銀の人魚の海

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福島モノローグ 2011~2024 NHKスペシャル

2024-05-15 | ドキュメンタリー NNN、Nスぺ、ガイア、BS世界のドキュメンタリー~など

良いドキュメントだった。制作、NHKエデュケーショナル。

ディレクター女性。カメラ、音楽もよかった。

福島、富岡町に住む、M氏現在64歳。

爆発後、20キロ圏内は避難指示が出て、入れなくなった。

多分父母と3人暮らし。彼は一人、家に残った。

父母は避難先で亡くなる。帰りたいと言ったがかなわなかった。

「高卒後、福島原発の建設ブーム。給料は東電単価で高い。

出稼ぎなしですんだ。だから皆働いた。

おらにも責任はある。原発を作ったんだという。

爆発は東電の責任だが。

納得できない保証金は受け取らず、寄付、貯金でここから

出ず暮らしている。国への抵抗、国の不始末の生き残りだ」

世界にも彼の行動が発信、仏などの新聞、雑誌に写真が掲載、

「福島のサムライ」とあった。

彼の信念が強く出たドキュメント、考えさせられた。

方言なので字幕いり。一人で自身、光景をカメラで撮影のシーンもある。

初めは1週間で終わると思った。

犬ねこ牛、350匹以上を助けた。

犬を置いて逃げられなかった。

餌がなくあばらの犬、鶏舎ごとニワトリ全て餓死。

一人で惨状、悲惨な光景を多数みた。

道に死んでいる動物。犬、ねこ、牛、ダチョウなどを埋めた。

牛を助け飼ってきた。17年9割が解除され人が戻った。

高齢者、若い家族も少しいる。

政府は田を除染というが、掘ると石ころが出てくる。

これで除染かよ~~100年かけて開墾した田。

新潟からの開拓民だった。農業、畜産でがんばって生きた。

ヤマ、と言うロバはペットで、最後まで牛と一緒にいたが

ヤマも死んだ。

17年町は解除された。新年に決意。

また米を作る!初日の出を見ながら一人でがんばると誓う。

作業員は岡山、茨城県からもきている。

町が死んでいる感じ。人をみない。

田畑の多くは農業をやめ、メガソーラーが設置されている。

M氏、昔は小学校700人。もう思い出せない。

無農薬で米を作る。石ころを除き、稲を植える。

稲は見事に育ち、90歳の男性に、よくやったといわれる。

一人では食べきれない。10表はあるか・・

普通の食事はご飯と梅干、塩をかけ質素。

できたコメを近くの帰還した家に配る。

家は平屋、しっかりと建っている。

放射能さえなければ、普通の光景。

昔は31日に早朝から餅つきをみなでした。

大正時代の脱穀機を出し、修理して使用。

23年1月、もち米ができ、餅つきを久しぶりに

おばさんのような女性と一緒。M氏、嬉しそう。

震災後初めて赤飯をたき、90歳の家に餅と配る。

「のどにつまらせないように」

13年経過、3月11日、富岡町広報のお知らせが流れる。

黙祷。14時46分。

M氏「九州、能登地震があり、明日は我が身の日本。

私もかわった、立ち向かい生きていかないと。

一人で生きていく。ここで」

ラストは夜の桜並木を歩く姿。

~力強い心、ずっと独身か?震災時、50代だったので身体も丈夫。

何でもこなすスキルがあった。

私も東日本大震災から、考え方は変わった。

お元気で、帰還した人たちと

故郷でゆったり過ごすといい。

政府に対する思いも語る。静かなドキュメントだった。

 

 

 

 



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