雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

微妙な心境

2017-04-14 08:22:22 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語 

               微妙な心境

男と女のいさかいは、たいてい他愛なものですが、何かのはずみで取り返しの出来ない事態となってしまったり、あるいは、意外なことにこれまで以上の愛が芽生えたりすることもあり、なかなか複雑なものでございます。

その時も、他愛もないことからのいさかいでございましたが、
「どういうことだ。お話にならない。もうこれっきりだ」
と、いつもは素敵な後朝(キヌギヌ)の文を届けてくれる人なのに、まるで「捨て台詞」のような言葉を残して帰ってしまい、それっきり何の音沙汰もありません。
さすがに、「夜が明けるとすぐに使用人が持ってくる手紙がないのは、こんなに寂しいことなのか」などとしょんぼりとなり、「それにしても、こうも割り切れるものなのか」と腹立たしくなったり・・・。
何とも落ち着かない微妙な心境を抱えたまま、その日は暮れてしまいました。

その翌日は、雨が激しく降りました。
昼過ぎになっても何の知らせもなく、
「ひどく見限られたものだわ、二人の関係がこれほど脆いものだったとは・・・」
などと呟きながら、部屋の端近くでぼんやりと坐っていた夕暮れに、傘を差した使者が届けてきた文を、大急ぎで開けてみますと、
「水増す雨の」
と、たったそれだけ書いてありました。
古歌を借りて、「雨に通い路を妨げられて、一層恋しさが募る」という気持ちを伝えてくれたのでしょう。
沢山の歌を詠んで贈られるより遥かに洒落ていて、嬉しく、切なさが増して参りました。


(第二百七十五段・常に文おこするひとの、より)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする