マヨの備忘録・・・マヨのぼやきから

いろいろあったな・・・真実を知りたい!この一心で始めたブログだったが、知れば知るほど世の中の闇は深くなるばかり・・・。

まっすぐな見識とは

2009-02-08 06:42:39 | 古代史

最近読んでいる本、というより研究している本は森安孝夫氏の「シルクロードと唐帝国」で、これは講談社の「興亡の世界史シリーズ」第5巻であります。一般の歴史読本とは次元が違い学術書に近く、読むというより学ぶ本なのだ。この先生は先日楽しませてもらった杉山正明氏と同じく、中央ユーラシア中心史学とも言うべき東洋史学の分野に属するようだ。

学問は何でも色分けしないと気がすまない縦割り社会だが、さすがに日本史を語る人とはスケールが違う。日本の歴史を日本の中だけで完結させ、アジアの隅っこで一人、外からの影響を受けず、日本民族は世界でも唯一の単一民族である、なんて真剣な顔をして主張する学者って、本当に脳みそあるのかしら、って話だ。

それはともかくとして、私がこの先生を信じようと思ったのはその見識である。前半に次のような文章が書いてあった。

「日本の平和憲法は確かにアメリカの都合で作られた。しかしそこには人類の理想がある。私とてアメリカ・ロシアの軍事力や中国・朝鮮の核武装を含む軍備増強には脅威を覚えている。しかしだからといって防衛という名で「戦争のできる普通の国」を目指すというのでは、人類史を後ろ向きに歩むだけである。沖縄や広島・長崎を思い、平和憲法に共感を抱く人々を「平和ボケ」と揶揄しているのは、もはや自分や家族が徴兵制に引っかかる恐れがない地位を築いたか、軍需産業によって大きな儲けが期待できる人々である。防衛だろうが侵略だろうが戦争は経済行為なのであり、結局は「お金儲けのどこが悪いんですか」とうそぶく資本主義の申し子的連中が戦争をしたがるのである。そういう輩が口にする「国益」「国際貢献」とか「国家の品格」などという言葉ほどいかがわしいものはない。」

この文は本の比較的はじめのほうに書かれていたため、これを読んで以降、この先生の言う事なら信じてもよいのかな?と思ってしまった。西尾幹二氏の「国民の歴史」というブックオフで大量に売られている本は、「戦争は犯罪ではない」という視点から、日本の第二次大戦を正当化しようというまったく不見識な立場で書かれているが、歴史を歪曲し、金のためなら真実も曲げましょうという歴史を学ぶ資格のないひとだ。金のために人を殺したら死刑である。今はそうなっている。しかし、金のために真実を曲げるのは許されるのか、しかも税金で雇われた学者にそれが多いのだ。殺人を犯した人を、「罪を憎んで人を憎まず」と許す文化が日本にはあった。しかし、「学問」という名で国家殺人を容認するのは決して許される事ではない。

そんな人の書く本など一文の価値もない。さすがブックオフで山積みされるはずである。

歴史を学ぶ事は現代を学ぶ事と同じである。正しい認識を持たない人は歴史を正しく学んでいない人である。