銀の人魚の海

日々の思いを好きに書いています。映画、DVD、音楽、本。
スヌーピー、NICI、雑貨グッズ画像も。


NHK アマゾン特集 沢木耕太郎

2018-12-17 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
15日くらいから一気に放映、再放映された番組は6本。

うち1本は見ていなかったので

先ほど見た。

沢木耕太郎が発見されたアウラたちを見て、アマゾンへ行く決意をする。

昨夜の番組、アウラ、アウレに会いたいと~

沢木耕太郎 アマゾン  思索紀行 隔離された人々

03年制作。

これを先に見て、昨夜のアウラを見たほうが良かった。

15年前の二人の姿。

今日書いた、親子は間違いで、推定、当時、二人とも30歳くらい。

同じような世代だった。

アウラは現在60代ということになる。

スタッフ、

国分拓はまだ構成、

制作、伊藤、菅野、

そしてカメラは、2年前の菅井さん!

2年半前イゾラドをアップで撮影。

船の上で必死でカメラを向け、やや不安な言葉をいっていた。

ずっとアマゾンへだったのね。

他にも同じスタッフがクレジットされたと思う。

沢木耕太郎が文とあり、役所広司がナレーション。

NHK力作、他局では絶対撮れないドキュメントだった。

猿を背負う、愛らしい少女も出た。
後日、また書きたい。
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昨夜 アウラを見て

2018-12-17 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
アウラを見た後、夜のニュースは札幌の爆発、

アウラも大きい音、火花などいっていた。

彼は言語学者に言葉の意味を伝えようとしていたかもしれないが

文明世界に興味は示さない。

言語もそうで、同じ人なのに言葉を知りたくはないようだった。

それは再放送のヤノマミもそうかもしれない。

生まれた時からごく一部の人としか、関わらないでいきると

狭い世界のこと以外はしろうとしなくなる。

脳がそうなっていくのか?

脳神経伝達機能が、私たちとは違うのかもしれない。

本能的な力、狩りをする、高い樹に上れるなど、

身体的な事は自然から、少ない回りの大人から、学べるだろう。

アウラは、無理に文明サイドに連れてこられ、違う環境で生きざる得なくなり、

さらにアウレが癌で死に一人になり、メンタルの病も

背負ったのかもしれない。

3時間も話し続けるなど、やや奇妙な行動もとられている。

昨夜の初放映と前のヤノマミ。

かろうじて一族が生き延びているヤノマミ、たった一人のイゾラドのアウラ。

同じ先住民の大きな差も感じた。

2年前に見たイゾラドたちは生きているのか?

アウラは元気で夜空を見ているか?

文明側からの想い、もし私がイゾラドだったら~

とても想像はできない。
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NHKスペシャル アウラ 未知のイゾラド を見て

2018-12-17 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
ナレーション、町田こう。

昨夜、1回見てのメモからなので、ミスもあると思います。

ブラジル、マラニョン州?
87年、あることから二人の男、先住民が見つかった。

アウラとアウレ、政府がつけた名前。

言語は不明、全くわからない。

二人を居住区へ移動させ、調べたがどこからかもわからない。

どこの民族とも合わず、施設10か所以上を転々とする。

マスリニ族といた時は殺しもした。

他の部族と同居させてもダメ、言語も通じない。

アワ族は文明化し携帯も使っている。

現代人とそれほど変わらない。

アウラは何も感心を示さなかった。

二人が暮らしていた粗末な小屋があった。

ハンモックではなく、ヤシの葉の上で寝ていた。

亀など、手で捕まえられるものを食べていた。

ブラジル中すべての言語を調べても、通じない言葉を話していた。

12年、アウレが亡くなり、アウラ一人になり、

今は保護区、アウトツリアスの小屋に一人で生活している。

看護師も近くにいる。

隣に言語学者、ノルバウが住んでいる。

彼も言葉はわからない~アウラだけの言葉だという。

アウラは、推定年齢60~65歳、足が悪く松葉杖を使いあるく。

TVではアエラと兄弟?などのナレーション、だったが、

私はアウラの息子だと思った。

ノルバウは、丹念にアウラの言葉を聴き取り、意味をメモし

800の単語などを知った。

動詞はわからないよう。

アウラは一人でアクセサリー、ビーズのネックレスを黙々と作っている。

保護区には保健所があり、そこを訪ね、看護師とお茶をのむ。

話はわからないが、アウラはしゃべる。

20分話す。相手は聴いているふりをするのみ。

知らない場所で一人になり、ストレスからか、

興奮したアウラの幻聴、幻覚からの話と思ったりもする。

カウイー~先住民以外の人
オティマノエムクイン~二人で長い間歩く

文明の人と初めて会い、二人で長い間歩いたことか~アウレと一緒に。

彼ら二人を初めて見たときの事を話す夫婦。

全裸で、開拓農民の小屋に押し入った。なたをもっていた。

政府は、半年をかけ、おびきよせとらえた。

87年、11月、開拓地へ長い時間かけ車で運んだ。

村の人が皆、見に来た、見世物ではないといった。

そこから各地を転々とし、現在の保護区の小屋で暮らしている。

ある日、アウレ(姿は明らかにかなり年下)が痩せ動けなくなり、

町の病院へ車で6時間かけ連れて行く。

二人は身を寄せ合っていた。

怖かったのだろう。

アウレは末期がんだった。

病院に入院、ベッドには寝ないで、マットを床に敷き

二人で寝た。

先住民でもがんにかかるんだ、と意外さに、驚く。

人間なら、だれでもなるのだと感じた。

アウラは動かないアウレをじっと見た。

アウレは癌専門病医院にうつり、アウラはずっと看病したが

2012年9月に亡くなる。

アウレ、2002の映像がある。

若いので、息子の世代だろう。

1991年~2012まで二人が暮らした小屋も映る。

アウラは一人になった。

アウラは、アウレ、オッキン~死んだ、という。


アウラは、同じ話を何回もする、ジャガー、豚、のこと。

ジャガーは、2年前の放映イゾラドで、少女が足をジャガーにかまれた、

痛々しい跡が残っていたので、アマゾンでは大きな敵だろう。

彼は今、文明の力で活かされている。

一人、食後、3時間以上話すこともある。

単語は、二人、子供、火花、花火、大きな音など。

学者、ノルバウは、アウラが悲しい表情をする時、言う言葉は、

オッキン、モミイン、マヌ、~死を意味する言葉。

みな、死んだ、矢で殺された、目の前で。

雨、大きな音、髭、髭のあるカイラー(文明人)

ジェ~カヌー。

ウィア、~雨。ビトゥ~血。タクエ~矢、


ノルバウは、女は?

いない、というそぶり。

二人がいた時に、他の部族か文明人に、殺された。

雨が降り、花火は銃かもしれない~

想像だが。


看護師らしい女性が、母乳を飲ませるカットがあった。

それをじっと見ているアウラ、子供がいたのかもしれない、

亡きアウレがそうなのか~

ブラジルは1970年に横断道路ができ、だんだんと

奥地へ入れるようになった。

鉱山会社もできた。

保護区から千キロあるパラ州、二人の住んだ小屋へ車で行くと

森は伐採され、牧場になっていた。

約30年前は二人の小屋があった。

アウラは、誰とも会話がほぼつながらず、現在、一人で生きている。

食料、医療など、周りの支援はあるが、どんな気持ちで日々過ごしているのだろう。






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NHKスペシャル アウラ 未知のイゾラド 最後の一人

2018-12-16 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
9時過ぎから見た。

2年前にみたイゾラド、今日書いたヤノマミとも違う先住民だった。

もう一人になっている。

アウラ。

場所はアマゾン東より。

世界にはまだ発見されていない、文明と接触していない民族が
100くらいあるという。

少し前に、アジアのどこかだったかでもみられた記憶がある。

アウラは言葉も通じない、たった一人。保護区で生きている。

ヤノマミ、本も読み、アウラもまた書こう。

IT機器に囲まれ生きている現実を思うと、はかりしれない、
想像もできない世界を感じた年末。

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イゾラドのこと

2018-12-16 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
アマゾン 先住民 イゾラド 16年8月放映。

ここへは、16年8月、ドキュメンタリーのページに
幾つか書いています。

今年、イゾラドを書いた、

ノモレ、という本を国分氏は出版している。


さきほど書いた、ヤノマミ、ベネズエラ、の近くの森。
赤道に近いので、雨は多いが気候はまあいいのだろう。

ベネズエラといえば、余談。

エホバの証人、普及へ行った日本人が殺された、夏頃だったか?
ベネズエラだった。
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ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる

2018-12-16 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
21年4月の再放送、初見。
2年前放映、

先住民、イゾラド、NHK、国分拓ディレクター。

よく、撮影できたとまず感じた。

初め、子供のなきがらを白アリに食べさせる母、
母が殺すことを選択した、

白アリが赤ん坊を食べ、それを焼き、黒くし葬る儀式。

ここから始まるヤノマミの世界、生活。

ヤノマミは、人間という意味。

ナプは、ヤノマミ以外のひと、人間以下の事。
私たち人間をさす。

ブラジル、ベネズエラとの間にある森、

彼ら150人がくらす地域。

円形サークルのような家が深い森にできている。
中庭があり、周りに丸く家。

かろうじての屋根がある程度。

国分氏らは10年にわたる交渉のすえ、150日、同居しての撮影許可がおりた。

40日くらいに4回に分けての撮影だったと思う。
ここで連続150日は、無理だろう。

アリが無数にはう地面。

ヤノマミは1万年前に住んだという。

呪文のような言葉をはなす。
少しポルトガル語のような言葉もある。

ハンモックで寝るのはアリがいる、雨が降るとぬれるなどだろう。

いろりには首のない黒い猿が下げてある。
魔除けだろう。

10年前に、国がへき地医療をしたとき、
パンツ、サンダル、ナイフが配られたので、
来ている人も少しいる。

ほぼ裸足、裸。

幻覚剤、大麻のようなものか~を吸っている。
ヤノマミのシャーマン。

幻覚剤の力を借り、何かわけのわからないことを叫んだり言っている。

シャーマンは18人いる。

偉大なシャーマンは一人。
年齢不詳?わかりにくい。
ヘアはボブヘアが多い。黒い髪。

長い弓だけで動物をしとめる。

男女ともに3日歩き、狩の拠点にバナナの葉で家をつくる。
そこで狩りをする。

若い男子は樹に上り、サルを追う。

巨大な獲物を確保した。
2メートルあるバク。

すぐに解体する。

妊娠していたので胎児がいたが
それは食べない。

ワニ、アルマジロも燻製にして食べる。

洗濯ものが干してある。

夜空は星だらけ、キラキラ輝く空。

不気味な色の蛇がいる。
蛇は死を招くので殺す。

大雨が降る。
雨には50の名があり、樹のにおいの雨などと命名している。

出産は女性だけで行う。

産んでも抱こうとはしない。
地面に赤ん坊はころがっている。

胎盤はアリに食べさせる。

一応、一夫一妻制度。

1つの家族が突然、他の場所に越した。

別のしっかりした家があった。

娘が妊娠したが、相手はわからない。
ここでは、それも多い。

毎年、20人生まれ、半分は死ぬ。
精霊として葬るということもある。

出産で死ぬ子もいる。

食料も少ないので、人口調整の意味があるのか~

冒頭の女性シーンへもどる、産んでどうするか~
一人で考える。

子を精霊として葬ることにした。

バナナの葉で包み、アリに食べさせる。
白アリは焼かれ土に戻る。

女性は産後の出血が続いた。


大雨が降ると、毒草を川に入れ出てきた魚を、女性がとる。
小さい魚。

ヤノマミの日々はこうして過ぎていく。

ナレーション、田中みん、聴き取りにくかった。

映像は素晴らしい。
長い日々、ここまで近寄れよく撮れたと感動。

地図で見ると、2年前放映された、イゾラドがいたペルーの地域よりは
1500キロくらい南、暖かいので裸でも一族は続いているのだろう。

赤道に近い地域。

種で野菜を作れないか?雨が多くながされてしまうのか?
野菜は映らなかった。

バナナ、マンゴーなどは映った。

買ったが、まだ読んではいない。

国分拓著、ヤノマミ、13年に本が出ている。
大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

今夜、別のアマゾン世界の放映がある。
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ドキュランド パラグアイ ごみ処分場のオーケストラ 後編

2018-12-16 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
前編、未見。

パラグアイ、カテウラ(地名)オーケストラの事は新聞にも載り、ここへ書いたと思う。

録画した。
パラグアイ、貧困の中ごみを拾い生活する人もいる。

ガンチェロ。ごみ処分で生計をたてる人のこと。
ごみの近くに住んでいる。
日々、山のような中でのごみ拾いが仕事となる。

その地域で、ごみで手作りの楽器を作り、子供たちを集め
演奏するグループを作っている男性がいる。

缶、木などからバイオリン、チェロなど、とても器用に作成。
音も驚くほど本物に近い。
ここまでできるんだ!
このグループがだんだん大きくなり知られ、ロックバンドと共演した。

カナダ、スペイン、南米など世界各国をめぐり、大ホールで演奏、
喝采を浴びる。

本物の楽器でなく、ベートーヴェンの運命などを、演奏してしまうすごさ。

順調に組織として成り立っていったが、14年6月。

パラグアイは大洪水に見舞われ、21万が避難。

楽器工房もなくなり、団員も難民のようになった。
皆は、しばらく学校に住んでいた。
楽器もなくなった。

4か月半で、やっと水が引き、また活動を始める。
楽器をつくり練習も再開。

指揮者であるリーダー、30代か?は語る。

音楽は人生を変える力がある。

まだ多くの支援が必要と、クレジットされた。

これからも続けていってほしい。
手作りの楽器でクラシック!素晴らしい。

米、パラグアイ、ブラジル制作。


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鳴門の第九 歌声がつなぐ日独100年

2018-12-14 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
家族が録画、第九と鳴門?

あの渦潮の町~

NHK徳島制作、知らなかったこと、面白かった。
1回見ただけなので、記憶がややあいまいな箇所もあるかもしれない。


100年前、第一次世界大戦後、鳴門のドイツ軍の捕虜たちの
板東収容所があった。

松江とよひさ所長が管理していた。

とても自由があった収容所で、外出は禁止だが、中でスポーツなど
いろいろでき、捕虜も楽しい生活をおくった、珍しい収容所だったそう。

捕虜たちは新聞を発行し、ボウリング、テニスなどもできた。

映像を見ると田舎ののどかな場所にあった感じ。

楽団もでき、45名がオーケストラを組み、毎週演奏会も開いた。
パーティもあったそう。

松江氏は捕虜に慕われていたのだろう。

6月に合唱付き、べーベートーヴェン第九を皆で歌ったことが、
長く伝わっていく。

このドキュメントはその物語。

今年、6月は初の第九合唱から100周年。
松江所長の銅像が建てられたので、捕虜の孫などが何人か来日し、第九を聞いた。


ドイツ、日本記念館もできた。

ドイツに住む孫の女性も来日。

祖父が収容所にいて良い待遇だった、日本の松江氏を忘れないと言っていたので
日本語を勉強したという。

そのうまさにびっくり。
留学していないで、ここまでアクセントもきれい、
アグネスちゃん、デイブより、ずっとうまい!

それに驚かされた、どれほど日本と祖父を思っていたのか~

捕虜の息子、87歳も来日。
父は楽しんで生活を送ったと聴いている。


鳴門のある社会科の教師が、この収容所の歴史を調べていくことになった。
資料を探しつつ。


ドイツに帰れず亡くなった捕虜もいた。
その慰霊碑を設計したのが捕虜の方だった。
スザンヌさんの祖父だったか~

四角い石の慰霊碑は、今もしっかり守られている。

高橋夫妻が守っている。
高橋氏はソ連で捕虜になり亡くなった人を思い、
ドイツへ帰りたかったのに
帰れず、どれほどの思いだったろうと、
ずっと掃除、お花をそえたりしている。

ボランティアだ。

捕虜の孫も来日した。

父が収容所で描いた日々の詳細の手紙が記念館に保管されている。
かなりの数。

今年の6月、第九は100年目、ホールには1400人が集い
スザンヌさんも歌った。
その他、来日したドイツの方たちは聞き入り、涙を流していた。

こんなことが100年前にあったのか~

音楽の力だけではないが素晴らしい。

鳴門の幼稚園、小学生の子供たちも歓迎し、ドイツ語で第九を覚えている!
これにもびっくり。

第一次世界大戦は2次とは違い、いい方はおかしいが
のんびりした戦いでもあったと思う。
武器も二次より少なかった。

ヨーロッパで多数亡くなったが
死者は二次の半分くらいだと思う。


鳴門の第九は、wikiではいろいろでたので
詳しくはそちらを見てください。

06年映画化もされている。松平健主演。
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NHKスペシャル  ロストフの14秒

2018-12-13 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
もうかなり前の事かと思ってしまいそう。

18年W杯、日本対ベルギー戦。

ドローにされ、ロスタイムにベルギーにゴールされベスト八を逃した試合。

最後の14秒を、100分の一秒までおう。

日本の各選手が、今、またあの14秒を振り返り、あのとき、何を考え

何をしよう、何を避けていたか。

14秒映像を見ながら語る。

長谷部、吉田、酒井、長友、原口。

ベルギーの選手も同じように語った。

神のご加護という選手。

日本に2ゴールされ、もうこれで終わりでバカンスへ、と考えた選手もいたが~

オシム、ザッケローニ、西野監督も。

オシムはお元気で、前に倒れた時、川渕が、命だけは~と

泣いたことを思い出した。

ベルギー選手の、バカンスへ、の言葉、日本選手なら絶対に考えない、
2点なら追い付ける、だろう、

バカンスへ、は余裕だったの。

スタジアムのすぐ脇に大きな河が流れていてロシアらしい風景、
ロングショットのラスト。

音楽の選曲も良かった。

カタールへ行けるかな~
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人体 腎臓

2018-12-09 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
先月書いた、NHKの何だっけ?続き。

人体シリーズ。1回目腎臓。

ミクロの決死圏のような映像だった。

この臓器、私には30年前から、かかわりがあり、

知識は普通より持っているつもりだったが、これを見て、そうか~

初めての事も多かった。

尿を作り、老廃物を出すだけでなく血液の管理者であること。

血液に中にある、カリウム、リン、尿酸、カルシウム、マグネシウムなどを

みている。

エポ、レニン、という腎臓の細胞か?

これは調べていない。

小さい2つは、大きな役目を持っている。

でも1つを移植用に売る人もいる。

そして高血圧をコントロールしている。

ドイツの方、血圧200以上が普通、高血圧を治すために、

腎臓の手術をした。

これ、日本ではしてないか?

初めてみた。

術後、130くらいになり、すっかりよくなった。

びっくり。

腎臓にある糸球体は1こで100万個ある!


いくつかある腎炎の中、糸球体腎炎などという。

腎臓は、どちらかというと沈黙の臓器だと思う。

血液検査で、クレアチニンが高いと、透析になる。

癌のように、ステージがあり、GFRだったか?

クレアチニン数値がわかれば、ネットでも簡単にみられる。

小さいが大事な臓器。

なので、癌になると治りにくい、やっかいなのかと感じた。
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16日 NHKスペシャル イゾラド アウラ

2018-12-06 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
少し先放映だが、2年前の夏放映、アマゾン先住民、イゾラドを撮った国分さんの解説を。

ノモレ、という本は読んだ。
ここでは初めての言葉、アウラ、が出てくる。


――ある民族の最後のひとりになる。しかも、他の民族には自分の言葉は一切通じない。我が身に置き換えれば、最後の日本人となってしまい、他の(民族の)人とはコミュニケーションがまるで取れない、という状態です。そんな境遇で生きることを想像できるでしょうか。この番組は、<“たったひとり”で、自分以外はみな未知>という過酷な環境で生きる、いや、生きねばならなかった「イゾラド」の30年の記録です。

イゾラドとは文明社会と接触したことのないアマゾンの先住民をいいます。アウラが忽然と現れた1987年以降、イゾラドの出現は数回確認されていますが、言語が全く未知のイゾラドはアウラ(話す言葉の語感からブラジル政府がそう命名した)だけで、政府は彼を「絶滅した未知の部族の最後の生き残りである」と結論づけています。

こちら側の世界に出てきてしまってからも、アウラの苦難は続きました。アウラの意思とは関係なく、政府は彼を「隔離」「保護」することにしたからです。施設に収容すれば脱走を繰り返し、他の部族と同居させれば些細な諍いから殺傷事件を起こしてしまう……まさに、「文明」と馴染むことを拒絶して生きてきた30年でした。

ですが、たった一人だけ、アウラが心を許す「文明」側の人間がいました。言語学者のノルバウです。ノルバウはアウラの小屋に同居し(そんなことをする者は彼だけでした)、近くにあるモノを一つ一つ指さしながら、アウラが喋る単語を集めていきました。30年でその数、800余り。他の仲間はどうしてしまったのか。部族に何が起きたのか。今ようやく、未知の民族にまつわる、おぼろげな輪郭が浮かび上がってきたのです。

番組のナレーションは芥川賞作家でミュージシャンの町田康さんが引き受けてくれました。最初の試写をしたとき、町田さんがこう言いました。「暴力的なまでに思考することを強要する番組である」、と。

大変嬉しい一言でしたが、町田さんの言葉の通り、親切な番組ではありません。想像しながら見ていかないと、ついていけないかもしれません。かくいう私も、アウラの心中はよく分かりません。

ですが、アウラの絶望的な孤独を少しでも理解したかったのです。「分からないこと」に微かな接線を引くことだけを考え、この番組を作りました。

担当ディレクター 国分拓(大型企画開発センター)
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明晴学園 手話

2018-12-03 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
少し前に、何のドキュメントで見たか?
ここへ書いた、明晴学園、創立10周年を迎えた記事が載った。

11月17日に演劇などを披露したよう。

前の記事。

ここは狭いアパートでのフリースクールから始まり、
08年に正式に開校した。

今は幼稚部から中学まで60名が在籍。

教師も半数がろうあ者。

TVドキュメントでもあったが、ここの特徴は、
第一言語として、日本手話を教えること。

この辺りは専門的で理解が難しいが、一般的な手話とは違う。
文法も異なるとある。

大きな写真付きの記事。
まだまだ聾者への理解、情報などは足りていないと

校長は話す。

小さい私立学校、長く続けられればいいと思う。
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サム TRF ファミリーヒストリー

2018-12-01 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
NHK ファミリーヒストリー。
家族が安室ファンなので、録画したのを何となく一緒に見た。

サム、安室の元夫だそう。ダンサー。

親は医師というのは家族からきき、知っていたが。

ここまでの名家とは!

埼玉県、丸山病院、200床くらい。

120年くらいたつ地域総合大病院の息子がサム。

祖父は東大医学部、

曾祖父。慈恵医大だったか~

森鴎外に教えを受けた。

森は軍医だったものね~

夏目漱石、高浜虚子の名も上がる。

父は順天堂医大卒。

曾祖父の時代から、まさに歴史ある一族の流れをくんでいて、びっくり。

失礼ながら、ダンサーとつながらない。

兄弟5人のうち、3人は医師になった。

産婦人科、整形外科、歯科医。

一人は娘。

母の祖父も医師、慶応医学部。

サムは獨協中高からダンサーの道へ。

父は反対したが、20の時、やるなら一流になり、真面目に生きなさいとだけ言った。

NYに留学、ダンサーとして目が出て、紅白にも3回出場。

安室ちゃんと離婚し、今は一般人との間にまだ小さい娘がいて

普通の生活をしているかんじ。50代後半だが若い。

今は父の病院の埼玉で医療にもなる、高齢者向き体操を

考案、教えている。

亡き父が見たら、よかったと思うだろう。

安室との息子は産科だったサムの父が取り上げた。

生まれて1か月くらいで、その父は玄関先で心不全で他界する。

なんだか生まれ変わりのようね~

その親権を安室はサムから取り戻したそうで、

息子は同志社大といううわさも。。

芸能界で、これだけ家族が医師揃い人物はいないだろう。

出てきた親類たちのふるまいも、皆、品があり、良いお家の印象。

沖縄育ち。学歴はない若い安室にとっては

15近い年下のサムとの生活。

環境的にもなじめなかった離婚だと感じた。

安室は引退し、サムはダンサー。

今は、二人とも落ち着いた生活をしている。

全く知らなかったサムの家族模様だった。

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ドキュランド ホームレスイケメンモデルの秘密の生活

2018-11-30 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
14年、豪、米制作。50分。
音楽は、カイルイーストウッド。

はじまりはジャズ音。

全くホームレス感はない。

52歳の彼、マーク・レイは、若き日はモデル。

今はホームレス、NYのビルの屋上にひっそり寝泊まりしている。

カメラマンでもあったらしく街で声をかけ、撮る。
それを雑誌に売り、少し稼いでいる。

95年から8年住んでいたNY、家賃は300ドル。
その前を歩く。

ジム?これは無料の?ロッカーにカメラ、PC系、服など、いっぱいつめてある。
服は安い物、とてもホームレスには見えない。

公園などで、身なりをととのえる。
ひげをそり、服もきっちり。

一時、リオデジャネイロに行ったが、NYに戻ったよう。

脇、ちょい役で映画にもたまに出ている。

ジャズが流れる。

NYの寒い夜、3年、古いビルの屋上で生活している。

屋上でも、簡単には見えないところに、
シート、寝袋などをしき
寝ている。

良く凍えないな~
まだ若いから大丈夫、といっても中年。

自殺寸前にまで気持ちが追い込まれた時期がある。
屋上生活も長くなっている。

他に行き場はないのか~?

母の家はあり、たまに帰省すると御馳走を食べさせてくれる。

少しは稼ぎもあるので、普通にピザ、コーヒーなどを買っているが、
食事は少な目。

タバコも吸っている。
痩せてはいない。

ユースホステルで生活したが最悪だった。
なぜかは語らない。

NY、日本のようにネットカフェもなく気候も寒い。

家を借りるほどのお金は到底ない。


みた感じは、誰もホームレスとは信じられないほど、普通。

最後に、これを見ている人へメッセージ。

5ドルでも寄付してほしい。

ムーディな音楽とともに、マークがなぜ、この生活を選んでいるのか?
過去のプライドから?

そのあたりの全く語りはない。

他に仕事を探せるとは思うが、いまだに業界にこだわっているようで
パーティに出たりもしている。

どうなるのかな~

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長すぎた入院 精神医療 知られざる実態

2018-11-22 | ドキュメンタリー NNN、72時間、Nスぺ、ガイア、BS世界の~など
ETV、アンコール再放映。
H30年、文化芸術祭参加作品。

重いテーマを淡々と、医師、患者たちの言葉と事実だけを描いていた。

福島第一原発の近くには5つの精神科病院がある。

5キロ圏内。
311で、多数の精神疾患患者は退避させられた。

他の病院へ転院したり、退院したりした。

これは原発事故で、唯一良かったことではないかと感じた。

Tさん。66歳、40年近く入院していた。
統合失調症。

退院でき現在は群馬で一人くらしをしている。
障害年金9万くらいで。

病気には見えない。
明るく普通の生活をしっかりしている。

初めは、40年の空白を埋めるため、切符の買い方などリハビリをした。
それも覚え自立している。
立派だ。

ある医師の言葉。311の転院で、実態が見えた。

40人いればうち38人は入院は必要ない人。

精神科医療の犠牲者、もっと言えば日本の犠牲者といえると語った。

これは、日本の精神科医療はとても遅れていて、いまだに誤解偏見も多い事とつながる。

Tさんは長く一緒にいた、86歳親友に会いに行く。
養護施設に入っていた。

Tさんは、今の暮らしの自由さを話した。

もっと若い頃に出られれば、結婚もでき、家族もできたかもしれないと。
事故がなければ、元のまま一生入院だったかもしれない。

この5つの病院から千人、県外へ出た。

その病院で診断し、退院可能か診る。
50年入院など、半数が25年以上の入院だった。

地方、田舎だからよけいに偏見が多いのか、驚く。

最近も大阪か?で監禁状態にしていた親が逮捕された。
今でもある。

転院先である、福島の矢吹病院の医師は語る。
9割は入院は必要ない。

精神科病院大国日本。
世界の病床の2割が日本!!

先進国は平均28日で退院、日本は270日、約10倍。

5年以上は10万人、

国連、から何度もこの実態に警告を受けている。

政府は手をうたない。
唖然としかいいようがない。

精神病院の戦後の歴史、51年に隔離収容政策がとられた。

55年にライシャワー大使の襲撃事件が起き、患者を危険だと判断した。

精神科へ入院させ患者を増やし、収入が増える方向へ日本は行ったが、

海外ではこの時点で逆へ向かう。

日本は世界一の患者入院となった。

国は邪魔者とみなし、収容所化をよしとした。

精神疾患ではない知的障害の方も入っていた。

4人に1人が知的障害で治療を必要ではなかった現実。

ある女性が出る。

知的障害が少しある。

退院したいと思っている。

昔、夫が子供に暴力をふるったとき、彼女も一緒に精神病院へ入れられ、
長く入っている。

初めに書いたTさん。

福島出身だったと思う。

高卒で東京へ出て仕事についた。

慣れない東京で妄想が出て、統合失調症と診断。
5年診た医師がでる。

40年近く退院不可だったのは?なぜか。

過去のカルテをTさんは手に入れ、読む。

Tさんの父は退院はダメ、とそっけなかったようだ。

1962年、やっと精神障碍者のグループホームを建てる案も出たが

周辺が反対する。

これは今でもある。

退院しても受け入れ先がなかったという現実がたちはだかる。

今も日本は1年以上の入院が18万人、5年は10万と世界的にみて

とても多い。

イタリアでは閉鎖病棟をなくしたと思う。

すべて解放病棟にした。

日本、これを見て、100年くらい遅れている?

政府はやる気もない。

閉鎖精神病棟へは40代の頃、わけがあり何回か、
入ったことがあり、当時、有名大学病院でも、患者により拘束が行われていたことを
思い出しながら見た、ドキュメントとなった。

相模原のような事件が起こることが、それを表している。
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