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Cafe Eucharistia

実存論的神学の実践の場・ユーカリスティア教会によるWeb上カフェ、open

クリスマスの憂鬱

2007-12-18 23:03:04 | 豆大福/トロウ日記
憂鬱、苛立ち、不快感…、この季節、何と表現したらよいのか分からない気持ちになる。この憂鬱は、クリスマスがキリスト教会の重要な行事とされていることに由来する。

私は聖歌隊のメンバーになったことは一度もないが、日本の大学でも留学先の大学でも、クリスマスにはメサイア公演のための助っ人として合唱団に何度も参加してきた。ヘンデルの『メサイア』で繰り返される、数々の聖書の言葉。たとえば―For as in Adam all die, …even so in Christ shall all be made alive. (たとえアダムにおいてすべての者が死ぬとしても、キリストにおいてすべての者は生かされる)

この曲を歌いながら、頭の中ではいつも「キリストとは何か」というキリスト論に関する論争や、あるいは「皆死ぬが生きる」とはどういうことなのかを考えながら歌うのである。ときにはそれは、教会史上で問題にされた単性論をどう考えるかであったりもするし、最近読んだ本の中で、キリストがどのように考えられているかを思い出したりしながら歌う。こんなことの繰り返しである。よって、最終章のアーメン・コーラスにたどり着く頃にはもう、疲労しきってヘロヘロになってしまうのである。聴衆のひとりのときも、同じである。

または、ベートーベンの第九、第4楽章「合唱」。これもしかり。Such'ihn über'm Sternenselt, über Sternen muß er wohnen (星のかなたに神を求めよ、星の彼方に神は必ずおわします)

「おいおい、物理的にはいないでしょう、そんなところに神は。どう考えても。たわ言もいい加減にしておくれ。」ため息が出る。

そして、このフレーズの直前でも、また違った理由で疲れを感じる。ここで神を表す言葉は Gott ではなく、Vater とされている。つまり「父」である。祈り言葉にも定型としてある、神を父と呼ぶことに私自身は抵抗を感じないが、第九のこの部分を聞くといつも、「フェミニズムの連中がいたら、『何故父でないといけないのか』なんてうるさく言うのだろうなあ」などとハラハラしながらこの第4楽章を聴くことになる。

このシラーのあまりにも神話的に過ぎる言葉と、ベートーベンの忘我状態へと誘うロマンティシズム溢れるメロディに、私は段々と目眩がしてくるのだ。

神話的に過ぎる、と今書いたが、それは神話がけしからん、という意味ではない。つまり神話そのもの、神話が神話であること自体は、私たちがこの世に生きる存在である以上、受容せざるを得ないことである。神話の意味を広義にとらえ、世界における一切の蓋然性を神話と呼ぶことが許されるならば、私たちの使う言葉や存在に至るまで、私たちの生きる世界の一切は神話で成り立っているといっても過言ではない。ただ、その神話は、私に向かって説得力をもつ神話でなければ、受け入れることが困難だ。

「難しい理屈は考えずに、素直に芸術を楽しめばいいのに」と言われるかもしれない。そのとおりだ。自分の感性に素直になってみよう。

そして、素直に感じてみる。…おえ。やっぱりだめだ。たとえば第九番第四章、あの類のロマンティシズムは、どうしても私の好みではない。生きることは芸術であり、芸術は生そのものであるとすれば、忘我にいざなわれるような類のロマンティシズムに埋没して生きる生き方、芸術が、私はどうも苦手である。まあ、ロマンティシズムもいろいろ、とても好きな類もあるにはあるけれど。たとえばゲーテとか、私はかなり好きである。というか、ゲーテは史上最高の作家の一人でさえあると思っている。

思いやり予算譚

2007-12-13 20:19:58 | 豆大福/トロウ日記
「高村正彦外相は12日夕、シーファー駐日米大使と外務省で会談し、来年3月で期限が切れる在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)の特別協定改定で、現行の負担額1409億円(2007年度)のうち、米軍基地で使う電気、ガス、水道の光熱水料(現行253億円)について、08年度は現状維持とするものの、09、10年度は各4億円削減することで合意した。

 日本側は当初、厳しい財政状況を踏まえ、光熱水料の大幅削減を要求したが、米側はイラク戦争などによる戦費拡大を理由に現状維持を強く主張。交渉がこじれた場合、日米同盟関係に悪影響を与えかねないと判断した日本側が譲歩し、微減にとどめることで米側と折り合った。」(CHUNICHI Web より)

以下、上の記事の翻訳。

「ワシたち、シマ争いに金かかっとるんや。ワシらが戦っとるさかい、アンタらかたぎの人間の生活が平穏に守られとるんのを、アンタ忘れてんのと違いまっか。ワシらがここにおるのはアンタらの護衛のためなんやで。ショバ代食事代その他経費一切、払ってもらいまひょか。」(参考:『極道の妻たち』シリーズ。多少の言葉遣いの誤りはご勘弁を。)

 それにしても日本の米国に対する「思いやり」の金額、本物のヤクザ顔負けである。

「う~ん、でもウチの所は、戦争には加担しません、ていう決まりになってるんだよねぇ。今も『戦争に使うために、給油続けるのは無理』って、寄り合いで決まりかけてるし。それに、こっちにも懐事情ってもんがあるんでね。いやもう、このところはシモジモからの突き上げが激しくて参っちゃうよ。
 …あ、怒った?いやん怒らないで~わかった、分かりました、払いますよ。だからここはひとつ、穏便に。これからも同盟ということで頼んます。
 で、払いますけどね、ウチの者たちも最近はうるさい連中が多いんで、ちょこっとだけ安くさせてもらいますよ。」

 ところでこの後者、いったい何者?妖怪・ぬらりひょん?大体、同盟っていってもそれは安全保障条約上の同盟、つまり軍事同盟なんだよねえ。軍事よ、軍事。非戦条約とかの類の平和同盟でないんよ。

 日米安保条約はいったん反故にして、日米間で新たに平和条約を結ぶべきだとおっしゃっていた小田実氏の言葉が今、思い出される。

神田デート

2007-12-08 21:12:42 | 豆大福/トロウ日記
昨日、秋葉原に出かけた大福先生に、かねてから念願だった「神田やぶそば」と、しるこ屋の「竹むら」に連れて行っていただいた。これまでも、やぶそば系の暖簾分けの店には何店か行ったことがあったのだが、この元祖・老舗の神田やぶ、数え切れないくらい何度も近くを通ったことがあるのに、これまで行く機会がなかったのである。

秋葉原の南方向には神田駅があるから、そこら一帯が神田であることはすぐ分かるけれど、北方向に行っても末広町駅あたりまで住所は外神田、つまり神田界隈なのだ。ちなみに神田明神は外神田と湯島との境目あたりに位置し、銭形平次が「神田明神下の平次と申しやす」というときの神田明神下は、今では蔵前橋通りに面した妻恋坂辺りということになるのだろう。当時の江戸の町を守る岡っ引きとしては、随分便の悪いところにいたのだなあといつも思う。

外神田のことはともかく、「神田やぶそば」は、秋葉原駅の南側、昌平橋と万世橋の間にある。万世橋の方が秋葉原駅に近いので、人通りも多く、また有名でもあると思うけれども、昌平橋からの眺める神田川の風景の方が、より趣きがあるように思う。暗くなると一層引き立つ万世橋の行灯調の街灯もいいけどね。

「神田やぶそば」は、大福先生が子供の頃、まだ路面電車が靖国通りを走っていたその頃、何度か通ったお店であるという。色々な人から、ここのそばの量は少ない、と聞いていたので、それは覚悟していた。しかし、いざ運ばれてきた「せいろう」は、思ったほどには少なくない。むしろ、このくらいでいい。老舗で、しかも外観もちょっとレトロとなると構えてしまいがちだが、値段も高くなく、普通。それでも、接客は店に入ったときから出るまで一貫して気持ちよく、老舗の名を汚さない。最高。注文を厨房に伝える声が、まるで声明を唱えるように聞こえる。本当に、これはオーバーに言っているのではなく、独特の節回しというか、やっぱり声明のようなのだ。レトロな雰囲気の店内に心地よく響く。「昔からこうだったんですか」と先生に聞くと、「う~ん、覚えていないなあ」。

そばは青みがかった色で、おいしい。いわゆる「かきあげ」である「天たね」も、芝海老のシンプルなもので、あっさりとしておいしい。でも、おいしさを一番実感したのは、締めの蕎麦湯をいただいたときである。ここのそばつゆのおいしさが、ここに来てやっと実感できた。神田やぶそば、あっぱれ。「おいしい」の意味は、次なる店「竹むら」のレポートの後に。

神田やぶのある神田淡路町から、場所を神田須田町に移し、しるこや「竹むら」へ。と言っても、歩いてほんの1,2分の距離である。すでにそばでお腹はいっぱいになっていたが、デザートは別腹。こちらの店も、レトロ感を漂わせる趣きだ。そしてここでも、主人らしい人はじめ、店員さんたちの接客はとても丁寧で温かい。そしてやはり、「おいしい」。私は田舎しるこ、先生はクリームあんみつをいただいた。甘すぎないことは勿論、甘さ控えめすぎないバランスが絶妙だ。最近は甘さ控えめでないと、とくにスイーツを扱うお店がやっていけないのは、分かる。でも、味がしないほど甘くなくしてしまっているスイーツ、これはもはやスイーツでもなんでもない、ただのまずいものだ。そこらへんの匙加減をよく分かっておられる味に、満足。

そばもしるこも、正直いって、もともとほっぺが落ちるほどおいしい、という料理ではない。とくに日本人には、意外性もない。でも今回、「神田やぶそば」と「竹むら」には、おいしいものをいただいた。両店に共通していたのは、主張しないところが主張になっている、という点である。おそらく両店の味は、誰もがまずいとは思わない味だと思う。そこがポイントである。

両店とも、「十割そば」とか「自然薯使用」とか「有機栽培」というような特別な主張をせずとも、皆が一応納得する味を提供されているのである。それは引き算の美学、とも言える。まずい、などのネガティブな味覚や感情を客に起こさせることなく、食べること自体が普通に進んでゆく。しかしあるとき、たとえば締めに蕎麦湯をいただくときに、はっと気が付くのだ。「なんておいしい頂きものだったのだろう」と。しかし、この自然さの演出の陰には店側の、実に不自然な訓練、修行、学びがあったはずなのである。それを、客の前では出さない。「私たち、こんなに一所懸命やってます」感を、差し引くのである。きっとこのようなことを、江戸文化では「粋」って呼んだはず。老舗って、いろいろ教えてくれる。

チビの死

2007-12-06 19:25:16 | 豆大福/トロウ日記
夏頃から我が家に棲み付いていたヤモリの"チビ"が、とうとう死んでしまった。

このチビは、恐らく今年に生まれたヤモリで、かなり愛嬌のあるヤツだった。ヤモリならヤモリらしく、人間の邪魔にならぬようひっそり暮らしていただきたかったものだが、このチビは人を怖がらない、したがって結構生活の中に干渉してくるヤツだったのである。あるときは、化粧ビンの底に潜んでいたらしく、ビンを元の場所に戻すと「キュウ」と鳴き声を上げたのに驚かされた。何せ相手は、せいぜい3センチほどの極小で、動きはヤモリらしく緩慢だし、通り道に横たわるチビを踏んだりしないようにと、いちいち気を使ったりしていたのである。

そのうちに愛着も湧いてきて、チビという名前も出来、このチビには是非、大人になるまで成長して欲しい、と思っていたのだが…。最期の10日間くらいは、トイレの中に棲み付いていた。ヒートショック予防にと、トイレを寒くしないようにしているせいで、ちゃっかり者のチビは外に出て冬眠せずに、ここにやってきたのかもしれない。こんなところにいたら死んでしまうのではないかという不安は、いまや現実のものになってしまった。

最初は、動かなくなったチビの様子に、「もしかしたら、これは冬眠しているのでは」と思い、様子を見ることにした。ひょっとしたらその時点で、我が家はチビの死を認識していながら、それを受け入れられなかったのかもしれない。今日になって、そろそろ色が黒ずんできたチビの死骸を外に出すときにも、「もし冬眠だったら、外に出してやれば寒くて眼を覚ますかもね」などと言いながらそうした私は、実は今でもチビの死を受け入れていないのかもしれない。

冬を越す、ということが本来、動物や人間にとって実はとっても大変なことなんだなと、改めて思い知らされる。