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夜な夜なシネマ

映画と本と音楽と、猫が好き。駄作にも愛を。

衝動的に車を買った話

2013年02月21日 | ほぼ非映画(その他)
車は乗りつぶす派です。
だから、車の購入時に何年後に乗り替えるなんてことはいっさい考えません。

免許取得後に親戚の知人からタダでもらったホンダのスーパーシビックは、
ほぼ同時期に免許を取った弟とともにボコボコになるまで乗り倒し、
その後はじめて自分で買った車はキョンキョンのCMが懐かしいオートザムのレビュー。
これはボコボコにすることなく大事に乗っていましたが、
10万キロを超えたころにゼェゼェ言いだし、涙のお別れ。

その次に買ったのがスバルのフォレスター、赤。
これも大事に乗りましたが、15万キロ付近で息も絶え絶えに。
10年乗ってまたもや泣いてお別れ。←ほんまに泣くんです、私。(;_;)
再びフォレスター、今度は黒に乗り替えたのが約3年前の春のこと。

これも10年は乗るつもりだったのですが、気に入らないこといろいろ。
自然豊かな職場にかよっているため、秋にはドングリが落ちてきます。
ドングリが車体のあちこちに溜まってコロコロ鳴っていると思ったら、
実はフロントガラスが鳴っていたなんてこともあり、
コイツには10年は乗れないなぁと思ったのがお正月のこと。

しかし、乗りつぶす前にどこかへ売ったことがないものですから、
いま売ればいくらになるのかが想像もつきません。
正月三が日に「中古車買取一括見積もり」というやつにシャレでメールしたところ、
あちこちの業者から速攻で電話がかかりまくり。

3年前のモデルとはいえ、4万5千キロ走っていますから、
たいした金額にはならんのじゃないかと思っていましたが、
意外に人気車種らしく、交渉に臨んだダンナと業者との会話がおもしろい。
最初の業者が来ている間にディーラーに電話してみたら、
ドングリの件もあって申し訳なく思ってくれたのか、結構な下取り金額の提示が。
ほならそれを基準にと、業者とも話を進めました。

業者によって数十万の開きが出るという話はホントですね。
なんだかんだで5社と話をして決めました。
途中、ディーラーに新車購入の商談にも行き、
ハイブリッドにまったく興味のないわが家は、
280馬力の新型フォレスター、赤いやつを買うことに即決。
新型フォレスターは大人気のようで、納車が1カ月半先とのこと、
それまでは買取業者からレンタカーを出してもらいました。

レンタカーは何でもかまわないと話していたため、
貸し出されたのは当然のごとく軽自動車、ダイハツ・ムーヴのターボなし。
すでに15万キロ近く走っていて、こんなに走れるんやとビックリ。
ものすごく小回りが利いて、びわ湖バレイのレンタルスキーを思い出させます。
30年前のびわ湖バレイのレンタルスキーって、
最初から板に靴が装着されていて、靴のサイズに合わせて貸してくれたんですよね。
それゆえ、身長のわりに足の小さい私には短すぎるスキーで、くるっくる回る回る。

このムーヴ、何の不満もありませんでしたが、一旦止まると出だしが悲惨。
ダンナなんて、「最初の5メートルやったら、走って勝てるで、俺」と言うてましたから。
さすがにそれはないやろ……とも言えないぐらい馬力なし。

そんなムーヴともお別れして、やっと新車が到着。
ちなみに3台続けてのフォレスター、毎回同じナンバーを取っています。
初代の平仮名部分は「せ」、二代目は「は」、
つまりは10年の間に11人しか希望者がいない不人気ナンバーだったわけですが、
3年経たずにやってきた三代目は「や」、ということは間に8人。
いきなりこんなに増えたのはなんで?
とある落語に関係するナンバーなので、落語人気ということかと思ったりして。
ついでに、平仮名の「し」と「へ」はないってご存じでした?
「し」は縁起が悪いからというのはともかく、「へ」は屁を想像させるからって……。(^^;

スバルの従業員のみなさんには『ピンク・スバル』(2009)をご覧になることを強くおすすめします。

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キャバレー初体験。

2012年07月22日 | ほぼ非映画(その他)
ちょうど1週間前の日曜日、人生初のキャバレー体験。

大阪はミナミ、千日前のキャバレー“ミス大阪”。
昭和12(1937)年の5月の開店で、今年創業75年を迎えたところ。

きっかけは、2カ月ほど前に大学時代の同級生からもらったメール。
ギター弾きの彼が、ここでおこなわれるライブに出演するとのこと。
松竹芸能に所属する芸人、竹井輝彦さんの芸能生活25周年ライブ、
“ミスター大阪 日曜だけど歌謡日”、なんともベタだけど惹かれます

どこへでも車で出かける私は、この日も周辺の駐車場料金を念入りに調べ、
黒門市場の近くに駐めて、“ミス大阪”へと向かいます。
中国人がひしめく黒門市場で頭に浮かぶ素朴な疑問は、
「生もんばっかりやのに、いったい何を買うて帰るねん」。

さて、“ミス大阪”は、入口からして昭和だけれど、入れば思いっきり昭和。
4人掛けの長椅子は赤いビロード張り。
赤だけど、全体的にくすんでいて、ところどころ張り替えた部分だけが鮮烈な赤。
上半分には白いレース編みのカバーが掛けられています。ついでに床も赤い。
イメージとしては、『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー!!!』(2011)で、
クドカンやチャボがしゃべる部屋をもっとベタにした感じ。

中央前方に形のよくわからないステージ。
緞帳はもちろん赤、襞をあちこちに寄せたサテンです。
開演前に流れる曲も昭和。
美空ひばりの“真っ赤な太陽”だとかイルカの“なごり雪”だとか。
ちなみに、前者が流行った頃は私はまだ幼すぎ、
後者は私が小学生低学年の頃の大ヒット曲。

もうちょっと昭和の終わりに近づいてくれたら……と思っていたら、
なぜかいきなりかかる甲斐バンドの“BLUE LETTER”。
学生の頃に聴き倒したアルバム“虜-TORIKO-”の収録曲でした。
余貴美子がこのアルバムジャケットのモデルだったということは
ずいぶん後で知りましたけれど。

キャバレーで初めて見るショーは、その内容も客層もあらゆる意味で新鮮。
何でもやります、竹井さん。歌に踊りにコントに落語、漫談。
正直に言うと、創作落語はかなりキツイ。寝そうになってごめんなさい。
けれども、「これがやりたかったんです」と本人がおっしゃっていた矢沢永吉や、
普通にポツポツしゃべる漫談、特に新世界の話はおもしろかったです。
新世界界隈の人たちの話をしてはりましたが、
今日を精一杯生きている、それは竹井さんにも感じました。

共演のバンドは、エレキギター、ベース、キーボード、ドラム、
アコースティックギター、バイオリンという構成。
同級生だった彼は素晴らしいアコースティックギターの音色を聴かせてくれました。
竹井さんが歌う“恋のマリンルック”、その彼の作曲だと言うので、
少しは印税の足しになるのかしらんと、CDを買ってしまいましたがな。

それにしてもキャバレーの椅子って、あんなにお尻が痛くなるものなんですか。
映画を4本ハシゴしても平気なのに、2時間で限界に。
こんなところで飲み続けるなんて、世の中のおっちゃんたち、スゴすぎる。
思うに、その年代の人は前立腺肥大になりかけていて、
頻繁にトイレに行くから長いこと座ってなくてもええとか。失礼。m(_ _)m
一度ぐらい飲み目的で行ってみたいけれど、あの椅子は無理かも~。

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チャリティー落語会に行きました。

2011年05月02日 | ほぼ非映画(その他)
高校時代から20年ほど前まで、落語が大好きで、
しょっちゅう寄席へ足を運んでいました。

ところが、生来のアマノジャク気質だからか、
NHKの朝の連続ドラマで『ちりとてちん』が始まり、
なんとなく周囲の人が落語を聴き出して
天満天神繁昌亭が連日大入り満員になってからは
めっきり聴かなくなりました。

それでも、落語を取り上げた映画があれば、
やはり気になって観に行きました。
特に『寝ずの番』(2006)は、昔よく拝聴した桂吉朝さんが落語指導をされたと聞き、
お亡くなりになったことを本当に残念に思いながら観ました。

なぜか久々にとても落語を聴きたくなって、
先週の平日の昼間、桂米朝一門のチャリティー落語会へ行ってきました。
昼の部=桂南光さん、夜の部=桂ざこばさんか、
ほならやっぱり昼の部やろ。ざこばさん、すんません。

まずは、二乗、団朝、米輔、米團治、南光による落語5題。
南光さんの闘病日記はさすがというしかなく、大爆笑。

心の中で深く詫びたのは米團治さんの噺を聴いたとき。
いつまでも小米朝の印象が抜けず、ろくに聴きもしないでごめんなさい。
めちゃめちゃおもろいじゃないですか。
吉朝さんがご存命なら襲名されていたはずの米團治。
米朝か米團治か、小米朝さんがどちらを襲名することになっても
ものすごい重圧だったにちがいありません。えらかったなぁ。

中入りの後、桂すずめこと三林京子さんの踊り。
米二、歌之助、雀太、小鯛による小噺があり、
続いて、こごろうと雀喜の漫才。
雀喜さんはこのホールでの初舞台が落語ではなく漫才となってしまったそうな。

まさか落語会で泣かされるとは思いませんでした。
ハーモニカ演奏のむ雀さん。
脳梗塞で倒れ、右半身の自由が利かない彼は、南光さんの介添えで登場し、
『赤とんぼ』と『ふるさと』を演奏。
『ふるさと』では客席のみんなが静かに歌を乗せ、涙止まらず。
ばっちり笑いを取っていた南光さんの感極まっていた姿にもグッ。

ざこば一門の雄壮な和太鼓演奏が終わると、チャリティーオークション。
会場にはざこばさんも現れ、南光さんと最高の掛け合い。
いじられ役に撤した米團治さんも可笑しいのなんのって。
車椅子に乗った米朝師匠の姿にまたしても涙ぐんでしまいました。
どうかいつまでもお元気でいてください。

前述の『阪急電車 片道15分の奇跡』も泣けましたが、こっちのほうが涙ぼろぼろ。

また寄席に行きたくなりました。

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