雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

うつせみ   第十回

2010-08-04 07:57:43 | うつせみ
          ( 十 )

美沙子は母の故郷に向かっていた。
母が残していった使い古したスーツケースと僅かなお金が彼女の全財産だった。

母の故郷は信州だった。八ヶ岳の懐に抱かれたような小さな村だった。
美沙子は子供の頃に、母に連れられて何度か訪れたことがあった。母の兄夫婦の家に何度か泊まった記憶が残っている。都会の狭いアパートで育った美沙子は、古い農家のだだっ広い間取りが嫌いだった。都会とは違う太陽の光の強さや、したたるような緑の強さが嫌いだった。
そして何よりも、伯父とその家族たちの優しさが、嫌いだった。

美沙子の母親が亡くなったのは、彼女が高校三年になる春休みだった。その街で簡単な葬儀を済ませた後、伯父に連れられて母の故郷の墓地に納骨に行ったが、それっきりでお墓参りさえしていなかった。
悲しい人生を送った母に、今自分がしてやれることがあるとすれば、飯島と別れることだけだと美沙子は思った。

   **

十七歳で母を亡くした美沙子は、卒業間近の高校を中退し喫茶店で働き始めた。
頼るべき肉親はいなかった。母も幼くして両親と死別していて、兄と二人で懸命に生き抜いた母は中学卒業と同時に一人故郷を離れていた。美沙子が思い当たる親戚はその伯父一人で、頼ることなど考えもしなかった。

小さなアパートにせよ、一人で生活するには高校生にとって容易なことではなかった。母が残してくれたお金は、どこまで本当か分からなかったが、お金を貸しているといって返済を求められるままに支払うと、殆ど残らなかった。
父の顔も覚えていない環境で育った美沙子は、必死に生きる母の決して清潔ではない生き様に反感を抱いていたが、一人残されてみると、その母に護られていたことが痛いほどに感じられた。

美沙子が勤めをスナックに変えて間もなく、そこで知り合った客に誘われて、酔い潰された上で操を奪われた。翌朝目覚めて、状況が分からず呆けたようになっている美沙子に男は再び体を重ねて、「心配するな」と囁いた。
そのまま美沙子のアパートに入り込んだ男は、健康食品のセールスをしているとのことで午後から夜遅くまで出かけていたが、収入らしいものを美沙子に渡すことはなかった。それどころか、生活費ばかりでなく飲み代から麻雀の元手までを何の臆面もなく要求した。
それでも美沙子は、時々示す男の優しさにすがる思いで、お金を渡し、体を投げ出した。男に言われるままに勤めを変え、サラ金の借り方も覚えた。

日ごとに荒んでいく生活が一年近く続いた頃だった。
風邪気味で勤めを休みアパートで寝ていた美沙子は、息苦しさで目を覚ました。意識が朦朧としている状態ではあったが、自分がただならぬ状態にあるのに気付くのに時間はかからなかった。
見知らぬ男が体の上にあり、すでに素肌が触れ合っていた。必死に抵抗したが体が自由に動かず、頭の芯がずきずきと痛んだ。大声で叫んだつもりの声も喉に引っ掛かり、小さな叫びにしかならなかった。
それでもなお力の限り暴れる美沙子に、中年の男は低い声で言った。
「静かにしなよ。おまえの彼氏は承知の上なんだぜ。それとも、旦那の麻雀の負け分二十万円、払ってくれるかい。それなら止めてもいいんだぜ」

その言葉が、美沙子の抵抗を奪った。
男の体の重さを感じながら、美沙子は目をつぶった。抜け殻のようになった身をまかせながら、自分はもうどうすることも出来ないところまで落ちているのだと思った。

次の日、一度勤め先に向かった後すぐに引き返し、母の思い出の物が入っているスーツケースと、持てるだけの着替えや身の回り品を持って家を飛び出した。
行く先のあてはなかったが東京に向かった。その街から東京駅まで一時間程の距離であるが、その夜は上野駅近くのビジネスホテルに泊まった。
所持金といっても、男に見つからないように隠していた僅かなものだけだった。とてもひと月暮らすことは無理で、早く仕事を見つけなければならないが、上野辺りのことなど全く分からないし、いくら大都会といっても東京で働くのは危険だった。
あの街から逃げ出したとなると、誰もが東京の盛り場を一番に探すはずだ。男の品物を持ってきているわけではないが、光熱費や家賃は滞りがちだし、保証人にさせられているサラ金の借金も幾つかある。勤めていた店の立て替え金も少なくない額なのだ。
姿を隠した美沙子を探そうとするのは、あの男だけではないのだ。

翌日、ホテルを早朝に出て、大阪に向かった。
もちろん大阪にも何のあてもなかったが、女が一人で生きていくためには、それも人目を忍んで生き延びるためには、大都会の雑踏に紛れ込むしかないというのが、美沙子なりに考え抜いた上での選択だった。

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うつせみ   第十一回

2010-08-04 07:57:02 | うつせみ
          ( 十一 )

必死に考えたとはいえ、たった一晩の思案だけで大阪に向かった美沙子は、幸いにも、大阪駅から近い裏町の食堂に住み込みでの働き口が見つかった。着の身着のままに近い美沙子に、経営者の老夫婦は特別に素性を糺すようなこともなく雇ってくれた。
朝昼は労働者などに食事を提供し、夕方からは一杯飲み屋になる小さな店だが、二階の物置部屋の一部を住まいに提供してくれた。

美沙子の仕事は、老夫婦だけで取り仕切っていた店内での注文や配膳を受け持つことだが、ひと月もすると場違いのような美沙子の存在はちょっとした人気になり客数も増えていった。
半年を過ぎた頃には、少しばかりのお金を貯めることが出来、ひと間だけのものでよいからアパートを別に借りたいなどと考え始めた時、どうして捜し当てたのか、あの男が現れた。

「どうしてもまとまった金がいる。おまえの残した借金で、俺は追いまわされていたんだ。その分だけ清算してくれれば、さっぱりと別れてやるよ」と、凄まれた。
男の要求する金額は二百万円だった。美沙子にそんな大金が用意できるわけがなかった。

「心配しなくていい。立て替えてくれるところがあるんだ」
男は大阪にも土地勘があるらしく、美沙子を金融業者の所へ連れて行った。
金融業者といっても看板も出ておらず、何がどうなっているのか分からなかったが、その業者は男が美沙子を連れて来るのを待っていたかのように、お金を用意してくれていた。
「二百四十万円也」という借用証書に、男が用意していた三文判と拇印を押さされた。前の街で男のために借り歩いた時は、男が借入人になり美沙子が保証人にされていたが、今回は保証人も担保も関係ないようだった。

二百四十万円のうち四十万円は利息や手数料のようで、男は二百万円を受け取っていた。男や金融業者は、特別の付き合いなので格安の利息だと繰り返していたが、来月からは利息だけで毎月二十四万円払っていくことになっていた。
途方に暮れる美沙子に対して、金融業者は利息や元金が払えるようにと新しい職場まで見付けてくれていた。というより、そこで働くことが担保代わりのようだった。

今世話になっている食堂は、美沙子にとって居心地の良い場所だったが、月に二十万も三十万もという返済が出来る筈もなかった。金融業者に言われるままに勤め先を変えるしかなかった。
紹介された店は、その気にさえなれば相当の収入を得ることが出来るようだが、美沙子は拒み続けた。何枚かの服を買わされたりしてさらに借金が増え、単なるホステスとしての収入では利息分だけでもままならず、借金の額はみるみる膨れ上がっていった。
これ以上返済が滞るようだと勤め先を変えてもらう、と金融業者から脅されかけた時、一人の男が「あわじ」のママを紹介してくれた。

その男は、ホステスのスカウトらしいことをしているらしく、美沙子が借金の返済に困っていることを知っていた。決して信用できる男のようには見えなかったが、「今よりずっと安い金利で借金を肩代わりしてもらえる」という虫がよすぎるような話に、苦しい現実から逃げたい一心から話にのった。
しかし、何が幸いするか分からないもので、紹介されたママに気に入られ、「あわじ」へ移ることを条件に救いの手を差し伸べてくれた。

店を移るにあたって若干の軋轢はあったようだが、直接美沙子が脅されるようなこともなく借金の肩代わりが出来た。借金の利息というものがどの程度が正しいのかは知らなかったが、これまでの三分の一ほどにしてくれたので少しずつでも元金が返済できる見通しが立った。
それでも、移転にあたって服を増やしたことや、あまり指名のつかない状態が続き、利息の支払いがやっとという苦境に変わりはなかった。

金融業者からの不気味な脅しからは逃げだすことが出来たが、その分、何ゆえに払っていかなくてはならない借金なのか、どこで間違ったために今の姿になってしまったのかと自分自身を責めるようになった。酒の席とアパートとを行き来するだけの毎日に、身も心もぼろぼろになりかけていた。
美沙子が飯島と出会ったのは、そのような状態の時だった。

飯島が、どうしてこれほどまで自分に好意を示してくれるのか分からなかったが、もしかすると、世の中には幸運というものも存在していて、初めて自分の方を向いてくれているのかもしれない、と思ったりもした。
あの時、自分から身を投げだしたのは、確かに愛情からではなかったが、嫌々身を売るという感覚でもなかった。あの時は、そのお金のためというより、初めて会った時からの飯島の好意に対して、そうすることしか感謝の気持ちの表し方が分からなかったからだった。

そして、飯島が自分の体が目的でいろいろ尽力してくれているのなら、体ばかりでなく心も一緒に奪って欲しいという覚悟だった。しかし、飯島は美沙子を抱くことはなかった。
後日、美沙子はあのような行動を取ったことを恥じていると話したことがあるが、「本当は嬉しかったんだ」と飯島も恥ずかしそうに言ってくれた。その言葉は、何よりも美沙子に飯島の優しさの大きさを感じさせるものだった。

その後の新しい生活は、美沙子にとってまさに夢のような日々だった。
飯島がどれほどの資産を持っているのか知らないが、自分のために惜しげもなく買い物をし、何の見返りも求めることなく尽くしてくれることに、美沙子は応える方法が分からなかった。世間の計算や常識では納得できないような好意を与えてくれる飯島に応えるためには、自分も打算や計算ではなく、自分の全てを投げだして尽くすべきだと思い至ったが、どう行動すれば良いのか分からなかった。
その揺れ動く心は、愛というものとは少し違うものなのかもしれないが、物心ついた時からの母と二人の生活で、世間のすべてと敵対するように身をすくめるようにして生きてきた美沙子にとって、飯島は、何もかも託してみたい初めての存在だった。

そして、新しい生活に少しずつ慣れてきて、将来の夢というもを描くということを知った時、苦しく悲しいままに死んでいった母のことを思った。
美沙子の父は彼女が二歳の頃に亡くなっていた。母とは数年間の暮らしがあったと教えられていたが、戸籍上の存在以外に父の思い出は残っていなかった。

美沙子はスーツケースの中身を整理していた。古ぼけたスーツケースは、母が死んでいったアパートから東京、大阪と、美沙子とともに逃げてきたものだった。その中には、母の小さな位牌と数枚の服と雑然とした小物が入ったケースが大きな風呂敷包みに包まれていた。東京から逃げだす時に、手当たりしだいに包みこんだものがそのままにされていた。今ようやく、その中身を片づけるだけの心の余裕を美沙子はつかんんでいた。

小物などが入っているケースの中に、二冊の大学ノートに書かれた日記があった。母が亡くなった直後にも見た記憶があるが、母への反感もあって読む気持ちなど全くなかったが、捨て去ることも出来なかった。
美沙子は、自分が今幸せをつかもうとしていることを素直に母に報告したいという気持ちを初めて抱くことが出来ていた。その気持ちが、これまで見向きもしなかった母の日記帳を開かせたのである。そして、そこに書き残されていたものは、若き日の母の悲しい叫びだった。

飯島との血を吐くような思いを抱いての別れだった。身籠った子供さえも疑われた無念さを、淡々と書き綴っていた。
母と飯島とが別れる原因になった勤務先の社長との風評は、全くのデマだった。社長の母に対する信頼が大き過ぎるために生まれたものに過ぎなかった。
真沙子の愛する人は飯島以外にあるわけがなかった。そして、その愛を共有してくれているものと信じていた母にとって、その後に取った飯島の行動は、とても理解できるものではなかった。

真沙子は思案の結果、飯島が自分から離れたいと思っていたのだと結論した。飯島の将来の足かせになるつもりなど全くなかった。ただ、このような、突き放されるような別れになってしまったのが悲しかった。
失意のうちに東京を離れた母は、間もなく流産し、生活は荒んでいった。やがて、荒んだ人生を歩く男と女が出会い、美沙子が誕生した・・・。

母はなぜこのような日記を残していたのだろう、と美沙子は思った。
母は、この日記を読み返したことがあったのだろうか、とも思った。
この日記により、飯島の自分への好意の原因が分かった。彼は、自分が真沙子の子供であることを知っていたのだ、と思った。

美沙子は、この夢のような生活は、やはり夢だったのだと思った。短い時間だったが、夢を見させてくれた飯島に感謝したいと思った。しかし、母の無念と失意の生涯を思うと、夢の生活は夢のままに封じ込めなくてはならないと思った。
母が生きていた時にはあれほど感じていた母の不潔さやだらしなさが、ずたずたに引き裂かれた心を抱きながらなお生き続けなくてはならなかった女の、悲痛な姿だったことが今の美沙子には痛いほどに分かった。
自分もまた人に話せないような過去を持ち、母が背負ったと同じような地獄を見てきた女であることを思うと、若き日の母の悲痛な叫び声を踏み台にして幸せになる道を歩くことなど出来るわけがなかった。

冷たい風が吹き抜ける空洞のような心を抱き続け、わが娘にさえなじられながら懸命に生きていた母が、たまらなくいとおしく、哀れだった。かつて、飯島が母から離れていったように、今度は自分が飯島から離れて行かねばならない、と美沙子は思った。
母も娘も、悲しい別れだった。

   **

車窓を駆け抜けてゆく景色は信州だった。
とりあえず母が育った八ヶ岳が見える辺りに宿を取ろうと考えていた。そこで、母が一人で生きた来たように、自分も一人で生きていく道を探すつもりだった。
窓硝子に映った涙の顔を、美沙子はじっと見つめていた。
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