マヨの備忘録・・・マヨのぼやきから

いろいろあったな・・・真実を知りたい!この一心で始めたブログだったが、知れば知るほど世の中の闇は深くなるばかり・・・。

ダボス会議でなにするの?

2009-01-31 13:24:54 | ぼやき

ダボス会議というのがスイスで開催されている。この会議こそ、今年一年のすべてを決める会議といわれている。麻生さんも国会が終わるや、大至急、現地へ向かったと思われる。

何が行なわれるのか、我々一般人には知るよしもなく、それを知るのは内部にいたものだけであろう。もちろん国際会議である以上、内容は知らされるだろうが、重要な事は表に出ないところで行なわれるから、わかるはずがない。では、麻生さんも世界の支配者の一員として会議に出席するのかといえば、それはない。あくまで支配者の下僕として同行したまでで、はるか上級のいわゆる「神様」にお目通りがかなうはずがない。

一種の命令書が手渡され、日本の今年の為すべき事が提示されるのであろう。すべての下僕達は別々に命令を受け、総合的に何が始まるのかはまったくわからない。終わった後になって、ああそういう事だったのかと知る事であろう。

世界恐慌がどのように始まるのか、あるいはすでに開始されているのか、参加者は知らない。ただ、命令に従うのみである。我々国民はもっとわからない。神様の思し召しのままである。

例えば日本の一流企業の決算予想が毎日発表される。何千億円の赤字を予定していると話す社長に経営責任を痛感している様子は伺えない。どうしてなんだろう。あの、山一證券は3500億の赤字で倒産の憂き目にあったのだ。たったの3500億でだ。4000億以上の赤字を予定する野村證券の役員には、経営責任はないのか。ないようだ。まるで他人事のように発表される決算予測は、彼等に実感がない。つまり、最初から結論ありきのようだ。即ち、経営努力の問題ではなく、赤字を出せといわれたから出すのであり、出すなといわれれば、出さない類のものなのだろう。どうなる日本?いままで苦境に立たされていた中小・零細企業は今年が正念場だろう。

実体経済に影響が出だすにはもう少し時間がかかる。覚悟を決めましょう。

頑張りましょう。


パルティア日本法人

2009-01-30 09:51:54 | 古代史

昨日は鮮卑、拓跋族の研究成果を発表しました。本日は現在のイラン近辺にあり、その後消滅したパルティアのことについて少し発表します。

このパルティアは中国表記では安息国と呼ばれ、漢時代には遼東方面に移住したといわれている。さて、この安息氏と思われる人物が登場するのは好太王のときである。

『梁書』高句麗伝

 396年、慕容垂が死に、子の宝が立つ。句驪王の安を平州牧に任じ、遼東と帯方の二國王に封じた。安は、司馬、参軍官を置いた。その後、遼東郡を略取した

詳しくは略すが、このとき高句麗は鮮卑、慕容氏の傀儡であった。この安氏こそスキタイ王なのである。中国史にも登場する安羅国とは、この安息氏の国に違いない。慕容氏は高句麗王に安羅王を指名し、広開土王とも言われるが、倭、百済、新羅の攻撃を防ぎ、高句麗最盛期を築き上げた。私の想像では、彼は応神天皇として九州へ攻め入り、宇佐で秦氏と同盟する。その後、近畿地方まで攻め入り、飛鳥に本拠を構えた。そのとき移住した王族が後の王仁(わに)一族であろう。飛鳥は安氏の住むところで「あすか」である。彼等の東征が神武東征の実態と考えている。

その当時、近畿地方を占有していたのが海部一族、即ち敦賀から上陸し、伊勢王国を作っていた一族で、やはり安羅国から来た古代イスラエル部族であった。彼等は応神天皇と同族だ、つまり、ニギハヤヒなのである。応神天皇は奈良に入り、ニギハヤヒの末裔、ウマシマジと対面する。ウマシマジは屈服し政権を譲る。ウマシマジは伊勢の斎宮に王朝を構え、応神と協調路線をとる。このとき逃亡したナガスネヒコが青森に逃げたという説もある。私見では、猿田彦はナガスネ彦ではないだろうかと思っている。

彼等は旧支配者の一員として、天武朝後も生き残り、その姫が安宿姫、藤原光明子である。つまり、藤原仲麻呂家は鮮卑、慕容氏系のスキタイ族であった。

唐の時代、やはり安息氏系の一族が唐に反乱を起こす。これが安禄山の乱という。これに呼応する形で、渤海は日本と示しあい、新羅を挟み撃ちにしようと試みる。このときすでに光明子は亡く、吉備氏、弓削氏らにより仲麻呂は亡ぼされ、鮮卑、慕容氏は日本での地位を失ったと考えられる。これ以後、日本と渤海の関係は文化的な方面に限定され、軍事的な同盟関係は失われた。つまり、これから推察するに、渤海の支配層は鮮卑、慕容氏と考えてもよいのではないだろうか。もちろんまだまだ確定するべきではないが。

このように、安羅国は相当大きな勢力を持っていたと考えられるが、韓国の歴史書では相当矮小化されており、到底納得できない。おそらく通常の歴史解説書における百済国がそれに相当すると考えても間違いはないと思っている。なぜなら百済王といわれる武寧王の古墳はスキタイ形式であるし、南部方面には前方後円墳が多く見られる。いずれこのあたりも解明しなければならない。


元と源は同源?

2009-01-29 09:02:28 | 古代史

私の研究テーマは多い。ひとつに絞らず、いろいろな方面から仮説を証明してゆくことが求められている。そのなかでも、ジンギスカンが義経であるという証明は非常に困難である。

なぜなら、関係するすべての人たち、つまり、ジンギスカン本人ですら、その出自を隠そうとしていたからだ。しかし、日本人の武将がたまたま満州へ渡り、偶然大活躍をして、大モンゴル帝国を築いたと考えるのは漫画でしかあり得ない。それには奥州藤原三代が、なぜあれほど繁栄していたのか。そして、なぜ金を多く保有していたのか。どうして藤原の姓を名乗る事ができたのか、などを検討しなければならない。

昨日述べた中に、藤原氏は鮮卑族ではないだろうかという仮説を提示した。鮮卑だとすれば、北魏、渤海などのころ、アムール河を下り、ハバロフスクからサハリン経由で青森までたどり着くことは、韓半島から対馬を経由するより、はるかに安全で早く到着できたであろう。

つまり、古代において、大陸と列島のメインルートはこちらであった。これは栗本氏の特に強調しているところである。

北魏の王家、拓跋氏は自分の身内を貴族とし、他の鮮卑族と区別するため元氏を名乗った。これは拓跋氏が中華思想に染まってきた証拠に他ならない。ここで重要な事がわかった。その拓跋氏の所へ、禿髪(とくはつ)氏が河西王国がつぶれたために逃げ込んできた。もともと同族であった北魏の王は彼等を歓迎し、「源」と名乗ることを許した。王、大武帝は彼に「そちたちは、朕と源を同じくする。事に因りて姓を分かつ。今は源氏と為すべし。」と述べたという。つまり、元と源は同族としたのだ。

源頼朝は伊豆に流され、平家に監視されていた時、北条家は彼を貴種だと認めたからこそ危険を顧みず、自分の娘、北条正子を嫁にやったのだ。つまり、源頼朝は坂東武者達には貴種中の貴種だったのである。彼の父親は八幡太郎義家、その兄弟には高麗次郎義網、三男に新羅太郎義光というのがいる。その名前で出身地が判明するはずもない。つまり、韓半島を代表する家系なのである。

義経が頼朝の兄弟という証拠はどこにもない。頼朝がそれを認めただけの事である。歴史小説と歴史とは違う。ただ、頼朝は奥州から下ってきた義経を利用しようとしたに違いない。

ちょっと話がそれるが、義経がは鞍馬寺に預けられ、修行を積んだことはおそらく事実だろう。この鞍馬寺は天狗で有名だが、この天狗はいうまでもなく突厥の王、テングリ・カカンから来ている。つまり、鞍馬寺は突厥の在日大使館だったのだ。なぜ清盛がそこへ預けたのかは謎である。

北魏王家の血を引く若武者を、突厥のエージェントたる鞍馬天狗が教育し、日本を去るときに、突厥の身元保証書を発行し、さらに大金持ちの鮮卑王の家系、藤原氏がそれを裏書すれば、蒙古の地においてもそれは貴種であったはずだ。彼、義経は大陸の支配者に気に入られ、大モンゴル帝国の表の顔として指名され、君臨したのである。彼も大きな組織の傀儡だったのではないか、と言うのが私の解釈である。

以前にも述べたが、彼は日本において北条氏が源家を絶滅させたことを知っていた。きっとすぐにでも日本へ攻め入り、北条氏を亡ぼしたかったに違いない。その遺志を継いだのがフビライで、彼はおそらく北条氏の首を差し出せと要求したはずだ。びびった北条氏は、思わず使者を切り捨ててしまった。いくらなんでもこれでは戦争は避けられまい。困った北条氏は、傀儡である天皇家に泣きついた。元寇は神風が吹いたといわれるが、そうではあるまい。

元に命令された高麗には、同族の日本と戦う気がなかったのだろう。彼等、高麗軍は日本へ上陸すると全員が逃亡したと言われている。真実はいかに?

さて、義経の姓は源氏であり、見事大帝国を築いた時、その国の名を元とすることは、まことに当を得た事だったと言えまいか。どうです、姫?


民族とはなんだろう

2009-01-28 09:46:49 | 古代史

国家とは、民族とはなんだろうか。日本のような国は、民族と国家がイコールと考えやすいため、日本人の国家論は世界的に見て極端にならざるを得ないのではないだろうか。

例えばモンゴル人というのは、モンゴル帝国ができた時、その地域にいた人がモンゴル人呼ばれたとしよう、しかし、大モンゴル帝国は、東は韓半島から西はカスピ海まで支配下に置いている。つまり、ユーラシア大半がモンゴル人になったことになる。その一角が崩れ、新しい国ができた時、新しい国ができたとするなら、原住民はモンゴル人でその日から別の民族になるのか。

日本人単一民族説などというのは妄想であり、まったく虚構でしかない。ある時点で、日本が成立した時に日本民族が誕生したのであり、それ以外に解釈の余地はない。しかるに、原住民はなんとするかといっても、日本人になりたくなかったら、逃げるか死ぬかしかないではないか。

私が大学卒業するころ、ソニーという会社は学歴を問わないといわれた。要は学閥がないということだ。しかし、現実には宴会ともなれば出身地を聞くだろうし、大学の話にもなろう。これを禁止する事自体がおかしいのであり、同じ大学の卒業生なら他の人間より多少親しみがわくのは避けがたいことだ。何もないより、多少でも相手と共通項があるほうが団結力も高まるに違いない。これは人間関係を築く上で格別非難する必要もあるまい。

つまり、民族とはそのようなもので、共通のアイデンティティーなのである。例えば新羅から来た人たちが同じに定住し、隣の百済と仲が悪くても、それはそのの団結を強化するための方便であり、実際にその人たちが交流し、先祖をたどれば案外と同じようなものだろう。

私は理科系人間だから、物理的に同じ民族だとする定義を教えて欲しい。が、おそらく不可能であろう。DNA鑑定をしたところで何の意味があろうか。結婚した相手の先祖を可能な限り調べ、古代にチベットで敵同士だったとして何がどう変わるというのだ。何%同じなら、同じ民族だという基準を作らねばなるまい。やれるものならやってほしい。

韓国の歴史ドラマを見ていて特にそう思う。彼らの考えている民族感はまったく間違っている。その考え方をしている人が真実の歴史を受け入れる事はおそらく不可能であろう。なんとなれば、歴史捏造のもっともひどいのは韓国であり、韓国人の思うところの民族というのはせいぜい李王朝成立以後のことである。それ以前の歴史は、おそらく知らないほうが平和なのだろう。

日本でもそうではないか?私もそう思う。ただし、韓国の人たちが「日本の文化は韓半島から持ち込んだものである。」という説には賛成できない。つまり、征服者としての部族は鮮卑であり、匈奴であり、スキタイであり、どちらにしても朝鮮人ではない。彼等が日本を征服し、偽装国家日本を作り上げた時、職能集団として韓半島から強制連行させ、日本の各地に移住させたのだ。誰が原住民で、誰が朝鮮人か?それはたいした問題ではないのだ、支配者はそのどちらでもないのだから。支配者は現地の王族や貴族は保護しただろうが、そのほかはすべて奴隷と同じである。あとは、誰がより昔からいたかどうかではないか?

私の考える日本の支配者はもちろん顔が見えない、ただし、便宜上、百済王家がいたので、オバマ氏を大統領にしたが如く、桓武を天皇に仕立て上げ、その王妃には混乱が生じないため、藤原家という合成家系に限定した。経済は主に秦氏というおそらくヒッタイト人に丸投げし、自分たちは毎年家賃収入をもらったのだろう。もちろん、彼等支配者が日本にいるとは限らない。監視するための軍事組織は寺社に収容し、百済王家には自治権を認めたはずだ。これがフン族の作った日本の国体である。平安時代の枠組みはこんな感じであっただろう。しかし、権力は必ず腐敗する。そのため、たまに新しい支配者を指名し、構造改革をさせるのである。歴史に偶然は少ない。彼等は日本を遠隔操作しながら破壊しては創造し、あたかも歴史が偶然だったように見せるのである。どう?この考えおもしろくない?もちろん妄想であります。


同姓不婚はどこから?

2009-01-27 09:24:34 | 古代史

きのう北魏を中心に調べていたのだが、北魏の支配部族、拓跋氏というのは鮮卑の一部族で、鮮卑とは他にも慕容氏、宇文、段氏等多くの部族の連合体だった。匈奴の流れという考えも成り立つが、それを言い出すと蛮族はすべてが匈奴であり、モンゴル人であり、あるいはトルコ系になってしまう。おそらく記録がない以上、誰にも断定できない事なのだろう。

あくまで、匈奴と対抗した勢力としてとらえるべきと思うが、あえて考えを固定する必要もないし、固定してはいけないだろう。

さて、問題は昨日の考察で、北魏から唐に到るまですべて拓跋王朝であったと述べた。これは従来の教科書的歴史観とは相当に異なるものだが、このようなことで歴史の真実を追求するべきなのだ。従来の歴史をすべて疑う事でしか真実は見えてこない。「そんなばかな!」と否定する人たちはすでに歴史の罠に取り込まれていると思って欲しい。

しかるに、WIKIだと思ったが、拓跋氏の項目で、「姻戚は必ず外部のものと行うことを掟とし、同姓の結婚を固く禁じていた。」とある。これを見て驚いた。このような記述を他の部族で見たことがない。

ご承知のように、韓国では同姓同士の結婚はもっとも野蛮なものといわれ、今でも忌み嫌われているとか。もちろん聞きかじりだから現実はどのようなのか承知しないが、日本の天皇家が藤原家と何重にも婚姻を繰り返すのと比べ、根本的に違う思想を持つことがわかる。民間においては法律で規定されている以上、近親ではありえないが、同族ならひんぱんに起こり得ることで、特に野蛮だとは思わない。

さて、韓国における同姓不婚の歴史は調べようがないのでわからないのだが、ユダヤでは旧約聖書にもあるように、近親相姦は血がより濃くなることでいまでもひそかに行なわれる事があると聞く。

鹿島氏の本でかつて読んだなかに、山梨県のさるでは、自分の娘を父親が犯し、できた子供は戸籍上、「母親不詳」とするところがあったという。

おそらくこれらの件は民俗学の範疇なのだと思うが、これに関し何か参考になることを知ってみえる方がいたらぜひ教えていただきたい。

民族の血が薄くなるのを嫌う部族と、薄く広がるのを望む部族が存在するのはちょっとおもしろいではないか。さらに、韓国にその風習が残っているという事は、歴史には現れないが、韓国の支配した部族が実は拓跋族だった可能性も出てくるということだ。


どっちが蛮族?

2009-01-26 09:18:51 | 古代史

韓流大河ドラマ「テヨジョン(渤海建国の英雄)もいよいよ70話を越した。詳しい話は省くが、昨日見た場面で、主人公が突厥に応援を頼むところがあった。それがかわいそうなほど野蛮人に描かれている。思わず、「それはないだろう・・・。」と叫んでしまった。自分達高句麗は高等人種で、匈奴やモンゴル人を下に見る中華思想、これでは韓国人も考え方を改めないと、将来にわたって国際的に孤立する恐れがある。日本人にもアジア人を軽く見るところがあり、名声もあり地位もある人が些細なところでその差別意識を露呈し、がっかりする事がある。まず、自分達は何様であるかを考えた上で行動されたい。

さて、「遊牧民から見た世界史」を読んでいて、自分の不勉強を悟った。何もわかっていなかった。私は中国の歴史はほとんど無視し、朝鮮半島に的を絞って研究してきた。その都度、必要に応じて調べればよいと考えてきた。しかし、それでは中国史の罠にはまってしまうのだ。

唐の李世民は建国後まもなく中国史、特に「隋」そして「魏志」、「晋書」さらには「魏書」などの編集に取り掛かった。そして、「晋書」の中に特に「五胡十六国」の特集を組み、あたかも中国一体が大混乱に陥り、その混乱を収め天下を統一したのが隋で、さらにそれを受け継いだ正統な政権が唐だとした。中華思想というのはこの唐の時代に確立した。つまり、蛮族ではない、漢の歴史を引き継ぐ正統な中華国家が誕生したと高らかに宣言したのだ。

ところが、これが欺瞞であった。唐、隋ができる前には北周、北斉という国があった。それはその前の西魏、東魏の後継で、さらにその前は北魏であり、もっと前は代という国からスタートしている。つまり、代という鮮卑、拓跋族が起こした国が亡びることなく唐まで引き継がれているのだ。中国も韓国も鮮卑を蛮族としてはとらえていない。しかし、元をただせば鮮卑は東胡のわかれであり、字の如く胡である以上、蛮族に違いない。東胡はもともと何族かを判断する事自体無理があるが、おそらく古代イスラエル部族を含んだ西方ユーロ人と考える。つまり、中華思想からすれば間違いなく蛮族であるべきだ。

結局、唐の李世民は自分が鮮卑拓跋族の一員である事を隠し、自分たちこそ世界の中心であると宣言した。逆に言えば、自分の出自を隠すために歴史を作り直したという事になる。

もっというなら、この筆者杉山正明氏によると、漢自体も匈奴に攻められ、白登山で降伏し、匈奴に貢物を送り、婚姻関係を結ぶ事を強いられたとある。つまり、漢も匈奴の属国だったことになる。今述べたことを知らなかった私は歴史を語る資格はなかった。つまり、歴史は連続したものであり、ある一部分だけをとらえ、わかったようなことは言ってはならないのだ。

まことにつらい文章であるが、各国の歴史書には自国の歴史を正当化するための罠が随所に織り込まれている。それを探すのが楽しみでもあるが、多くの人がその罠に引っかかり、自分は高等人種であると思い込んでいる。知っている人がそれを見るとその人の頭の程度が知れるというものだ。気をつけましょう。


政治家の利用

2009-01-25 08:33:41 | ぼやき

実は先日、録画してあった「不撓不屈」というドラマを見て、その内容を絶賛するブログを書き、アップしたあと削除した。数時間は載せていたので見た人もあると思う。

TKCという会計会社の税務解釈をめぐり、会計士と税務当局の間の七年間の死闘を描いたもので、国家権力に対し民間人がいかに戦うことが困難なのかを思い知らされ、その中でこのTKCの社長が断固圧力にめげず最後には勝利を勝ち取ったのだ。税務当局の手口は卑劣で執念深い。最終的に勝利を得たのは、税務当局が脱税揉み消しをしている証拠をつかみ、社会党の議員が国会で追求した事からだった。社会党の当時の議員は名古屋の横山利明で、与党でこれを応援したのがなんと、渡辺ミッチーだった。

まあ、不屈の闘士の成功ドラマとしてなかなか見ごたえがあり、気持良かったのでついブログに書いた。しかし、少し引っかかるところがあり、すこし冷却期間をおくことにし、削除した。

というのは、後日談としてTKCは自民党と仲良くなってゆき、悪く言うなら権力に擦り寄っていくことになるからだ。結局権力者に逆らっては上手く世の中を生きていけないと悟ってしまう結末になる。

最終、一個人が国家権力に対峙したとき、政治家は本当に国民を助けてくれるだろうか。政治家は票につながると感じた時、あるいは与党を追い詰める案件だと思えば一生懸命やってくれるだろう。私も「ペットボトルのリサイクル率はごまかしではないか。」との意見を地元中区選出の民主党市議に申し出た事があるが、門前払いであった。彼が認識不足なのか、彼もそのクリーンビジネスの一員なのかを承知しないが、おそらく名古屋のタブーに触れたのであろう。

世の中の矛盾が国会で審議されることなど氷山の一角だろう。そのたまたま取り上げられた一つのエピソードをもって、日本はやはり民主国家なのだと考えたとするなら、これはとんでもない誤解を招く迷惑ドラマではないか。そんな事を考えてしまい、とりあえず削除したのだった。

ドラマとして考えるなら、水戸黄門のように最後に正義が勝ち、悪徳代官が負ければ気持がいいが、この日本でそのようなことがほとんど起こらないのは皆さんがご承知の通りである。


不動産ファンドの終焉

2009-01-24 10:27:36 | ぼやき

昨日、ある不動産屋さんが挨拶に来た。会社の近所にさる大手の商社がオフィスビルを建てるのでその説明に来たようである。彼は用地買収や近隣の説明などを受け持ったらしい、話は新鮮でとても興味深いものだった。

私のカフェの近辺は小泉改革のおかげで構造改革の真っ最中だ。多くの企業が倒産し、ビルを取り壊し、マンションやオフィスビルの建設もすすんでいる。しかし、おおむね東京資本が多いため見通しを誤るケースが多いようだ。

例えば、都心のマンションは東京では人気があり、当然名古屋でもいけると踏んだのだろう。しかし名古屋は東京とは違うのだ。30分も地下鉄に乗れば環境の良い住宅街のマンションはいくらでもある。治安も環境も悪い都会の中心部に家族ですむ人は少ない。したがって、ワンルームマンションしか成り立たない。当然夜の仕事の人ばかりになり、あまり良いマンションとはいえないだろう。

また、オフィスビルも、通常のビルの賃料が坪1万4千円とすると、新築の最新設備を備えたオフィスなら2万円は取れる、と東京の業者は考える。だけど、名古屋人はそうではない。古くても安いほうを取るのだ。これでは古いビルを壊し、新築する価値はない。

例えば私の近所の新築オフィスは賃料が高いのか、8階建てのうち1階から3階までが開いている。もうひとつのビルは半分も埋まらない。こちらはおそらく危ないだろう。つぶれそうだと噂がでると保証金の返済が保障されないため入居することを躊躇する。悪循環だろう。入居しようとする人も物件を選ばなければならない。恐い恐い・・・・。

そうこうしているうちに地価が暴落し、建築して一棟売りを狙った不動産ファンドは行き詰ってしまったようだ。建ててしまった業者は倒産するし、更地にした業者はビルが建てられない。仕方がないのでコインパークにする。そんなことで、錦地区はパーキングだらけである。

現在、栄の中心部で破産したウオッチマンのビルが解体されている。半分は昔つぶれたマツオカ薬品のビルで、残りは建ってから10年も経っていない新しいビルだ。腐っても栄地区の一等地である。何ができるか注目していた。なんと、コインパーキングなんだって!驚いた。よもや繁華街の中心部でコインパークとは、情けない話だ。

こんな状況では銀行が融資している不動産ファンドの多くは倒産し、銀行は又不良債権の処理に追われる。まったく、懲りない連中だ。


見えない帝国

2009-01-23 15:35:02 | 古代史

「シルクロードの経済人類学」という本を教えてもらい、大いに刺激を受けた。ついでにその本の中で紹介されていた「遊牧民から見た世界史」(杉山正明氏)を取り寄せ、現在熟読中である。おもしろい、実におもしろい。読んでいて私も知らないうちに中華思想に染まっていた事がわかった。東は韓半島、西はローマ帝国まで、文化と産業の交流に使用されたシルクロードが単に文化の通り道だっただけだろうか?果たしてその間にある地域にはむなしい空間だけがあり、人材も産業も何も存在しなかったのだろうか。

単なる通過点だったと考える事自体がもはや中華思想なのである。その東西の中間に立ち、遊牧をしながら商団を組織して商いをし、必要なものを必要なところへもたらすという日本の総合商社の働きをしてきたのではないか。彼等は各地のニーズを分析する事で、世界中に情報ネットワークを張り巡らした可能性がある。単に歴史書に書いてないから、あるいはその証拠がないから歴史が存在しないわけではない。逆に歴史を語ろうとしないために、いまだにその存在が認識されないだけかもしれない。

話を変えて・・・・・・・日本には最低でも三つの国が共存している。ひとつは表の国家、日本国である。もうひとつの社会は闇社会であり、ヤクザと呼ばれる人々が見えない国家を構成している。さらに、もうひとつは表の社会だが、宗教法人という社会である。表の国、日本国は天皇のもと、憲法と法律で定められた法治国家である。いわゆる主権を持つ純粋な意味の国家である。

ヤクザ社会は国境が見えない、首都も法律も何も見えない。しかし、闇経済は確かに存在し、その規模は何十兆ともいわれる。日本は見えないところでいくつかに区割りされ、それぞれに支配者がいる。各地で表裏区別が付きにくいが商いをし、国家へ税金を納める代わりに裏国家へ上納金を納めている。彼等には鉄の掟があり、日本の法律とは次元の違うところで行使される。構成員は日本人も韓国人も北朝鮮人も中国人もアラブ人もいる。人種差別はないし、宗教の自由もある。日本の法律よりも自分達の掟が重要であり、直属の上司の命令は絶対である。

このヤクザ社会、見えますか?みえないでしょ?でも、ありますよね。彼等は日本の中にいて日本の法律の枠にはまっていない。産業はパチンコ、風俗、賭博、口入れ・・・・その他、中には表の稼業も混ざっている。しかし、基本的に表社会へ税金を納めるようなドジはしない。闇国家の中枢へ上納しなければならないからだ。これが見えないけれど、確かに国家が存在するという事だ。

宗教法人の問題はまた別の話だから今日はやめよう、でも、同じようなものだ。彼等も国へ税金を納める気はない。彼等も格別な存在なのだ。

匈奴を研究していて感じたのは、ヤクザと匈奴はとても似ている。匈奴という国家は存在したことになっている。しかし、国家の枠にはまらないのだ。つまり、国境が確定できない、そして首都がない。法律がわからない。人種がわからない。つまり、現代の我々が考える国家の要件を満たしていないのだ。でも、確かに匈奴はいた。しかし、その存在した証拠がほとんどない。モンゴル人もトルコ人も中国人もいただろう。しかし、中国の史書以外に記録が残されていない。同様にフン族や突厥もまったく彼等の属性がわからない。しかし、太古の昔から、下手をしたら現在も彼等は存在しているかもしれない。その本当の指導者が誰であるのか、歴史書に書いてないから誰にもわからない。

フン族や匈奴は、オアシス国家と呼ばれる砂漠の小国を囲み、上納金をいただき、代わりに彼等の安全を保証し、さらに彼等の特産品を他の国の特産品と交換したり、黄金と引き換えた。彼等は時には暴力団のようでもあるが、オアシスの住民にとっては用心棒でもあったはずだ。

彼等は上納金を取り、商品を積み込むとまた遊牧民として別の場所へ移動してゆく。広いアジアの地域を点と点で結び交易を繰り返す彼等に、知的活動はあったかどうか、私は彼等の情報ネットワークは想像以上だと思うがどうだろう。彼等は必要とあらば武器でも奴隷でも阿片でも商いしているのだ。現在のイスラム商人やユダヤ武器商人の原型ではないのか。

フン族があるとき消滅し、そのフン族が活躍した西の端にカザール王国が出現し、そこからロスチャイルドが出現したとしたら、世界の歴史を最初から書きなおす必要があるのではないだろうか。

日本の古代史研究を始めたのは、現在の世の中を研究してもユダヤ問題にぶつかるばかりでまったくおもしろくないと思ったからで、ところがどうだ。日本の古代史を研究してゆくうちにアシュケナジーユダヤの源流にぶつかってしまう。日本への流れも結局同じところから出発して行くようだ。

どうも最初の源流がアルタイにあり、そこから出現したのがアーリア人で、そこからスキタイやシュメールが世界に分かれていったという愛さんの説はかなり的を得ている気がする。

私の研究室に保存されている愛さんのレポートをもう一度読み直さなくては・・・・。

http://mayonokuni.web.fc2.com/isan.pdf


ヒーロー誕生

2009-01-22 09:30:53 | ぼやき

オバマ大統領の就任式の様子を見て、やっぱりアメリカは普通ではないと確信した。バットマン、スパイダーマン、スーパーマンなどを見ても、アメリカ人の幼児性は疑いようもない。あまりのくだらなさ、単純さにはあきれるばかりだ。かといって、いわゆるエリート達の知的レベルは相当高いところを見ると、これはやはり教育の問題なのだろう。アメリカは所得格差も大きいが、教育格差も大きいのだろうな。

何十万の群集が、あのくだらない演説を寒い中、感激しながら聞きほれるのをみて、感心する前に恐怖を覚えた。絶対に大統領になれるわけがないただの男が、どうしてあの壇上に立つことができたかを考えると、彼に義務付けられた約束事は、予想もできないほど過酷な仕事であるはずだ。それを思うと、歓喜に咽ぶ群集が数年後どのような行動にでるか・・・・・まったく恐ろしいことだ。

久しぶりに昨日、太*龍氏のブログ、「時事寸評」をみると、なんとベンジャミン・フルフォードをきつく批判している。そこでフルフォード氏の「ハマスはモサドを作った。」説に対し、相当な剣幕で批判している。最後には「証拠をだしてみろ!」とまで言う。

ちょっと待って、太*氏は以前フルフォード氏と対談し、本まで出してるじゃないか。お友達じゃないの?太*さん、陰謀を暴くに証拠を求めるのは無理じゃないの?仮に、本当にモサドがハマスを作ったとして、どんな証拠を残してくれるだろう。あるわけないじゃん。

まず、フルフォード氏がそっち(権力側)の人というのは判っていることで、その人と金欲しさに対談したのではなかったのか?あの本が出たときにみんな笑ってたぞ。

以前、太*龍氏は苫米地氏を何の根拠もなく「イルミナティー」と決め付けているではないか。確かに苫米地氏は底知れないところがある。彼と対談したO氏にその件を問い合わせたが、なぜそのようなことを言われるのか見当もつかないということだった。太*氏は確かな根拠を示したであろうか。発言内容の批判はあってもいいけど、人格まで否定するのはどうかと思うな・・・。

今回のフルフォード氏の説、「ハマスはモサドが作った。」というのは私も正確ではないと思う。私なら、「ハマスはモサドを作った組織と同じ組織が作った。」と書くだろう。根拠は「正・反・合」で解くと、そうならざるを得ないということ。証拠はジョン・コールマン氏の言い方をまねると、スーパーの棚に証拠は売ってないのだ。八百長試合で難しいのは、真剣に戦っているように見せる事で、そのためには最高幹部しか真実を知らせないことだ。

世の中は偶然起きる事は少ない。八百長がほとんどだ。学生運動の最高幹部までやった誰かさん、どこから資金が出ていたか白状しなさいよ。ハマスとモサドの関係も同じような構図ではないのか?

関係ない話です。太陽の黒点数がまた0になった。年明けから少し黒点が出始めていたのに、また活動を休む。やはり、氷河期?