夜な夜なシネマ

映画と本と音楽と、猫が好き。駄作にも愛を。

『美術館を手玉にとった男』

2016年01月22日 | 映画(は行)
『美術館を手玉にとった男』(原題:Art and Craft)
監督:サム・カルマン,ジェニファー・グラウスマン

前述の『A Film About Coffee ア・フィルム・アバウト・コーヒー』とハシゴ。
ドキュメンタリーを2本続けて劇場で観るのは珍しいかも。
シネ・リーブル梅田にて、1本目と同じスクリーン、同じ席に座って観ました。
これまた非常に面白い作品でした。

2011年に発覚した驚きの贋作事件。
全米20州の有名美術館がたった一人の男に騙されつづけていたのです。

その男、マーク・ランディスは、素性および美術品を入手した経緯を脚色し、
自分が描いた贋作を美術館に寄贈するという行為を30年間くり返していました。
作品は多岐にわたり、15世紀のイコンから、ピカソ、マグリット、ローランサン、
ドクター・スースにスヌーピーまで。

2008年、やっと彼からの寄贈品が贋作ではないかと気づいた人物がいます。
オクラホマシティ美術館のレジストラー(情報管理担当者)、マシュー・レイニンガー。
許せない行為だとレイニンガーは憤慨、職を捨ててまで調査した結果、
46館もの美術館が騙されて、贋作とは知らずに展示していることが判明。

事は大きくなり、メディアもランディスのことを取り上げます。
FBIも捜査に乗り出しますが、ランディスの行為は結局罪には問われませんでした。
彼は対価をまったく要求せず、一銭たりとも受け取っていないのですから。
FBIの担当者も「寄贈を受けるかどうかは美術館次第でしょ」と笑います。

一方、ランディスに興味を持ったシンシナティ大学美術館の職員、
アーロン・コーワンがランディスに電話取材を申し込みます。
なぜ贋作を描くようになったのかが知りたいのだと。

ランディスに執着する人々によって、浮き彫りになる彼の苦悩。
彼はとても不思議な人です。わがままなおじさんという風はまるでなく、
でも、つかみどころがなさすぎて、何を考えているのかわからない。
変人にはちがいないけど、アブナイ人という印象もありません。
ケースワーカーの女性が言うには「彼に対する自分の感情がわからないの」。
そう言いたくなる気持ちがなんだかわかる。

孤独だったからでしょう、などという言葉では片づけたくない何かがあります。
彼の贋作技術は卓越していて、レイニンガーも舌を巻くほど。
贋作のみならず、素描のテクニックも素晴らしいもので、
なぜ自分の名前で描かないのかとみんなが不思議がります。
それはおそらく彼にしかわからないこと、もしかすると彼にもわからないことで、
上記のケースワーカーの女性が言うとおり、「彼が人生を楽しむ権利は尊重したい」。
メディアに取り上げられて有名になった彼が生きがいを失ったとしたら、
それはとても切ないことに思えてしまうのです。

騙された側の美術館は、多くは語りたくない様子。
メディアは飛びついたものの、
コーワンが興味を惹かれるまではレイニンガーに協力する人がいなかったのも
恥をさらしたくはなかったからでしょう。
いやぁ、お見事、すっかり騙されましたと笑えるぐらいの度量があってもいいのに。
……てなことが言えるのは他人事だからでしょうかね。(^^;

美術じゃなくて工作だよ。自分の作品のことをそう言うランディス。
素晴らしい美術品に私には思えて、時おり涙すらこぼれそうになりました。
たまには手玉に取られたっていいんじゃな~い!?

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『A Film About Coffee ア・... | トップ | 『消えた声が、その名を呼ぶ』 »

映画(は行)」カテゴリの最新記事