Matthewの映画日記?

Matthewの独断と偏見に満ちたお気楽日記

『ぼくのエリ 200歳の少女』

2010-11-15 19:47:00 | '10 映画(洋画)
映画館のポイントが貯まっていたので、県内では、その映画館でしか上映されないので気になっていた、スウェーデン映画の『ぼくのエリ 200歳の少女』を観てきました。








あらすじは


ストックホルム郊外に母親と2人で暮らす12歳の少年オスカーは苦痛に満ちた毎日を送っていた。学校で陰湿な苛めにあっているのに誰も気づかない。それほど孤独だった。ある日、隣りに謎めいた少女エリが越してくる。「君の友だちにはなれない」といきなり告げるエリだったが、毎晩のように中庭で顔を合わせ、寝室の壁越しにモールス信号を送り合うようになる。その頃、町では猟奇的な殺人事件が起きていた。
[ 2010年7月10日公開 ]~goo映画より~




孤独な少年 オスカー

ヴァンバイアのエリ



感想は、

「むずかしい・・・」です。
両親が離婚し、学校でもイジメにあって、親にも本当のことを言えず(子供心に親に心配をかけられないと思っているのか?)、自身で孤独に耐えるオスカーが、やはり、孤独(の匂い)を漂わせるエリと親密になって行くのは仕方のないことだろうと思います。

エリの登場の仕方がというか、一緒に暮らしていた男性の説明もなく、エリはヴァンバイアだけど、その男性は、普通の人間な理由も語られないまま、話が終わってしまうのが、なんかすっきりしないというか。
ただ、最後のシーンの電車に乗るオスカーとエリの姿(?)を見て、エリが一緒に暮らしていた男性も、もしかしたら、もう一人のオスカーだったのかもしれない。
原作では、そのへん語られているのかな。

12歳のオスカーに、エリへの愛情がどれほどあったのかは分かりませんが、将来、あの男性と同じことをさせるのだとしたら、エリは、なんてわがままで、残酷なのだろうと思いました。
(長く生きているだけで、思考回路は12歳のまま(成長していない)なのかもしれない)

「生きる」ってことは、弱肉強食だというのも分かるが、どれほどの愛情をオスカーに抱いているのかは分からないが、自分のために、オスカー(本人が望んでいるとしても)の手を血に染めさせることは、自分だったら出来ないなと思いました。
エリは、もちろん死にたくないのかもしれないが、愛する者の手を汚させてまで、なぜ、生きたいのかがわからない。
タイトルには、200歳となっているが、実際のところ、何百歳なのかは分からず、その間、意味もなく生きているのだとしたら、それが「生きる」ということなのかは、疑問に感じました。
しばらくは、オスカーと一緒に生きられても、いずれは亡くす(奪う)のであれば、ただの主人と下僕にほかならない気がするのは、自分だけでしょうか?
そこに、オスカーに対する思い(思慕)とかはないように感じます。
(「女の子ではない」と終始、言っていましたが・・・)
エリのオスカーに対する気持ちは、孤独なさみしさを埋めるだけの道具にしか、感じられなかった。

まぁ、「生きる」とか「命」に対する執着とかを描いた作品なのかもしれませんが。

劇中で、エリに咬まれるが命を落とさなかった女性の取った手段が、とっても印象的でした。
自分も彼女のようにありたいとは望むが、あの場面で、それを選択することができるかどうかは疑問ですね。

結構、グロいシーンがあって、ちょっと・・・
まぁ、見られないというほどではないんですけど・・・


エリは女の子じゃないのに、日本語タイトルに『少女』の文字、入れた人って「ナニ考えてるんだろう」と思うね。



『クローバーフィールド/HAKAISHA』の監督で、ハリウッド版リメイクが決定しているそうです。


公式ホームページ http://www.bokueli.com/


映画『ぼくのエリ 200歳の少女』予告編

 


原作本はこちら↓ 映画脚本も作家自身が書いたのだそうです。
MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)
ヨン・アイヴィデ リンドクヴィスト
早川書房


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MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)
ヨン・アイヴィデ リンドクヴィスト
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ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
入っていいって言って (どでぶ)
2010-11-18 23:48:38
初めまして、私には両者とも命をかけた、関係の様に感じました。 
ラスト近くの、二人の笑顔につきますが、オスカーの許可無く入室して、血を流し続けるエリの気持ちは、どんなものだったのでしょう?
返信する
はじめまして (Matthew)
2010-11-19 01:45:33
あのシーンは、はっきり言って、自分には意味分からなかったです。

自分は、オスカーの言うように「壁なんてない」のに、エリのただのこだわりにしか感じられませんでした。
それは、親しくなったものに対する礼儀なのかもしれないですが、あの血を流すさまは、「入っていいよ」と言わないオスカーに対する脅迫行為(子供<エリ>の癇癪)としか感じられなかったです。

感じ方は人それぞれなので、自分のような見方も、どでぶさんのような見方もあるのだと思います。

コメントいただき、ありがとうございました。
また、ご来訪いただけると幸いです。
返信する
吸血鬼のルール (どでぶ)
2010-11-20 00:55:38
太陽の光を浴びると、灰になる。
十字架や、神聖なものが苦手。
鏡に姿が写らない。
ネコが天敵である。
などに加えて,訪問する家に入るには、その家人の許可が無いと入れない、と云うルールもあります。
この映画は、この設定を上手く使っている様に思います。
エリに噛まれた女性も、ネコおやじの家に入る時は、ネコおやじが「お入りよ」と言ってから入ってますし。
エリが病院の受付に行く時も、小さな男の声で、「受付はそこだよ、行きなさい」とセリフ入ってました。
私は、この映画で初めて観たのですが、他人の家に吸血鬼が許可無しに入室すると、全身から血を流して、おそらく死んでしまう様です。
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知りませんでした (Matthew)
2010-11-20 01:10:50
どでぶさん、こんばんは。

>太陽の光を浴びると、灰になる。
十字架や、神聖なものが苦手。
鏡に姿が写らない。

は、知っていましたが、ネコが天敵というのと、入室に許可が要るというものがあるとは、知りませんでした。
ネコに関しては、獣の本能みたいなものだったのかなと思っていました。

北欧はやっぱり本場(?)だけあって、ヴァンバイアに対する考えが違うのかもしれません。
まだまだ、自分の知らないルールもありそうです。

貴重な情報、ありがとうございました。
返信する
エリの父親?ホーカン氏 (どでぶ)
2010-11-20 11:14:49
しつこい様ですみません。
ホーカンの事が良く解らないとの事なので、おせっかいながら。

この映画は、説明をあえて省く作り方で、観た人にゆだねる様できています。
原作を読めばほぼ解るようになってます、けど映画ならではの表現として、この様な簡潔な作りにしたと思いました。

ドラキュラ伯爵を崇拝する人間として、せむしの醜い男でゴキブリを食べるキャラがいます、イゴール?とか云う名だったと思います。
ホーカンは、そういうキャラだと思ってましたが、原作だと少年しか愛せない教師でした。
その事がばれて、小学校をクビになり自暴自棄になった時、エリに出会います。
人の生き血をエリに捧げる褒美として、一晩エリの体に触れて良い事になってます。
その欲を満たすため、子供の生き血を求めてましたが、本人は「それは勘弁してくれ」と嫌々やってた訳です。

と、映画版とは印象が食い違っています、さらにホーカンの最期も、エリへの愛に殉じた印象の映画版と違います。

長々とスミマセンでした。
返信する
ありがとうございます (Matthew)
2010-11-21 02:07:02
あの男性は、そういう設定でしたか。
確かに、昔ながらの吸血鬼ものには、そんな下男のような男性が描かれていた記憶があります。

知らないことを教えていただけるのは、ありがたいことだと思います。
また、映画に対する理解が深まり、印象も変わることもあると思います。
詳しい情報を教えていただき、ありがとうございました。
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