも・・幸せが大きい分、史上最大の恐怖は故愛猫(特に長男猫は特別でした)を看取ることでした。
だから、今は いずれ三男猫を看取ったら・・。
たぶん きっと飼わないかと思っています。
(縁がある子とどこかで出会えば変わるかもしれませんが・・[E:cat])
ブログを書くという事は、私生活や愛猫を晒すことでもあり、遅筆で、読むほうが好き、検索が好きな自分は葛藤もあります。
今回の病気についても、自分も検索しまくり、画面の向う側にいる同じ病気の方の励みになればと、ただただ願っていました。
そして、purple様のコメントをいただき、闘病生活についての内容や葛藤をうかがい、
(自分はあともう少し病気の事を書き残しておりますけど、)この件を心から「書いて良かったのだ、」そう思えました。
ありがたいコメントを何度も読み返し、気がきいた言葉を捜し、何度も米返を考えたのですが、どうしてもうまい言葉で今の嬉しかった気持ちを表すことができません。
ただ勇気あるコメントをありがとうございます、嬉しい、ありがたかったですと繰り返すしか。
カテーテル=延命については、これだけの文明社会で、日々医学が発達してきており、
動物の医療も日々発達、
点滴だって、オペだって、投薬だって、生きる手助けすべてがそうであり、無治療以外はもはや線引きできないと言いますか、
チューブは点滴と同じく、食べたい気分である猫の、飢えの部分を満たした、
悔しいけど根本にある癌治療は出来なかったので、癌で死ぬ運命は変わらないわけですけど、
猫の最大の欲望、生きるニーズを満たしたのだと思います。
口内炎の猫さんに至っては、まだ好物や味わいなど色々工夫できますが、口腔ガンの猫さんの場合はその余裕すらない。
癌+誤嚥、窒息との戦いもありえます。
チューブの選択で、味わえずとも、飢えという苦しみを除かれて逝けたのです。
purpleさんこそ、愛猫ちゃんのために精一杯苦悩し、きちんと行動なされたと思います。
この癌の治療法が出来、苦しまない世になりますように。
本当にありがとうございます。
普段もまったくズボラで書かないほうなのですけど、
今回は本当に疲れてしまい、なかなか書けませんでした。
何度送っても、何匹いても、お別れは大変だと思います。
コスモスを見てアカメなんて、ロマンチックです。
女の子らしい、ありがとうございます。
めったにあげない刺身や煮干しを見ては、
怪しい目つきで、コブラのように威嚇の踊りで、
独り占めしようと仲間をひっぱたいていた面白い子でした。
闘病の最後の2か月間は猫でなく、
人が乗りうっつたように治療に協力的であり、
でも、治療法がない。
それだけに、今回の病気、お別れは辛いものがありました。