真佐美 ジュン

昭和40年代、手塚治虫先生との思い出「http://mcsammy.fc2web.com」の制作メモ&「日々の日誌」

10月13日

2010年10月13日 10時26分47秒 | Weblog
8,568位 / 1,478,393
昨日の歩数:8000歩
起床時間 :6時50分
血圧   :113    70
脈拍   :58
体温   :35.4℃
体重   :67.2㎏

八千歩丁度とは驚き、ぴったりちょうどと言うのは、初めてではないかな。
7時15分歯磨きに降りて行く、妻はすでに洗濯を終え、顔の手入れ。タオルを忘れたのですぐに部屋に上がる。7時30分テレビを見る、血圧と体温の測定。
8時下に降りて行き顔を洗い体重を測る。妻は天気を心配して洗濯物を干して行こうかどうかと、心配している。8枚切り、最後の一枚、でもすでに次のを買ってくれてあった。
袋から取り出すと、どう言う訳かパンが二つに割れていた。それをトーストしていつものようにチーズとハムを載せ妻がレタスをくれて、トマトジュースで朝食を済ませる。
部屋に戻っている8時35分妻が出かけて行くのを窓から見送る。
9時35分には外に出て長男が出かけて行くのを見送る。
10時パソコンの電源を入れる。
ブログ昨日の校正10時25分日差しが窓から射してい来る。天気予報では曇のままだがありがたいしもったいないので、下に行き台所に干してある洗濯物を2往復して2階のベランダ物干し竿に吊るす。
10時28分岡部先生から携帯にメールが届く。今日の確認で池袋西口芸術劇場5階6時半受付。
携帯のメールを打つのが苦手なので了解しました。とに次回返事を打った。
 ここでまたミス。別のウインドーを開こうと、左端の「あなたのブログを見る。」を利用して新たなウインドーを開こうとして、目が悪いのでよく確認すればよいのに一番上をクリックしてしまう。そこは「新規投稿」でいつまで待ってもページが出ない、しばらくしてまたミスをしたことに気が付く。
そうしてまた同じ文章を書きなおすのだが、逃がした魚で、どう考えたって前書いた文章のほうが、味があってよかったと思うのである。
そしてその時には、何を検索するため新たなページを開こうとしていたのか、と言う事さえ忘れてしまって、思い出せないのである。
 14時昼食
16時45分家を出る。
17時07分岡部先生からメールが来て芸術座通用口へ6時までに来れないかと。
もうすぐひばりが丘駅大丈夫と思う、と歩きながら時間がかかってのメールの返事を出す。
ひばりが丘駅17時20分の池袋行急行に乗る。
池袋地下通路から芸術座近くに出て通用口に17時50分に着く。55分着いたよとメールを打つと向こうから岡部先生が見える。
18時30分手プロ松谷社長がお見えになる。
ナンバーが64XXなのですぐにわかる。
挨拶をする、私がいるとやりずらいなどと言っていたがとても参考になるのでぜひお聞かせくださいと言う。岡部さんの待ち人がまだなので外で待っているそこへまた松谷社長が出てきて一服。平田先生のことを尋ねると、元気にしていたとの事。悪いうわさを聞いていたので心配していたのだと伝える。
岡部先生と控室に行く、東京芸術劇場名誉館長の小田島雄志先生に紹介される。
財団法人としま未来文化財団の常務理事大沼事務局長、猪飼文化課長、タウンデザインセクション鈴木さん、大勢のスタッフの方々に挨拶をする。
 松谷社長と同席させていただき申し訳ない気分。
6時半から受け付けが始待っていて会場の様子を少し見てくると言うのでそのあとについていき7時15分前なので岡部先生とそのまま会場の席に座る。
としま文化フォーラム第2期2010年度第1回の講師が松谷孝征手プロ社長。
20時30分までの講演であったがとても良いものであった。となりの若い女性など熱心にノートを取っていた。控室に行き皆さんとお話し。
松谷社長のお帰りを一緒にお見送りして岡部先生とびっくりガード先の喫茶店に入り、今後のお話を伺う。協力できることはさせていただくと約束して22時別れ南口から西武線駅へ行く。22時05分初の飯能行急行、何とか座れ、ひばりが丘駅へ25分着く。疲れているので東久留米駅へ行こうととなりの電車に乗る。乗ってきた電車がなかなか出発しない。急行が出て行かなければこちらの電車も走らない3分ぐらい遅れて出発。そのあとだから5分遅れ。
東久留米駅から、伝統でも買っていこうかとやまざきへ寄る。30%引きにしかなっていない。
今は何時までやっているのだろうか。外に出ると前がすきや、そこなら250円しかし道路を渡るのが面倒。ヨーカドーめ閉まっている。道路を渡るのが面倒と思っていたくせにヨーカドーは道路の向こう、そんな考えをすることがおかしい。どうせ買うつもりはなかったのでしょう。もう一人の私がからかう。変えれば何か作ってくれているかも。
六仙公園から家の角を曲がり家に戻る。長男のバイクがないのでやはり遅くなるのだ。
急ぎ足だったので汗をかき始め、裸になる。おかずがシシャモとおでん、それで食べておく。「お風呂に入ったら」と妻が言い終わらないうち、長男が帰ってくる。
「風呂先にするかい」と言うと、入るっという。じゃあ部屋に行っている。」と言って2階に上がろうとすると「まだだったんだ」。
裸でいたものだから風呂から上がったものだと思ったのだ。
長男は食事を自分の部屋で取る。妻が支度してあげている。長男が上がってきて「でたよ」と言う。そこで風呂に入った。
部屋に戻るとすぐに眠くなる。疲れているのだろう、それに寝不足気味。
 しかしテレビをつけたのが悪かった。チリ、救助、実況中継。
思い返すもわれわれ世代は事件の実況中継に弱い。
あさま山荘事件の時だってずーとテレビにくぎ付けだったではないか。
で、ず~とみていた。
コメント
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