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どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

断章 (fragment)

2004年11月21日 | 日記
冗談ほど、真面目に言わなければいけない

相手との距離と親密度を計算して

言葉を慎重に選ばなければならない

選ぶ必要がほとんど無くなった時

相手は真の友となる

伝書鳩通信(pigeon express)

2004年11月21日 | 日記
「返信・1」拝読。

ちょっと、面白いことを考えてしまいました。

相反する願望が存在する時は、どちらが実現されるのでしょうか。

より善なるものが実現されるのでしょうか。それとも、より強力に願ったほうなのでしょうか。

ところで、今回は多少的外れかもしれませんが、「悪人正機説」について考えてしまいました。

彼(発言した人)の思想について、政治的な内容等については、ここでは語るつもりはありませんが。

「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。

しかるを世の人つねにいはく、悪人なお往生す、いかにいはんや善人をや、と。

この条一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。」

これは、不勉強の私なりの解釈ですが・・・

人はなかなか、自分の中の邪悪な面を認めたがらない。

正当化したがるしものだし、善人だと思いたい~

でも、なぜか神はそんな完璧なものを御創りにはならなかった。

しかも、善や正義はしばしば相対的に捉えられる。

だからこそ、正しい戦争なんてものが存在し、殺人も正当化される。

ひとは、縁次第では自分の意思を超えて、簡単に善人にも悪人にもなりうるものだ。

他力にすがるしかない、そんな者が人間なんだよ~っていうことかな。

いったい、神や仏を前にして、堂々と私は善人ですと言える人がいるのだろうか。
 
私は、人間ができていないから、とても言えたものではありません。

自分の心に巣食う悪を知り、罪悪感を抱く者に、私は同感します。

やはり、的外れでしたか。でも、私にとって考えるのにはいい機会でした。

不眠笑(ふみんしょう)?

2004年11月21日 | 日記
不眠症ではない。そして一度寝たら、たとえゾウに踏まれたとしても、起きないだろう。永遠に・・・。

それなのに・・・午睡がいけなかった。迂闊にも3時間ほど寝てしまった。

就寝前の濫読を愉しみ、ライトを消したがいつもの睡魔が襲ってこない。

音楽を流せば・・・1曲目が終わらぬうちに寝てしまう日々だからと思ったが、既に2枚目になっている。

この調子が続けば、羊の数よりCDの数を数えることになりそうだ。

焦る。しかし、考えてみれば何に焦るのか。寝ないで済めば、こんなに有効な時間の使い方は無いのに。

睡眠に関する謎は多いが、それはさておき、私は眠るのが好きだ。

特に冬場は、できるものならば冬眠したい。体脂肪14%の身には、決死の覚悟が必要なのだ。

熊でないのが残念だ。でも、カエルは遠慮しておこう。

二度寝も好きだ。三度寝はもっといい。一日中、布団のなかでゴロゴロしていたい。一生できたら最高だ。

こんなに寝ることが好きなのに、今宵はどうしたことか。たかが午睡ぐらいで。そんな甘えた身体では無かったはず。

好きなことができないのは辛いものだ。嫌いなことをするのは、もっと辛いものだが。

とにかくライトを消そう。PCの電源も落とそう。そして、寝ている夢を見よう。

おやすみなさい!