Rikoの再建日記~気ままな恋文

病期3の乳がんから自家組織再建、リンパ浮腫治療、抗がん剤後の薄毛治療など、心身共に毎日が昨日からの再建って感じの日々♪

11月20日

2011年11月20日 13時14分50秒 | 乳がん

 

よく乳がんの方は、その手術をした日をセカンドバースディという。

特に、術前ケモをした人なんかは、その思いも強いのかもしれない。

がんを無くした身体として再び産まれ生きるという意味なのだろうか、セカンドバースディ。

私も、そんなイメージで術前ケモを受けていた。だけど、実際オペをしてみたら、バースディという言葉はあまりに悲しい気がした。私には。

 

11月20日。2年前の今日、私は乳がん手術をした。

だけど、今でも、あの日はセカンド「バースディ」とは思えないな~

何かが生まれた日とするなら・・・・・・

それは、多くの愛が生まれた日だった。

私のために、ずっとオペが終わるのをまってくれた彼、彼に付き添い気分を紛らわせてくれた人達、宇宙人のお嫁さんと笑う姑はがんに効くという神社までお参りに行き私の胸にかけるバスタオルにお祓いをしてもってきてくれた。

そして、たくさんのメール。その頃のブログや掲示板にうちこめられる私の名前。頑張れ~と。

ベットサイドには、色紙やお守り、手作りのお花。みんなの愛の花がひらいて溢れてた。

あのオペの日・・・・・・・私が産まれこの世に生を受けた日より、おおくの愛があった・・・・・・私が誕生した喜びより、喪う事の無いよう祈ってくれた多くの人の愛が咲いていた。そんな日だった。

その意味では、やはりセカンドバースディと言ってもいいのかなぁ。

ありがとう。あの日を思うとそう素直に言える。

2年前の入院の時の懐かしい写真。あの頃は髪も無く、18階の窓から大阪城をみつめながら、この街に嫁に来てからの日々を思い、夜景の中に埋もれる自分のうちを探していたなぁ。

あのとき、看護師さん達に「ご主人、すごいいい動きですね~~完璧な看護です!」と看護師さん達もビックリのダンナッチ。この人で良かったとあらためて思ったよなにもしてくれなくても、側にいてくれるだけでよかったよ (←もうすぐ、ホントの誕生日なもんでちょっとこれくらい言っとこ)

病室に帰ってきたとき、子供のように、彼のこと強く見つめていたのを思いだす。帰らないでほしかった。

 

11月20日と言う日は、色々な思いが交叉するけど、記憶として残る事実として、

2年前の今日、私は多くの幸せと大きな悲しみで包まれていた。その気持ちの感覚はもう薄れてきてるけど、あの入院生活で毎日飲んでいたドトールのホットカフェモカを飲むとキュンと切ない記憶だけはまだ残っている。

「おめでとう」は検査を無事クリアしたら初めてそんな感情がわくのかなぁ~

それまでは、「ありがとう」と心に刻む日として、11月20日を過ごそうと思う。それが一番ピッタリの日だ。

「ありがとう」が生まれた日

では、その気持ちを抱きしめ、出かけてきま~~す。

2年前のハゲ&浮腫み&すっぴんの3重苦の写真だけではちょっとね~なので、2年たった今日の1枚、即効でとってみたよん

抗がん剤による色素沈着もとれ、髪もちょっと乗っける手のひら付け毛で何とかOK!

これ、前髪は自前よん

 

 

ちなみに・・・・・・

うちの婿はん、乳がんの時はあんなに病院も付き添ってくれてたけど、再建手術に関しては、もー、ノータッチなのよん

なにゆえか、

「そんななぁ、嫁はんの胸つくるのに、ああだこうだって付き合ってられるかいな、変態と思われるやんか!岡山までいけるかいな~」とのこと。

まっ、実際再建の診察うけてると、それもいえてるな~~と思うのでした。