現状では皆さん、BHを黒体として扱い、Stefan-Boltzmann の法則より温度T,半径r の物体が単位時間あたりに放つエネルギーE を
E=pi^2*kb^4*T^4*4*pi*4*G^2*M^2/(60*h^3*C^6)
となる事を使って計算されています。
(但し上記式には黒体半径にあたるホライズン半径RGはRG=2*G*M/C^2をすでに代入してあります。)
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この式詳細については「Hawking 輻射とブラックホールの蒸発」山内さんを参照ねがいます。
この式を元にしてE=M*C^2を使ってBHの質量の減り方を計算し、元々あったBH質量Moがゼロになるまでの時間を求めて、「それがこのBHがホーキング放射により蒸発するまでの寿命である」と主張されています。
そうして、このやり方がどうやら一般的に認められている方法の様です。
但し、このやり方の前提となっている事については皆さん、あまり考察をされていない様です。
なるほど、BHを遠くから眺めていればホーキングさんが言う様に「黒体輻射スペクトルと似たエネルギー放射」が観測され、そうであればこのBHを黒体として扱う、と言うやり方は一見妥当の様に見えます。
しかしながらホーキング放射は仮想粒子がBHに飛び込む、BHと仮想粒子の衝突とその仮想粒子のBHによる吸収というプロセスの結果、生じてくるものであります。
そうでありますから、この相互作用プロセスでは当然のことながら、エネルギー保存則、そうして運動量保存則が満足されなくてはいけない、という指摘はすでに行ってきたとおりです。
さてそれで、ここではひとまずは運動量保存則の事は置いておきましょう。
そうして以下の話はBHの寿命推定で皆さんがつかっているロジック、それはエネルギー保存則でありますが、その考え方にそって見ていきます。
さてはじめに、この場合の基本の一つ目は「BHは黒体と見なせる。したがってStefan-Boltzmann の法則をそのまま適用できる。」という主張です。
それから二つ目が「BHから放出(されている様に見える)のエネルギーは連続的であって、時間やエネルギー量をいくらでも小さく微調整が出来る」という主張になります。
つまりこれは「BH寿命推定は古典論近似でよい」という主張です。
その事によってプランクスケールにまで至ったBHの質量をちょうどゼロにできる様に、最後にこのBHに飛び込む仮想粒子のエネルギーを調整できる、と、そのように主張している事になります。
しかしながら、最後の最後にこのプランクスケールのBHに飛び込む仮想粒子のエネルギーを「誰が一体そのように微調整する」のでありましょうか?
ホーキングさんによれば「ホーキング放射は完全にランダムである」との事です。
従って、最後の最後にこのプランクスケールBHに飛び込む事になる仮想粒子のエネルギーが、このBHの質量と丁度釣り合う、などと言う事は、量子論の常識からすると、まずあり得ない事になります。
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2番目の指摘事項が先行してしまいましたが、御容赦ねがいます。
さて、最初の指摘事項についてですが、「4・不確定性原理と仮想粒子の対生成」と「5・プランクスケールBHの最終形態」で述べたように「対生成した仮想粒子の持っているエネルギーによって、その粒子の存在時間が規定される」と言うのが不確定性原理からの要請でした。
低いエネルギーの粒子は存在時間が長く、つまりホライズンのかなり上の方で発生してもホライズンに到達できますが、エネルギーの高い粒子はそうはいかない、ということです。
それはつまり「よりホライズンに近い所で発生する必要がある」と言う事です。
さてこの事は、BHの質量が減少し、それによりBHの温度が上昇し、発生する仮想粒子一つ当たりのエネルギーが高くなるのですが、それに従って、よりホライズンに近い所で発生した仮想粒子しかホライズンに到達できなくなる、と言う事でもあります。(注1)
それはエネルギーを放出できる真空層の厚さが、BHの温度が上がるに従って薄くなるという事でもあり、ここが従来の黒体放射とは異なる点になります。
そしてこれは一般の黒体輻射では考える必要のない事であります。
一般の黒体はその表面で放射がおこり、その状況は温度によって左右される事はない、というのが前提であります。
そうでありますから、Stefan-Boltzmann の法則はそのような、温度依存でエネルギーを放出する層の厚さが変化する、というような要因を含んでは定式化されていません。
さて次に概算ではありますが、上記効果がどれほどになっているか、見ていきます。
従来、宇宙年齢で今頃蒸発する、とされているBHの質量は質量M(=1.73*10^11)Kgと計算されています。
このBHの単位時間当たり放出するエネルギーEをStefan-Boltzmann則に従って求めますと1.17*10^10(J)となります。
このBHの典型的な放出ニュートリノの一個当たりの全エネルギーは質量換算で5.41*10^-28(Kg)になり、3.25*10^-15(m)がホライズンへの到達限界距離となります。
これがホークング放射をしながら質量を減らし、プランク質量に至った時の放出エネルギーを同様にして求めますと7.40*10^47(J)となります。
但しその時に放出されるニュートリで一番数がおおいものの一個当たりの質量換算での全エネルギーは4.32*10^-9(Kg)で、0.81*10^-34(m)がホライズンへの到達限界距離となります。
そして7.40*10^47(J)はスタート時のBHの放射エネルギーの6.32*10^37倍であり、ホライズンへの到達限界距離の変化を考慮しない、こうした計算結果に基づいて皆さん「BHの最後は爆発で終わる。」と言われるのでした。
しかしながら、上記で述べましたような「ホライズンへの到達限界距離の変化ーー>エネルギー放出層の厚さの変化」と言うものを考慮にいれますとこの比率は随分と下がり1.57*10^18倍になる事が分かります。
実に19ケタも小さくなるのです。
そうしてプランク質量のBHの単位時間当たりの放出エネルギーは「エネルギー放出層の厚さの変化」と言うものを考慮にいれますと7.40*10^47(J)から1.84*10^28(J)と変わります。
これは、確かにBHの質量が減るにしたがって放出エネルギーは増加しますが、それは爆発的ではなくなる、ということであります。
つまりはBH消滅に伴うガンマー線バーストなどという現象は起こらない可能性が大である、と言う事にもなります。
そしてその結果は、従来言われている寿命よりも随分とBHの寿命は延びる事になる、そう言う事になりそうです。
結論
さてそう言う訳で、以上の様な要因を考慮に入れたBHの寿命計算が必要であります。
特に100gr以下の質量に至ったBHのホーキング放射を求めるには、放射が離散的、確率的に起こる事を計算に反映させる為に数値計算によるシミュレーションが欠かせない様に思われます。
注1
実はこの事はホーキング放射のエネルギースペクトルが黒体輻射スペクトルからずれてくる、と言う事を示している可能性があります。
ある温度をBHが持った時に、それに一致した黒体輻射スペクトルで仮想粒子は対生成するのですが、エネルギーの高い粒子がBHに到達できる可能性が、エネルギーの低い方の粒子がBHに到達できる可能性よりも低くなる事が予想されるからであります。
そうなりますと、高エネネルギー側のスペクトルが低く抑えられる、というような事が起こりそうです。
その様な事もあり、代数的にBHの寿命を推定するというのは難しく、数値計算によるシミュレーションを回すのが妥当の様に思われます。
注2
ホーキング放射で放出されるエネルギーの上限はどうやらプランク質量をE=M*C^2で換算した値になる様です。
これは存在する光子1つが持ちうるエネルギーの最大値でもあります。<--リンク
他方でBHの温度は温度T=0.1227*10^(+24)/Mで計算され、BHの質量の減少につれていくらでも上昇が可能です。
そうして、ホーキングさんによれば「BHはその温度に応じた黒体放射スペクトルで放射を出す」との事ですが、放射される光子の上限振動数がプランク質量により制限を受ける為、それ以上の振動数は取る事ができず、高周波側がカットされる事になります。
つまりBHが小さくなると、あるいは消滅の直前まで行くとホーキング放射はもはや黒体放射スペクトルではなくなる、という事になりそうです。
追記(21/3/2):ホーキング放射計算機
寿命式の算出も載っています。そうして、こちらの導出の方が正確の様です。(山内さん紹介の導出手順にはちょっとしたタイプミスがある様です。)
以上の内容についてのコメント、ご感想などは
・不確定性原理と仮想粒子の対生成までお願いします。<--リンク
http://archive.fo/EGLgS
http://archive.fo/ZsG5s
http://archive.fo/X8zgq